泥縄式OJT (その一)
ピーターの捜索のため小神殿の丘を目指す第三師団とトマス達だが。
「悪い。俺たちはここまでだ。前回はもっと先まで登れたはずなのだが」
顔を青くし肩で息をするゴードン少佐が忸怩たる様子でトマスとパーシーに言った。
小神殿の丘の中腹までくると捜索犬は怯える様に吠えだしほとんどの騎士達が冷や汗を流しうずくまり行動不能となったのだ。
特に魔力持ちの騎士達の消耗が酷い。彼らの周りには黒い煙や拳大の黒い塊が色濃く纏わりついている。
(やはり魔力を吸われているのか?)
「パーシー、ヘンリーさんから渡された魔道具だしてよいかな?このままだと皆の症状が悪化する……」
小声で聞くとパーシバルは眉間に皺を寄せて考え込んだ。
「トマス、お守りをゴードンに渡してやれ。気休めかもしれないが、病は気からと言うからな」
お許しがでた。
「ゴードンさん、お守りです。隊に一つ持たせてください」
「おお、助かるぜ」
携帯用の浄化装置をいくつか起動させてゴードンに渡す。
「ゴードンさん、俺たちで行ってきます。魔道具が効けば騎士団も行動できるかもしれませんし。ここで待機していて下さい」
「頼んだぞ」
こうして、トマスとパーシバルの魔法庁組が先行することとなった。二人は小高い丘の頂上を目指す。丘の上からはもくもくと黒い煙の様な物が登り、黒い塊が大量に飛び回っている。
「パーシー」
「なんだ、トマス」
「俺、気絶する未来が見えるわ。なんなんだよ、この不気味な黒い煙に黒い塊。これ、前にヘンリーさんが言ってた瘴気ってやつじゃないか?」
「そうか、俺にはさっぱり見えないからわからんな。そういう事ならピーター坊やを早く助けださないといかんだろう。ゴードン達のあの様子じゃ、子どもが長く持つように思えん。先を急ぐぞ」
「ちょっ、待ってパーシーっ」
いきなりパーシーが勢いよく走り出した。
トマスも息を切らせながら追いかける。普段からそれなりに鍛えている。さらに身体強化をかけているのに頂上に近づくにつれて息が切れる。魔法庁の長い螺旋階段をかけ上っても平気なのにも関わらずだ。
しかしパーシーはいつもの様に動けている。
「なんでパーシーは大丈夫なんだ?」
改めて見るとパーシーの身体は黄色い光を纏い瘴気を弾いている。
なるほど。身体強化と防御を併用してるのか。無意識でこなしているのが恐ろしい。こうして爆弾や弾幕飛び交う中を生き延びてきたのだろう。不死身のストンブリッジと呼ばれる所以だ。
トマスもパーシーに倣い、身体強化に重ね身体に防御膜で覆うイメージで魔力を巡らせると
「できた!」
あっという間にパーシーに追いつきどや顔すると、呆れたような目で迎えられた。
「トム、やればできるじゃないか。いつも真面目にやれよ」
「嫌だね。下手に色々魔法が使えるとブラック労働一直線じゃん」
「だからといって泥縄でやるのはどうかと思うぞ。さて、様子を見てみるか」
「おう」
丘の上には祠の柱だったと思しき岩が散らばり、周りには色とりどりの花が咲いている。
何も見えない者には楽園に迷い込んだように見えるのだろうが。薄く黒い煙を吐き出す花の様子にトマスは背筋が寒くなる。
なんなの、このディストピア。
周りを見回してもピーターらしき子どもの姿は見あたらない。
丘の頂きの手前には大人三人はゆうに入れる程の穴があいていた。大量の瘴気はそこから発生している。おかげで晴天の筈なのに辺りは薄暗い。
「この瘴気をどうにかしないと。どこに浄化の魔道具を設置したらよいのかなっと」
トマスが瞳に魔力を凝らすと。
魔道具を設置したとおぼしき魔力跡が五箇所、浮かび上がってきた。
見覚えのある白金色の魔力痕。大魔法使いが大昔に設置したのだろう。
「おっさん、どんなヤバいもん封印したんだよ。封印したなら放置しないで最後までしっかり管理しろよ」
と呟くも。
『そんな~。大昔に封印した相手なんて覚えているわけないよ。こう見えても高齢者なんだよ、私は』
と困り顔のヘンリー・マーリン・アディントン魔法庁長官が脳裏に浮かびトマスは脱力した。
いかん、いかん、集中せねば。
トマスは頭を振って作業を始める。
「見えたぞ、あそこだ。」
急いで収納から出したスコップで掘り出しパーシーと一緒に魔道具を取り替えにかかった。
それぞれの距離が20メトルほど離れているため全て取り替えるのに多少の時間がかかったが。トマスが魔力を籠めて起動させると五芒星の形をした白色の光が走り、無事に浄化の魔法陣が稼働した。
「おっし、これで少しは浄化されるか」
少しずつ真っ黒な瘴気が薄れてくるにつれて息がしやすくなる。
そこへ底冷えするうめき声が轟き、子どもの悲鳴があがった。
「わ~ん、誰か、誰か助けて~」
穴から子どもの泣き声が聞こえてくる。穴を覗くと穴の底にびしょ濡れになった六歳位の男の子が四つん這いになって泣いていた。
「お~い、君がピーターか?」
「僕、ピーターだよ。おじさん助けて〜、化け物がっ」
「待ってろ!今から助けに行くからな。そこから動くなよ」
トマスが縄ばしごを降ろすとパーシーはあっという間に降りていった。
「怖かったよ〜、おじさん」
「坊主、大丈夫か?立てるか?
ん、あれは? トマス、奥を捜索する。ちょっと坊主を受け止めてくれ」
「おじさん?」
「え?おい、ちょっとまっ…!!」
「ほらよっ」
「「わ〜っ!」」
男の子が穴からぼ〜んと10メトル程の弧を描くように勢いよく投げ出された。慌てて身体強化をかけてトマスは男の子を受け止めるが。勢いがつきすぎて尻もちをついた。
身体強化の強者とはいえ豪快すぎるだろ、パーシー。
ピーターは外傷は無い様子だが泥水にまみれ寒さで青ざめていた。小さな身体は冷えきっている。トマスが降ろすとへなへなとその場にうずくまった。
「大丈夫か?」
「うん。女の子と遊んでいて、気がついたら穴の中にいたんだ。女の子に連れられて穴の奥に行ったらオバケがいて。僕、あわてて逃げてきたんだけど。逃げているうちに力がぬけてきて。なんだか手足の力が入らない」
ピーターの身体から滲み出る橙色の光が弱々しい。この子、もしかしたら魔力を半分以上吸われているのか。
身体強化系の魔力持ちであったから魔力を奪われてもなんとか穴まで逃げてこられたのだろう。
トマスは懐から魔力回復薬を取り出した。
「ピーター、これを少し飲んで。少しでよいからな」
ピーターは大人しく瓶を受け取り薬を飲む。飲むにつれ顔色が良くなり橙色の魔力の光も回復していくのがわかった。やはり大半の魔力を奪われていた。
「どうだい、少しは楽になったかい」
「うん、元に戻った。力が入るよ。わあ、飲んだら身体もあたたかくなってきた~」
ピーターは笑顔で立ち上りトマスはホッとした。魔法陣の稼働で浄化されつつあるが濡れている幼子をいつまでもここに置いてはいけないだろう。ピーターの話では化け物がいるらしい。下にいるパーシーは大丈夫か?
「よかった。ピーターくん、歩けるかい?下に騎士達がいるから一人で行けるかな?」
「わかった。大丈夫だよ、お兄さん。僕、もう歩いていけるよ。あのね。
――穴の奥に女の子がオバケと一緒にいるんだ、早くあの子を助けて。ずっと泣いているんだ、帰りたいって」
「わかったよ。気をつけて戻るんだぞ」
「うん。ありがとう、お兄さん」
トマスは中腹に待機しているゴードン達に向かって呼びかけた。
「お~い、ピーターを保護したぞ。無事だ!そっちは動けそうか?」
「おう、さっきよりはましになったぞ!ピーターを迎えに行く。待っててくれ」
「俺たちは穴の中を調査する。無理しない範囲で待機を続けてくれ」
「了解!」
待ちきれずにピーターは中腹へ走って下りていった。途中でゴードン達、第三師団に保護されるのを見届けたトマスが踵を返した所でまた地ひびきに似たうめき声がした。
『まだ…が足りない。――が少ないこいつを喰らってしまおう』
「わっ、なんだ!くそっ離せっ、化け物がっ」
ガシャッガシャと音が響く。
「パーシー、どうした!パーシー!」
穴を覗くも底は静まり返り、返事は返ってこなかった。
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