第181話 森の最深部にて
ミハエル一行は森の中を二日程進み最深部へと踏み入った。ミハエル達は日も暮れて森の少し開けた場所で野営をする事にした。そして野営の準備をし日も落ちた頃、周りの森が騒めき幾つもの光る目に取り囲まれた。
ごるぅぅぅぅ・・・
ぐるぅぅぅぅ・・・
セイル達はこれまでも野営をする度に強力な魔物達に取り囲まれていた。そして最深部に入り取り囲む魔物の気配も油断ならないものになっていた。
(お、襲っては来ないと分かってはいても・・・なんか落ち着かないな・・・)
セイルはいつもより多い光る目を見渡しながら肩に力が入る。
「ミ、ミハエル殿・・・こ、これは・・だ、大丈夫・・・だよな?」
リベルトは後退り震える声で落ち着き払い食事の準備をしているミハエル達に声を掛ける。
「ん?大丈夫だよ。敵意も無いしみんな遊びに来たんじゃないかな?」
あっけらかんとミハエルが答えるとライナードがニヤつきながら寄ってくる。
「ふっ・・ミハエルがいれば大丈夫さ!それとも・・それでもリベルト王子も怖いのか?」
「なっ!そ、そんな事はな、ない!」
「そう?本当に大丈夫?」
カリンが悪戯っぽくリベルトの顔を覗き込む。
「だ、大丈夫だ!す、少しだけびっくりしただけだ!・・大丈夫・・だ・・」
少し虚勢を張るリベルトはライナードが親指で指差す方を見るとスレイド王国王子三兄弟が身を寄せ合いカタカタと震えている姿であった。三兄弟はここまで来る間にもミハエルが乗っている馬車と並走する巨大な黒い狼の群れに遭遇し、人間など余裕で一飲み出来るであろう巨大な赤い怪鳥が馬車のすぐ上を飛び怪鳥と目が合い威嚇されたりと気を抜く事が出来なかったのだ。三兄弟は只々ミハエル達と離れないように付いて行くので必死であった。
(そうね・・・普通の人間ならこれが正常な反応だと思うわ・・・エンペラーフェンリル率いるブラックフェンリルの群に大怪鳥ガルーダ・・・昨日は大魔猿デビルコング・・・その前はゴブリンロードに牛頭王ミノタウロス・・こんな魔物が目の前に現れたら怯えるのは当然の摂理よ・・・)
冥界蛇イグは三兄弟に憐れみの目を向けていた。しかしこの森の魔物達はミハエルの知り合いと言うだけで襲っては来ない。ただ対応の格差はあるようで一番格下は王子三兄弟であった。
ミハエルは母ソフィアから教わったレッドボアの煮込を作るためにアイテムボックスから既に切り分けてある具材と調味料を混ぜ合わせたタレを鍋に入れる。
「よし!これでしばらく煮込んで完成だね!」
ミハエルが火魔法で薪に火を付ける。そして暫く煮込むといい匂いが辺りに漂い興味を惹かれた魔物が姿を現した・・・
ぱきっ・・ぺきっ・・・
がささっ・・がさっ・・
ばきっ・・・べききっ・・
ごるぅぅぅぅ・・・・
ぐるぅぅぅぅ・・・・
匂いに釣られ木々を掻き分け姿を現したのは体長10m程の二つの頭を持つ犬のような魔獣であった。セイルを始めリベルトと部下達もギョッとして動きが止まる。
「ひ、ひぃ・・・あ、兄上・・あ、あれは何ですか・・・」
三男ミザルトが身体を強張らせながら長男アザルトの陰に隠れる。
「・・・あ、あれは・・・俺も文献でしか見た事は無い・・・あれは・・多分・・そ、双獄犬オルトロス・・・そ、それもあれは群れの長・・・キングオルトロス・・・人間がどう逆立ちしても勝てない存在だ・・・」
「ア、アザルト兄さん・・・だ、大丈夫だよな・・?こ、ここに居れば大丈夫なんだよな?」
レザルトも身体を強張らせてアザルトの陰に隠れる・・・
「ば、馬鹿!お、押すな・・・な、何もしなければ・・だ、大丈夫な筈だ・・・お、落ち着け・・俺たちは空気だ・・目立つ事はするな。声も出すな。ゆっくり息をしろ。いいな?」
(は、はい・・。)
(わ、分かった・・・)
三兄弟は声を顰めて辺りの気配に身を震わせた。そして三兄弟が見ているとキングオルトロスがミハエルの前で二つの顎を地面に付けて二本の尻尾をブンブンと振っていた・・・そう・・・ミハエル一行の周りに陣取って居たのはオルトロスの群れであった。
(あ、兄上ぇぇぇぇ!!あ、あれはどう言う事ですかぁぁぁ!!キ、キングオルトロスがあ、あんなガキに・・・)
(ば、馬鹿!!ミハエル殿にそんな言い方したら・・・)
ぐろぉぉぉぉぉ・・・
アザルトが小声でミザルトを諌めた瞬間・・ミザルトの顔を挟むようにオルトロスの顔が背後から顔を出す。
「あ、あ、あ、あぶぅぅぅ・・・・ご、ご、ごんなさい・・・ミ、ミハエルど、殿・・」
「ぐるぅぅぅ?!」
「・・い、いや・・ミ、ミハエル・・様・・」
「ごるぅぅぅ・・・」
顔を出したオルトロスは四つの目でミザルトを凝視すると納得したように森の中へ姿を消した・・・
(ふはっ、ふはっ、ふはっ、ふはっ、ふはぁぁぁぁぁぁぁ・・・あ、兄上・・・も、もう帰りたい!!このままじゃあ・・身体と心が持たない!!)
(ば、馬鹿な事をいうな!考えてもみろ!ここから俺たちだけで今日まで来た道を戻れると思うか?!えぇ?!あんな化け物が蠢く森の中を進む勇気があるのか!?よく考えろ!
ここは耐えるんだ!自分達の成長のためにだ!考えろ!!この試練を終えた時には俺たちは確実に強くなっている!!)
(う、うぅ・・・ふっ、ふっ、ふっ、ふぅぅぅ・・・も、戻るのは嫌だ・・・い、いや・・無理・・・な、なら進むしか無いって事だ・・・)
ミザルトは自信なさげに無理やり自分を鼓舞るする。
「あ、兄上・・が、頑張ってみるよ・・・だ、だから・・・お、おしっこ付いて来て・・」
ミザルトが我慢していたのか股間を押さえながらモジモジしていた。実はアザルトとレザルトも我慢していたらしく三兄弟が頷き合う。
「・・・よ、よし・・ちょっと待て・・・」
アザルトはゆっくりと中腰で移動すると近くにいたリベルトの服の裾を引っ張る。
「リベルト殿・・・」
「ん?!な、何だ?」
「・・・て、手洗いに行きたいのだが・・・い、一緒に・・どうだ?」
心なしかリベルトの口元が緩んだ気がする。
「むっ・・・い、いいだろう・・仕方ないな・・・一緒に行ってやる・・」
実の所リベルトもエントの祝福を受けているとは言え文献でしか見た事のないオルトロスの群を見て腰が引けて居たのだ。そして4人はゆっくりと立ち上がると辺りを警戒するように木々の中へ入って行った。
「「「「・・ふうぅぅ・・・」」」」
リベルト達が横一列になり限界近くまで我慢したものを解放する。
(ふう・・助かったぜ・・・流石に俺でも歯が立たない魔物ばかりだからな・・・)
リベルトも内心安堵していた。
「はぁぁぁぁ・・・危なかったぁぁ・・後2秒遅かったら漏らしてた・・・」
レザルトが全身の力を抜きながら解放感に浸る・・
「えっ?レザルト兄様の我慢してたのですか?!」
「ちょ、ちょうど俺もしたかったんだ!お、俺は一人でもい、行けたんだぞ!!」
「そ、そうだったのですか・・・そ、それにしても・・・リベルト殿が一緒なら心強いです。これで魔物が襲って来ても大丈夫ですね!」
ミザルトが笑顔でリベルトを見ると長男アザルトが放尿しながらミザルトに振り向く。
「ば、馬鹿!!こんな所でそんな振り的な事を言うんじゃない!お前がそんな事を言う時は・・・」
ぶぼぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!
バキバキバキィィィィィッッ!!!!
アザルトが言葉を続けようとするとミザルトの振りに答えるように四人の前方から雄叫びを上げながら何かが向かって来る!!
「な、何だ?!」
「のあぁぁぁぁ!!!だから言わんこっちゃないぃぃぃ!!!」
「この馬鹿ミザルトぉぉぉぉ!!!
「あっ!!兄上!!置いて行かないでぇぇ!!」
三兄弟はなり振り構わずズボンを引き上げる。そしてまだ出続ける小便でズボンを濡らしながらその場から逃げ出す!
「あ、あいつら・・・ちっ!仕方ない!」
リベルトはこのまま自分も逃げ出せば背後から襲われると思いその場で剣を抜き構える!しかしズボンをきっちり履く前に剣を抜いたためズボンが足首までストンと落ちた・・・そして落ちたズボンに足を取られてよろめく!
「あうっ・・・おっとっとと・・し、しまった!」
「ぐもぉぉぉぉぉぉ!!!」
リベルトがよろめき隙を付いて襲い掛かって来たのはブラッディベアーであった。龍峰山で暗黒神ドルゲルに恐れをなして森の中に逃げたがそのまま森の奥へ入り彷徨っていたのだ。そして美味しそうないい匂いに釣られてここまでやって来たのであった。
そしてブラッディベアーがふらつくリベルトに襲い掛かる!
「や、やべっ!!!」
ブラッディベアーの剛腕がリベルトに振り下ろされた瞬間・・・もう駄目かとリベルトは歯を食い縛り衝撃を覚悟する・・・
しかし・・・衝撃は来る事はなかった。リベルトが恐る恐る目を開けるとブラッディベアーの動きが何故か止まっていた。
「ぶ、ふもっ?!」
「な、何だ・・・何が起こった・・・ん?こ、こいつは・・ブラッディベアーか・・」
リベルトが目を凝らして見るとブラッディベアーの腕や脚に木の根や草の蔓のような物が巻き付き締め上げていた・・・
「ぶっ・・ぶもっ・・・ぶぶもっ・・・」
「・・・も、もしかして・・これが森の精霊エントの祝福か・・・た、助かったぜ・・」
リベルトは肩の力をズボンを上げて剣を収める。すると辺りから微かに骨を砕くような音と柔らかい物を咀嚼するような音が聞こえて来た・・・
バキ・・ベキッ・・バキキッ・・
くちゃ・・むちゃ・・くちゃ・・
「ん・・・?なんの音だ・・・?」
リベルトが森の中を目を凝らして見ると大きなオルトロスが二つの口でブラッディベアーを喰らってる姿が見えた・・・
「・・・あ、あれは・・ほ、他にも居たのか・・・ま、まぁ・・取り敢えず助かったんだ・・・も、戻ろう・・・」
ぐるぅぅぅぅ・・・
リベルトが広場に戻ろうと踵を返すと突然目の前にオルトロスの大きな顔があった。
「うおぉっ!!!な、な、何だ?!」
オルトロスは二つの鼻で驚くリベルトの身体をふんふんと匂いを嗅ぐと目を伏せて少し下がり顎を地面に付けた。リベルトは呆気に取られ暫く上目遣いで尻尾をパタパタと振るオルトロスを眺めていた・・・
「・・・こ、これも・・・エ、エントの祝福か・・・と、とんでもない力だな・・・」
リベルトは改めて実感するエントの力を感じながら森を見上げて自分を護ってくれた精霊達に感謝する。
ぐるぅぅぅ・・・ぐるぅぅぅ・・
ごるぅぅぅ・・・ごるぅぅぅ・・
リベルトがオルトロスの甘えたような声に我に返るといつの間にか目の前に数体のオルトロスが皆同じ姿勢でリベルトを見ていた。よく見ると目の前で動けなくなっているブラッディベアーをチラチラと見ながらリベルトの許可を待っているようであった。
「あぁ・・・そう言う事か・・・腹が減っているんだな・・・飯時だからな・・・」
チラリとブラッディベアーを見ると怯えてカタカタと震えていた・・・
「まぁ・・・お前も俺を襲った訳だし・・・じゃあな・・」
リベルトは目の前のオルトロスに軽く頷き踵を返す。オルトロス達はそれを合図に目の色が変わりブラッディベアーに襲い掛かった。
「ぐろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「ぶもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
森の暗闇にブラッディベアーの最期の雄叫びが響き渡るのであった。
リベルトが広場に戻ると再び三兄弟が身を寄せ合ってカタカタと震えていた。
「リ、リベルトど、殿・・・大丈夫・・だったのか?」
長男アザルトが少し怯えた声で話しかける。
「ふ、ふん!当たり前だ!ブラッディベアーごときでビビってどうする!」
(本当は相当ビビったけどな・・・)
(ブラッディベアー・・・)
冥界蛇イグは記憶を辿り思いに耽る。
「お前等!だから言っただろう?リベルト王子は大丈夫だって!少しはリベルト王子を見習うんだな!」
ライナードが吐き捨てるように言うと三兄弟は申し訳なさそうに項垂れた。三兄弟はブラッディベアーから必死で逃げ帰った後ミハエル達にリベルトが大変だと騒ぎ立てたのだ。だがミハエル達は鼻で笑い一言”リベルト王子なら大丈夫だ”と言ったっきり他ごとをしていたのだ。三兄弟は自分達だけ逃げ出し罪悪感を感じながら震えていたのだった。
「それにしてもこの森で俺たちに襲い掛かって来る魔物がいるとはな・・・」
ライナードが腕を組んで頭を傾げる。するとイグが不意に口を開く。
「ブラッディベアーは龍峰山の魔物よ。恐らく炎帝龍アグニシアの熱量に耐えきれずにこの森に逃げて来たのよ。可哀想にこの森のルールも知らずにね・・・」
「・・・そうか・・ならば急がないといけないな・・・だが・・取り敢えず飯にしよう・・」
ぐぅぅぅぅ・・・
リベルトは腹を抑えて良い香りのする鍋の近くに陣取るのであった・・・
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