1-04 最初の一歩
今回は少し短めになってしまいました。
ご容赦を。
2024/10/3
細かな修正を致しました。
2025/2/17
細かな修正を致しました。
「あ、あの〜……」
「はい、何かお困りでしょうか?」
何やら難しそうな書類に目を通している受付の女性に、小声で恐る恐る声をかけると、すぐにこちらに気付いて対応してくれた。
ギルド職員の女性の懇切丁寧な反応に、ミルフィも一抹の安心感を覚える。
「えっと……私、冒険家になりたいんですけど、資格とかって」
「それでしたらすぐにでもお作り致しますよ。そうですね……10分程度頂ければ」
「あっ、そんなに……てっきり丸1日くらいかかるのかなって」
「発行だけなら3秒で終わりますね」
ばっさりと平然にそう言い放つ女性に、それはいくらなんでも早すぎなのでは、と思わず突っ込んでしまうミルフィ。
すると、その長髪のスーツ姿の女性はくすくすと笑い、
「流石に盛り過ぎました。ただ、本来なら長〜〜〜〜〜〜い『コボルトも納得! 冒険家なら身につけておきたい知識講座』なるもののガイダンスを、小一時間近くかけて受けて貰う必要があるんですが、最近は急激に冒険家の数も増加傾向にあり、私共の人手不足も相まって、面倒な手続きは殆ど全部カットするように、と指示されているんです」
説明しながらも、彼女はミルフィに1枚の紙を手渡す。
それは、ライセンス登録に必要とされるであろう手続きの為の用紙であった。
しかし、
「……な、名前だけでいいんですか?」
「名前だけでいいんですよ」
その紙には、氏名の記入欄の項目しか無く、余りスペースには見慣れない2頭身のデフォルメされたオリジナルであろうミニキャラと、空白を埋める為なのか矢鱈大量のデコレーションが書き連ねられており、『今日から君も冒険家だ!』と取って付けたような謳い文句も一緒に、紙面上に描かれていた。
本来ならせめて、名前以外に年齢や生年月日、顔写真くらいは必須要項の気もするが……
「むしろ冒険家に於いては、年齢や生年月日なんて関係ないですからね。特に女性の冒険家ともなると、そういうデリケートな部分は気にされる方も多いので。それ以外の事は私共から直接お伺いする事は無いかと……個人的に気になる所は、お尋ねする事があるかもしれないですが」
「は、はぁ……そういうものなんだ……」
と、ミルフィは自分の名前を書いて、女性に返却した。
それにしても、手続きの件といい随分と都合の良いように簡略化されているが、それはそれで大丈夫なものなんだろうか、とミルフィは疑問符を浮かべる。
そんなミルフィの様子を知ってか知らずか、女性はぽつりと愚痴るように呟いた。
「生々しい話なんですけどね」と一呼吸置いてから、「昔は筆記試験、実技試験と項目があって、その全てを満たさなければ冒険家になれなかったんです。実際、冒険家は常日頃危険が付き纏うような仕事です」
その言葉に、ミルフィは強く頷いた。
冒険家が相対するのは、7割近くが「自然」と言われている。
時にそれは、自身の予測を遥かに超える未知の脅威となり、己だけではなく、仲間にも容赦なく牙を剥いて襲いかかってくる。
幾ら用心に用心を重ねていたとしても、だ。
何時いかなる場合でも油断大敵。
魔物には極力見つからず、真正面からよりも死角から強襲。
そんでもって一撃必殺で刈り取る。
それは、幼少の頃より父であるビューニによって、口酸っぱく叩き込まれている事だった。
ですが、と彼女は続ける。
「1度の試験に受験者のおよそ1割未満しか合格出来なかった、なんて事態もあったみたいです。というのも、その難易度もさることながら、ギルド協会の幹部クラスに賄賂を渡す人や、元々が冒険家の血統だからと、無理矢理受からせる人が後を立たなかったんですね。挙げ句の果てには、気に入らない人はその試験教官の独断と偏見を以て優秀であっても落第扱い、などと散々やりたい放題していたことが後に問題視されまして」
「う、うわぁ……」
「ですが、今では冒険家志望の人も増えて、その冒険家自体も昔と比較すればかなり希少価値が下がったことで、ブラックリストに載っていない方であれば、誰でも冒険家になることが出来るんです」
「ブラックリスト?」
何やら不穏な単語だ、とミルフィは身を強張らせた。
「簡単に言うと、略奪行為や殺人行為を行った事のある当該の方ですね。そういった前科がある方は、残念ながら冒険家には戻れませんので注意して下さいね?」
「う……は、はい……キヲツケマス……!」
後半にかけて、明らかに女性の語気が強くなったのを感じ取り、思わず片言で返したミルフィは、3歩ほど後退った。
一瞬だけ、これまで経験したことの無い程の重圧感が背筋を伝う。
目の前の、朗らかな女性が発すものとは、到底信じられない迫力であった。
(この重圧感、お母さんに似てる……!)
そういえば、母であるエヴァンタもミルフィに限っては、ほぼほぼ怒った所は見た事はないが、父であるビューニに対しては、受付の女性と負けず劣らずのプレッシャーを放っていた。
まさに、その時の圧そのものである。
しかし、次の瞬きの間には目の前の女性もすっかり元の調子に戻っており、先程の様子でそういえば、ミルフィに問いかけた。
「お名前は……ミルフィさん、で宜しかったですか?」
「は、はい。よろしくお願いします!」
「私の名前はロア。ロア・バーヴァリオン。ミルフィさんが冒険家を続けて行く以上、きっと長いお付き合いになるかとは思いますが、何卒よろしくお願いします」
と、ロアと名乗ったクールビューティー風な女性が一礼したのを見て、ミルフィも過度に緊張しながら「こ、こちらこそ」と頭を下げた。
(や、優しい人……なんだよね?多分……)
首筋を針で刺されたかのような鋭利な眼光がふと脳内に蘇ったが、首をぶんぶんと強く横に振って、ひとまずは忘れることにしたのだった。
第4話読了ありがとうございました。
次回を楽しみにしています、という御仁は、何とぞ感想などお願い致します。