いいおっさんの日
「お父様〜」
3つになる可愛い小さな娘がその手を伸ばし、この無骨な手を怖がらずに掴むと微笑み、そして視線を合わせる為に座れば自分の頬にキスを落とし、
「ご無事で何よりですわ」
戦から帰ってきて今は見えぬともこの血に濡れた手で、この自分に似た青い瞳と金の髪、そして愛する妻に似た優しい顔付きの少女を抱き上げれば、嬉しそうにその短い腕で微笑み頭を抱きしめてくれる。
「あらあら、ローズ。お父様はお疲れですからあまり甘え過ぎてはいけませんよ?」
「いいんだ。……ただいま帰った」
微笑む事も下手な自分なりに多少なりとも口角を上げて言えば、愛する妻もその柔らかな灰色の髪にその同じ色をした瞳を細め少し涙を浮かべ、
「ご無事で何よりです」
そう笑った。
今では王になった兄と、当時は王位継承権に周りから並ばされ、自分にその気もないのにと疲弊していた頃に出会った彼女のその優しい微笑みは今でも変わらずに、今もまた戦場帰りは彼女に癒されて、使用人の目など気にせずにその頬へと唇を落とせば、目を揺らして恥ずかしそうに赤くなる頬に手を当てる姿も可愛らしく、そしてその華奢な手を伸ばして自分の手から娘を受け取り、額どうしを合わせて2人で自分の無事を喜び微笑み合ってくれる。
周りの反対を押し切り、政略的な事情など微塵もない彼女を妻にした事で王位継承権からは外され、しかしせめて兄の負担を少しでも減らそうと戦場を駆け抜け、闇をもがく日々。
彼女にも負担を掛けただろうが、無骨で甘い言葉も囁けない自分の横で幸せそうにこうして娘を胸に抱き笑ってくれる。
その事にどれだけ救われ、どれだけの感謝を送れば良いのかわからない。
義両親も突然王位継承権のある自分が彼女を妻に娶りたいと言えば、喜んで差し出すわけではなく、身分だとかそんな自分の持っていたものなど無いかのように、ただただ深く深く頭を下げて彼女の幸せを願われた。
「わたくしどもの…可愛い娘です。無礼を承知で申し上げます。幸せに…ただ、この子が笑って幸せで居てくれる事だけが願いです」と。
人払いをし、人生で初めて彼らと同じ様に頭を下げて彼女を育ててくれた御礼とその願いは出来る限り努力し続けることを誓えば、2人には涙を流して御礼を告げられた。
そこには心が透き通る様な娘への愛しか見えず、王城という魑魅魍魎を相手にしてきた自分にはただ美しく、隣で両親に感謝の言葉と共に涙を流す彼女を見て、全てが壮麗な愛だと胸を打たれた。
「お祖父様〜!!お祖母様」
ある年明けに孫娘に会いに行けば、相変わらず天真爛漫に駆けてきて笑うその可愛い姿に思わず手を伸ばし頭を撫でる。
「あらユーリ、素敵なアクセサリーね?」
妻の言う言葉を聞いて視線を送れば金のネックレスに銀のブレスレットが目に入る。
「ふふ、色違いなのだけどお気に入りなのよ。素敵でしょう?」
成人したというのに、まだ躊躇うこともなく抱きつき、自分と妻の頬にキスを落とすと楽しそうに笑うユーリ。
「そうか…」
孫娘も妻や娘と変わらずに無骨な自分を迷わずに愛をくれる。
「幸せになるんだ。ユーリ」
こちらからキスを落とせば少しだけ恥ずかしそうに笑って、頬に手を当てる姿は妻に似たのかと思わず目元も緩む。
「お義父さんご無沙汰しております」
相変わらず少し緊張の解けないこの義理の息子に「息災か?」と声をかければ笑みと共に頷かれる。
「ローズは?」
「お祖父様が予定より早く着かれたからお母様は準備中ですわ!わたくし迎えに行って参ります!」
ドレスを棚びかせて微笑み走る姿を咎めようとする父親を止めれば、苦笑いを浮かべお詫びを告げられると少しだけ眉間に皺が寄り「気にするな」と告げれば、緊張が増してしまった様子だった。
「ヴォルフさんごめんなさいね。私達が可愛い子供や孫に会うのを楽しみにしていたものだから、馬も急いでくれたのね」
朗らかに自分のことをフォローして微笑む妻に、少しホッとした様子で「こちらこそ準備が間に合わず申し訳ありません」その言葉と共に、メイド達に指示を出し動き出す。
「ヴォルフさんの頑張りは伝わって来て、夫も安心しておりますのよ」
「……余計な事を言わなくていい」
「ふふ、そうですね。ユーリがあんなにも楽しそうなのですもの。幸せな家庭に決まってます」
「あぁ、可愛い妖精のように飛び跳ねていったな」
思わず孫娘が去った先を見て言えば、やはり隣でクスクスと笑って、
「ほらね。可愛い孫娘に会いに来ただけですから、気にしないで下さいね」
「はい。時間の許す限りごゆるりとお過ごし下さい」
二人の様子に何か変な事を言ったかと思うが、まぁいいかと、ユーリとローズが来るのを案内された部屋で少しだけ落ち着かない気持ちで待つ。
「ユーリ、素敵なネックレスとブレスレットでしたね」
「…安そうじゃなかったか?」
つい愚痴のように言えば、
「あの御転婆なユーリが大きな宝石なんて喜びませんよ。きっと彼女の好みを理解して…誰かさん達からのプレゼントですよ」
楽しそうなその言葉に眉間に皺がより、そこから大きく溜息を吐いて、
「ロイ様か。結婚の日取りまでが決まれば…ヴォルフとも新たな気持ちで酒が酌み交わせそうだな……。…いや、達?達と言ったか?」
「ふふふ、ユーリはあんなに可愛いのですもの。2つですんでいるのかしら?」
無邪気に笑う彼女の言葉に目を見開けば、
「貴方のそんな顔、初めて見たわ」
そう言って君は幸せそうに笑った。
11月3日は「いいおっさんの日」だそうです。
誰の話にするか悩みに悩んだいいおっさん達。何気におっさん沢山出てるちょい若です。
しかしいいおっさんの日なのに、じいちゃん…。
、でもまだ歳の頃は六十程度なのでおっさんてことで。
190超えの筋骨隆々なじぃちゃん。ユリエルがグラヴァルドを見てお祖父様のようだと思うレベルのムッキムキ。パパさん義父がまだちょっと怖い。
そしてじいちゃんはユーリの前では愛ゆえに饒舌。娘の孫娘万歳。
(55話猪口才な戦いを起こしていたのだと我が身を知る。参照)
今回シルクの出番はありませんが、二人とも可愛がっています。しかしじいちゃんにとっての孫娘という最強ワードに勝てないだけです(笑)