第198話 現金な奴等
「うぐっぅぅぅ・・・」
「た、助けて・・・」
「くっ・・ありぁ何だ!?リザードマンの上位種?!ちっ!あれがドラゴニュートか?!調子に乗り過ぎて奥まで来過ぎたか・・・」
リザードマンと戦い楽勝と勢いに乗った冒険者達が縄張りの奥まで足を踏み入れていた。そして冒険者達は目の前に立ちはだかる数十体のドラゴニュートと対峙していた。足元には先行した冒険者達が数名呻きながら倒れている。
「くっ・・・来るぞ!!」
「きしゃぁぁぁぁぁ!!」
浮き足立つ冒険者達にドラゴニュート数体が襲い掛かる!!
ドラゴニュートの鋭い爪が振り下ろされる。それを剣士の男が剣で受け止めようとするがあまりの威力に剣を弾き飛ばされる!
がぎぃぃん!!
「ぐはっ!!し、しまった!!」
男の腕が痺れたたらを踏んだ瞬間、男の腹にドス黒い棘が無数に生えたドラゴニュートの尾が勢いよくめり込んだ。
どずぉぉぉぉ!!
びきっ・・べきっ・・・
「ぐべばぁぁぁぁぁぁ!!!」
どざぁぁぁ・・・
男が胃の中の物を撒き散らし吹き飛び地面に打ち付けられ転がる。そして他の冒険者達も同じくドラゴニュートの攻撃に耐えられず呻き声を上げながら辺りに転がっていた。
「・・・あ・・あぐっ・・ぐふっ・・む、無理だ・・」
「け、剣が・・・通らねぇ・・・」
「・・た、たった一撃で・・・このダメージは・・・がふっ・・」
そして立ち上がる事が出来ない冒険者達にドラゴニュート達がトドメを刺そうとゆっくりと迫る。その表情には人間を見下したような笑みが溢れるように見える・・・
「ぐっ・・こ、これまでか・・・」
「い、嫌だ・・・死にたく無い・・・」
「だ、誰か・・た、助けて・・・」
動けない冒険者達は恐怖に顔を歪め鋭い爪を振り上げるドラゴニュートを見上げていた・・・
「くっ・・くそっ・・」
冒険者の男が覚悟を決め、その瞬間を待つように歯を食い縛る・・・
ざしゅ・・・
どさっ・・・
・・・だがその時、振り上げたドラゴニュートの手首から先が宙に舞い地面に落ちた・・・
「・・えあっ?!」
「ぐぎぇらぁぁぁぁぁ!!!」
ドラゴニュートが激痛に叫び声を上げる。冒険者達も何が起こっているのか分からず唖然としていると冒険者の魔法使いであろう女性が空を見上げ指を差す。
「あ、あれは何?!」
「んあっ?!」
思わず空を見上げた冒険者の男達の見たものは空から蒼白く光輝く無数の矢が降り注ぐ瞬間であった・・・
ずどどどどどどど!!!!!!
「のあぁぁぁぁぁ!!!!」
冒険者の男達は訳も分からずその場で固まり仰け反ると目の前のドラゴニュートの群れに光輝く矢が降り注ぐ!!
「ぐげぇぇぇーー!」
「ぐぎゃげぇぇーー!」
「ぎげぎゃゃーー!!」
冒険者達は逃げ惑うドラゴニュート達を問答無用で貫く光の矢を呆然と見ていた。
「・・な、何なんだよ・・・これ・・」
「・・あ、あのドラゴニュートの外皮を紙みたいに貫いて・・・」
「こ、これは魔法・・・?!こ、こんな圧倒的な魔力・・・はっ!・・き、聞いた事があるわ・・・セルフィア王国には高ランクの焦げついた依頼を処理する国王陛下が認める凄腕の冒険者が居るって・・・」
「あ、あぁ・・・そ、それなら俺も聞いた事がある・・・途轍もない魔力で魔法を使うが何故か両の拳で敵を粉砕撃破する・・・た、確か・・・傍若無人の・・・」
「・・・爆拳のサーシャだ・・・確かエルバンス侯爵令嬢だ・・・その拳の前ではドラゴンすら目を逸らし道を開けるとか・・」
冒険者達が噂をしていると不意に背後の木々が揺れる・・
がさっ・・・
「もう!!それがこのか弱い女の子の噂話なの?!」
「えっ・・・」
冒険者達が一斉に振り向くとそこには頬を膨らませ両の拳を腰に添えるサーシャの姿があった。
「まさか・・あ、あの・・・子供が?!」
「しっ!!聞こえるぞ!迂闊な事を口にするな・・・ま、間違いない・・・み、見た目に騙されるな・・あれは人の皮を被ったデーモン族って噂だ・・・」
「えあっ?!デ、デーモン族?!」
ずどっ!!!
「ひぃっ!!!」
突然、男の股の間に蒼白い矢が突き刺さる・・
「そこっ!!私が何ですって?」
サーシャが目を細めて冒険者の男を見据える・・・男は股間スレスレに刺さった矢をみながら脂汗をかき無理やり笑顔を作る。
「・・えっ・・い、いえ・・な、何でもな、無いです・・・ははっ・・ははっ・・・」
「お、お前こそ迂闊な事を言うなよ・・」
冒険者達が脂汗を垂らす・・・
「ふんっ!まあいいわ!」
サーシャはいつもの事の様に面倒くさそうに辺りを見渡すとサーシャの魔法を受けながらも死なずに瀕死で蠢くドラゴニュートが目に映る。
(ふーん・・・殺すつもりで撃ったのに・・・あの時のドラゴニュートとは違う見たいね・・・それに・・・)
サーシャは感じた事の無い強力な波動を感じ森の奥に目を向ける。
(・・・これは神力・・・それも八岐大蛇級・・いえ・・それ以上・・・)
「サーシャ様。どうされましたか?」
ギルマスのグレイバスが森の奥を見つめるサーシャに声を掛ける。
「・・・この先に三体・・強力な個体が居るわ。今居る冒険者では太刀打ち出来ないわね・・・」
(強力な個体同士の繁殖で突然変異したのね・・・取り巻きにも強い個体が数体いる・・・さっきのドラゴニュートクラスもまだ百十数匹居るわね・・・)
倒れて項垂れ満身創痍の冒険者達をチラリと見る。
例えこの冒険者達を回復した所でさっきのドラゴニュートに圧倒されるレベルでは強化しても死人が出るのは必然であった。
「なっ・・・それ程の魔物なのですか?!ここには我々を含めてCランク以上の冒険者が六十名います!それでも・・・」
「瞬殺よ・・・さっきのドラゴニュート如きに遅れをとっている様じゃお話にもならないわ。例え私が強化魔法をかけたとしても無理ね。」
(だけど陛下からは冒険者ギルドの顔を立てろと言われてるし・・・私一人だったら楽なのに・・・あーー面倒臭いわ・・・はぁ・・・)
サーシャは肩を落として満身創痍の冒険者達に目を向ける。さっきのドラゴニュートにやられ約二十人の冒険者が寝かされ数人の回復士が必死に魔法をかけている。中には重症者も数人いて回復が間に合ってないようであった。
「はぁ・・・しょうがないわね・・・天界神聖魔法〈リジェネレイト〉!」
・天界神聖魔法〈リジェネレイト〉
身体のあらゆる方面の自然治癒能力を促進する。傷や怪我はもちろんの事、状態異常すらも回復させる事が出来る。
サーシャが面倒臭さそうに冒険者達に手をかざすと怪我人全てを収めるように蒼白く輝く魔法陣が展開された。
「えっ?!な、何?!」
「こ、これは・・・か、回復魔法?!」
必死に怪我人の治療をしていた回復士達がサーシャの圧倒的な魔力に手を止めて唖然としていた。
ふと見れば自分が必死に回復魔法を掛けていた怪我人の傷が瞬く間に塞がっていく。千切れかかった腕や足も脇腹を抉られ絶望的だった傷も瞬く間に塞がっていった。
「うっ・・・お、俺は・・・生きて・・」
「お、俺の腕は・・・う、動く?!」
「・・う、嘘だろ・・俺は・・脇腹を抉られて・・・」
重症だった冒険者達が上半身を起こし自分の身体を撫で回す。
助けられた冒険者達は思わず目の前の回復士達の手を取ると座り直し土下座する。
「ありがとう!!あんたは命の恩人だ!!この恩は忘れねぇ!!」
「おおうよ!!何かあったら言ってくれ!必ず力になるぜぇぇ!!」
助けられた冒険者達が回復士の女性達に詰め寄る。
「えっ・・・あ、あの・・・」
「い、いえ・・私は・・そ、その・・・」
困惑する回復士の女性達がサーシャを見つめるがそんな注目も気にせずに次の魔法を発動させる。
「天界神聖魔法〈オーバーオール(小)〉!」
サーシャが立て続けに放った魔法が大きな魔法陣を描き再び冒険者達を聖なる光で包み込む。
「な、何だこの光・・・か、身体の底から力が溢れて来る・・・」
「えぇ・・・私も魔力が・・身体の底から溢れて来るわ・・・」
冒険者達が口々に自分の溢れる力に戸惑っていると面倒臭そうなサーシャの声が響く。
「あんた達!!早く立ちなさい!!
「へっ?!」
「えっ!?」
呆けたように冒険者達がサーシャに注目する。
「今、あんた達に身体強化魔法をかけたわ!これでさっきのドラゴニュートぐらいは倒せるはずよ!呆けてないで早く立って仕事しなさいよね!!」
サーシャの魔法であれば先程のドラゴニュートなら一掃出来るのである。しかしそれでは冒険者達を連れて来た意味が無くなる。国王陛下からの依頼もあり冒険者達にも活躍の場を与えてレベルを上げてギルドの顔を立てなければならないのだ。
「な、何だよ・・・偉そうに・・・」
「・・ふん。何であんな年下のガキに指図されなきゃならないんだ・・・」
理解が追いつかない冒険者達から不満の声が上がる。するとサーシャの顔色を伺っていたグレイバスがサーシャの眉間に皺が寄るのを見逃さず慌てて声を上げる。
「ば、馬鹿者!!く、口を慎め!!お前らの危機を救ったのはサーシャ様だぞ!!それに今、おまえらの身体能力は計り知れん程強化されているんだ!!さっさと自分の仕事をしろ!!」
グレイバスの檄に冒険者達は肩をすくめ顔を見合わせて立ち上がる。
「へいへい・・・わかりましたよ・・・てか、身体能力が強化されてるだって?どれ・・・」
格闘家らしき冒険者の男が徐に側にあった大木に三割程の力で拳を放った・・・
「よっと・・・」
ばきゃっ!!!べきべきべきべきっ・・
・ずずぅぅ・・・ん・・・
「えっ・・・あ・・へっ?!」
軽く放った男の拳は大木の幹に深く突き刺さった。そして大木は拳を撃ち込まれた所から縦に真っ二つに裂け左右に割れた・・・
「な、な、何だこりゃぁぁぁぁ!!こ、これがお、俺の力なのかぁぁぁ?!」
男は小刻みに震えながら自分の拳に目を落とす。周りで見ていた冒険者達も声も出せずに目を丸くしている。
「う、嘘・・・」
「こ、こんな強化魔法・・・ありえない・・・」
「あんた達!!前を見て!!今の音で奴らが来るわよ!!」
「えぇっ?!」
「はっ?!」
呆気に取られる冒険者達に喝を入れるようにサーシャが声を上げる。それと同時に森の奥から草木を踏み鳴らす音が段々と激しさを増し青黒い鱗を纏ったドラゴニュートの群が茂みの中から飛び出して来る!!
「ぎげぎゃぁぁぁ!!」
「ぐげぎゃゃゃゃ!!」
「うげっ!!」
「い、いつの間にっ!?」
(はぁ・・・本当にこれで冒険者なのかしら・・・)
サーシャは冒険者達が狼狽する姿にため息を付くとドラゴニュートの群れに手をかざす。
「天界神聖魔法〈ホーリーインパルス〉!」
ずばばぁぁぁぁぁぁぁん!!
「ぐげぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
サーシャが放った聖なる衝撃波はとびかかってきた数十体のドラゴニュートを最も簡単に森の中へと叩き返しその背後に控えていたドラゴニュート達諸共吹き飛ばした。
「あんた達。冒険者でしょ?しっかりしなさいよ!」
冒険者達がサーシャの魔法に唖然としている中サーシャは冒険者達を一瞥して何事も無かったように森の中へ入って行った。
「・・・あ・・えっ・・」
「・・・な、なんなんだよ・・・あのドラゴニュートを小蝿でも払うみたいに・・・」
「・・こ、こんな魔法見た事ないわ・・」
「あ、あれが・・・SSランク冒険者か・・・」
「おい!お前等!!ぼーっとするな!!次が来るぞ!!」
「へあっ?!」
グレイバスが棒立ちの冒険者達に檄を飛ばす!冒険者達は肩を跳ね上げ我に返ると目の前の茂みの奥から足音と共に気配が近づいて来る・・・
「ぐがるぅぅぅぅ・・・」
「ぐるぅぅぅぅぅ・・・」
「き、来たぞ!!か、構えろ!!」
「くっ!!き、来やがれ!!トカゲ共!!」
冒険者達が身構え様子を見ているとドラゴニュート達はさっきとは打って変わり静かに茂みから顔を出すと少し怯えたように辺りを見回していた。
「・・・ん?何か様子が変じゃないか?」
「・・え・・えぇ・・まるで・・何かを恐れているみたい・・・」
「・・・お、おい・・・も、もしかして・・さっきの一撃でビビってるんじゃないか?」
「「「あぁ・・・」」」
冒険者達が顔を見合わせゆっくりと頷く・・・
「・・・弱ってる上にビビってる今なら・・・」
「・・今がチャンス・・・だな・・・」
「よぉし!!行くぞ!!俺達の力を見せてやるぜぇぇぇぇ!」
「そうだぁぁぁ!!覚悟しやがれぇぇぇぇ!!!」
「うおぉぉぉぉーーりゃぁぁぁぁぁ!!!」
冒険者達は先程までの油断を振払い戦闘態勢を取ると今度は嬉々として一斉にドラゴニュート達に襲い掛かった。
「・・・こ、こいつ等・・・敵が弱ってるからって・・・サーシャ様のお陰で身体能力が上がっているからと言って・・・な、なんて現金な奴等なんだ・・・ギルドマスターとして少し恥ずかしいぞ・・・・」
グレイバスが頭を抱えてゆっくりと頭を横に振るのであった・・・




