第128話 恐怖の対象
リーゲルト達は列を崩さずに整列したまま唖然としてメルト村の中を見ていた。
村の入り口から子供達が遊んでいるのが見えた。いや、正確に言えば見えなかった。鬼ごっこをしているのだが地面を蹴る音しか聞こえ無いのだ。そして辛うじて鬼が捕まえた時にしか姿を捉える事が出来なかった。ただ遊んでいる年端も行かない子供達から溢れる闘気や魔力に男達は嫉妬とも似た感情が込み上げていた。
(な、何なんだ・・・この村は・・・俺はあのガキに勝てるのか?・・・どうしたらあんな力を・・・何か秘密があるに違いない・・S級冒険者・・・一体何をしたんだ・・・。 確かにレバイト団長達がやられたのも頷ける。・・とにかくこの村は危険だ・・・ドルビナ帝国の為にもこんな村があっては駄目だ。今のうちに何とかしなくては・・・)
部下の男達も訓練により多少なり闘気を使う事が出来た。しかしメルト村の子供達の闘気をヒシヒシと感じ自分が勝てないと悟り唖然としながら嫉妬と悔しさで拳を握り締めていた。そして思ってしまう・・・『こんな村は危険だ・・・あってはならない・・』と。
そしてその時であった・・・森がざわつき突き刺さるような殺気と怒りの籠った冷たい声がリーゲルト達の背後に迫って来た。
「誰かしら・・・我が主の住まう村に悪意を垂れ流しているのは・・・」
(あ・・う・・な、なんだ・・だ、誰だ・・こ、この寒気は・・・)
リーゲルト達は背後から発せられる殺気に全身に鳥肌が立ち後ろを振り返る勇気も無かった。無意識に震え出す身体を止める事も出来ずにただただ立ち尽くし奥歯がガチガチと勝手に鳴っていた・・・
すると足下から無数の草の蔓や蔦がまるで生きているかのように男達の身体に巻き付き身体の穴という穴に侵入していく。
「な、な、なんだ!?・・あぶっ・・ぐぶぇぇぇ・・・ぶべぇぇぇ・・・うべぇぇぇ・・・ばぶべべ(たすけて)・・・」
リーゲルト達は外から蔓や蔦に締め上げられ身体の中では脳や胃や腸や肺を弄られ白目を剥いて痙攣を続けていた。
「がっ・・・げっ・・・ごぉ・・・ぼほっ・・」
「村長様からここで悪意を持つと大変な事になると言われたのに・・・愚かですね・・・」
エントの口元が歪みリーゲルト達を森に引き摺り込もうとしたその時、村から出て来たガインがリーゲルト達の惨状を見てギョッとする。
「うおっ!?・・・ば、馬鹿な奴等だな・・警告してやったのに・・・しゃあ無いな。サリア助けてやってくれ。」
「えぇ。分かったわ。はぁ。本当に馬鹿ね・・・」
サリアは頷きリーゲルト達の背後にいるエントに顔を見せるとエントが慌てて跪いた。
「主様。お見苦しい所を・・・メルト村に悪意を垂れ流していた者達を捕らえました。今すぐ処分致します。」
「あっ!駄目よ。その人達を離して欲しいの。その人達にはまだやってもらわないといけない事があるのよ。お願い・・エント。」
「はい。そうでございましたか。主様がそう仰るのであれば是非もございません。幸いまだ致命傷ではありませんので安心してください。それでは失礼致します。」
エントは立ち上がり一礼すると森へと消えて行った。それと同時にリーゲルト達に巻き付いていた無数の蔦や蔓も森へ引き込まれるように消えて行くのだった。
「ぶべぇぇぇ!!!・・・げぼっ・・ごぼっ!!・・・・ぶはぁ・・はぁ・・はぁ・・ごほっ・・・」
開放されたリーゲルト達はその場に崩れ落ち恐怖で打ち震えながらうずくまっていた。
うぅ・・何なんだ・・・こ、この村は・・・うぇぇ・・・気持ぢ悪い・・・
「おい!馬鹿共!俺の警告を無視するからだぞ?!とっとと行くぞ!!メルト村から行くのはこの3人だ!」
ガインは面倒臭そうに蹲るリーゲルトに言い放つとそのまま黄金色の豪華な馬車に乗込んで行った。その後に続いてアンリルとサリアも乗り込むのであった。
「ガインさん!私も連れて行ってください!」
サリアがテーブルに手を付いて立ち上がる。
「ドルビナ帝国に行くにはサリドルの街を通るの!私の育った街がどうなっているか見たいの!ガインさんお願い!!」
「それは良いが辛い事があった街なんだろ?それでも良いのか?」
ガインは心配そうな顔でサリアの目を見る。
「それでも行きたいの。私は勢いで飛び出したサリドルの街がどうなったかずっと気になっていたの。こんな良い機会無いわ!」
「よし。分かった。ドルビナ帝国に乗り込むのは俺とアンリルとサリアで決まりだ。みんな!後は手筈通りに頼むぞ!!」
「うん。こっちは任しといて。ガインさん達も油断しないように。サリアさんはアンリルさんが暴走しないように監視をしておいてね!」
「了解よ!ちゃんと見張ってるわ!!」
ミハエルは意地の悪い顔でアンリルを見るとミハエルに向かって頬を膨らませる。
「もう!分かってるわよ!下手するとドルビナ帝国が更地になるって言いたいんでしょ?!ちゃんと気を付けるわよ!」
(相手の出方次第だけどね・・・)
メルト村を出て森の中を進んでいるがリーゲルト達は始終怯えていた。痛みの残る喉は水を飲んでも潤わず絶えず小刻みに震え草木が擦れる音、小動物の気配、頬を撫でるそよ風すら敏感に反応していた。
(か、考えるな・・・と、とにかく家に帰る事だけを・・無事に帰る事だけを考えるんだ。
そ、そうだ・・・か、帰ったら・・ふ、奮発してうまい飯を食おう・・・そして・・そして・・)
がささっ!!
「はうっ!!!ふはっ!ふはっ!ふはっ!」
リーゲルトの肩が跳ね上がり呼吸が早くなる。ゆっくり振り向けば草木の間から長く白い耳をした白い小動物が顔を出していた。
「あうぅ・・・ラ、ラビッツか・・・くそっ・・は、早くこ、こんなふざけた森・・・はっ!!ち、違う!!今のは違うんだ!!こ、こんな・・す、素敵な森・・そう!なんて素敵な森なんだぁぁ!!!あはは!あはは・・・あはは・・・」
リーゲルトは失言に気付き慌てて馬上で両手を広げざわめく森に引き攣った笑顔で言い訳をするのであった・・・
馬車の窓から紅茶を啜り外を眺めていたアンリルが肩をすくめる。
「ふふっ・・あれはかなりのトラウマになったわね・・・これからの彼らの人生を思うと少し同情するわ・・・」
「そうだな・・あんな体験をすれば誰でもああなるだろうな・・・あいつらもう怖くて森に入れないんじゃ無いか?」
「もう!みんな森を恐怖の対象にしないでください!自然は大切にすればちゃんと答えてくれるんですから!!」
サリアが口をへの字に曲げて抗議するのであった。
「そ、そうだな。悪いのは奴等だな・・・あっと・・そ、それはそうとミハエルは今回なぜ付いてこなかったんだ?」
話を逸らすようにアンリルに話を振ると窓の外を見ながらアンリルも首を傾げる。
「・・・うん。私もミハエル君に聞いてみたんだけど・・なんとなく村に残った方が良いような気がするって言ってたのよね・・・私もよく分からないわ・・・とにかくミハエル君が村に残っているなら心配は要らないわ!」
「そうだな・・・全く心配無いな。」
ガインがそう呟くとサリアも無言で頷くのであった。
今、森の入口で暗黒神ドルゲルに情報収集のため無理やり下界に転移させられた冥界蛇イグが額に薄らと光るものを滲ませて立ち尽くしていた。
(この森・・・この私でさえ寒気を覚える程の力が渦巻いている・・・あの忌々しい暗黒神が気にするのも頷ける・・・そしてこの先に・・・途轍もない何かが居る・・・ふっ・・面白い・・・)
イグはドルゲルに仲間を人質に取られ仕方なしに言う事を聞き下界に来た。しかしいつの間にか口元が緩ませ森へと踏み行くのであった。
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