世界猫の日
「アメショスコティッシュミケ茶トラ…」
「…ユリエル様、何を仰っているのですか?」
思い付いて思わず小さく呟いた言葉がベレト先生の耳に届いてしまったらしい。
「……猫の種類ですわ。前に言いましたが、その…わたくし動物に好かれない様で…」
「ユリエル動物にも好かれないの?」
「…にも」
召喚魔法の時間で、ミラがキャロットちゃんを出したのを見て、小動物への愛のあまり出た声でした…。そしてそれを聞いたミラがさり気無く「動物にも」って言った…にも…。
「……キャロットちゃんにも嫌われてますしね…、その上どうも動物全般に逃げられてしまいますわ」
とほほ〜涙がちょちょ切れれば、
「なら今日はちょっと課外授業といきますか?」
ベレト先生がそんな素敵な提案をしてくれた。
*****
「どちらへ参りますの?」
「ここって学園の裏手ね…カルージュ先生、大丈夫なんですか?」
「勿論大丈夫です。それにこれでもこの学園の教師ですし、授業の一環ですよ」
妖しげな笑みで、でも内緒ですよと人差し指を少し厚めの唇に当てる先生に少しだけドキリと胸の音がしたが、これはベレト先生これはベレト先生…と自分に言い聞かせる。
「さぁこちらです!」
ベレト先生が案内してくれたのは、小さな東家で、可愛い猫ちゃん達の楽園になっている様だった。つまりは沢山の猫ネコねこ子猫〜まで居るっ!
「キャ…きゃわうぃ〜ですわっ!」
「本当ね…こんな所知らなかったし、アタシもちょっとビックリしたわ」
ミラが先に少し歩けば、ニャーニャーと可愛い声を上げて、餌でも貰えると思ったのかその足元へと擦り付いていく。
「ふふ、ごめんね。アタシ何も持ってないわよ」
「なんてこと…!可愛いと可愛いの共演ですわ…」
思わずよろりとして、ベレト先生へと捕まればハァハァと嬉しそうな息遣いが上がり思わず手を離す。可愛いの共演が上書きされてしまいそうだわ!!
「ねぇ、わたくしも仲間に入れてくださる?」
体制と気を取り直し、ミラの元へと一歩足を踏み出せば、可愛いキャットちゃん達が一斉にこちらを向き、毛を逆立てて…消えた。
正確に言えば、木々の隙間へと消えた。飛び込んだ。逃げた。脱兎した。猫なのに脱兎とはこれ如何に。
「……なんてゆーか…凄いわねユリエル…」
「………」
「……ユリエル様、申し訳ございません。これだけいればどの生き物かは大丈夫なのではと思ったのですが…」
「ベレト先生が謝る事では御座いませんわ」
「でも涙が…」
「泣いてないものっ!!」
ミラの後ろでプルプルと茶トラの子猫が逃げ遅れたのか一匹震えてるのを、ミラが優しく抱き上げるとキャロットちゃんを出して、何かを言ったと思えば、ミラの胸の中ですぅすぅと寝息を立てている。
「睡眠魔法よ。これなら抱けるんじゃない?」
「神…!!!」
「大袈裟過ぎるわよ。はい…」
ミラから受けとろうと猫ちゃんに手を伸ばせば、横から親猫なのだろう、飛ぶ様にわたし達の間を通り、決死の顔をして子猫ちゃんの首を噛み飛んで行った。
「……あの」
「ミラ、謝らないのよ?あれは親の鏡ね…」
「でもユリエル、涙が」
「これは心の汗ですわ」
「いやそれも意味わからないのだけど」
しょんぼりとしてたら、心の声が届いたのか、やれやれと言う様に黒豹のクロモリが現れて、その頭を擦り付けてくれるので、その首にぎゅうッと抱きつけば、何故だか2人が「あ…(察し)」みたいな顔してる。え?何察した??
「わたくしちょっとこの東家でクロモリに癒やして貰いますわ。いいかしら?」
「…うん。いいんじゃないかしら…?……なんてゆーか…原因な気もするけど…」
「授業の時間はまだ御座いますし、お二人は召喚魔法も問題ないですからたまには宜しいかと」
そう言うとベレト先生が東家の椅子にハンカチを引いてくれたので、御礼を言ってそこへと座り、クロモリの首元に抱きつき吸う。吸う〜…っ。
「は〜…凹みましたが少し回復ですわ。これでシルクでも居たら完璧ですのに」
「…ユリエルにとってシルク様の立場ってどのあたりなのよ…」
「くっ…!クロモリ様が羨ましい!!」
2人の声には反応せず、もう一回クロモリを吸う。猫吸い最高だわ。
(でもクロモリは魔力のせいなのか無臭だし、…もしこれで子猫ちゃんとかならもしかして更にいい匂いなのかしら?)
そんな事を思いつつ視線を感じて顔を上げれば、クロモリがジトっとした目を向けていて、思わず焦る。
「何も思ってないわよ!?」
「いや何をよ」
ミラのツッコミがまた入ったけど、浮気のバレた人ってこんな気持ちかしら!?いや、冗談でも味わいたくない気持ちだったわ。
「クロモリ、愛してるわ」
「いや、だから何なのよ」
ミラが丁寧にツッコミを入れてくれるけど、ちゃんと愛は伝えねばと真剣に伝えれば、ふうっと溜息を吐いてから頬を舐めてくれた。
「クロモリ〜〜!!」
「いや、アタシたち何見せられてるの?」
「心から羨ましいです!!ワタクシめも飼って頂きたい!!」
「…カルージュ先生も落ち着いてくださる?」
許してくれたクロモリに抱きつくわたしに、そしてさっきからよくわからない…よく分かりたくない事を叫ぶベレト先生にミラは半目でなんか面倒くさそうな顔している。
「ま・でもたまにはこんな日も良いわよね。天気もいいし。キャロットも少し出しときましょ」
木漏れ日の中召喚獣もなんだか嬉しそうで、思わずミラと2人微笑み合った。
8月8日は「世界猫の日」です。
お父様の愛馬に逃げられても懲りないユリエル。
座右の銘はきっと「諦めたらそこで試合終了」
放課後の生徒会室でミラとシルクの会話。
「シルク様、ユリエルが『もっとケモに癒されたい…シルクがまたエイプリル的なのやってくれたら癒されるのに〜…ってこっそりさりげな〜くミラから言ってくれる?』と、言われたのですが、何のことかしら?」
「あの人、まだあのネタ引っ張る気なのか…!!」
***
そしてユリエルのお尻に引いたハンカチを洗って返すと言うユリエルと、そのままで結構です!と、頑なな先生の攻防があったことは言うまでもなく、後日シレッと新品で返されて先生が嘆いたり、でもユリエル様が選んでくださったとか騒いでるのをジュリで押さえつけようとしたら「はい喜んで!」状態で、ユリエルドン引きでそのまま逃走したとか、そんな後日談。