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第123話 ログの憂鬱

ウィランダの街のスタンピードから帰ったサーシャは父親のハグをすり抜け直ぐに自分の部屋に閉じ籠った。ご飯も部屋で食べ、お風呂意外は部屋に閉じ籠り夜遅くまで部屋に灯りが灯っていた。

そしてそんな生活が10日間続いた次の朝、遂にサーシャの部屋の扉が勢いよく開け放たれた。


どばぁぁぁぁん!!


両親がびっくりして部屋から出ると我が娘を見てギョッとした。


サーシャの目の下にはくっきりと隈を作り髪もボサボサのまま微笑んでいた。そして小脇に紙の束を抱えて両親が声をかける間も無く屋敷を飛び出して行った・・・


「あっ!!!サーシャ・・・」


母親が止めようと手を伸ばすがその手は虚しく虚空を彷徨うのだった。


「あぁ・・・あんな顔で・・・あんな格好で・・・外へ・・あふっ・・・」


サーシャの母はショックの余りその場にへたり込むのであった・・・



そして一ヶ月後・・・セルフィア王国で大人気の書籍が出回った・・・



「激闘のスタンピード!愛と勇気と友情の果てに・・・」

        著者 サーシャアズナブル



『新・闇と光の物語り』に続く大ヒットにセルフィア王国内では王族すらも夢中になる程の人気であった。

行商人が大量に買い付けて他の街へ行っても一瞬で売れてしまいお客に文句を言われる程であった。


サーシャは印刷屋に顔を出して忙しく走り回る姿を見て頷いていた。


「うふふふふ・・・予想通りの大ヒットよ・・ママとパパにはこっぴどく叱られたけど・・」



サーシャは屋敷を出た後、街の印刷屋へ駆け込み原版を作らせたのだった。その後1ヶ月掛けて1500冊発行しセルフィア王国内の店頭に並べた。するとあっという間に完売し発売日には長蛇の列が出来ていた。その為、毎日昼夜問わず働き続ける印刷屋が嬉しい悲鳴をあげているのだった。

しかしその代償として成人して両親がどこへ出しても恥ずかしくない娘と認めるまでメルト村への移住は禁止と納得させられてしまったのだった。




ウィランダの街のギルドの扉が強めに開き本を片手に息を切らせてメルンが飛び込んで来た。キョロキョロと周りを見渡しログの姿を視界に捉えるとツカツカと早足でログの居るテーブルに詰め寄った。


「ログさん!!”スタ果て”読みましたか?!」


「あ、あぁ・・・よ、読んだよ・・面白かったよな・・・」


ログは歯切れの悪い返事をする。


「た、確かに面白かったですけど・・・それは置いといて!これはここで起こった事ですよね?!あのスタンピードの事ですよね?!」


メルンが両手をテーブルに置いてログを問い詰めるかのように真っ直ぐ見つめるとログは少し目を逸らす。


「あ、あぁ・・確かに似ているな。そ、それかどうしたんだ?」


メルンはログを目を細めながら見据える。


「どうしたもこうしたもの無いんです!!この中には私達しか知らない事が鮮明に書かれているんです!!誰にも言っていない私達の言動が!まるで・・全てを見ていたかのようにです!・・私は・・今のログさんの態度を見て確信しました・・・ログさん?何か心当たりがありますよね?何か知っていますよね?」


メルンはテーブルに身を乗り出し胸元をチラつかせながらログの顔を覗き込む・・・


メルンはログなら何か知っていると何故か確信していた。あの宴会の時、ログが誰かを追ってギルドを飛び出して行ったのを見ていたのだ。


実はログも”スタ果て”を最初読んだ時は驚いたのだ。サーシャという名がずっと引っ掛かっていた。そこで”スタ果て”の著者を見た瞬間に思わず声を上げた。なぜなら『新・闇と光の物語り』の著者と同一人物であったのだ。


ログは諦めるように肩を落としてため息を付いた。


「はあ・・・メルン。ここじゃまずい。外で話そう。」


「う、うん・・・分かったわ・・」


メルンは軽く考えていたがログの様子に少しだけ戸惑いを感じたのであった。



ログとメルンは街の中央にある大きな噴水のある広場のベンチに腰掛けた。


「ふう。・・・なあ、メルン・・約束して欲しい。今から話す事はたとえ君の仲間であろうが内緒にして欲しい。本当なら君にも話すべきでは無いんだ。・・・このウィランダの街の為なんだ。分かったね?」


「う、うん・・分かった約束するわ・・」


メルンはログの雰囲気が変わり真剣な目で見つめられ頷くしかなかった。そしてログが一呼吸置いて話出した。


「・・・結論から言う。このウィランダの街に英雄や女神なんて居なかったんだよ。」


ログの突然の言葉にメルンの顔が曇る。


「えっ?!ど、どう言う事なの?スタンピードで戦ったのは紛れもなくウィランダの街の冒険者だったのよ?!それを・・・っ!ま、まさか・・・」


メルンはログの言わんとする事がなんとなく分かった。しかしそんな事があり得るのか考えが纏まらず声が出なかった。


「察しが良くて助かるよ。そうだ。この街を、冒険者達を、街の人達を護ったのは俺達じゃ無いんだ。この本の著者サーシャアズナブルなんだよ!そしてこの名前はペンネームだ。本名は『サーシャ・エルバンス』未成年の女の子だよ。」


ログはベンチの背もたれに身体を預けて遠い目をする。


「えっ・・あ・・未成年の女の子?」


「そうだ。未成年と言っても『見た目で騙されるな!』といういい例だったよ。

最低でもレベル4360以上、1人でスタンピードの魔物7割以上を瞬殺し神獣ヤマタノオロチをたった一撃で葬り去った正に化け物だよ。オロチが俺達の前に現れた時は既に虫の息だったんだ。俺達が攻撃しなくても勝手に倒れていたんだよ。」


「そ、そんな・・・そんな事・・・」


メルンはただただ話しを聞いているだけで考えが追いついていなかった・・・


ログは街の人達から英雄だの神童だの持て囃されているが何も心に響いてはいなかった。

それどころか毎日自分の無力さを思い知り日々を送っていた。


「ふっ・・俺のした事は冒険者達に中途半端な力を与えて絶望的な戦いを強いただけだ。 それに引き換えサーシャはこのスタンピードをいち早く察知してこの街を護る為にセルフィア王国からたった数時間でウィランダの街へ来たんだ。でなければ・・・この街は壊滅していたんだ・・・ふんっ・・・何が英雄だ・・・」


ログはベンチの背もたれに頭を乗せて悔しそうに空を見上げた。

メルンはそんなログを見て身体の底から熱い何かが込み上げ出来た・・・そして勢いよく身体ごとログに振り向き目を潤して詰め寄った。


「違う!!違うわ!!!ログさんがスタンピードに気付いて逃げずに街に戻ってくれたから今私達はこうして笑っていられるの!!ログさんが傷付きながらも諦めずにウィランダの街を護る為に最善を尽くしてくれたから・・・だから・・・だから・・ううっ・・奇跡が・・奇跡が起きたの!!お願いだから・・・そんな風に思わないで・・あなたは・・・あなたは・・ウィランダの街の・・・私の・・私の・・英雄なのぉぉぉ!!!」


メルンは泣きながらログの胸に飛び込んだ。ログに解って欲しかった。ログが居たから皆が戦えた、勇気をもらえた、信じて脅威に立ち向かえたのだと・・・でなければウィランダの街はサーシャが来る前に壊滅していたのだと・・・


(・・メルン・・・そうだな・・俺は馬鹿だな・・・)


ログはそっとメルンの頭に手を乗せて目を閉じた。そして自分の心の在り方を恥じるのであった。


「・・・メルン・・ありがとう・・俺は自分の力に自惚れていたようだ・・・俺は俺の出来る事を全力でやったんだ・・・それで良かったんだな・・・」


ログは自分の胸に顔を埋めているメルンに視線を落とした。メルンは涙で濡れた瞳でログを見上げて何度も頷いて見せるのだった。


「ふうぅぅぅ・・・よし!昼飯でも食うか!」


ログはしがみついているメルンごと立ち上がりいつものように笑いかける。


「わっ!!・・もう!急に立たないで!!ふふ・・もちろん奢りだよねぇ?」


「まあ・・・今日は奢ってやるよ・・・」


メルンが笑顔でログの顔を覗き込むと少し照れた顔を誤魔化すように噴水に掛かる虹に目を向けるのだった。

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