ハンドクリームの日
「グラヴァルドさん。ちょっといいですか?」
騎士団へお嬢が潜入中のある日、昼飯も食ったしと食堂を出ればそりゃぁ可愛い声で呼ばれた。
「おぉお嬢ぉ、どうしたんじゃぁ?」
「あのコレ…」
呼ばれるがままにひと気の少ない場所に連れられて、ポケットから出されたそれは……
「なんじゃぁこれは?」
「手のクリームですわ。えっと手のひら、良いですか?」
言われるがままに手を出せば、その綺麗な白くて偽モンみたいな手に少し出し、ワシの手にそれを塗ってくれる。
「お、お嬢ぉ!!ワシにそんなものはぁ〜!!??」
「さっき配膳の時に手が切れてるのが見えたんです。人一倍頑張ってらっしゃるからこんなゴツゴツした手になるのねぇ〜。でも小さな傷もいざって言う時に判断を鈍らせてしまうことになりかねませんから…はい!」
利き手である左を塗りペチンと手のひらを叩くと、ニコッと笑ってその手の上に残りの入ったケースを置かれて、
「使い掛けで申し訳ないですが…この残りあげますね。お仕事終わったら塗るといいですよ。ふふ、男の人だからって気にせず使って下さいな。シルクも同じの使ってますし…こうしてマッサージがてら塗って貰うと疲れが取れて気持ちいいでしょう?ではまた」
「あ、いや、お嬢ぉ…っ」
使わんと返そうとしたがパタパタと食堂へと戻るお嬢ぉの横からは騎士団の連中が現れ、声を掛けるタイミングを逃し一度顎を掻いてからポケットへと仕舞おうとすれば…その手からは仄かにに香るお嬢ぉに似た匂い。
「ぐぁぁぁっっ!!!」
「うぉ!グラヴァルド!?どうした?!ついにサマル隊長にやられたか!?」
思わず声が出てしゃがみ込めば先輩に心配をされてしまう。
「いや…サマル隊長ぉじゃぁのぉて…あぁ気にせんで下さい」
そう言ってフラフラと立ち去るワシの後ろからは「顔真っ赤だったな…風邪でも引いたのか?」「でもグラヴァルドだぞ?」などと言われとるが気にしてられず、とりあえず一旦部屋へと帰って…いつもならその辺で昼寝するが眠ることも出来ずぼんやりとした後に、そのクリームをお嬢ぉに言われた様に塗っていない右手へも塗ろうとすれば、繊細なあの子と違い下手に取りすぎてベトベトになる。
「ぐぁッ勿体ないのぉ!!」
そう呟いてからまぁ仕方ないかと両手に塗りたくり、午後の練習へと戻り………
「………あ゛」
練習を初めて早々に、その手からスポーーーーーンとワシの大剣がスッパ抜け、クルクルと飛ぶとサマル隊長のすぐ脇へと突き刺さった。
「『……あ゛』 じゃぁねぇよなぁ〜〜?グラヴァルドォォォォ〜〜」
サマル隊長は此方を睨みながらワシの大剣を片手で抜きその肩に乗せると、その距離もワシより低いはずの背の丈なんぞ無視した上からの圧力を感じ、ザァッと血の気の引く音と共に無意識に足を一歩引けば目の前からサマル隊長は瞬きよりも早く消え、風の魔力纏い大剣を持ったまま3回転踵落としを喰らい息つく間も無く地を這う羽目になる。
「グラヴァルドてめぇ気ぃ抜いてんじゃねぇ!!!仲間殺してぇなら血みどろにしてから他国に放り込んで正々堂々と対峙して殺してやる!!」
「すんません…」
ザクリと大剣を倒れたワシのすぐ横へと差し去って行く隊長を皆が恐怖で慄きながら見送れば、共に練習するお嬢ぉの兄貴が「大丈夫ですか?」と手を差し伸べてくれて思わずワシも掴もうとすると…剣ダコはあるもののその手の綺麗な事に気が付いて…
「なるほどのぉ…兄貴もクリームとやらをつけてるのかぁ?」
「? 手ですか?えぇ、そうですね…それが何か?」
なんとなく脳内に2人でイチャコラと塗り合う二人を想像して顔が引きつれば、兄貴はなんだか困った風に眉を下げる。
「おじょ…妹とぉ仲がえぇよぉで何よりじゃのぉ」
「お!!なんだよシーク!!お前妹いるの?シークの妹なら可愛いんだろうな!」
「いや、その…」
「わかるよシーク!コイツみたいなのには紹介したくねぇだろ!?俺なら優良物件よ?」
「待って下さい、僕は…」
「それで!?可愛いの?!妹いくつ!?あっ、妹ってことはシークより歳下なら…う〜ん流石に若すぎか?」
「おいテメェら…」
ビクゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッッ!!!!
他の隊まで来て兄貴の肩に手を置いたりと盛り上がる騎士達の背後には、いつの間にか戻ってきて軍神の息子の名に恥じぬサマル隊長がおどろおどろしい気配を撒き散らし立って居る。
「まだまだ集中が足りねぇようだから、素振り千本!!!誰か一人でも途中で手ェ抜いてみろ!!1から数え直す!!!!」
「「「「ハイッッッッ!!!!!!」」」」
練習場に響き渡るその声に手のひらを服に擦り付け、大剣を握り直し、気合いをも入れ直し…
『人一倍頑張ってらっしゃる』
その言葉に恥じぬ漢になろうと、大声を張り上げ剣を振るった。
11月10日は「ハンドクリームの日」です。
ちなみにシルクは自分で塗ってるし、ユリエルはアナやメイドにマッサージされてる。