靴の日
生徒会引き継ぎ前くらいのお話。
「お嬢ぉよぉ、言われた靴なんじゃがぁ…こんな小さな靴ではいるんかぁ?」
「ふふふっ、グラヴァルドさんにしたら子供靴ね」
身長の割に小さなわたしの靴は、その大きな手にちょこんと乗っていてなんだか可笑しい。
理由は…特にわざわざ言いたくはないけど、よくある不慮の事故で濡れてしまったわたしの靴を、グラヴァルドさんが放課後までにと授業中に町まで買いに行って届けてくれたもの。
「有難う御座います。帰りに濡れた靴で帰るのは流石に嫌でしたので助かりますわ」
他の生徒は帰った後の昇降口でクスクスと笑って靴を脱ぎ、その新しい靴を手に取ろうとすれば隣の椅子に座る様に促されて向きを変えると、足元を見たグラヴァルドさんに気が付かれる。
「お嬢ぉ、靴下もやはり濡れとるんかぁ?」
「そうなのですわ。そちらも置いてあった予備が無くて…でもかなり乾いておりますし…」
言ってる途中にグラヴァルドさんはヒョイとわたしを腕に乗せ、
「やはりのぉ!念の為買うておいてよかったわぁ!」
そう言ってガハハと笑い東家まで連れて行かれる。
「ここなら靴下変えるにも人目が無くてえぇじゃろう!」
「あらあら、それならそのまま馬車でよろしかったのでは?」
「…なっ!!それは気付かんかったぁ!!!」
頭を抱えてショックを受ける様子にやはり可笑しくて笑いが溢れる。
「いいんですわ。馬車ならそのままシルクを待つ時間もまだ長いし、こちらの方が気分転換になりますもの」
「気ぃが効かんですまんのぉ…」
「ですから、こちらの方が楽しく待てるわ」
改めて渡された靴下は、いつもの膝上までのものではなくくるぶし丈で、なんとなく新鮮な気持ちになりながら周りを見渡し人目がない事を確認するが、こちらを見ているグラヴァルドさんに少し困ってしまう。
「ごめんなさいグラヴァルドさん。後ろを向いて下さるかしら?」
「なんじゃぁ?ワシはお嬢ぉから目を話す訳には…」
そこまで言ってスカートよりも上まで隠れた靴下に気が付き、わたしのこれからの行動が分かったのだろう。ボンッと音でも鳴りそうな程に一気に真っ赤になると、慌てて顔を背けるが、
「いや!ワシが悪いんじゃがぁ…騎士としておる以上、お嬢ぉから目を離す訳には…!?いやしかしのぉ!?」
両手で顔を覆いながら悩むその姿が可愛らしくも可笑しくなって、
「なら隣に座って向こうを向いては?それなら気配で居ることがわかるし、靴下履き替えるだけならすぐですわ」
「いやいやしかしワシの考えがぁ足りない…」
「座って」
「………はい」
改めて周りを見れば誰もいないし、靴下程度ちゃっちゃと履き替えてしまおうと「大丈夫ですわ!ユリエル・セルリアはここにおりますわ〜」なんて、歌う様に言っていれば可笑しそうに肩が揺れている。
「はいっ!靴下だけだもの。もう終わりですわ!」
バックに元の靴下を入れて、いつもの黒ではなく膝下の白い靴下は悪役令嬢のそれでは無くてなんだか見た目が違って可笑しくなった。
「すまんのぉお嬢ぉ。ワシはホント気ぃがぁ効かん」
「靴を頼んだのに靴下まで買って来てくださったのは充分気遣いがありますわ」
靴はなんとも可愛らしい…幼い頃以来のレースのついたキュートなもので、グラヴァルドさんにはわたしの悪役令嬢の素質に気がつかれていないのだろうと可笑しくなる。
「可愛い……あっ!!そういえば履いていた靴、置いて来ちゃったわ!靴だけあったら心配されちゃう!」
「あぁ!そうじゃぁ!ワシは本当に…!!」
慌てた様子でまたもわたしを腕に乗せると走り出すグラヴァルドさんに慌ててクロモリを呼ぶとか新しい靴を履いてるから大丈夫だとか言おうとするが、
「お嬢ぉすまん!舌を噛んだらぁいかん!黙っておいてくれぇ!」
そう促されてしまい、これ以上ない親切を止めるのも気が咎めいて、落ちないようにその胸元へと捕まると視線の向いた首元が赤くなった気がして顔を上げようとすれば、更にスピードが上がって…それは騎士としてというよりも人として、こうして人を抱えながらの猛スピードに尊敬と恐怖を感じて目を瞑り更にその胸元を掴ませて貰った。
「ユ…ユリエルさん、良かった…靴だけあったので、まさかと思って今、シルクさん達を呼ぼうかと思ってました…!」
「え、えぇ、無事ですわ。靴を変えるのに、忘れ…ちゃったの…」
昇降口まで戻りアベイルさんの目の前でその腕から降ろされると、揺れてたせいか目の前がふらりと揺れるのを、今度はアベイルさんの腕に助けられる。
「ユリエルさん、大丈夫ですか!?えっと、その、本当に顔色が…」
「お嬢ぉ!?どうしたんじゃぁ!?」
どうしたんじゃぁと言われても、なんとかそのアベイルさんの腕から逃れようとすれば、心配そうに掴まれてその胸元へと戻されて…
「やだ…離…れっ」
「ユリエルさん!?」
「うっ…!」
……………御見苦しい映像の為、
暫くお待ち下さい……………
「ごめんなさ〜〜い!!そして言わないで下さいませぇ〜〜」
空き教室で気持ちの上では噴水のような涙を飛ばしながらにアベイルさんの服を洗っていれば、グラヴァルドさんが生徒会室からアベイルさんの制服を申し訳なさそうに持ってきてくれた。
「だ、大丈夫です!!あの、ボクも気がつかずにすみません!」
「いや!悪いのはワシじゃぁ!!何も考えん様にする為に思わず足が早まっておって…お嬢ぉが吐くほ」
「言わないで下さいませぇぇぇぇ!!!」
なんだか気を使ってくれる人の良い2人を止めながら、わたしはアベイルさんの制服を匂いの残らない様に必死で洗った。
2月15日は「靴の日」です。
ユリエルの帰りの足元には、普段と違う可愛らしいフリフリの靴で彩られて、凹みながらも…
「おかげでちょっぴし気分はアゲアゲですわ」