ニットの日
「姫さん何しとるん?」
「見ての通り…ニットの…マフラーを…編んでますわ」
「真剣なところ悪いけど…身体に毛糸絡まっとるで??」
生徒さんらも帰った放課後、久々に生徒会室へと顔を出せば姫さんは一人真剣な顔をして…何をどうしたらそうなったのか、手元の毛糸はその身体を巻いて絡みながら手元へと伸びて…
「ほんでそれは何?」
「…やっぱりこれ何かしら?」
先程マフラーだと言ったそれは、太くなったり細くなったり、どうしたのか何箇所も毛糸が飛び出てる15センチ程の何か。
その身に巻き付いた元を辿りクルクルと巻いて毛糸玉を作りながら外していけば、その先では諦めたのか姫さんが毛糸を解いていく。
「なんでそないな変な編み方しとるん?素直に真っ直ぐ…ってのも姫さんは苦手なんやったねぇ」
猫耳帽子の事も思い出し、どうも手先が不器用な彼女の手元を覗き込み言えば、苦笑いを浮かべながら「やり方はわかってるのですが…やっぱり上手くいかないものですわ」そう言いながら多少引っ掛かる毛糸を引っ張りつつ世間話をしていれば解き終わった。
「さっきの編み方は本でも見たん?」
隣に座り編み棒をテーブルから取って手本程度に編み始めれば「やはり器用ですね!」そう手元を覗き込み距離が近くなる。
「あ・そこの目を…こっちに掛けて…えっとそのまま3目したら…こっちをこうして…」
肩の触れる距離に意識してるのはオレだけで、なんとか言われた様に編み続ければ…
「おお、綺麗な模様が出るもんやな!!」
毛糸一本で編んだそれは、螺旋状に縄が巻かれた様に綺麗な柄が現れてくる。
「わたくしもこうなる予定だったのですわ」
「なんや不器用なヤツほど凝りたがるちゅ〜…」
思わず出た言葉は凹む姫さんに素直に詫びれば笑って許して貰えた。
「成る程な…こんな編み方知らんかったわ。姫さんはどこでこれを?」
「んんっ。わたくしの脳内では編み上がっておりましたの!」
何か下手に誤魔化す物言いだが、深くツッコむのはやめにしてそのままコツを掴んで編み続けていく。
「これは誰かにプレゼントしようと?」
「元々そのつもりでしたが、人に上げられるレベルに辿り着かないと正直言えば諦めてましたわ」
「ちなみに…誰に上げようとしてたん?」
「ロットさんも前に会ったことあったかしら?わたくしの侍女に。部屋は暖かいのだけれど、何かと廊下や外へと出るでしょう?人って、3首温めた方が良いらしいですからね」
編み上がっていく姿が面白いのか、じっとオレの手元を見ながら言う言葉につい頬が緩むが「首に手首に足首と…ロットさんもお仕事中冷える時は温めた方がいいですよ。冷えは万病の元ですから…若くとも体温は一度上げた方がいいと言いますし…」などと、オバチャンみたいな事を言ってくる。
「こんな編み方するのもおもっしろいなぁ。しかし春に作るもんやないやろ?」
「……作り出した時はまだ冬でしたのよ…」
「…おぉ、お疲れさんでした」
「同情するなら金をくれ!!」
「え!?なんで!?」
「嘘ですわ!!!ノリだけで言いました!」
よくわからない世界に入った姫さんはそのままほっておけば、さほど気にした様子もなくまた手元を覗き込んでくる。
「これ、終わったらもう一本作ってくださる?勿論お金は払いますわ」
「ええよ。冬までやろ」
時間もあるしと笑って言えば、嬉しそうに頷いてくれた。
「これは試作品で…あと編み方のアイディアもウチの店で頂いてええの?ちゃんと後々親父とその辺は契約させて貰うけどな」
「えぇ勿論ですわ。それにわたくしのプレゼントにしてもロットさんの上手な物の方がきっと喜んで頂けますもの。それで今編んでいただいてるものはわたくしが使いますわ。ふふ、最初の方、わたくしの下手な編み方で毛糸が傷んでおりますし」
伸びていくマフラーに手を掛けながら、クスクスと笑っている。
「それともプレゼントするなら輪にしてかぶるタイプの方がいいかしら?アナはどっちが使いやすいかな…、洗濯の時はマフラー解けたら困るものね…」
人を想い真面目な顔をして、それでも時折愛おしそうにその侍女を思い浮かべて微笑むその姿に、鳴らなくていい胸が鳴る。
「輪っかってどないして作るん?」
「えっと、こう…あ!この編み棒を後ろに滑りやすい紐を繋げて、輪にすればそのまま作れますわ!」
どこから出るアイディアなのか、知識なのか、聞けば誤魔化し深く追求されたくない雰囲気になるので、やはり聞くのは無しにする。
「成る程な、まぁとりあえずこれ作ってからまた試作してみよか?冬にはウチの店で売れたらええな!」
「ふふ、そうですね。皆さんが暖かいに越したことはないわ」
柔らかく笑うその顔にとりあえず笑みをかえせば、また思考の海に入っていくのか、マフラーに手を掛けて何かを呟いて時折首を傾げている。
そんな姿すら可愛く見えて、
「阿呆やなぁ…」
「ん!?なんか言いましたか?」
シルっくん曰く「これは聞いてないやつ」だというは、視線を送る時間をくれて…、
「阿呆や言うとるんよ。そんな手元に入られたら編み棒見えへんわ!」
「あらやだごめんなさい!」
「老眼か!」
「ロットさん、老眼でしたら見えないのは手元ですわ!ですのでわたくしの目はピッチピチの若者眼ですわ」
「いや、そんなんドヤ顔で言えるんが凄いわ…」
胸に手を当ててドヤ顔で言うその姿にジトっと目を向けるが何故か更にドヤ顔をされた。
「姫さんは人生楽しそうやなぁ」
「それもこれも皆さまが良くしてくださるからですわ。わたくしどうなってもこの思い出達を大切にしていきます」
思わず出た呟きに、何故だか少し寂しそうな眼をして言われた事に無意識にそのデコにペチンと手を当てた。
「なんや、どっかいくんか?ペンニーネ商会切って他に売り出す気やあらへんやろな!」
「い、いえ!そんなことはありませんわっ!?」
叩かれた事が意外だったのかそのオデコに手を当てて、驚いた様に声を出す。
「それにマフラー編み上げて商品にするんやったら、この時期に言われとっても一品が限界や。来年の冬にさっきの輪っかの方を考える予定やし、姫さんがどないなっとってもウチとはまた来年も契約続けてくれるか?」
つい照れ臭くて、顔を向けぬ様に編み物を続けながら言えば、視界の隅では大きな目を何度か瞬きをしてから嬉しそうに微笑むと、
「はいっ!」
そんな嬉しそうな大きな返事が返ってくる。
「姫さんのアイディアはうちの頼みの綱やで。よろしゅうな」
なんて事ない様にいえば、思った以上に嬉しそうにうんうんと2回頷くのは彼女の癖なのだろう。
「あ、ロットさん!そこの目、飛びましたわよ?」
「人のヤツやとよく見えとるんやね…」
言われて直せば褒めたわけでは無いのにドヤ顔で居る。
「どうもユリエルは、努力でなんとかならないくらい不器用で…」
「前に刺繍しとらんかった?」
「一応女性の一応嗜みとして…、努力と根性と指の被害で」
「怖いもん入っとるな…」
呆れて笑えば笑い返されて、自分の失敗や不甲斐なさすらこうして笑い飛ばせる彼女を尊敬していることは、やはり調子に乗りそうなので言わないでおこうと思う。
2月10日はニットの日でした。
本編にこちらに、ロット活躍中。
(ホントは12月10日のいつでもニットの日更新予定の話だったのは秘密だよ!そのうえ2月10日にも遅れたとか内緒だよ!!)