第7話 距離は僅か1センチ
学校が終わった。
本当に疲れた…まじで…
俺のクラスだけが見てるならまだしも、あんな所であんな事をしてれば他のクラスの連中も見てた訳で…
廊下を歩く度に
「おアツいねー!」
「なになに!? いつから? いつから?」
みたいな事を言われる。
おちおちトイレすら行けない。
そう言えば集合かけられてたな。
16:20『校門で待ってるねー』
まずい、10分程待たせたか?
俺は走って校門まで向かう。
「遅いよー」
「ごめん、待たせた…」
「まあ、いいですよ。ちょっと、着いてきてください!」
彼女は俺の手を掴んで走り出した。
向かってる方向は…裏山?
「まだちょっと時間がありますね…」
「ちょっと寄り道します!」
彼女は元気よく声を上げると、急に方向転換した。
「ぁあああ」
手がもげそう。
「取り敢えずここで時間潰しましょう」
カラオケか。久しぶりだな。
前、葵と来た時以来か…
葵元気かな…
「二時間で、機種はDAMでお願いします!」
俺たちは決められた部屋へ向かう。
「慣れてるな、良く来るのか?」
「はい!一人で…」
「そうなんだ。ヒトカラって奴?」
「そうです! 私歌うの大好きなんです!」
「俺も歌うの好きなんだ」
「お、共通の趣味を見つけましたね」
彼女はとても楽しそうに笑う。
俺もついつい口角が上がってしまう。
本当にいい顔で笑うな。この子。
「じゃあお先失礼しますね!」
「うい」
〜〜it's been a long day〜
わぁ、この人ホントに凄い人だ。
まじでカッコイイ。語彙力が無くなるほどに上手すぎる。
思わず聴き惚れてしまう。
*****
〜〜again〜〜
-パチパチパチ
拍手をしなくて何をする。
そのぐらい彼女の歌声は素晴らしい物だった。
「99.5点…いつもより低いです…
すみません、もっと質のいい歌を歌えなくて…」
「いや、ただでさえ上がったハードルをさらに上げないで…
俺もう歌えないよ」
「何か今までやってたの?あまりに上手すぎるんだけど…」
「特に何もしてないです。友達居ないんで、一人でカラオケばかり来てたら点数出るようになっちゃいました!」
いやそれだけでそんなに上手くなんのか?
そこから俺たちは二時間いっぱい歌いきった。
結局俺は1回も90点を越えなかったけど…
桜はほとんど毎回99点越えだった。
歌手にでもなった方が良いんじゃないか。
「じゃあお時間も丁度よさそうですし、目的地へ向かいましょう!」
彼女はカラオケから出るなり、すぐに俺の手を掴み走り出した。
「暗いから気をつけろよー転けるぞー」
「大丈夫です! 慣れてるんで!」
子供のようにはしゃぐ彼女を見て、俺もなんだか嬉しくなる。
山の麓まで来た。
「ここから少し道が険しくなるので、しっかりと掴まっといてくださいね」
これ道なのか?
獣道ってやつじゃないのか?
彼女はなりふり構わずズンズンと登っていく。
二十分ぐらい経っただろうか?
「後どのくらい?」
「後、半分くらいです」
「え?」
*****
「着きました!」
「はぁはぁ、なんでそんなに元気なの?」
「蓮は体力がないですねー!」
俺は彼女の顔を見ようと、下げていた顔を上げる。
俺は言葉を失った。
「…あ…すげぇ…」
「でしょでしょ! ここ、私だけの秘密基地なんです!」
木々を分けて、そびえ立つ崖から見える景色は、今まででに見たことの無いような、美しい光景だった。
住宅街の夜景もさることながら、遠くに広がる大海の水平線。
船の灯りだろうか?
まるでクリスマスのイルミネーションのような、色とりどりの光を発している。
満月が海に反射する。
それに答えるように空に浮かぶ星々も光り輝いている。
俺が呆然と立ち尽くしていると、桜が口を開いた。
「綺麗ですよね。とても…」
「そうだな…今まで見たこと無いよ。こんな景色」
「すみません!」
桜が突然頭を下げる。
俺は混乱して言葉が出てこない。
「私が蓮にあげられるものは、お弁当と、歌と、この景色ぐらいしかありません!」
(そういうことか…)
俺は頭を下げたまま動こうとしない桜の元へ、歩みを進める。
「顔を上げて、桜。
まずは、今日は本当に、ありがとう。
弁当も、歌も、この景色もとても嬉しいよ。
弁当はちょっと恥ずかしかったけど…。
最初は、告白されて物凄く戸惑ってたんだ。
それに葵の事もあって…
でも、そんなダメな俺を、桜は引っ張って、色々な事を見せて、食べさせて、聴かせてくれた。
本当に心から感謝してる。
本当にありがとう
まだ俺から桜へあげられるものは何も無い。
…だから、いつか必ず桜が笑って受け取ってくれる様な物をあげるから。
お返しはちょっとまってね」
彼女は目に涙を浮かべていた。
「…お返しならいりません」
「それじゃ、もうしわけ…」
目の前が真っ暗になる。
次、目を開けるとそこには、桜の閉じた瞼があった。
-距離は僅か1センチ。
「もう頂きましたから!」
俺は高鳴る胸を抑えるので精一杯だった。
そこからはよく覚えていない。
家へ帰ってからは、今日の出来事を思い出してはニヤけて居ただけだ。
後、頭の中で反芻される俺の言葉。
「いつか必ず桜が笑って受け取ってくれる様な物をあげるから」
ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛死にたい。恥ずかしい。
痛い痛い。頭が痛い子がいるよ。
俺は眠れなかった。