エイプリルフール 〜ベレト編〜
「さて、この式ですが…」
ベレト先生が説明をしながら黒板に文字を書こうとすれば、クラス中に響き渡る
〝 キキキキキーーーーーーーッッッ 〟
っという甲高い音にクラス中の生徒たちが悶絶と共に耳を塞ぐ。
そして暫くすれば、課題をする生徒たちの元へと先生が歩いて…間違いでもあったのだろう、胸元のポケットからペンを取り出せば…それは下町に売られていたファンシーな向日葵のついたペン。
*****
そして放課後。
わたしは生徒指導室にいる。
「ユリエル様?」
「言わないでくださいませ。わたくしも間違えてるな〜とは途中から気がつきましたわ」
眉間にグッと皺を寄せながら頼み込むが、教師の顔をした先生は言わないでくれない。
「チョークをそれっぽい石にすり替える、ペンをすり替える。ワタクシめの荷物の中に蛙の玩具を仕込む。挙句の果てには消しゴムの中に芯を仕込んで消せば消すほど書ける画期的なアイテムまで開発されて天才でございますかいえ天賦の才と言うならば貴女様と言う存在がここにいらっしゃると言うそれがワタクシめにとっての…っっ」
「申し訳ございませんでしたわぁぁ!!」
必死に謝ればスンっと真顔に戻って、話を進められる。
「そのエイプリルフールとやらを調べてましたが、小さな嘘をつく慣わしであって、こうした悪戯に興じるのは本来の趣旨とは違うのではありませんか?」
「……ですから、今年はわたくしもなんか間違えたな〜とか思っておりますわ」
「過ちに気が付かれたのなら、どうぞ本来の嘘をおつき下さいませ」
見返してもやはり真顔のその言葉に誠実に向き合おうと息を吸い………
「………いや、それもなんか違いませんか?」
「そうですね。まず練習がてら、その人に対する嘘をつくというのはどうでしょう?」
「んん?先生?聞いていらっしゃる?」
しかしこんな下らない事に真摯に向き合ってくれる先生に、一つ咳払いをして考える。しかし先生へ対する…嘘?
腕を組みその腕の上にある重みを感じて…『これ実はパット100枚重ねてますの!!』と、いうやつは面白くないかと瞳を閉じる。
先生に対する嘘…先生に対する?
「次のテストで一位を取る自信がありません!」
「そうですか。どこか苦手な点が出ましたか?」
「……いえ、特には…」
「そうですか。ユリエル様は優秀でいらっしゃいますがゆえ、自信を落とすこともあるのでしょうが、大丈夫ですよ」
………真面目な回答をされてしまったわ。
もう一度腕を組んで考え直す。こう改めて考えると、嘘の下手な自分が見えてくる。
「わたくし、やはり吃驚するほど嘘が下手ですわね」
「この先も社交界で生きていかれるユリエル様だからこそ、そうも言ってられないでしょう」
向かいの席で背筋を伸ばし肘をテーブルに置き、胸の前で指先を合わせて真面目な顔で言われて、確かに最近はポブコフ夫人の王妃教育も減り、家族やお友達との時間が多く表情筋が仕事をし過ぎていたのだと、改めてスイッチを入れる。
「このわたくしに嘘をつけとおっしゃるなんて、何様なのかしら?」
「ユリエル様のことを思ってでございます」
同じ高さの椅子であっても見下す様に、口元に扇を開き、目を細める。
「わたくしの何をもって貴方の言う事を聞くべきとされるのかしら?」
「教師として」
「習うべきはわたくしかしら?それともベレトさんかしら?」
微々たる程度首を傾げて問えば、「申し訳ございません」と頭を垂れる。
そしてなんとなく乗ってみたものの、やはりこれは嘘とは違う気がすると細めた目を戻せば「もう少しですユリエル様!」と、真面目な顔で応援されてしまうとそうなのかもしれないなんて思えてきて続けてみることにする。
「ユリエル様、ワタクシめをどうお思いですか?」
「ええっとぉ?」
「ユリエル様、これは練習です。今日誰か嘘をついて騙したい相手がおりますでしょう?躊躇ってはいけません」
それはたしかにそうだったと考え直し、
「ゴホンッ、なんだったかしら?」
「ワタクシめをどうお思いですか?」
「せ…先生だなぁって?」
「駄目です!!それはただの職業であり、嘘でも何でもございません!さぁユリエル様、ワタクシめをどう思われますか」
「え?え?嘘?嘘ってなんだったかしら??ええっと嫌い?いや、逆に好き??いや…なんか違うわね」
なんだか真の目的が曖昧になってきた気もしてるが、妙にハンサム顔で真剣に語るベレト先生に押されてしまっているとは思いながらも、至って真面目なトーンなのでこちらがふざける訳にいかない気がしてくる。
「さぁ目的までもう少しですユリエル様!」
「き、嫌いですわ!!寄らないで頂戴!?」
「まだまだ!!」
「ええっと…」
「迷いは禁物です!!」
「わたくしに近付かず、地を張って這いつくばりなさい!!」
「それは嘘ではございません」
「んんん!?嘘…じゃな??」
「まだまだです!!!」
勢いに押されながらも熱の入った演技指導にいつの間にか脳が混乱をきたしてる。とりあえずこの教師を黙らせ無ければならないと、混乱した頭の中、王妃教育とか、悪役令嬢とか、ベレト先生に対するとか、もうグイグイくる先生にパニックになりながら口から出た言葉は
「お黙りなさい!この下僕が!!!!」
思わず出た言葉にハッとして、自分でもそんな酷い言葉を使う気はなかったと口に手を当てて、心底には悪役としての本能があるのかと、指先が震えて……………
「で?先生、何をしてますの?」
「ユリエル様の本心を頂きました…もうこのベレト、貴方様の下僕として生きていけるなら本望…」
嬉しそうに身体を丸めてビクビクと震えながら床に膝をつき、頬を染めて見上げる先生をとりあえずクロモリで潰す。
「嘘ですから。えぇこれは完全なる嘘だし、先生の言葉も嘘だと受け取り、もう今日のことはなかった事だし、未来永劫あり得ませんし、酷いことを言ってしまった事には陳謝いたしますわ!」
「ならユリエル様のワタクシめを好きだとおっしゃった事が本物だと生きてまいります!!!」
「それも違いますわ!!!」
混乱してどこをどう言えばいいのか悩んでた時にそんな言葉もあった気もすると、鳥肌を立てながら必死で断る。
「嘘の嘘は真。貴方様のお言葉、一語一句違えず、このベレト胸に刻み生きていきます」
その恍惚とした表情に、
「ハメがりましたわね!!!!」
思わず言葉遣いが悪くも叫んだのは、わたくしは悪くないと思うのですわ!!!
「いいえ、これぞエイプリルフールとやらの醍醐味です」
そんな言葉は聞かなかったことにしたけれど、なんだか疲れ切った帰りの馬車でシルクに勘付かれて説教くらったのはわたくしが悪かったのかどうかも分からず、ただちょちょぎれる涙のまま、あんな感じの大人ってなかなかどうしてダメだと思った。
ベレト先生とユリエルのエイプリルフール
ユリエルの超惨敗。
勿論チョークも触り心地が違うとかペンもこっそり変えてるもの完全に気がついた上のベレト先生。
多分見えないところで色んな意味で悶えたうえで呼び出したと思われます。
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エイプリルフールのお遊びこぼれ話でした。
相変わらずベレト先生が出ると話が長く…。
昨年とは違う人達の大騒ぎの四月馬鹿でした☆
誰かが笑ってくれてますよーーに。
などと言って終わり…に見せかけて??