第175話 尊敬の念
バルバード騎士団副団長マーベリア達は龍峰山から一番近い街である商業都市ガーゼイドの街へ向かっていた。ガーゼイドの街は獣王国バルバード領内の第二都市と言われる程大きな街である。
「ドルゲル殿。あの巌窟を抜けて馬で半日程走ればガーゼイドの街に着くわ。さっき合図弾を打ち上げたから仲間が向かって来ているはずよ。」
マーベリアが指差す方を見ると数百メートル先に岩をくり抜いた大きな巌窟が見えた。馬車が裕にすれ違える程の横幅があり高さも馬車を縦に重ねても余裕がある程だった。
「ほう。地上の生き物があれ程の洞穴を掘るとなると大変だっただろうな。」
「えぇ。この巌窟は全長約1kmあるの。バルバード王国、スレイド王国、クラインド王国の三国合同で両側から掘り進めて約三年かかったわ。だからこの山道を失う訳には行かないのよ。」
「なるほどな・・・だが今の俺でも穴を掘るだけなら三日もあれば十分だけどな。」
「えぇっ?!い、いや・・いくらなんでもそれは言い過ぎじゃないの?ははっ・・・」
マーベリアが疑いの眼差しで愛想笑いを浮かべる。
「ん?何を言っているんだ?この世界にも魔法があるだろう?魔法を使えば良いだけだ。」
「ちょ、ちょっと待って。この世界に穴を掘る魔法があるの?!」
「はぁ・・・やっぱりお前たちは魔法が何たるかが全く分かっていないんだな・・・」
ドルゲルが呆れた顔でマーベリアの顔を見上げると少し頬を赤らめマーベリアが目を逸らす。
「え、えぇ・・・」
「・・ふむ。じゃあ暇つぶしに少し教えてやろう。」
「お、お願い・・・します・・」
「ふう。まず魔法とは想像力と創造力だ。魔力により自然の摂理に干渉して事象を起こす事だ。ここまではいいな?」
「あ、あの・・想像力と創造力とはどういう事なんだ?」
部下の一人が質問するとドルゲルはカクッと首を傾げる。
「はぁぁ・・そこからか・・・全く・・いいか?『想像力と創造力』とは事象を思い描く力と思い描いた事を具現化する力だ!!例えばお前らが魔法を使う時に詠唱するだろう?あれは事象を思い描く為のきっかけなんだ。そして創造力によりそれを魔力で具現化するんだ!」
「な、なるほど・・・な、何となく分かった・・ような・・・」
ドルゲルは目が泳ぐ部下の男に頭を抱える。
「・・・はぁ。あまり分かっていないな・・いいだろう。お前・・見たところ少し地属性の魔法が使えるな?」
「あ、あぁ・・・」
「よし。実戦で教えてやる。少し手助けしてやるからそこの岩の壁に手を当てろ。」
「あぁ・・・こうか?」
男は言われた通りに岩壁に手を当てた。
「よし。お前は今からこの岩壁に丸く穴を開ける。俺が魔力の流れを教えるから俺の魔力の流れに沿って魔力を循環しながら頭の中で強く思い描け!」
「は、はい・・・」
男はドルゲルの言う通りに目を瞑り想像する。しかし今まで詠唱をぜずに魔法を発動した事が無い為にぶつぶつと声が漏れる。
(丸く穴・・丸く穴・・丸く穴・・・開け・・丸く穴・・丸く穴・・・)
マーベリア達が見守る中、男がぶつぶつと呟き続けて2分程経った頃であった・・・
ぼこっ!!
「ふん!やっとか・・・」
ドルゲルの声に男がゆっくりと目を開けると自分が手を当てた所が掌の大きさの円に抉れていた。
「こ、これは・・・俺がやったのか・・・ま、魔法を詠唱無しに発動したのか!」
「ふん!そう言う事だ。これで少しは分かったか?今の感じを忘れるなよ!これが普通に出来るようになれば無詠唱で魔法を発動する事も可能だ。」
「す、凄い・・・ドルゲル殿!!あんた凄いぜ!!ありがとう!!必ずものにして見せるぜ!!ありがとう!!!」
部下の男はドルゲルの手をとり何度も頭を下げていた。
「まっ・・頑張れ。」
ドルゲルが振り返るとマーベリア達があんぐりと口を開けて固まっていた・・・
「ん?どうした?」
マーベリアは唇を震わせながらゆっくりとドルゲルに歩み寄る。
「・・・ド、ドルゲル殿・・ど、どうしたもこうしたも無いわ・・・あ、貴方は今、この世界の魔法理論を根底から覆したのよ・・・想像した事を魔力で具現化するなんて・・そんな事・・・」
「ふん!何を言っている?元々魔法とはそういうものなんだ。お前らの先祖が魔法を退化させてしまったんだ。単純に決まった詠唱と魔法名によってただ魔力を込めれば良いだけの魔法にしてしまったんだ。だけどな、この世界にも正しく魔法を理解して使っている奴もいるぞ。お前達が知らないだけだ。」
「そ、そうなの・・か・・べ、勉強になるわ・・」
最初は自分を暗黒神と名乗るドルゲルの事を胡散臭く思っていた。ただドルゲルの桁違いの強さに頼っていただけなのだ。しかしマーベリア達はそれが段々と尊敬の念に変わりつつあるのを感じていた。
(こ、この知識・・・ほ、本当に神なのかも・・この人に付いて行ったら・・もっと私の知らない世界を知る事が出来るかも・・)
マーベリア達はドルゲルを尊敬の眼差しでドルゲルを見ていた。そしてドルゲルは歩き出す。
「さあ!行くぞ!」
「「「「「はい!!」」」」」
マーベリア達の声が揃いドルゲルの背中を追うのであった。
歩き進むと巌窟が段々と大きく見えて来る。巌窟の入口は切り出した長方形の岩で縁取りされ両脇には入って来る者を監視するかのように龍の石像が佇んでいた。
「ほう・・・確かに立派な洞穴だ。・・・だが・・すんなり通してはくれないみたいだな・・」
「えっ?!」
マーベリアが立ち止まり眉を顰めて振り向くとドルゲルは巌窟の中の無数の赤い光を見据えていた。ドルゲルの目には巌窟の中に蠢く魔物の群れを捉えていた・・・
「アレを見ろ。あの洞穴の中は魔物で溢れているぞ。アレはヘルスパイダーの群れだ。恐らく山頂が暑過ぎてあの巌窟を棲家にしようとしているんだ。どうするつもりだ?」
「何ですって?!」
マーベリアも目を凝らして見るとドルゲルと同じ光景が目に飛び込んで来た・・・
「そ、そんな・・・来た時には居なかったのに・・それにヘルスパイダーはBランクの魔物・・・ドルゲル殿の言う通りなら・・・危険度Aランク・・エビル・ヘルスパイダーも・・・そんな群れが襲って来たら・・・一溜まりも無いわ・・・」
「ふ、副団長・・・ど、どうしますか?」
「うっ・・くっ・・・」
マーベリアが言葉を詰まらせると部下の一人が恐怖のあまり声を上げる。
「ふ、副団長!引き返してスレイド王国に救援を求めるべきです!我々だけではどうしようもありません!このまま進んでも犬死にです!!」
「おい!お前!そんなに大きな声を上げると奴等に気付かれるぞ?!」
慌てて巌窟を見ると既に遅かった。蠢いていた赤い光が止まり幾つもの視線が突き刺さるのを感じる・・・ドルゲルは今にも溢れ出しそうな殺気を感じ巌窟を見据えながら口を開く。
「マーベリア。お前にこの状況を打破できる策は無いんだな?」
「・・・え、えぇ・・は、恥ずかしながら・・・無いわ。」
「・・・そうか。なら俺が手を出しても文句は無いな?」
「「「「「えぇっ?!」」」」」
マーベリアを始め部下達の声が揃う!
「ド、ドルゲル殿には策があるのですか?!」
部下の一人が思わず声を上げる。
「ふん。策も何も全部叩きのめせば良いんだろう?ただお前らは自分の任務だの責任だと意地を張る生き物だから聞いたんだ。」
ドルゲルは当然のように鼻で笑い飛ばす。するとマーベリア達は顔を見合わせて頷くと踵を揃えて綺麗に五人が斜め45°に腰を折る!
「「「「「暗黒神ドルゲル殿!!よろしくお願いします!!」」」」」
「うむ!!いいだろう!よく見ておけ!!」
暗黒神ドルゲルはマーベリア達の期待を背に受け巌窟から溢れ出るヘルスパイダーに向かって行く。
「ふん!たかが蜘蛛の分際でこのドルゲル様に向かって来るとは愚かな虫だ・・・纏めて消し飛ばしてやるぞ!!」
ドルゲルは徐に斜に構えるとまるで弓を番え引き絞る体制をとる。すると周りの大気が渦巻きドルゲルの手元へ急速に集まって行く!
「・・・み、見える・・ドルゲル殿が構える弓と矢が・・・」
「えぇ・・・それも可視化出来る程の濃密な魔力が練り込まれているわ・・・」
「こ、これが・・『想像と創造』の力・・・」
ドルゲルが風の弓を構えたまま更に魔力を練り込むと番えた矢に周りの大気が渦巻きながら集まって行く!そしてドルゲルの弦を引く手には巨大な高速で渦巻く風の矢が番われていた。
「も、も、もう驚かないわ・・・あの方は神・・地上に降りた神よ・・・」
「は、はい・・・我々は神の御技を目撃しているんですね・・」
「・・・暗黒神ドルゲル様・・・我々をお導き下さい・・・」
マーベリア達は風を纏い弓を番うドルゲルを光悦な表情で眺め跪ついた。
巌窟から溢れ出したヘルスパイダーが異変に気付く。目の前て膨れ上がる圧倒的な魔力の流れを感じて立ち止まり慌てて巌窟へと戻って行く!
「ふん!少しは知能があるのか・・・だがもう遅い・・・この俺に牙を剥いた時点で終わりだ!・・・死ねぇぇぇ!!」
ばびゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!
ドルゲルの手から放たれた高速回転する巨大な風の矢は周りの大気を巻き込み逃げ惑うヘルスパイダーを塵に変えながら巌窟の中へ消えて行くのだった・・・
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