第151話 帝都へ
「さあ!もうすぐ着くわよ!」
アンリルが肩を回し身体をほぐし始めるとサリアは初めての帝都を見ようと馬車の窓から顔を出した。すると帝都に近付くにつれて遥か先から伸びる長蛇の列が見えて来た・・・
「うわ・・・何ですか?!あの凄い行列は?!」
「あぁ。帝都に入るには身分証明書が必要な上に荷物検査が厳しいんだ。それが元で言い合いや交渉に発展して中々進まないだ。いつもの事だから気長に待つしかないんだよ。」
ガインが伸びをしながら待つ気満々で座り直すと読みかけの『スタ果て』を取り出し読み出した。未だに入手困難になっている『スタ果て』はサーシャが一番最初に読んで欲しいとミハエルに初版を数冊送っていた。メルト村でも話題となり本を読む事が苦手なガインも勧められて読み出すとハマってしまったのだった。
「俺はアンリルが本ばかり読んで何が面白いのかと思っていたが・・この本は面白い。臨場感と生々しい表現が冒険者の信念を擽るんだ・・・」
そう言いながらガインが『スタ果て』に目を落とすと馬車は行列を横目に帝都の正門へと向かいだした。
するとアンリルは口元を緩めながら『スタ果て』を読むガインに声を掛ける。
「ガイン。読んでる暇はないわよ。忘れたの?私達は皇帝に呼ばれて来たのよ!こんな行列に並ぶ必要はないわ!ついでに教えてあげるけどその本の内容は全て真実よ。森の精霊エントがミハエル君に相談してたわ・・強大な魔物が東の大陸に出現したってね・・」
ガインがアンリルの話しに身を乗り出す!!
「こ、これが真実?!お、おい!アンリル!俺はまだそこまで読んでないんだ!!それ以上先を言うな!!お、俺はこの本を楽しみにしてるんだ!」
「分かったわよ。取り敢えず私達は皇帝陛下に招待された客人なの。ほら!準備して!直ぐに帝都に入るわよ。」
「お、おう・・・そうか。」
アンリルに急かされて『スタ果て』をしまい馬車の窓に目をやると、並ぶ事なく門に向かう馬車を恨めしそうに見送る人達の目が車窓を流れて行った。
「何だよ・・・俺達がどれだけ待っているか分かってんのかよ?!」
「・・おい!馬鹿!聞こえるぞ!あの馬車は皇帝陛下の関係者だ・・・仕方ないんだよ。」
「チッ・・・」
(ま、まぁ・・そうなるよな・・なんか気が引けるのは俺だけか・・・みんな・・すまんな・・・)
馬車が帝都の正門に段々と近付いて行く。ドルビナ帝国の帝都の門は見上げる程巨大で来る者を威圧するかの様に漆黒のドラゴンが刻まれ悠然と聳え立っていた。
「ほぇぇ・・・凄ーい・・・」
窓から顔を出していたサリアが帝都の正門に圧倒され見上げていた。正門に近付きリーゲルトが軽く手を挙げると巨大な門が腹に響く重い音を響かせながら開いて行った。
ずごごごごごご・・・・
正門が開き巨大な割れ目にガイン達の乗った黄金の馬車が潜ろうとしたその時、列の中間から一台の馬車が飛び出し黄金の馬車を追うように走り出した。
「おい!そこの馬車!止まれぇぇ!!」
「止まらないと手段を選ばんぞ!!」
門兵達が身構えるが馬車は構わず正門へ向かって行く!
「あれ?何かしら・・・」
馬車の窓から顔を出していたサリアが声のする方へ振り向くと一台の馬車が猛スピードで向かって来ていた。
「えぇ?!何事?!」
「主様!どうしたのですか?!」
フェニックスとカトプレパスも馬車の窓から顔を出す。
サリアが状況を把握する前に門兵達が構え魔力を集中する!
「仕方ない!!”我の敵を焼き尽くせ!〈ファイヤーボール〉!!」
門兵達が放った”ファイヤーボール”が走る馬車に襲い掛かる!
「あっ!!駄目ぇぇ!!」
「お任せを!」
どばばぁぁぁん!!
「やったか?!」
サリアが叫んだ瞬間!カトプレパスが手を翳すと放たれた”ファイヤーボール”が馬車に着弾する前に見えない壁に阻まれ霧散した。
「いや!!当たってない?!今確かに直撃したはずだぞ?!」
門兵達が唖然と馬車を見送る・・・
「えっ?!あ、ありがとう!!」
「いえ。主様。大した事ではないです!えへへ・・」
カトプレパスが初めて主であるサリアの役に立てて照れていると追いかけて来た馬車が正門をすり抜けて帝都に入って来た。
「そこの馬車ぁぁ!!止まれぇぇぇ!!」
「もう逃げられんぞ!!大人しく出て来い!」
馬車は正門を背に止められ帝都の警備隊に囲まれた。すると手綱を握っていた白髪混じりの初老の男が両手を挙げて馬車を降りると懇願する様に両膝を付いた。
「た、助けてください!!わ、私はどうなってもいい!!は、早くしないと皆が、皆が・・・」
男が涙ながらに警備隊の前で手を合わせて懇願する。よく見れば男の身体は所々服が破れ赤く染まっていた。
「えぇい!!うるさい!!貴様はドルビナ帝国のお膝元で狼藉を働いたのだ!!ただで済むと思うなよ!!こいつらを捕らえて牢にぶち込んでおけ!!」
「「はっ!!」」
「待って!!」
警備隊が男を捕えようと歩を進めた。すると背後からの声に警備隊の男達が一斉に振り返った。
「・・あなた!!何があったの?!皆がどうしたの?!」
サリアは只ならぬ男の雰囲気に胸騒ぎを覚えて警備隊の男達の間を一瞬ですり抜け男に駆け寄った。
「なっ?!いつの間に?!こ、このガキは何だ?!」
「おい!!女!!そこを退け!!退かないとガキであっても・・・がっ・・ぐっ・・」
「うがっ・・・」「おぐっ・・・」
警備隊の男達がサリアに剣を向けた瞬間・・・男達の身体に濃密な風が纏わりつき締め上げた。
「貴様等・・・我が主様に剣を向けるとは・・・」
「ジン!そのまま押さえておいて!殺しちゃ駄目よ!」
「はっ!かしこまりました。・・・貴様等・・命拾いしたな・・・」
ジンが男達を締め上げながら怒りを滲ます。そしてサリアは男に向き返ると男が崩れ落ちるように項垂れた。
「み、皆を・・・た、助け・・・」
サリアは男の言葉に察した。そしてその場に男を寝かせて馬車に駆け寄り中を見ると想像以上の惨状にサリアの眉間に皺が寄った。中には子供と大人の男女十数人が包帯を巻かれているが止まる気配がない血を滲ませ虫の息で横たわっていた。
「な、なんて事・・・何とかしないと・・」
「主様!!どうなされましたか?!」
フェニックスが固まるサリアの元に駆け寄り馬車の中を見た瞬間フェニックスは右手に炎を纏わせた。
「・・・主様。お任せください!!・・・”癒炎”!」
フェニックスが放った癒し炎が横たわる怪我人達を包み込むと絶望的であった傷口が瞬く間に塞がって行く!皆の顔色が良くなり呼吸も落ち着いて行った。
「主様。これで大丈夫でしょう。ですがもう少し遅ければ手遅れでした。」
サリアは胸を撫で下ろしフェニックスの手を取った。
「フェニックス!ありがとう・・・助かったわ!」
「あ・・お、お安い御用です・・ふふ・・」
フェニックスもまた主の役に立てた事を嬉しく思い顔を赤らめるのだった。
「サリア!どうした?!何があったんだ?」
ガインがサリアに歩み寄る。アンリルは倒れている男に回復魔法を掛けていた。
「そうか・・・あの男・・勇敢だな。恐らくどこかの村の長なんだろうな。」
サリアに話を聞いたガインが座り込んでいる男を優しい目で見る。アンリルも治療が終わり親指を立てて頷く。
「むっ・・・お、俺は・・はっ!!皆は?!」
気が付いた男が顔を跳ね上げるとそこには先程まで瀕死の重症であった村人達の心配そうな顔が並んでいた。
「村長!!」
「村長!!」
「村長さん!!」
「良かった!!気が付いたわ!!」
「おぉ・・・み、皆・・・大丈夫なのか?」
男は皆の元気な姿に肩を震わせ涙を浮かべる。
「あぁ!!村長が命懸けでここに連れて来てくれたお陰で助かったんだよ!!」
「そうよ!村長さんがサリア様に巡り合わせてくれたのよ!!」
「村長ぉぉぉ!!!」
村人達は村長元に集まり助かった事に抱き合い歓喜していた。いつの間にか集まった野次馬からも啜りなく声と拍手が鳴っていた。
「ふふ。良かった・・・本当に良かったわ。さて・・・次はこっちの問題を解決しないとね。」
サリアはジンに拘束されてもがいている警備隊の隊長らしき男の前に立つ。
「貴方が隊長さんですか?」
「き、貴様ぁぁぁ!!こんな事をして・・・ぐがぁぁぁぁ!!」
「貴様・・・さっさと主様の質問に答えろ・・・」
メキメキメキッ・・・
ジンが男の身体を締め上げると男の全身の骨が悲鳴をあげる。
「ぐっ・・ぶふっ・・・そ、そうだ・・・」
サリアはアンリルばりの悪い顔で男を見据えて口を開く。
「そう。じゃあ、聞くけどあの人達の処分はどうするの?よくこの状況を考えてから答えた方が良いと思うけど・・・?」
「こ、この帝都の規則を破った奴は捕らえて牢にぶち込んで・・・・」
サリアがジンの顔を見るとジンの締め付けに力が入る。
うがぁぁぁぁぁぁ!!!
メキメキメキメキメキメキッッッ!!
「えっとぉ・・・よく聞こえなかったんだけど・・・もう一度だけ聞くよ?あの人達の処分はどうなるの?」
サリアは黒目を真っ黒にして男の目を見る。まるで私の納得出来る答えを出さないと次は無いと言わんばかりの殺気の籠った目であった。
「あ・・・ぐっ・・・」
「サリア殿!ま、待ってくれ!」
男が恐怖と規則の間で葛藤していると慌ててリーゲルトが駆け寄って来て野次馬に聴こえるように声を上げる!
「この者達の処分はお咎め無しとする!!人の命が掛かっていたのだ。私の権限で帝都の宿で休むと良い!」
「おおーー!!さすがリーゲルト様だ!」
「良い事言うわねぇーー!!」
「帝国バンザーイ!!」
リーゲルトの声に野次馬からの賛美と拍手が鳴り響いた。
「リ、リーゲルト殿?!そ、それでは・・」
リーゲルトは声を上げる男の胸ぐらを掴み鼻先で小声になる。
(馬鹿者!これだけの野次馬にみられているのだぞ?帝国は血も涙もないと噂でも立てられたらどうする?!人心のを掌握するのも警備隊の仕事だぞ。それに・・この者達は皇帝陛下の客人だ。その客人に剣を向けたお前の処分と相殺だ。分かったか?)
(な、何?!こ、皇帝陛下の客人?!・・・む、むう・・・わ、分かった・・・ここはリーゲルト殿に預けよう。)
リーゲルトは男の胸ぐらを離すと頬を緩ませてサリアに振り向く。
「サリア殿。今言った通りだ。もう今日は日も傾き出した。あの者達は宿で休んで明日にでも帰ればいい。それで良いかな?」
サリアは満面の笑みで頷く。
「えぇ!!ありがとう!!リーゲルトさんって話が分かる人だったのね!!」
「いいさ・・・それで・・サリア殿。もうそろそろ解放してやってくれないか・・・」
リーゲルトが頭を掻きながら拘束されている男達に目をやる。
「あっ!!ごめんなさい!忘れてたわ・・・ジン。お願い!解放してあげて!」
「はっ!かしこまりました。」
警備隊の男達は拘束を解かれてその場に崩れ落ちるのであった・・・
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