なわの日
学園の放課後、園庭に両端が木で囲われた細い縄が落ちている。
「何かしら? 縄?なんでこんなところに?」
「本当だね。誰のだろうか」
授業で来ていたレイさんが、わたしが園庭に散歩に出たいと言ったら「それならば、お嬢様の警護は私にお任せ下さい」そう言ってついて来てくれていたので、一歩後ろからのお返事に視線を返したところで、
「す…すみません!ユリエル様!! 自分が落としてました!!」
ガチガチに緊張した……多分下級生なのだろう。
その男の子は帰り支度も済んだ格好で、手足が同時に出ながらわたしの元へとやってきた。
「先日、下町の子供達で、流行ってると……、なので昼休みに、簡単なのかと思えば、難しく、うまく行かずに、置いて忘れて、おりましたっ!」
その言葉では何が流行っているのかの主軸が見えずに聞こうとすれば、
「あぁ、ナワトビ、かな?」
そう言ってレイさんがわたしから縄を受け取ってくれる。
「まぁナワトビって……縄を跳ぶ、ナワトビかしら?」
わたしの手を打ちながらの何の捻りもない説明にレイさんは微笑みながら頷いて、下級生の男の子も胸の前で指を組みガクンと首でももげそうな相槌を打ってくれた。
「少し借りても?」
レイさんの質問に彼はカクカクと頷けば、遠くから誰かの呼ぶ声がする。
「呼ばれてるのは君なんじゃないかい?」
「そ、そうですかね? そんなこと、ないんじゃ??」
キョドキョドと視線と指先を彷徨わせながらの返事にわたしも微笑み、
「足止めさせてしまったかしら? それならこのナワもお返ししなくては」
「いっ、いいです!! 全然気にせず、そのまま、差し上げ、ます!! では、し、失礼します!!」
深々と頭を下げて声のする方に走り行きながら「チクショウ……探すなよ!!」 そう呟いていたのは何か大切な縄だったのかと、取り上げてしまったようで申し訳なく思えば、レイさんが「クラスも分かるし、あとで返しておくよ」と微笑んでくれた。流石、卒業してもやはり有能な元生徒会長様!!!
「ところでレイさんは飛べますの?」
口元に手を当てて悪女の笑みを浮かべて挑発してみれば、目を細めてクスッと笑うと両手で縄の端を持ち………シュタタン シュタタン シュタタン と二重跳びを始めた。
「面白い。これは全身に効くね」
「まさかのファースト縄跳びで二重跳び!?」
やはり有能過ぎる騎士様だと驚いてしまうと、
「ユリエルくんもやってみるかい?」
そう言って手渡してくれる。
「ユリエルは……やった事無いのですけれど……、出来る気がしますわ!」
「ユリエルくんの根拠の無さそうなその自信、私は好きだなぁ」
自信満々に受け取り、前世の小学校で縄跳び大会で引っかからずにクラスで一位になった記憶が薄らぼんやり蘇ってきて、わたしは気合いと共にカッと目を見開いて、
「いきますわ!!!!」
両手で持って、縄をぐるりと回し、ジャンプして、ベチンと弁慶の泣き所に当たる。
「………ーーーーーッッ!!!」
体育座りで涙を堪えるわたしに、「プッ」と笑う声が聞こえて恨みがましく見上げれば、「笑ってないよ」と口元を押さえて微笑みまれるけど絶対嘘だと睨み続ければ改めてクスクスと笑い出されてしまった。
ユリエルの吊り目が一切効かないのは、体育座りで弁慶をスリスリしてるからかしら?
「ワンモア、もう一度ですわ! わたくし出来る気しかしませんもの!!」
立ち上がり改めて飛び………何回か練習してるうちに飛べる様になってきた。
下手くそな練習からだけど、周りは木々に囲まれて人目もなく、こうして騎士のレイさんしか見ていないと思えば照れもなく続けられる。
「……はぁ……、流石に疲れてきましたわ。ふふ、でも跳べたでしょ?」
縄を止めて思わず嬉しくてレイさんを見れば、何故かもの凄いキラキラしながら「とても素晴らしいものを見せて貰ったよ」と、必要以上に誉めてくれた。
しかし眩しいほどに輝いているわ!!やはり騎士だけに努力をしてる人を認めてくれてるのだろうけど、まっ…眩しい!!!
「ふっ、そこまで褒められては、レイさんに新たな遊びを教えてあげますわ!!」
胸に手を当ててドヤ顔をしてから、改めて縄を持ち直し………、
「♪お〜じょぉさん〜、お入りなさ〜い、さぁどうぞぉ〜ですわぁ」
「? ユリエルくん、なんだいそれは?」
「ふふ、二人で、一緒に飛んで、遊ぶもの、で、すわ……えっと……タイミングよく、はぁ……はいる、のが、コツ……はぁっ…」
流石にかなりの練習をした後の話しながらの縄跳びは息が切れると思いつつ、必死に説明すればレイさんが目を見開いて驚いている。
「いいのかい?」
「もう跳べませんの……、入るなら……一気に……っ」
足がふらふらしてきたと諦めようと思った時に、流石の動体視力でレイさんがすかさず入ってくれる。
「えぇっと…♪お嬢様、お入りましたよ?」
「ええっと……なんだったかしら?……♪さぁどうぞ、ありがとう。いっかい、にーかい、さんかい、よんかーい………っアハッ、レイさん引っかかりましたわね」
わたしではなくまさかのレイさんが引っ掛かったと笑ってしまえば、レイさんは「そうだね」と微笑みながら、その美しく輝く顔に片手を当てて空を見上げた。
「ふふふ、いい天気ですわね。 あら? あれ、渡鳥かしら?良いもの見ましたわね」
共に空を見上げて微笑めば、レイさんもやはり空を見上げたまま、
「うん……いいものを見た」
そう共感してくれたのが嬉しくて、二人で暫く空を見上げていた。
キラキラ超えてピカピカしてそうなレイが、無駄に帰り道で女性の膝を砕いていったことと、何より何で無駄にキラキラしててのかは、ご想像にお任せします。
改めまして……、7月8日は「なわの日」でした。
これぞ本編に入れるまでもないこぼれ話!!