第132話 高級宿エデン
(ほう・・・あの剣技随一を誇るクレイラル伯爵家をいとも簡単にあしらうとはな・・・さすがS級冒険者と言ったところか・・・それにあれは精霊だな・・ドルビナ帝国にも精霊使いはいるが、まさかあんな村にも居たとはな・・・クックック・・・これはサルミド様も喜ばれるぞ・・・)
執事のメギルは厨房からガイン達を品定めするように眺めていた。そしてコース料理の肉料理のソースに白い粉を混ぜるのであった。
あの後、状況を見ていた宿の従業員達が総出で手慣れた様子で放心状態のクレイラル伯爵を部屋に連れて行った。そして辺りを片付けあっという間に元通りになった。貴族達の間でもよくある事らしく従業員達は顔色1つ変えずに作業を終えて持ち場に戻って行った。さすが高級宿の従業員達と言ったところである。
そして何事も無かったように配膳係が優雅な所作でガイン達の前にワインと料理を置いて行く。
「生ハムのチーズソース添えでございます。」
目の前に置かれた料理は生ハムを花びらに見立てて巻かれたものが三つ綺麗に並べられ皿の余白には黄色いチーズソースで芸術家が描いたような模様が描かれていた。
「わぁ!綺麗!食べるのが勿体ないわ・・」
サリアは目を輝かせながら料理を眺めていた。
しかしガインとアンリルは不満そうに皿に目を落とす。
「ごゆっくりお楽しみください。」
「ちょっと待った!!」
配膳係が丁寧な所作で一礼してその場を去ろうとするとアンリルが思わず声を掛けた。
「はい。何でございましょうか?」
「悪いんだけど、こんなちまちま持って来られると食べてる間にお腹が空くわ!!もうデザート以外纏めて持ってきて!!ワインも適当に10本持って来て頂戴!!お願いね!!」
「そうだな。テーブルの上一杯に料理があった方が華やかでいいな!」
突然のアンリルとガインの要望に配膳係の男性の眉が一瞬ピクッと動いたがさすがプロであった。
男性は一礼すると上品な笑顔で顔を上げる。
「はい。かしこまりました。ですが3人様でございますのでテーブルにお料理が乗り切れません。ですのでテーブルを四脚ご用意致しますがよろしいですか?」
「えぇ!それで良いわ!急いでお願いね!!」
アンリルは配膳係の男性の判断に気を良くして笑顔になる。
そして配膳係の男性が右手を上げて指を鳴らした。
パチンッ!
すると周りにいた男性達がいつの間に集まり無駄のない動きで四人掛けの四角いテーブルを四脚組み合わせて大きなテーブルを作り上げた。
アンリル達はその様子を呆気に取られて見ていた。アンリルとガインは貴族御用達と聞いてお高く止まった宿だとたかをくくっていたが自分の考えが間違っていたと思い知った。
そして完璧なテーブルのセットが終わり男性達が整列して一礼すると迅速かつ優雅に持ち場に戻って行った。
「お待たせ致しました。お手数ですがこちらへご移動願います。」
アンリル達が男性達の動きに見とれていると配膳係の男性が椅子を引いて待っていた。
「え、えぇ・・・わ、わがままを聞いてくれてありがとう・・・」
そんなアンリルの言葉を聞いてサリアとガインが顔を見合わせる。
(えぇ?!アンリルさんが・・あんなに素直にお礼を・・・?!)
(全くだ・・・あのアンリルを素直にさせるこの宿・・・大したもんだ。)
配膳係の男性は椅子を引いたまま、ゆっくりと首を横に振る。
「とんでもございません。お客様のご要望にお応えするために私共がいるのです。ですので何なりとお申し付けください。」
そしてアンリルが椅子に座ると配膳係の男性は小声で話しかけた。
(実は先程のクレイラル伯爵の御子息達には手を焼いておりました。お陰様で私共も溜飲が下がりすっきりした所です。こちらこそありがとうございました。)
男性が上品な笑顔を浮かべ一礼するとアンリルの表情も緩みニッコリ笑う。
「ふふっ。私はこの宿が気に入ったわ!!今日はドルビナ帝国皇帝陛下の奢りよ!!どんどん持ってきて!!ワインも赤も白も関係なく最高級な物をジャンジャン持って来ていいわ!!お願いね!」
「はい。最高の褒め言葉をありがとうございます。それでは暫しお待ちください。」
男性は上品に一礼すると厨房へと消えて行った。
「おい。アンリル。ここは凄い宿だな・・なんだか我儘言ってる俺達が少し恥ずかしくなるな・・・」
「そうね。だから気に入ったわ!次に来る時は敬意を払ってテーブルマナーの一つも覚えて来るわ!!とにかく今日は全開で行くわよ!!」
「ちょっと!アンリルさん!程々にしてくださいよ!・・・それに気付いていますよね?」
サリアが厨房へ目を向けるとアンリルは肩をすくめてニヤリと笑う。
「えぇ。もちろん分かってるわよ。だからサリアちゃん。頼りにしてるわよ?」
サリアは意味ありげなアンリルの顔を見てため息を吐く。
「はぁ・・・最初からそのつもりだったから良いですけどね・・・」
「クククッ・・・テーブルマナーも知らない田舎者が・・・それにしてもアイツらめ・・遠慮って言葉を知らんのか!!
・・・んんっ?!あ、あのワインは・・・私が特別な日にグラスに一杯だけ飲むのを楽しみにしているワイン・・・あ、あいつら・・・ジョッキで飲んでやがる・・・くそっ!ゆ、許せん・・・見ていろよ・・・」
メギルは厨房の柱の影から高らかに最高級ワインをジョッキで飲み干すアンリルの姿を眉間に皺を寄せて睨みつけるのであった。
「はぁーーー!!もう何も入らないわ!!」
アンリルが背もたれに身体を預けてフォークに刺さったデザートのケーキ口を放り込む。
「おい。入ってるじゃないか!まだ食うのか?!・・も、もう俺は本当に何も入らんぞ・・・ごふっ!!」
「デザートは入る所が違うのよ!ただ酒ただ飯なんだから堪能しないと損でしょ!・・・げふっ!!」
「アンリルさん!ゲップは抑えてください!!女性なんですから!・・・ぐふっ・・と言う私も美味しくってつい食べ過ぎたわ・・・」
三人はコース料理の中の気に入った料理をお代わりし、ガインとアンリルは最高級ワインをがぶ飲みしていた。サリアはお酒は飲まずに高級料理に中心に食べ漁っていたのだった。
ガイン達はお腹をさすり紅茶を啜りながら至福の時間を堪能していた。
そしてサリアは紅茶を啜りティーカップをそっとテーブルに置く。
「・・・そう言えば帝国騎士団の人達はまだ来ないですね・・・どうしたんでしょうね?」
「いや。来たみたいだぞ・・・ほら。」
ガインが入口に目を向けると受け付けの女性に案内されてリーゲルトが現れた。そしてガイン達を見付けると足速に近付いて来た。
「ガイン殿。すまない・・遅くなった。」
「どうした?何かあったのか?」
ガインが何気に聞いた。
「あぁ、そうなんだ・・・さっきこの宿の前に全身骨折した若者が二人倒れていてな・・そいつらを診療所に運んで警備隊に事情聴取されて遅くなったんだ・・・」
ガイン達は動きを止めて少し考えると顔を見合わせる・・
・・・あぁ・・・あいつ等か・・・
ガインはバツが悪そうに立ち上がり目を泳がせる。
「そ、そうか・・そ、それは大変だったな・・俺達はもう食事は終わったんだ。先に休ませてもらうぞ。」
ガインはそう言うとリーゲルトの脇をすり抜ける。
「そ、そうか!仕方ないな。本当に遅くなってすまなかったな。」
リーゲルトが軽く頭を下げるとアンリルが目を泳がせながら肩に手を置く。
「そ、そんなに気にする事無いわよ・・・あんたが悪い訳じゃ無いんだから・・・」
アンリルもガインの後に付いて行く。
「そうよ・・・気にしないでね。ここの料理凄く美味しいからみんなで楽しんでね・・・じゃあ・・おやすみ〜・・」
サリアもそそくさとアンリルの後を早足で追った。
リーゲルトは三人の背中を眺め違和感を感じながら首を傾げるのであった
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