第3話 私はずっと見てきましたから
「神谷くん!」
「屋上で待ってるから!」
顔は見えなかった、だけど確かに呼ばれたのは俺だ。
なんの用事かは分からない。
だけど俺もそこまで馬鹿じゃない。
ここで行かないなんて選択肢はない。
-グッ
何故か葵が俺の手を掴んで離さない。
俺は彼女の手を振りほどいた。
-タッタッタッ
俺は階段を駆け上がる。
-ガチャ
そこには焼け爛れた真っ赤な空と、燃え盛るような熱い夕陽が彼女の長い黒髪を照らす。
彼女が振り向いた。
「来てくれたんだね」
俺は思わず見蕩れてしまった。
なんて素敵な笑顔で笑う子なんだろう。
瞬間、彼女は真剣な顔つきになった。
「神谷くん。私は保育園の頃からあなたの事がずっと好きでした。
結婚を前提にお付き合いしてください」
暫く俺は立ち尽くしてしまった。
もしかしたら告白かな?とか思ってたけど、まさか。
俺はふと葵のことが頭によぎる。
俺は諦めたつもりだったけど、やっぱそう簡単には切り替えられない。
-ごめん。
そう言おうと思った。
でも、俺は誰よりも、振られる事の痛みを知っている。
1回振られても、1000回振られても感じる痛みが無くなったことなど一度もない。
何度か死のうかと思ったぐらい苦しい事だ。
それ程、人の気持ちは、想いは、強い。
俺はここでなんと答えるのが正解なのか。
保留なんて言う男らしくないことはしたくない。
俺が口を開こうとしたその時だった。
「あなたが日坂葵さんのことをずっと好きな事は知っています。
私はずっと見てきましたから。
今日、あなたの告白が日坂さんに届いたのなら、私はあなたの事は諦めるつもりでした。
ですが、失礼ながら御二人のお話を聞いてしまいました。
あなたが今でも日坂さんの事を好きな事は分かっています。
それでも、私はあなたの事を心から好いています。
この気持ちに一切の嘘はありません。
必ずあなたを振り向かせて見せます。
もう一度言います。
私と結婚を前提に付き合ってください」
彼女の目には火が灯っていた。
そう言えば彼女、保育園からと言ったか。
俺は彼女を知っている?
「俺は君の事は知らない。何も知らない。
だから知りたい。だから…」
だからなんだ?俺は言葉に詰まる。
「私の事を知りたいって事はOKって事ですね!
やった! やったー!」
あ、やべえこれ。
「じゃあ、今日から一緒に帰りましょう!」
勘違いだよ。なんて言う勇気は俺にはなかった。
ただ、良い機会かもしれない。
俺も、もう少し前に進まなきゃな。
「分かった。少しずつ君の事を教えてくれ」
「私たち保育園の時には出会ってるんですけどね〜。まぁ、いずれ思い出させてあげますよ!
それに私は『君』じゃなくて、新芽桜って名前があります!」
「悪かった。新芽」
「付き合ってるんだから、下の名前ですよ!」
あ、俺たち付き合ってる事になってんだ。
そっかOKした事になってんだもんな。
「分かったよ、桜」
「それでいいんですよ、蓮」
なんか色々すっ飛ばした気がするけど、悪い子じゃなさそうだ。
俺は、彼女の事を知れば、葵の事を忘れられるんだろうか。
-ギュッ
桜は腕を絡ませてきた。
今まで女性経験がない俺は今にも倒れそうだった。
それぐらい、彼女のたわわなソレは俺には刺激が強すぎた。
「じゃあ、帰りましょう、蓮」
「ああ」
屋上から階段を降りる。
俺たちは傍から見たら完全にバカップルだろう。
まさか、俺が蔑んでいた彼ら彼女らの行動がこんなにも気持ちの良い物だとは知らなかった。
俺もついに彼女持ちか…
でも、本当にこれで良かったのだろうか。
俺は間違った事をしてないだろうか。
俺はふと顔を上げる。
そこには今にも泣き出しそうな葵がいた。
「あぁ、私はバカだ」
彼女はそう言い残すと、全速力で走っていった。
俺は何かを間違えたのだろうか。
俺は葵に1000回振られた。
その事実だけが、この矮小な胸を強く締め付けた。