ロマンスの日
「姉さん、今日は一緒に出かけない?」
「今日はポブコフ夫人も御用があって家庭学習もお休みなのよ!ふふふっ、タイミングの良いお誘いで嬉しいわ」
ある闇の休日。
空からは小雨が降っていて、少し気分が優れなさそうな彼女に声を掛ければ、太陽みたいな笑顔を向けてくれた。
「姉さん、馬車まで傘に一緒に入って行こう。お気に入りの服なんでしょう?」
それはペンニーネに初めて一緒に行った時に選んだ、肩口が少し開いた白いシャツに明るい茶色のワンピースを重ねた服。
雨であまり馬車から降りないと言えば、それならシルクと2人ならカツラもしないでいいわねと、いつもの変装とは違って、いつものままの彼女がドレスではない町の子のような服装で出歩く貴重な時間。せめてもと帽子だけは被っているが、それでもやはり…
「姉さん、可愛いね」
「カツラもなくてこんな格好だとなんだか少しドキドキするわね。ね・変じゃない?可愛らし過ぎて似合わない?ドレスは似合うと思うのだけど…」
自信があるのかないのかわからないその問いに「凄く可愛いよ」と笑顔でいえば、その色素の薄い頬を少し染めて嬉しそうに「ありがとう」と返してくれる。
馬車が走り出し暫くすれば、町中の景色も見えてくる。
「やっぱり雨だと町に人も少ないわね」
「そうだね、でも僕はこんな日も好きだよ」
「そうね、昔からシルクは雨の日好きだったわよね」
それは貴女と一緒に居られるから。
いつも元気な姉が、少しだけ気怠げに自分の側で時間を過ごす時間に、幼心にソワソワとして、いつもより沢山喋っていたあの時間。
「姉さんは雨の日苦手なのにごめんね」
「苦手じゃないわよ。昔からシルクが雨の日は沢山話してくれたし、わたしは雨の日も楽しみだったわ」
照れもなく微笑んで告げる姉に、なんとか平常を保って微笑みを返す。
「ところでどこへ行くの?」
「うん、新しい馬車道が出来てるところでね、そこは雨の日の方がいいと思って…ほら、見えてきた」
そう言って馬車の向かう先を指せば、姉の目が嬉しそうに大きく開かれた。
「紫陽花ね!」
「うん。まだ完全開通までは行ってないのと、一部の人しか通る許可が降りてないし…雨だからね」
馬車道の両脇には沢山の色とりどりの紫陽花が並び、今日はきっと貸切状態だと伝えれば、頬を染めて窓の外を眺める。
「凄い…綺麗ね」
「昨年のうちに沢山植えておいたんだって。丁度見頃だね」
「そうね。石畳みの横にこんなに紫陽花があって……降りたら駄目かしら?」
少しだけソワソワする彼女に、
「もう少し行った先に馬車が停められる筈だけど…傘が一本しかないから、僕と一緒でいいのなら」
そう告げれば、嬉しそうに頷いてくれる。
馬車が止まり先に降りてエスコートの手を出せば、その綺麗な白い手を重ねてくれる。
「では御心のままに」
そう言ってその手にキスを落として、その顔を見れば、少し驚いたように顔を染めて微笑んだ。
肩を寄せて雨に濡れないように一つの傘に入って石畳の上を歩く。
その傘を持つ腕にエスコートとして添えられた手。
何の気無しに掴まれているその腕と、雨に濡れないようにいつもより近い距離に胸が高鳴る。
「綺麗だね」
微笑んで告げれば、うんうんと嬉しそうに笑みを返してくれる。
「あら、雨上がったのかしら?」
幸せな時間は長く続かず、少し広い場所まで来れば、雨が上がり手を離されて、青空の見えてきた空の下に楽しそうに踊りでる貴女を目で追う。
「見てシルク!虹だわ!!」
山間の紫陽花通りから、視界が開けて町を見下ろす場所まで来れば、嬉しそうな声が聞こえる。
「本当だ…凄いね」
「シルク、連れてきてくれてありがとう!」
隣に並べば嬉しそうに手を握って御礼を言われ、まだ日の高い時間だからか、低く町にかかる虹が目に入る。
「綺麗だね、姉さん」
「本当ね…」
同じ言葉に違和感も持たずに返事を返される。
綺麗なのは虹を見ている貴女の事だよ、なんて事は流石に言えなくて。
言ったらきっとこの手は外されてしまうから。
「綺麗だね」
もう一度繰り返し、この綺麗な思い出を胸に刻んだ。
6月19日はロマンスの日です。
「大切な人を世界で一番幸せにする日」だそうです。
本編が最近のストーリー的に糖度低めなのが多いので、久々に甘い話です。
本編もそろそろ甘い話が書きたいです。
気が付けユリエル!頑張れメンズ!!