防犯の日
「泥棒…ですか?」
「せやねん。商店街の一軒がやられたらしくてな…まぁ店も無理矢理入られた感じでも無いし、店のおばちゃんも鍵は閉めたと思うけど…とか曖昧やから、もしかしてただ閉め忘れたとこに入られただけかもしれんのやけどな…」
ふ〜…と心配そうにため息を吐くロットさんに、下町の人情を感じて嬉しくなる。
「そうですわね…、扉に鈴や音の鳴るものをつけるとか…」
「それはやっとるんやけどね。お客さん来た時に気がつく様にな」
「ええっと、暫くは裏口とか普段は従業員しか入らない場所にもつけた方が良いかもですね」
「あと鈴は内側と外側、両方につけるべきです」
突然入ってきたシルクの意見をロットさんは成る程とメモを取る。
「鈴は外側と内側、両方とも同時に押さえられない位置がいいですね。単独犯でしたらそれだけでもかなり防げると思います」
「外側は警戒して止めて入った所で内側が鳴り、止めにくい位置なら音は鳴り続ける…か。流石やね」
「いえ、お役に立てたならそれで」
「やっぱり公爵家やと色々警戒せんといかんのやねぇ〜」
シルクに任せて、頭を少し下げてそっと立ち去るわたしの腕をシルクに掴まれた。
「いえ、うちは基本警戒させてますし、魔法石を使ったものもかなり有ります」
「ほならそれは?」
「僕が独自に開発した内部犯に対するものです」
「あらやだ、怖いわねぇシルク?」
その手をそっと離そうとするが、珍しく強く握られて離してくれない。
「なんや盗まれたんか?」
「えぇ、盗まれました」
「盗んでは無いわ!!」
「尊厳を」
シルクとわたしの言葉にロットさんは察したらしくもう既に笑い始めている。
「そ、尊厳ってなんや…?」
「そうですね…今、僕は屋敷に執務室があるんですが、急遽人を呼ぶことになりまして…別段問題はないしと招き入れたのですが、いつの間にか部屋のクッションをピンクのレースが沢山ついた、それはそれは目に眩しいほどの可愛らしいものに変えられておりまして…」
思わずジトッとこちらを見るシルクに、それは申し訳なかったと、とりあえず目線は逸らす。
「他は実害はなかったものの……、扉を開けたらカーテンがやはりピンク色に変えられていたり、インクの色が何故か7色に変えられていたり…、カフィトルと開発したらしい、音の鳴るクッションで座った途端、辱めを受けたことも…そして犯人は現場に戻ると言いますが、明らかに僕の顔を見に『あらやだシルクの執務室可愛いわね!模様替え!?』とか、窓の外から召喚獣の背に乗って楽しそうに去ったりしますね。………正に手を替え品を替え…しかも商品開発にどこかの商会も噛んでるようなんですよね…」
うひゃひゃと楽しそうに笑うロットさんは、思い当たる節があったのか、笑いが止まる。
「んん?」
「思い当たる犯人が、そんな気楽に注文出来る商会なんて一つしか思い当たらなくて」
「……ペンニーネ商会は注文された商品をご希望に添ってお作りいたしております」
「成る程、それが公爵家跡取りの僕への嫌がらせの為であっても?」
笑顔だけどヒュオオーと冷気が流れる生徒会室でロットさんとわたしが固まる。
「せ、せやんな。姫さんからの受注はこれからはシルっくんの話聞いてからにした方がええかな?」
「ちょっとお待ち下さい!?わたくしも公爵家の御令嬢ですわ。しかもペンニーネさんとは商品開発で取引きしておりますのに、わたくしの意見をそのまま通せないと!?」
「いや、そら、そうやね…」
「成る程…ペンニーネさんは、公爵家の僕に恥をかかせるのを続行すると」
「いや、ちょっと待って…」
「ロットさん、姉の注文は僕を通して」
「ロットさん、わたくしとの取り引きをどうなさいますの!?」
ずずいっと詰め寄り営業スマイルのまま涙目になるロットさんに、「「どうしますか!?」」と聞けば、
「あんたら普段身分なんて一度も出したことないくせに、なんでこんな時に…!!」
と悲痛な声を上げた。
「それに嫌がらせだなんて!わたくしはシルクとコミュニケーションを図りたいだけですわ!」
「姉さんは明らかに楽しんでるだけでしょう!?ピンクのクッションを見られて『……可愛らしい趣味をお持ちなんですね…』って気を使われた僕の気持ちを考えたことある!?」
「素直に『姉の悪戯です』って言えばいいじゃない!」
「姉さんのイメージも崩れるだろう!?メイドが母の物と間違えた事にしたよ!」
「うわ!!!そんな時まで私のことを考えてくれる、なんて良い弟なのかしら!!」
「そこじゃない!」
言い合うわたし達をいつの間にか頭を抱えたロットさんが、
「姉弟喧嘩にうちを巻き込まんでくれるかな?」
そう疲れた様に言われて、シルクは何かを思い立った顔をして、
「そうだ!ロットさん、僕からも何か嫌がらせ出来ませんかね?」
「あかんあかん。シルっくんにはそーゆーセンスないわ」
パタパタと手を振り断るロットさんにシルクがショックを受けている。
「そんなことありません!」
「ほな、その悪戯する相手の姫さんが寝てたらどないする?」
「眠い時は仕方ないかとそっとしておきます」
「姫さんなら」
「そんな油断して熟睡してるなら頭にリボンまではセーフかしら」
「物語にある透明人間になりました。シルっくんは?」
「透明人間…?そうですね…姉や家族に筆談して状況を説明しますかね…」
「ほい姫さん」
「それは持ってるものも透明になりますか?」
「ほなそうしよか」
「シルクの歩く周りに花を蒔きますわ!歩く度にシルクの後ろから華があらわれるんですのよ!メルヘン!!」
「…朝起きたら2人が入れ替わって居ました。その時の行動は?」
「え!?…どうしたらいいかな?とりあえず学園は休みます」
「お友達というお友達のところに行って吃驚させますわ!!うふふっ、勿論ロットさんのとこにも行って驚かせますわよ!!」
そこまで話せば、ロットさんはシルクを見て「な?」と言えば、シルクも「はい…」と力無く返事をした。
「てゆーか姫さん、執務室は職場やろ?シルっくんに迷惑かけたらあかんよ」
「うぅ…だって部屋に仕掛けたら『勝手に部屋に入らないで』って言われたので、こちらとしても仕方なく」
「いや…それは仕方なくあらへんわ」
しょぼ〜んとすれば、ロットさんも困り笑いを浮かべて、
「姫さんかて、部屋に勝手に入られたら嫌やろ?」
「シルクがですか?そりゃ他の方が入ってたら驚きますが、シルクなら別に問題ないですわよね?枕の中身が突然硬い素材に変えられる悪戯とかでも笑って許しますわ!!」
シルクからそんなイタズラをされたらそれはそれで楽しいとウキウキとすれば、ロットさんとシルクに半目を向けられる。
「え?だって、子供の頃からシルクって真面目で…イタズラとかお茶目なことした事ないんですよ?子供はいたずらして成長するのに、しないままこんなに大きくなっちゃったんですよ?」
わたしより随分と高くなった身長を指差し、だから今からでも歓迎です!と胸を張れば、2人は諦めた様な顔をした。
「あかんわシルっくん。この姫さん、まず危機感が足りん。防犯やったらまずこの姫さんにいい加減年頃の娘さんとしての自覚を持たせるところやな」
「僕、間違えてないですよね…」
「せやな。シルっくんはちゃんと成長しとるわ」
「そうでしょうとも!シルクをキチンと育てましたわ!真面目だけど良い子でしょう!?」
ドンっと胸を張れば、2人から深〜い深〜〜い溜め息を吐かれた。
「シルっくん。頑張りや」
「はい。ロットさんもご協力お願いいたします」
「了解や。ただそっちもフォローよろしくな」
「了解です」
「えぇぇ〜?」
「姫さんはシルっくんが真面目やから助けられとるんやで?」
子供をあやす様に言われて、なんで!?とシルクとロットさんに視線を送るが、2人とも取り合ってくれず「えぇぇ〜…」ともう一度わたしの声だけが静かな生徒会室に響いた。
毎月18日は防犯の日です。
1を棒に見立てて、棒に8で防犯。
日本のこの無茶な語呂合わせ大好きです。
イタズラの位置を平気でベッドを指すあたりも、ロットもシルクに同情してます…。