第116話 スタンピード 交戦
ログ達がウィランダの街へ戻ると決めた約2時間前・・・既にこの異変に気付いた者がいた。
「パパ!!帰って来てもう一週間よ!!もう誰が何と言おうと明日出発するわ!!」
サーシャが父親ガルバンの部屋へ飛び込み腰に手を当てて声を張り上げていた。
ガルバンはミハエルの元へ早く行こうとするサーシャをのらりくらりと誤魔化していたのだがもう逃げられないと覚悟を決めるのだった。
「ま、まぁ・・待て、サーシャ・・・おまえはまだ未成年なんだよ。せめて15歳になるまでは私達の元に居て貴族の常識や作法を学んで素敵な女性になって欲しいんだよ。殿方も知的で女性らしい所作が身に付いた人に惹かれるとパパは思うぞ?」
ガルバンがサーシャに言い聞かせるように宥めるとサーシャは父親の正論に言葉が詰まった。
「あ、うぅ・・・そ、それは・・そ、そう・・かもしれない・・・けど・・・」
サーシャはガルバンの言葉に何も言えずにもじもじしていると突然弾かれたように顔を上げた。
「えっ?!な、何?!この悪意の塊は?!」
サーシャは急いで大きな窓のを開けると指輪に付与された〈広域探索〉を発動させる。〈広域探索〉は〈索敵〉の上位互換であり魔力量に比例して索敵距離が広がるのである。
「サ、サーシャ?どうしたんだ?何かあったのか?」
「パパはちょっと黙ってて!!!」
「はうっ!!!」
サーシャが一喝すると父親は余りの迫力に椅子の背もたれに張り付いた。
(な、何よこれ・・突然こんな事って・・)
サーシャは東の方角を見て唖然とした。サーシャの索敵が捉えたものは約1000体の魔物の群れがこのセルフィア王国に向かって北上している姿であった。
「パパ!!大変よ!!極東の森でスタンピードよ!!真っ直ぐここへ向かっているわ!!この速さだと空を飛ぶ魔物もいるからあと半日もしないうちにここへくるわよ!!早く王宮に知らせないと!!」
サーシャが勢いよく振り向くとガルバンがサーシャの迫力に圧倒されて嫌な汗を流しながら椅子に張り付いていた。
「サ、サーシャ・・・ま、先ずは落ち着こう・・」
(あ・・・しまった・・つい力が入っちゃった・・・)
サーシャ達はミハエルとの特訓によりこの世界では規格外の強さなのである。指輪により力は抑えてあるが感情による強者の威圧感だけは抑えきれないのだった。
「ふぅぅぅ・・・・」
サーシャは肩の力を抜いて自分を落ち着けると早足でガルバンに詰め寄る。
「パパ!早く王宮に連絡して!!1番近いウィランダの街が危ないわ!!早くしないと大変な事になるわ!もし王宮の人間が信じなかったら・・・『ミハエルが来るぞ!』って言ってやって!!」
ガルバンは捲し立てるサーシャの勢いに圧倒されながら困惑していた。クラインド王国から帰って来てから娘の変化が尋常ではないのだ。しかしガルバンは目の前の娘の必死な訴えに事の重大さを理解し始めていた。
「サーシャ。話は分かった。パパはお前を信じる!聞きたい事は沢山あるがこの際後にしよう。今から王宮へ行って話をするからサーシャも一緒に来るんだ!」
ガルバンは一刻を争う事を理解すると立ち上がり準備を始めた。
しかしサーシャは準備をしているガルバンの背中に声を掛けた。
「パパ。私は王宮へは行かないわ!一足先にウィランダの街へ行く!一刻を争うの!」
「なっ?!だ、駄目だ・・・あ・・サーシャ?!」
ガルバンは目を見開き止めようと振り向くと既にサーシャの姿は無かった。大きく開いた窓のカーテンが淋しく風に靡いていた。
「サーシャ!!サーシャぁぁぁぁぁぁ!!」
ガルバンは窓に駆け寄り辺りを見渡すが既にサーシャの姿は無かった。
ガルバンは慌てふためき足をもつれさせながら部屋を飛び出すと全速力で王宮へと馬を走らせるのであった。
「ん?・・あれはエルバンス伯爵じゃないか?」
「あぁ。そうだな。あんなに血相を変えて何かあったのか?」
門兵二人が必死の形相で馬を走らせているガルバンを見て首を傾げていた。
するとガルバンが門の手前で急停止して肩で息をしながら門兵の前に駆け寄った。
「はぁ、はぁ、んはぁ・・・お、王に・・セルフィア王に謁見を!!」
「エルバンス伯爵様。落ち着いてください。一体何があったのですか?王に説明しなければなりません。」
「スタンピードだ!!!ひ、東の森に魔物の大群だ!!このセルフィア王国に向かっているんだ!!一刻の猶予も無い!!早く対処しなければ!!!娘が!!娘が!!」
門兵は目を血走らせ一気に言葉を吐き出すガルバンを見て半笑いで肩をすくめる。
「エルバンス伯爵様。落ち着いてください。東の森はここから馬車で飛ばしても2日は掛かるんですよ?どうやって確認したのですか?偵察隊からもそんな報告は受けてませんよ?」
ニヤけながら話す門兵に怒りが込み上げて来たガルバンは門兵の男の胸倉を両手で掴み額を擦り付ける!!
「こ、この緊急事態に何呑気な事言っとるんだぁぁぁぁぁ!!!貴様等とっとと王に掛け合って来い!!でないとミハエルが来るぞ!!!」
ガルバンが勢いでミハエルの名を出すと門兵二人の顔が引き攣り青ざめていくのが分かった。
「なっ?!・・ミハエル・・あの・・魔力の化け物ミハエルか?!?!お、おい!!すぐに報告だぁぁ!!全力でつっ走れぇぇぇぇぇ!!!」
「了解ぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」
そう言うと門兵の1人が城門へと全力で駆けて行った。そして残った門兵の男が勢いそのままでガルバンに深々と頭を下げる。
「エ、エルバンス伯爵様!!さ、先程は失礼致しました!!・・・あ、あの・・こ、この事はミハエル殿には・・・な、内密にして頂けないでしょうか・・・?」
門兵の男がおどおどしながらガルバンの顔をチラリと見る。
「んん?・・・お、お前らの対応次第だ!!早くしろ!!!」
「は、はい!!失礼致しました!!」
門兵はキレの良い礼を決めるのであった。
(ミハエルか・・・お前は一体ここで何をしたんだ・・・こいつらの怯えようは普通じゃ無いぞ・・・まさか・・)
ガルバンはすぐさま謁見の間に通されセルフィア王の前に跪く。
「エルバンスよ!!東の森でのスタンピードの話は聞いたぞ!!ご苦労だった!!あのミハエルが絡んでおるならまず間違いあるまい!!直ぐに対応させよう!!お主も手伝ってもらうぞ!」
「ははっ!!お任せを!!!」
(・・セルフィア王まで・・ミハエルの名前を出しただけでこんなにすんなり受け入れられるのか・・・まさかあの日食卓で語った話は本当だったのか・・・)
ガルバンは子供達が語った信じ難いミハエルの武勇伝を思い出すのだった。
その頃メルト村ではミハエルが朝食を目の前にしていた。
「ヘックシュンッ!!!グズッ・・」
「あらあら、風邪でも引いたの?」
鼻を啜るミハエルをソフィアが心配しながら目の前にコップを置く。
「うーん・・多分これは何処かで噂してるね・・」
何故だか嫌な予感がする朝のひと時であった。
「よし!!見えて来たぞ・・・ってもう街が襲われてるぞ!!急げぇぇ!!!」
馬車の窓から顔を出したゴルドが声を上げる。
ログは今までの癖で戦況を見ながら皆をどう配置して戦うかを考えようとしたがある事に気付いた・・・
(そう言えばゴルドさん以外名前を知らないな・・・一緒に戦うから必要だよね・・・こんな状況だから許してね。・・・〈鑑定〉)
ログは皆の名前を確認すると再び戦況を眺めるのであった。
そして街に近付くにつれて魔物達が馬車に気付いて襲って来る!!
メルン、アメリ、シリア、ロザリアの4人は新人という事で馬車の前に座り戦闘をゴルド達に任せていた。
「あれはリザードマンだわ!!Cランクの魔物がこんなにも!!くっ!!させないわ!!炎の槍よ!敵を貫け!〈フレイムラス〉!!」
「くげぇぇ!!」
魔導士のリグナが馬車に飛び移ろうとしていたリザードマンに炎の槍が突き刺さる!そしてリザードマンは炎に包まれ転がった。
「う、嘘?私がCランクのリザードマンを一撃で?!・・ちょっと待って・・魔力が・・溢れてくる!!」
「ほ、本当だわ・・なんでだろう?なんか外す気がしないわ・・・」
狩人のディーナが弓を構えて揺れる馬車からリザードマンに正確に矢を打ち込んでいた。
「げっ!」「ごっ!」「がぐっ」
「そうだな!不思議だ・・身体も軽いし力も身体の底から湧いて来るみたいだ!!」
槍士のジルクが馬車の後部から来るリザードマンをまるで豆腐を刺すように倒していく!
「グギャ!」「グゲェ!」「グゴッ!」
「はん!!調子がいいのは良い事じゃねーか!!行くぞ!!戦ってる冒険者達と合流だ!!!」
ゴルド達は自分達の変化に気を良くして勢い付いた。そしてログ達は馬車から飛び降りると群がるリザードマンを蹴散らしながら走り出す。ウィランダの街の入口は100人程の冒険者達が食い止めているが次から次へと来るリザードマンに苦戦を強いられていた。
しかし冒険者の1人が向かって来るゴルド達を見付けると満面の笑みを浮かべた!
「お、おい!あれはゴルドじゃねーか!!」
「さすがゴルドだ!!ありがてぇ!!」
「よぉし!!皆を逃すまでもう一踏ん張り出来るぞ!!」
ゴルド達の姿を見た冒険者達から次々に声が上がり冒険者達の士気が上がる!!
ふふ・・ゴルドさんは皆からかなり一目置かれているんだね・・・あの発言は・・伏せておいた方がいいね・・・
ゴルドを歓迎する冒険者達を眺めながら思うのであった。
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