第6話 口実作り放題
「すみませんでした」
俺は頭を下げる
「別にいいですよ。私よりもあの人の事を優先することくらい分かってましたから」
彼女は笑って許してくれた。
でも微妙に目が怖い。
「怒ってますか?」
「怒ってないですよ!ほら!学校行きますよ!」
彼女は俺の手を引く。
俺の右手の甲に何かが刺さっている。
痛い。
「あの…これ、わざとやってます?」
「何のことですか?」
桜はニッコリと笑った。
目は笑っていなかった。
*****
フーフー
さっき爪を立てられた所から血が滲む。
はー、朝から災難だった。
まぁ、俺が悪いんだけど。
「れーん!朝から浮かない顔してどした?」
こいつは栗林翔太、
中学来の仲だ。
「いや、ちょっとな…」
「まさか、また日坂さんに振られたか?
そっかそっかー何回目だ?」
「1000回だよ」
「お前も懲りないな。あと何回行くつもりだ?」
「もう諦めた」
「は?」
翔太は口をポカンと開けたまま動かなくなった。
「諦めるって何を?」
「だから、葵の事をだよ」
「何で?お前、保育園からずっと好きなんだろ?」
「何でって、1000回だぞ?1000回。
俺もそこまで振られ続けて、さらに告白し続ける気力はもう残ってねーよ…
それに…」
「それに?」
-ギュッ
背中に柔らかいものが当たる。
「蓮!朝、言い忘れてましたけど、弁当作ってきましたよ!今日のお昼一緒に食べましょう!」
翔太が青ざめる。
「おい、蓮。どういう事だ。説明しろ。返答次第じゃ生かしちゃおかねぇぞ」
「見たら分かるだろ」
「何だよ、見たらって!」
翔太は若干キレているようだった。
「私たち付き合ってるんです!結婚を前提に!」
桜が叫んだ。嘘だろ…
「う、うん、桜。弁当は嬉しいよ。ありがとう。
でももうちょっと距離感と、声の大きさ考えような」
周りの視線が一気に俺たちに集まる。
「…ねぇ、あんな子うちの学校にいたっけ?」
「見たことないよ。それに神谷くんって日坂さんの事が好きなんじゃないの?」
「でも今付き合ってるって…しかも結婚がどうとかって…」
「日坂さんは何だったの?」
「もしかして…二股?」
「最低ね、あのクズ」
「二股蓮。笑」
「あはははっ。それチョーウケる」
…あの、お姉さん方?全部聞こえてますよ。
「うわぁぁ、お前だけは仲間だと思ったのに…」
翔太が泣き始めた。
何だこのカオスな空間。
「ごめんなさい!余計なこと言っちゃいました…」
桜が頭を下げる。
「いいよ。どうせすぐバレてただろうし、早いか遅いかの違いでしょ」
口ではそう言ったものの、内心は大焦りだった。
でも周りの女子が俺をクズ呼ばわりするのは仕方ない気がする。
昨日まで葵にベッタリだったし。
…やっぱり…葵は休みか。
俺は誰も座っていない左隣の席を見て、ため息をつく。
本当に大丈夫なんだろうか。
メッセージを取り消す前は何を送ってきたんだろうか。
何で俺は寝てしまったんだろう。
待てばよかったな。
「…くん…れんくん、蓮。聞いてますか?」
「あぁ、ごめんボーッとしてたよ、で何だっけ?」
「もう!ちゃんと聞いててくださいよ。
今日帰りに一緒に寄りたいところがあるんですけど、良いですか?」
「あぁ、良いよ。暇だし」
「良かったです!じゃあね、蓮、またお昼休みね!」
彼女は場を荒らすだけ荒らして元のクラスへと帰って行った。
俺はおもむろにスマホを取り出しLINEを開く。
元気してるか?
キーボードに打つだけで、送信のボタンを押すことは出来なかった。
*****
「はい。タコさんウインナーですよー
あーん」
さっきからずっとこの調子だ。
俺は恥ずかしくて頭がおかしくなりそうだった。
何せ、やってる場所がやばい。
中庭のベンチでだよ?
公開処刑ですか?
……でも、正直、嫌じゃない。
こうして純粋に好意を向けてくれる桜のことを、嫌いになれる訳が無い。
「ありがとう。めっちゃ美味しいよ。
でも、残りは自分で食べるから、桜もゆっくり食べて」
俺は笑って返す。
「つまんないですね〜。あ、」
彼女は、ほっぺたを膨らませた。
何かを思いついたのか目を見開いて、嬉しそうに笑う。
「えいっ」
桜は箸で俺の頬にご飯粒をつけてきた。
瞬間、頬に柔らかいものが当たる。
ハムッ
「こうすれば口実作り放題です。次は唇ですね〜」
俺は顔が熱くなるのを感じた。
「蓮は初ですね〜顔真っ赤ですよ〜」
「そういう桜だって耳まで真っ赤じゃん」
「ちがっ、これはちがいます」
桜は慌てて顔を隠す。
「こんな事するの…初めてだから…」
声が小さすぎてよく聞こえなかった。
「無理にしなくても良いよ。俺たちは俺たちのペースでやって行こうよ」
俺は彼女を傷つけないよう、出来る限り優しく言った。
「無理になんかじゃないです!私がしたくてやってるんです!…それに……それに……」
彼女は下を俯いて、暫く顔を上げなかった。
「あの…大丈夫か…?」
桜は急に顔を上げると、何かを決心したかのような面持ちで、コッチを見てくる。
「必ず、私だけのあなたにしてみせますから。
他の誰にも譲るつもりはありません。
ですから、これはそれの誓いです」
桜の顔がジリジリと近づいてくる。
俺は目を瞑った。逃げる事はしなかった。
俺と桜の唇が、重なりかけた。
-キーンコーンカーンコーン
「あ」
「あ」
俺たちはお互い顔を真っ赤にして少し距離をとる。
「じゃあ、放課後楽しみにしてますから!
また、待ち合わせ場所はLINEで伝えますねー!」
彼女は大急ぎで教室へと帰って行った。
きっと恥ずかしかったのだろう。
それでも、恥ずかしいのに耐えてくれてたんだな。
(俺も桜とちゃんと向き合わなきゃな…)
俺は自分の教室へ帰った。
皆の反応がおかしい。
朝のようなバカにした感じじゃなく、そう、例えるなら、動物園で貴重な動物を見た時の反応に近い。
「おい、蓮」
「なんだ。翔太、また何か言いがかりでつけるつもりか?」
今までに見た事ないような顔をした翔太を見て、俺は少しだけ動揺した。
「お、お前、気づいてなかったのか?」
「何をだよ」
翔太が何か慌ててる。何だ?
「クラス全員がお前ら二人をガン見してたぞ」
「え?」
「チャイムが鳴る寸前キスしたよな?」
「いやいや、してないよ!これは本当だから」
まぁ、正直、そんな言い訳した所で何の意味も無い訳で…
「神谷くん!あの子の名前教えて!いつ知り合ったの!?」
「神谷!お前やるな!流石に俺も付き合って二年の彼女居るけどあんな大胆な事出来ねえよ」
「どこまで行ったの?皆の前でアレが出来るってことは、その先も…」
俺のそこそこ平和だった高校生活は幕を閉じた。




