パンの記念日
「えへへ〜!ユリエルサマ、あのですね!いつかヒナタ、ユリエルサマに焼きたてパンを食べてもらおうと思って準備してましたし、さっき先生にお願いして調理室も借りられました!だから今日は材料もぜぇんぶこの通りバッチリなんですよぉ〜!」
「……いや、その…何故か嫌な予感しかしないのは、わたくしの気のせいかしら?」
シルクサマの用事が済むまで、今日は生徒会室には行かないで待っているとの話を聞いて連れてきた調理室。
ユリエルサマの綺麗で美人なその顔は、心なしか引き攣っている様な気がするのはヒナタの気のせいだと思うのです。
「大丈夫です!子供の頃からパン作りはヒナタのお仕事で…今のお屋敷に来て作らせてもらう回数は減っちゃったけど、前のお母さんもお父さんも褒めてくれたし、今のお父様もお母様も美味しいって言ってくれます。…貴族さんは厨房に入るものじゃないとは……その、言われちゃいますけど!」
えへへと笑えば、ユリエルサマは少しだけ眉間に皺を寄せてから「…そうですの。それなら折角だからその工程を見せて頂ける?」なぜか少し切なそうに笑ってくれた。
*****
「ユリエルサマも一緒に捏ねたり作ったりますかぁ?」
「わたくしは止めておくわ。……それこそ嫌な予感しかしないしね…」
言葉の後半は視線を逸らされてよく聞こえなかったけれど、ユリエルサマもクッキーを作ったことがあるはずだけど、やはりこんな立派な人は最初から最後までは作ってないのかなぁなんて、ちょっとだけ残念に思っちゃう。
「なんてね!こうして一緒にいてくれるだけで充分だもん!」
ユリエルサマがこうして座って見てくれてるのだと気合いを入れ直して、小麦粉や膨らし粉やお水も量ったりして、ユリエルサマに「美味しい〜っ」て喜んで貰いたいと、一生懸命材料を捏ね始める。
「…そういえばパン作りを見るのは初めてだわ。ちゃんと作るのってこんなに大変なのね」
いつの間にか覗き込んできたユリエル様の瞳に、生んでくれた両親も今の義両親も、こんなに真剣に見てくれたことはなかったと凄く嬉しい。
「えへへ、これは発酵しておかなきゃなんです。その間に凄く簡単な発酵いらずのすぐ食べられるパン作りますねぇ!」
生地を丸めて器に置いて濡れたタオルをかけて…そんなところまでジッと見てくれてることが、ヒナタはほっぺたまで全部嬉しくなって、自分でも口元も目元も全部笑っちゃうのがわかっちゃうくらいだから、ユリエルサマみたいなクールな方から見たらきっと可笑しいのかもしれない。荷物を取りに走るヒナタのことを目を細めて微笑んでくれてる。
「ヒナタさんは器用ね」
「えへへ、お料理は好きなんです」
「そう…羨ましいわ」
でも突然その目は寂しげに逸らされて……もしかしたら公爵様のお家では自由は少ないのかもしれないと元気を出してもらおうと、新しい小麦粉を持って少し小走りに近寄れば………
「あっ⭐︎」
「え?どうしました……ノオッ!?」
視線を落としていたユリエルサマがその顔をあげた瞬間に見えたのは、きっとこけるヒナタと袋いっぱい入っていた小麦粉がお部屋いっぱいに舞うところ。
「あーーーーーっ!!ユリエルサマァァァ!!ごめんなさい!!大丈夫ですか!?」
ヒナタが転んだ先はユリエルサマの大きなお胸で、その下でユリエルサマは綺麗な黒髪も真っ白になって、尻餅をついてる。
「ど、どうしよう…ヒナタ、またユリエルサマにっ!!いつもはこんな失敗しないのにぃ〜…っ!」
何故かユリエルサマの前だと失敗ばかりだと目に涙が浮かべば、ユリエルサマは頭に乗った小麦粉の袋を取りながら「プハ………ッ。だ、大丈夫よ?」
そう言いながらも口から小麦粉を吐く姿は、全然大丈夫じゃなくって、ヒナタは動揺しすぎてパンの代わりにモミモミとしてしまっていたユリエルサマのお胸の上に置いてた手を苦笑いと共に外されながら、
「あらやだ、この髪色ならシルクとお揃いみたいねぇ」
なんでもないように言って先に立ち上がると、ヒナタにも手を出して立たせてくれる。
「ヒナタ!ミラさん呼んできます!!!!」
「そうねぇ、着替えがあると嬉しいわ」
立ち上がり走って扉に向かうヒナタからは長いお髪で表情は見えなくて、怒っているのかどうなのかわからないけれど、小麦粉を払いながらも既にその手には箒と塵取りを何処から取り出したのか持っている。
「ごーめーんーなーさーいーーーーっっ!!!」
涙目で走りされば「ドップラー効果ねぇ」なんて難しい言葉を言うユリエルサマはなんて凄い人なんだろうと、とにかく今はミラさんのいるはずの生徒会室まで一生懸命走ることにした。
4月12日は「パンの記念日」でした。
この話は、『436話・なんなんですかねって言われても…たしかになんなのかしら?』の裏話でした。
オマケ
「うっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっ」
「……ロットさん駆け込み爆笑はレディに失礼だと思いませんこと?」
「むりやわ!なんでそんなオイシイ事になるん!?」
「…わたくしが聞きたいくらいですのよ」
「お!姫さんシルっくんも来たわ。オレ、途中で会うて声かけたんよ」
「姉さん…、とりあえずテラス出て」
シルクの風魔法でユリエルから飛ばされる小麦粉。
「おぉ〜っ、器用なもんやなぁ」
「えぇまぁ……洗うとベタベタになりますから」
「こんな事態に慣れとるなぁ?」
ニヤニヤするロット。
視線を逸らす二人。
爆笑するロットと、遠い目をするシルクと、自分の口元に人差し指を立ててロットを止めるユリエル。
「ユリエル!大丈夫?」
そうして部屋にはミラとヒナタが走り込んできた。