オカルト記念日
「机の上には一枚の手紙…そこには『わたしメリーさん、今あなたの後ろにいるの』…そして恐る恐る彼が振り向いたら…そこには…キャーーーーーッ!!」
「不法侵入か?そこまで侵入されるなんて…警備は何してたんだ?」
「そうですね。平民だとしても家に入られた時点で相手は女性とはいえ危険です。…しかも背後を取られるとは…」
日没が迫る頃、我が家の東屋で臨場感満載に語ったオカルト話は、まだ10歳のロイ様やシルクから冷静な考えを返された。
「えぇっと、オバケとかオカルト的な話は…その、あまり聞かないのですか?」
「オバケ?ユーリは何を言っているんだ?」
「そう言われると…えぇっと、何かしら怨念的なのがおんねん」
「「…??」」
可愛らしく首を傾げる二人を見てつい「滑ったわ!!!」と嘆けば、
「座ってるのに?何言ってるのお姉ちゃん?」そうシルクに困った様に返された。
その不思議そうなその二人の顔を見て、言われてみればあまり怨念とかお化けとか聞いたことはないし、読んだ本にも出てきた事もない。そーゆーのは文化には無いのかしら?
…ん?オバケって文化かしら?
…たしかに前世の記憶でも、日本のオバケと西洋のゴーストは違ったし、アジアでもずっと両手を前に出して跳ねてるオバケも居たわよね。オデコにお札貼って止まるとか…。
なるほど、ならこの子達が怖がらないのも仕方ないか。大人げなく驚かそうとしたわたしが悪かったわね。
「失礼いたしましたわ。あ・ロイ様、もうお帰りの時間みたいですわ。お迎えが来たみたいです。またお話いたしましょうね」
「もうそんな時間か…ユーリと居ると時が流れるのが早いな。また時間を作る。ユーリも体に気をつけてな」
「はい、ありがとうございます」
そう言ってカーテシーをして見送れば、「お姉ちゃん。まだ春先で冷えてるし、部屋に入ろう」なんて可愛い弟がその瞳を細めて言ってくれるのに頷き屋敷へと向かう。
*****
「お姉ちゃん…どうしたの?」
「あのね、シルク。お話しない?」
テヘッと可愛らしく笑う姉へ「もう寝る時間でしょう?」と聞けば、とても下手な口笛を吹こうとしてる。
「……いいよ。僕も眠れなかったし」
「やった!ならお姉ちゃんが絵本でも読んであげようか?」
「いや、大丈夫だよ」
そう言って暫く話せば、少し眠くなってきたのか姉が目を擦りだした。
「お姉ちゃん、眠くなったなら部屋に…」
「眠くないわ!」
「絶対嘘」
「だって…今日アナがお休みなのよ…」
「うん。それで自分のした話で怖くなって、僕の部屋にきたんでしょう。眠いなら部屋に帰って寝たらいいんじゃないかな?」
そう告げれば明らかに図星だとばかりに目を大きくして、視線を逸らされた。
「お姉ちゃんだもの。そんな事は決して…」
胸を張りながらも言い淀む姿に思わず笑いが零れてしまえば、肩をすくめて笑って誤魔化している。
「さて、シルク、お姉ちゃんが本を読んであげるわ!」
立ち上がり僕のベッドに入り、ポンポンと隣を叩くのを、今度は僕が恥ずかしくて目を逸らしてしまう。
「僕、本くらい一人で読めるよ」
「知ってるわ!!本を読む名目でここで寝る気満々よ!」
「そんなハッキリと…」
「だって一人で寝ようとしたら…メリーさん思い出して背中がヒヤッとしちゃうんだもの!」
「そんな堂々と…」
「子守歌でも歌う?」
「いや…いらないよ」
残念だわと呟いて、渋々ベッドへと登った僕の胸を手でポンポンとあやす様に叩かれる。
この姉はいつまで幼児扱いするのかと、少しだけ恨みがましく見れば少し眠そうになった目と合い柔らかく微笑まれた。
「大きくなったわねぇ」
「もうここに来て四年経つしね」
「そうよね…あなたも…あっと言う間に大きくなるのね」
とろりとした目で愛おしそうに見つめられ、なんとなく恥ずかしくて目を瞑れば、トントンと心地好く胸を叩く腕は早くも静かになっていく。
同じ歳なのに妙に自分を甘やかす不思議な姉の手をそっと布団へと仕舞い、自分は子供が寝るには十分な大きさのソファへと移動して毛布を掛けた途端に、ビクッッッと姉が目を覚まし、キョロキョロと見回して僕を見つけると、ニッコリと手招きをされて布団に呼ばれ寝かされた。
「悪夢見たわ…怖…怖ァ…」
「お姉ちゃんはこれに懲りて怖い話をもうしない方がいいと思うよ。」
「そうね…、新しいこの世界の怖い話を仕入れてみるわ」
「懲りてないんだね」
「あ…ダラスとか呼んで部屋に連れて行かせないでね。夜中にまたビクッとしたらまた来るからね」
幼い頃から突撃しては先に寝て、ダラスやメイドに連れて行かれるパターンは毎度の事だが、今回ばかりは嫌らしい。
「扉は開けてるし、大丈夫かな…」
一応義姉弟とはいえ、マナーとして空けていれば、姉は慌てた様に飛び起きて、机の上の紙とペンで何かを書いて入り口に置き、扉を閉めた。
「なんで閉めたの?」
「よ…夜中に目が覚めて、あの隙間から目が見えたら怖いじゃない!」
「それなら誰か確認にきてるんでしょ?」
「だ…誰かって?目だけ見えるのよ?!」
「目だけじゃないでしょう?もし見えたならダラスとか、使用人かお義父様かお義母様でしょう?…お姉ちゃん、妄想が膨らみすぎてよくわからなくなってるよ?」
「ちゃんと扉の前に『ユリエルここに居ます。扉を開けるなら勢いよく、でも脅かさない程度に、自己紹介と共に開けてください』って書いておいたわ」
思わずこめかみに手を当てれば、流石に自分でもどうかと思ったのか、また誤魔化す様に笑って布団に入った。
「子守唄歌う?」
「だからいらないよ」
「トントンする?」
「それも…大丈夫」
昼間のロイ様の来客もあり疲れが出たのか珍しく姉より先に眠りに落ちそうになれば、姉がまた柔らかく微笑み見ていて…、実の親兄弟からも眠りにつく時にこんな目で見られた事は無いと思いながら夢に落ちた…ーー
そして多分先に寝られて怖くなったのか、起きたら僕の腕の中にいた姉に驚いたのはまた別のお話。
7月13日はオカルト記念日です
ロイ様は夜中に目覚めた時に思い返して、ちょっと周りを見渡して布団を被ったのは墓まで持っていくつもりでいる。