2話 なじみ「されど機会失くしてそれは語られない」
「小鉄ー、部活に入らないか?」
「ごめん、渚朝。僕にはやらなきゃいけないことがあるっ!」
小鉄はそう言って、女の子を追って行った。まったくアイツは、女と言う生き物に振り回され過ぎなのだ。もう少し自分を持った方がいい。女の子は余裕のある男を好むのだ、ああもぐいぐい行き過ぎると、かえって嫌われるものだ。
オレは坂原さんを発見した。
「あ、坂原さん! 好きー!」
「げっ!」
四月十七日、月曜日。オレは授業の間に挟まる休み時間に『映画鑑賞研究部』を作るための部員を探していた。難航するメンバー探し、そこに現れる一筋の光。坂原華音を見つけてしまったのだ。これはオアシス、または冬のコタツ。それほどまでに安心感を与えてくれる彼女は、大きな声でこう言った。
「もういい加減にしてよー!」
こんな感じの日常が、平日が始まります。
だがその前に、少し回想させてもらう。まずは土日の思い出を語ろう。
どうもこんにちは、オレの名前は一草渚朝、高校一年生だ。ニュースで人の訃報を聞きながら朝ご飯を食べていた。今日は母親が買ってきたパンである。
昨今、行方不明の件数が増えているらしい。七年以上が経過し、死亡として扱われているものもある。俗に神流崎遊園地集団失踪事件と呼ばれるものがあり、その日遊びに行っていた人たちが一人残らず消えたという事件だ。修学旅行生もいたようで、ちょっとした事件になっていた。だがそれも、もう昔のこと。ふと思い出すレベルの事件になっていた。
「こわいなー」
オレはパンを食べ終わる。そして自室へ向かった。
ここだ、ここがおかしいんだ。オレは朝起きて、ご飯を食べて、そして自室に向かった。
こんな違和感、オレじゃなきゃ見逃しちゃうね。
そう、顔を洗っていないのだ。なんならトイレも行っていない。
目が覚めてなかったのだろう、朧気な脳内にインターネットの情報を投げ込んでも、何も定着するはずもなく、気づけば夜になっており、オレは土曜日を盛大に無駄にした。
何の動画を見ていたのかですら思い出せない。
一体何の時間だったんだ、これまでは。……がくっ。
その虚無感に襲われながら、母親が作ってくれたカレーを食べた。その後お風呂に入ったりいろいろして、寝た。
日曜日がやって来る。気づけば終わっていた。
何をしていたのかですら思い出せない。あれ、オレは何をしてこの一日を過ごしたんだ。
そんな虚無ともいえる生産性のない休日を過ごしたオレであったが、ここでちょっと立ち止まって考えてほしい。休日だぞ、休みの日だぞ……。オレの過ごし方が一番に決まっている。何もしない日こそ甘美なる嗜好なのだ。逆に考えて、休日くらいでしかこのような過ごし方はできないしな。
ということで、オレはその養った英気を存分に振るい、告白をしているわけである。
「渚朝」
「あ、なじみ」
時は戻り、月曜日。坂原さんに告白していると、横から赤井なじみに声をかけられた。
彼女は言う。
「小鉄はどうだった?」
「断られた」
「そっかー」
残念そうに肩を落とす彼女。ちらっと坂原さんを見てみると、彼女も申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「つまり……まだ誰も誘えてないってことか」
「三人」
怨念を込めて呟くなじみ、彼女はこう続ける。
「道のりは長いわね」
そう、今日の朝、オレ達の担任である薬弥先生に部活申請についてこう伝えられた。
「許可は出た。あとは人数と顧問だな。ふふふっ、顧問はやはり」
その後は聞いていない。職員室に呼ばれなかったオレは、坂原さんとなじみと薬弥先生、この三人の会話を職員室のドア越しに耳を澄ませて聞いていたのだ。ゆえに不審者。ガチムチであり最恐、最も恐れられている生徒指導の先生に注意され、オレは引きずられながらその場から離された。
だが最初だけで十分。とりあえず人数さえそろえば部活はできるのだ。
しかしそれが鬼門。オレ達は特に案も出せず、授業が始まるので教室に戻った。
数学を学び、体育が始まった。
更衣室でオレ達は着替える。もちろんだが男女別の部屋だ。
小鉄は言う。
「ノゾキって興味あるか?」
「昨今の事情を鑑みて、ここはないと答えておこう」
高山、葉山、小堂が「それはダメだろー」みたいに茶化してきた。オレは笑ってこう答える。
「そうだよな、やめとけ、やめとけ!」
そう、オレはなかなかにクラスに馴染むことができた。よくある階級制というか、グループ間の距離が開きすぎてもう崖になっているようなちょっと厳しいクラスではなく、オレの所は、これは男子に限る話だが、かなり仲良しだと思う。大人しい子も、コミュニケーションが苦手な子も、一週間も経てばそれなりに話せるようになっており、話し合いも円滑に行えるようになった。いつか男子全員でご飯を食べに行こうという話も出ているくらいだ。俗に陽キャと呼ばれる人物が多く固まっていたおかげだろう。俗に陰キャと呼ばれている人物もその皮をむいて明るくなっている。光がでかいほど影が濃くなるというが、今回は例外だったようだ。
しかしこれにも問題があり、少しずつ女子との距離が離れて行っているような気がするのだ。杞憂であればいいが、他のクラスよりも男子と女子の交流が少なく感じる。
だがこれはもしかしたらオレのせいなのかもしれないので、何も言わないようにしていた。そう、初日にオレが告ったせいで、なんとなく男女が仲良くなる機会を失ったようにも思えるのだ。
ミスだったと思う日もあったが、もうどうしようもないのでとりあえずオレはオレで動くことにする。ファーストペンギンにオレはなるのだ。
そんな時にノゾキをやるなんてあり得ない。あり得なさすぎて小鉄をぶん殴りたくなるレベルだ。というかコイツのせいでもあるんじゃないのか、女子が警戒しているの。
まったく、現代に魔女裁判が無くてよかった。おそらくオレと小鉄は死んでいる。
そんなことを考えながら着替えをして、グラウンドへ向かった。
オレ達の学校はやや特殊で、他クラスと合同で体育を行う。
一組なら二組と、三組なら四組と、五組なら六組と。先生が大変そうにも思えるが、うちの学校はなぜか優秀な教師がそろっているので何とかなっていた。どうにも体育という場で知り合いを増やしてほしいという学校側からの計らいなのだそうだ。
しかし面白いことに、男女は別だ。保健体育のせいかもしれないが、男女別で体育を行う。仲良くなってほしいなら男女を混ぜろとも思うが、男子の体格で思いっきりサッカーとかやっちゃうと女子は怪我しそうだし、これでいいんだと納得した。
オレ達はグラウンドでまずはストレッチをする。その後先生から色々説明されたが、オレは聞いていなかった。なぜなら同じグラウンドで坂原さんがストレッチをしていたからである。
グラウンドを半分に分けて男は右、女は左で授業を受ける。だから、見る分には困らなかった。
□■□■□
私の名前は赤井なじみ。もうすぐ体育が始まるので体操服を持って更衣室へ向かった。
当然のごとく着替える面々。私は己の小さき胸を守るようにして着替えた。特に坂原さん、彼女はヤベエ。その胸の圧倒的な弾力は、空気を弾き私を攻撃してくる。
まったく渚朝が好きになる理由もわかる。私も大きい方が好きだし。違う、男子の妄想は今はするな、学校だぞ全く。しかしむっつり変態だな、渚朝は。身体に釣られやがって。
私はそんなことを考えながら着替える。
「……」
ちょっと周りを見てみた。完全にグループで分かれている。仕方がないことだし、そっちの方が話しやすいのもわかるが、私としてはクラスみんなでワイワイしたい。
なにか策を考えないと。そんなことを考えた。
場所は移りグラウンドへ。私たち女子は男子とは違う場所に集まった。
口々に男の話が走る。あの子格好いいだとか、体格いいねだとか。私もそれについてはおおむね同意であり、もう少し眺めていたい気持ちもあったが、どうしてもアイツが邪魔をする。
一草渚朝。奴がずっとこっちを見つめているのだ。なんだあいつは、しかも視線を辿るとそこには坂原華音がいる。坂原さんは真面目に先生の方向を向いているが故、渚朝からは後姿しか見えないはず。……はっ、お尻!? あいつ、とんだむっつり君じゃねえか。これは後でお仕置きですね。
ごほんっ、そんな変態のことは置いておこう。しかし問題なのはこの学校のシステム。他クラスと合同で体育を行うため、ある程度のコミュニケーション能力を求められるのだ。まだクラスの人とも馴染めていないというのに、厄介極まりない。
そして追撃するように、ちょっとぽっちゃりしている女の体育教師はこう言った。
「二人一組を作ってください、一緒にストレッチをしましょう」
マジかと思い、私はこの学校で出来た友達を見る。名前は漆内琥珀と篠原芽衣。篠原さんにはちょっと前に映画を貸してもらった。しかし気づけば彼女らは二人でチームをすでに組んでおり、三人グループの欠点があらわになってしまった。てか相談もなしに組んでるのちょっと悲しい。
坂原さんを探そうとしたその時、先生は言った。
「そうだわ、他クラスの人と組みましょう、仲良くなるチャンスだしね」
とんでもない無茶ぶりだ。だが、ちょっと嬉しかった。悪い子かもしれない、嫌な子だとは私もわかっている、だが、篠原さんと漆内さんが組めなくなってちょっとホッとした。
私は適当に探してみる。ふと、話しかけやすそうな女の子がいたので声をかけた。
「こんにちは、私と組んでくれませんか?」
普通、こう言うのって先生が割り振ったりするものなのにな、などと考えながら、私は黒髪の女の子を見る。かわいらしい顔だ。守ってあげたくなる。だが、その鋭い目つきは少し威圧感を覚えさせてきた。
しかし身長が低い子だ。平均よりもちょっと低いくらいかな。私が平均よりもやや高いのでよりそれを感じる。
そんな彼女は、微笑んでこう言った。
「ありがとう、よろしくね」
「うん! わたし、赤井なじみ。よろしくね」
彼女は言った。
「私の名前は万葉木夕奈、ただそれだけよ」
少し飄々とした子だなーと、思った。
私はその万葉木さんとストレッチをする、二人組でやるやつだ。背中を合わせたり、足を合わせたりするやつ。
しかしどうにも万葉木さん、体が柔らかい。やってて気分がいい。何より体のフォルムが私と似てるから親近感を覚えるよ。
なのでちらっと誘ってみた。
「万葉木さんは映画とか好き?」
「うーん、どちらかと言えば好きかな」
「あ、じゃあさ、部活入らない? 今『映画鑑賞研究部』っていう部活作ろうとしてて、三人集めなきゃいけないんだよね」
だが彼女は、ちょっと申し訳なさそうにこう伝えてきた。
「ごめん、疲れるの嫌だから帰宅部になるつもりなの」
「ああ、そっか……」
まあ、そういう子もいるのだろう。そんな会話をしながら、私たちのストレッチは幕を閉じた。今日はサッカーをやる日だ、男子たちもそうらしい。
あっちはもう始めてる。早いなーなどと思いながら、男の子たちを見ていた。
ジャンプした時の空気抵抗で服がめくれ上がることがあるだろう、その時ちらっと見えるお腹にちょっとドキっとしてしまう。あーあー、願望だけど、渚朝にハットトリックとかしてもらいたいなー。そしたら幼馴染として自慢できるのに。
ジーと見つめていると、顔面でボールを受ける渚朝が見えた。ダメだこりゃと思いながらも、クスリと笑ってしまう。
□■□■□
時は戻り、ストレッチの相方探しへ。
赤井なじみは万葉木夕奈とマッチングした。ならば坂原華音はというと。
「こんにちは、柊晴夏です。よければ一緒に踊っていただけないでしょうか?」
「……」
坂原はきょとんとした。柊は焦ったようにこう言う。
「あ、ごめんジョークのつもりだった」
「あ、なるほど、よろしくこねがいします」
「ふふふっ、ありがとう。君の小願い叶えちゃうよ!」
ということで、坂原は柊とストレッチすることとなる。柊晴夏、万葉木夕奈の数少ない友人であり、中学から積み上げて来た親密度により、その地位は不動の親友となっている。そんな彼女はこんなことを言い出した。
「坂原さんは部活とかって入ってますか? わたし何かに入りたいなって思ってて」
「映研に入ってますよ、あ、まだか」
「え、この学校映研あるの!?」
「実は……」
説明を始めた坂原。その説明を聞き終えた柊は目を輝かせてこう言った。
「楽しそう!」
「それなら、入ってくれませんか?」
「いえす、楽しみでござんす!」
せっかく容姿も可愛く、男受けしそうな少しむっちりとした体つきなのに、言動から溢れる渋さによって恋人ではなく友達として認識しそうな男の子が多そうだなと、それがもったいないなーと思う坂原。そんな坂原は微笑んでこう伝えた。
「お待ちしています」
そんな感じで、部員一名を獲得した。
昼休み、体育も終わりお腹が空いたといったとこで昼食が来るのはかなり嬉しい。そんなことを考える一草渚朝。彼と赤井に坂原はこう言う。
「部員一名ゲットです」
「ほう」
赤井なじみは顎に手を置いた。オレは少し考えこう言った。
「三人いて三人誘うのなら、一人につき一人誘うって感じだよな」
赤井なじみは頷く。そしてこう言った。
「坂原さんの役割は終わり。あとは私たちね」
「そうだね、がんばろう」
「棒読みやめてよ。……期待してるんだからね、ファイト」
「おう!」
そんな会話をするオレ達を見つめる坂原さんは微笑んでいた。
オレは高らかにこう叫んだ。
「一人誘うだけなんて、よゆー!」
「ごめんなさい、今日は無理でした」
放課後がやって来た。オレは昼休みに掲げた目標を達成することなく一日を終えた。
赤井なじみも同じようで、悔しそうな表情を浮かべていた。そんなところへ柊さんと万葉木さんがやって来る。
事前に紹介されていたので名前はわかった。
てか、この人知ってる。オレは万葉木さんを見てそう思った。
なんか強そうな人。そんな万葉木さんは「こんにちは」と言う。柊さんもそう言った。
とりあえず顔見せは終わった。あとは簡単な説明をして、柊さん達を帰した。
万葉木さんと柊さんは帰る。その後ろ姿を眺めながら、オレは考えた。
一緒に昼飯を食べる関係、それだけだけど、誘ってみるか……江永亭徒を。
ぶるっとした悪寒を覚える坂原さん、オレはその意味を知らない。