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4章 大宮殿

 やや早足の、規則正しくリズムを刻む靴音を響かせて一人の男が廊下を歩いて行く。

 壁も床も天井も白一色で、またやたらと長く広い廊下だ。鏡のように床は美しく磨かれ、そして左右の壁は扉や壁龕を挟んで等間隔でずらりと並ぶ付け柱(ピラスタ―)が均整の取れたデザインを演出している。それが一直線に突き当たり正面に聳える重厚かつ荘厳な金色の大扉へと続いているが、端から端へ渡り切るだけで優に10分以上はかかるだろう。

 ドレクセルのグロユーズ宮殿、代々のオーガスタ伯のすまう場所にある、<伯爵の間>へと通じる大廊下。そこはいわば、贅を尽くした大建築の象徴たるメインストリートだった。使われているのは純白の高級石材ばかりで、そのためこの廊下だけで相当な金と労力が注ぎこまれているという。

 男はそんなオーガスタ家のこれ見よがしの権勢にいくらか辟易としながらも、金の扉の正対にある黒色の扉を目指していた。それを抜けると広大な中庭、すなわちようやく宮殿の主要エリア外だ。

 気分としてはさっさとこの野心と計略渦巻く異界から逃げ出したいくらいであり、そのせいか出口に近づくにつれ歩く速度は段々上がっている感さえある。職業柄各国の宮廷に赴くことは多いが、中でもオーガスタ伯の宮殿にはとりわけ人を威嚇する刺々しい空気が流れている、彼にはそう思われるのだった。

 詰襟のぴしっとした軍服纏った、若い男だ。年の頃はまだ30にもなっていまい。

 深紅の軍服には金色の立派な肩章がつき、ボタンも同様に黄金色、左胸には銀光を放つ七芒星の紋章。下の黒のズボンもシンプルながら実に高級感漂い、それを光沢のある幅広のベルトで締めている。

 上から下まで寸分の隙の無い、いかにも将来有望な若手エリート将校のいでたちそのものだ。よほどのひねくれ者か軍人嫌いでもない限り、彼にあったらまず一目置くのは間違いない。

 そして何よりもその顔が、彼の抜きん出た有能さを雄弁に物語っていた。それほどまでに真に端正で凛々しい面立ちをしていたのである。

 全体的な印象は大志ある青年とでもいうべきか。

 やや面長で、顎は少し尖っていた。栗色の髪は首のあたりに届くほど長い。太い眉はきりりとし、その下で意志の強そうな切れ長の青く澄みきった眼が輝いている。よく通った鼻筋、美しく高い鼻、そしてきっと引き結ばれた薄い唇。

 毅然たる軍人姿とあいまって、その容姿はまさしくいずれ人の上に立たんとする者の風格を備えているのだった。

 廊下には他に何人かの姿があり、各々目的の場所を目指したり立ち話したりしていた。時おりそうした人々の中の幾人かが颯爽とした姿に目を止め恭しく会釈を寄越す。やはりどこにいても目を引かせる何かを持っているようだ。


 やがて幾つもの付け柱を通り過ぎ、男の姿が黒の扉数デール前まで近づいた。巨大な両開きの扉の左右にはそれぞれ衛兵が直立し、不審者がいないか目を光らせている。


 「ジーナス殿!」


 その時、彼の背後からふいに声をかける者がいた。男性の声だ。名をジーナスというのだろう、男が足を止め後ろを振り返る。

 そこには僧服姿の初老の男性がいた。ダルマティカと呼ばれる上衣の上から、金糸で美しい刺繍の施された真っ白なマントを羽織っている。頭には緋色の円形の帽子を被っており、その下で細い眼の柔和な好々爺然とした顔が妙に心配げな表情をしていた。

 男性は若い男――ジーナスを追いかけて来たのだろう。やや荒い息だ。ジーナスがその様子を見て何か口を開こうとしたが、しかし彼は休む間もなくいささか性急に言葉を継いだ。


 「いやはや、デビアス伯爵との謁見ご苦労さまです。多少時間がかかったようですが……。それで、結果の方はどうなりました?」


 何とも単刀直入な問いに、ジーナスは苦笑を浮かべざるをえなかった。


 「カルビン卿こそ、教会大使としてのお役目お疲れ様です。おかげさまで、伯爵から快いお返事を頂くことができました」


 これにはカルビンという名の男性の顔がパッと明るくなる。


 「おお、では……」

 「ええ、星室庁の探石使ジーナス・ミカエロとして伯領内で仕事をしてよい、との仰せです」


 星室庁の探石使――星室庁とはヘルメス教の聖都ジュダにある教会総本山のことである。そのトップたる大法官はすなわち全教会の最高権威者であり、王国及び七守護領にいる聖職者たちの叙任権をその手に握っている。当然聖界の人事を通じて各国に多大な影響力を行使できるはずだが、しかし実際には諸侯の力に阻まれて、さほど自由に動けるわけではなかった。そのため歴とした星室庁の役人であっても、国内で任務を行なうにはいちいち守護たちの許可を必要とする。むろん探石使の官に就くジーナスも例外ではなかった。


 「フムフム、もちろんその仕事の名目というのは……」

 「はい、グリアモスの石に関しての()()()()です」


 その一言にカルビンは深く二、三度うなずいた。


 「うむ、さすがは猊下の覚えめでたきジーナス殿、抜かりなどありませんな。建国祭の準備で閣下も忙しい中、謁見が滞りなかったようで何よりです」


 ここでカルビンは周囲を――特に衛兵たちを気にしてから、声を落とした。


 「それにしてもあの情報は本当なのでしょうか?」

 「錬金術師の男のことですか?」

 「ええ、あまり信用のおける者とは思われませんが」


 次いで再び心もとなげな顔となる。そのコロコロ変わる表情は冷静沈着を第一資格とする大使にはあまりふさわしいものではない。だがジーナスは明らかに年齢も格も下であり、努めて相手の器量を危ぶむ内心は出さずに答えた。


 「確かに素性の怪しい男ですが、しかし情報料は一切求めずしかも我々に同行したいとまで申しているのです。その言葉が全くの出鱈目だとは思えません」

 「では……」

 「はい、彼の地へは彼も一緒に行くこととなります」


 そう断言すると、青年はふと何かに気づいたようにカルビンの背後に目をやった。大使がつられてそちらを振り返ると、7、8デールほど向こうから実に恰幅の良い貴族装束を纏った男が、堂々たる足取りで二人の方へやって来るところだった。男はジーナスたちに気づいているのかいないのか、部下とおぼしき数名の人々と歩きながら何やら話をしている。その姿に、カルビンが意外そうに呟いた。


 「あれはドラゴールの外務大臣……」

 「バルトロメオ卿です」


 ジーナスの目は、明らかに警戒心を隠しきれていない。外交の責任者が特別の日以外に自ら他国の宮殿を訪れるなど、およそ碌なことではあるまい。


 「伯爵に御用でもあったのですかな」

 「それは私などには分かり兼ねますが、ただのご挨拶でないことは確かでしょう。卿はドラゴール侯の片腕とも目されるほど重要なお方ですから。あるいは何かの交渉かもしれません。まあ、ここで色々と詮索しても仕方のないことですが。

 ――さて、では準備もありますゆえ私もそろそろ下がらせて頂きます」


 そう言って隣国の外相が間近に来る前にジーナスが辞去しようとすると、最後にカルビンが声をかけた。


 「微力ながらご武運を祈っております。……それにしても探石使とはつくづく大変な職務ですな」


 そのいかにもな労いの言葉に、ジーナスが思わず笑みを零す。だがそれは諦めの苦笑ではなかったらしく、その証拠に彼は続けて自信に満ちた声で答えた。


 「いえ、私にとってこれほどやり甲斐のある仕事など他にありません。まさしく天職なのです」


 そして改めて会釈すると、呆気に取られた表情のカルビンを残して、今度こそ本当に黒の扉の方へ意気揚々と立ち去って行くのだった。

 

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