プロローグ
拙い作品ですがよろしくお願いいたします。
魔力がなければ人にあらずと言われた時代から数百年。
いつの頃からか。魔力持ちが減っていき、ついに人々は魔法の代替となりえる科学技術に目を向けた。今や魔法は時代遅れのものとされつつある。
そんな科学が台頭し魔法がすたれつつある世界の話である。
◇ ◇ ◇
秋にさしかかる頃だった。
ブラトー王国 首都セントル。
魔法庁本部企画調査部所属トマス・レーンは本部の上司に呼ばれていた。
二十歳前だろうか。まだ少年らしさが残る細身の茶髪の青年が最上階目指し鼻歌交じりで螺旋階段を駆け登っていく。
ちなみに最上階は三十階相当である。
身体強化を使って登る途中、青年は考えた。幼い頃から出入りしている魔法庁──外見より明らかに広いこの建物は、いったいどういう構造なのだろうかと。
(いつ見ても謎なんだよな。いくら見ても構造が分からない)
庁舎は五階建てのこじんまりした塔であるが。中に入ると三十階の階層があり、明らかに塔には収まらないスペースと部屋数がある。
(子どもの頃、うっかり聞いたらひどい目にあったもんな)
わらわらと魔法使い達が彼を囲み歴史やら空間魔法術式やらを3日以上かけて話しだしたのだ。空腹を訴えるとポーションを差し出された。まじで大泣きした。
(猛勉強して文官試験突破したら、配属先がまさかのヘンリーさんの所の魔法庁とか。仕事が魔法寄りなのもどうかと思うけど)
仕方ない、これも平穏な生活の為だ。彼は違和感を振り払い、割りきる事にした。
蝶番が微妙にきしむ木製のドアを開くと目に入るのは天井までぎっしりと本が詰まった左右の壁。重厚な少し古びた真紅の絨毯に窓際に配置されるマホガニーの執務机。
机の向こうには仕立ての良いダークグレイの三つ揃いのスーツに青いネクタイを締めるやけに顔の整った男がセントルを一望できる外を眺めていた。
「長官、お呼びですか」
「いやあ、トーマス君。元気にやってるか?君はいつもよく働いてくれるから助かるよ」
青年はすんとした顔で長官に応じる。
「トマスです。アディントン卿。そういう小芝居はやめていただけませんか」
「ハッハッハ、いいじゃないか。一度言ってみたかったんだよ。
君はよく働く良き魔法使いだって」
銀髪に金色の目。年齢不詳の大魔法使い。トマスの養い親でもあるヘンリー・マーリン・アディントンがいたずらっぽく笑う。
トマスはガシガシと薄茶色の頭をかいた。甘い養い親相手とあって下っ端の割りに気安い態度である。
「また、ヤマダさんの絵本の話ですか。俺、車じゃないんですがね。―――それに魔法使いじゃなく文官として入庁したんですけどね」
さりげなく訂正するも華麗に流された。
「……ヤマダさんは。今日はルミナリスに呼ばれていてね。お茶もだせずにすまんな」
「女王陛下を呼び捨て……」
トマスは遠い目をした。
養い親のヘンリーと共に母親同然に自分を育ててくれた家政婦ヤマダ。
(家に遊びにくる度に美味しいお菓子をくれた、きさくなおばさんが女王陛下だと知った衝撃といったら………)
非常識な人脈がある上司は本題を切り出した。
「トマス ・レーン。実は第三師団からまた協力依頼が入った」
「え?またですか?なんだかんだで毎月呼ばれてません?もう俺、騎士団出向でいいかも」
部下としてこの態度はいいのか?養い子の教育に失敗していないか、大魔法使い。そう突っ込みをいれたくなるカジュアルさである。
「それじゃ君から面白い話が聴けなくてつまらんじゃないか」
養い親も酷かった。お荷物役所と言われて久しいが長官の言うセリフではない。
「いやいや、長官に話を聞かせるために軍から依頼受けてる訳じゃないし」
「ま、君達が協力依頼を受ける事で魔法庁にも幾らか臨時予算が入るからな。皆、大助かりなんだよ」
「大人の事情……」
魔法庁は研究と称して部屋に引きこもる変わり者か年輩者ばかり。魔力持ち自体が激減した今、お荷物庁と呼ばれる所以である。
代わりに数少ない若者であるトマス達が便利使いされて駆り出されるのだが。社会人トマス・レーンは気にしないことにしている。新人だし。何より平穏な生活を支える安定職だし。
「はいはい。わかってますよ。で、今回はどんな依頼なんですか」
「早速だがホイットニー男爵領に行ってくれないか?」
「どんな用件で?」
「人探しかな?」
「どうしてそこで?がつくのですか?」
「生きているかどうか分からないからね。ホイットニー男爵令嬢がいなくなったそうだ、三ヶ月前にね」
そういう事になった。
◆ ◆ ◆
ぴちょん。ぴちょん。
水滴が滴る音が響く。
闇に閉じこめられて何年が経つのだろうか。
敵にしてやられた。
落ちのびた潜伏先で信じていた味方に裏切られた。
執念で永らえ配下と共に報復に立ち上がろうとした所で閉じこめられた。
呪いがかけられていて水に近づく事は能わない。
忌々しい銀髪の魔法使いマーリンに封印されて以来、気が遠くなる程の時間を過ごしてきた。
月日が経つにつれ封印は解けてきて。
少しずつ少しずつ霞のような力をかき集めてきた。
いつか奴らに報復するために。
それは久しぶりの獲物で力を得ていた。アレを使役できるほどに。
『マダたりない』
『アレだけではたりない』
『もっとチカラを』
『もっとマ……を』
『ホしい』
『ほしイ』
お読み頂きありがとうございます。