第152話 皇帝陛下
日も暮れてリーゲルトはガイン達を宿に送り届け明朝迎えに来ると約束を取り付けた。そしてその足で皇帝陛下に報告する為に足早に王宮へと急ぐのであった。
(急がねば・・陛下が先走る前に早急に報告しなければ・・・)
肩で息をしているリーゲルトがドルビナ皇帝の前で跪いている。
「陛下。只今戻りました。」
「うむ。ご苦労であった。それでお前の見立てで奴等は使えそうか?」
「・・・」
リーゲルトは言葉に詰まった。用意していた言葉を吐き出すのに覚悟が必要であった。
「・・・率直に申し上げますと・・奴等は・・使えません。」
皇帝は意外そうな顔で背もたれに身体を預けた。
「ふむ。・・・そうか。だがリーゲルトよ・・今日の正門での事はどう考えておる。報告によれば精霊らしき者を従えた少女が瀕死の重症者を一瞬で治療した上、警備隊数十人を拘束したそうだな?門兵からも放った魔法が打ち消されたとの報告もある。この者はメルト村の者であろう?お前はこの者達を使えぬと言うのか?」
皇帝の物静かな言葉の裏に威圧にも取れる重みがあった。リーゲルトは覚悟を決めて口を開いた。
「・・・陛下。お聞きください。私はここまで来る間にあの者達の・・いや、メルト村の力の片鱗を見たのです。・・・メルト村は森に守られ住人は子供でさえも闘気と魔力を放っておりました。そして村長の豪剣ガイン、賢者アンリル・・・そして精霊使いサリア。この三人を道中監視しておりました。・・・結果は・・・化け物です。到底我々では手に負える相手ではありません。言い換えるなら・・・手を出してはいけない存在なのです!あの者達を怒らせたなら・・・大変な事になります・・・ですから・・・」
ガタンッ!!
リーゲルトが言葉を続けようとするとこめかみを震わせて皇帝が勢いよく立ち上がる!
「この腰抜けが!!要は貴様は奴等の力に怖気ついたのだろう!!たかだか人1人の力など知れておるわ!!我が国にも精霊使いがおるのは知っているだろうが!!・・・ふん!それにもう遅いわ!!既にメルト村に特級帝国騎士団500名を送り込んである!我が国の騎士団がたかが村一つに負けたなど噂が立ってはドルビナ帝国の恥だからのう!」
「えっ?!」
リーゲルトは全身から血の気が引くのをはっきりと感じた。自分達が経験した森での出来事が悪夢のように脳裏に蘇る・・・
「な、な、何ですとぉぉぉ!!!何と早まった事を!!!陛下!!今すぐに命令の撤廃を!!あの者達を!メルト村を敵に回してはいけません!!森に入ればメルト村に着く前に全滅しますぞ!!」
〈特級帝国騎士団〉は皇帝直下の騎士団である。選りすぐりの精鋭のみを集めたドルビナ帝国最強の集団であり団長はリーゲルトの弟アグノスであった。
「貴様ぁぁぁ!!馬鹿な事を申すな!!皇帝の儂に楯突くのか?!貴様はいつからそんな腰抜けになったのだ!!我が国最強の騎士団であるぞ!!村一つぐらいあっという間に制圧するわ!!」
「くっ・・なんて事だ・・アグノス・・・」
リーゲルトは肩を落とした。もう何を言っても無駄だと・・・
(くそっ!何の為に私が見定に行ったのだ・・・何も分かっていない・・・奴等の恐ろしさを・・くそっ・・・今頃・・アグノスは・・・)
我が弟の顔を最後に見たのはいつだったかとリーゲルトが唇を噛み締めながら目を瞑った・・・しかし脳裏には違う顔が過ぎった・・・
(・・・あっ!!待て!待てよ・・・確か・・・あの時・・・だとすると・・あの森の正体は・・・そうだ!ま、まだ間に合うかもしれん!!)
「陛下!失礼致します!」
「むっ?!お、おい・・・」
リーゲルトは勢いよく立ち上がると何か言いかけた皇帝陛下に一礼し全速力で謁見の間を飛び出して行った。
(間に合えっ!!間に合ってくれ!!アグノス!早まるなよ!)
ガイン達はリーゲルトが手配してくれた宿の食堂で昼間助けた人達と食事を終えて寛いでいた。
助けた男はロギルといいマーレン村の村長をしている男であった。
「そうか・・ヘルグリズリーに村を襲われたのか・・・それは災難だったな・・・」
「私の村は少人数で細々と暮らしているんだ。あんな魔物相手にはなす術が無かった・・村長として情けない限りだ。」
ガインはジョッキを置きロギルの肩に手を置く。
「何を言っている!あんたは村長として立派だ!村人を助ける為にここまで必死に走って来たんだろう?帝国の規則を破ってまで門を潜ったんだろう!それがなければ皆んなここには居なかったんだ!あんたは紛れもなく村長の役目を果たしたんだ!胸を張ってくれ!」
村の人達も頷きながら涙を溜めていた。
「村長!!その通りだ!気に病まないでくれ!」
「お陰で助かったんだよ!村長!本当にありがとう!」
「そうだ!早く帰ってみんなに元気な顔を見せてやろうぜ!」
村人達の笑顔にロギルの目にも熱いものが込み上げ目頭を押さえる。
「皆・・・ありがとう。・・・よし。明日は早く出発して村の復興を始めよう。」
ロギル達は立ち上がりガイン達に深々と頭を下げる。
「ガイン殿、アンリル殿、サリア殿。本当にありがとう!この恩は冥界に行っても忘れない!!また改めてメルト村へ伺います!」
ガインは頭を掻きながらサリアを見る。
「礼ならサリアに言ってくれ。真っ先に飛び出したのはサリアだからな。俺は見ていただけだ。」
ガインの言葉に村人全員の視線がサリアに集まると子供達がサリアに駆け寄りしがみついた。
「サリアお姉ちゃん!ありがとう!」
「ありがとう・・・うぅ・・」
「もう・・駄目かと思った・・・うぅ・・」
サリアはニッコリ笑い子供達の頭を撫でてやる。
「うん。本当に良かった。・・・そうだ!ちょっと待っててね。」
(エント。お願いがあるんだけど。)
(・・・はい。主様・・・只今。)
森の精霊エントはサリアの声に応えて姿を表した。しかしいつもの雰囲気では無かった。
サリアはその雰囲気に何かがあったと悟った。
「エント。どうしたの?何か変よ?」
「はい。主様。今しがた特級帝国騎士団と名乗る者数百名がメルト村に向かって進行して来たのです。
「何ですって?!帝国騎士団が?!・・・可哀想に・・・」
「・・・やってくれたな・・・クソ皇帝・・馬鹿な事を・・・まぁ・・心配は無いがな。」
「これで相手の腹の内は分かったわ。やり易くなったじゃない!・・・でも馬鹿ね・・・村にはミハエル君が居るのに・・全く問題ないわね。・・・あっ!デザート食べよ!」
ロギル達はガイン達の落ち着いた態度に首を傾げる。
「ガイン殿・・・だ、大丈夫なのか?あんたの村に特級帝国騎士団が向かっているのだろう?!」
ガインはジョッキを煽って空にすると余裕の表情で欠伸をする。
「ん・・あぁ・・ふ。心配無用だ。村にはメルト村最強の男ミハエルが居るからな。微塵も心配して無い。例え千人の騎士団が来たとしても・・・数分で壊滅だろうな。」
「っ?!・・・ガ、ガイン殿・・・それは些か言い過ぎでは無いのか?そんな人間がいる訳・・・」
「居るのよ!まぁ、信じられないのも分かるけど・・・確実に私達より強いわよ?今度落ち着いたらメルト村に来たらいいわ。」
ロギルが引き攣った笑顔で口を出すとアンリルが声を上げた。すると呼ばれていたエントが恐る恐るサリアに声を掛ける。
「・・あの・・主様・・」
「あぁ!忘れてた!えっとね。明日この人達をマーレン村まで護衛して欲しいのよ。それで村の復興のお手伝いをしてあげて欲しいの。」
エントは深々と頭を下げて微笑む。
「はい。かしこまりました。それでは戻り帝国騎士団の対処に向かいます。それでは・・・」
どばぁぁぁぁん!!
「サリア殿は!!サリア殿はおられますか!?」
エントがこの場から去る寸前に突然食堂の扉が勢いよく開かれ血相をかいたリーゲルトが転がり込んで来たのだった・・・
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