ゴミゼロの日
「本日の掃除の会はこれでお終いです。皆様ご参加いただきありがとうございました。おかげさまでとても美しくなりましたわ。また次回ご都合が合いましたら来て下さいね」
微笑むその顔は美しく、三角巾を外した下からはまるで夜空、そしてそこへ掛かる星の川でもあるかの如く輝き、サラサラと流れている。
黙って立って居るだけで美しさに息を呑み、あまり人前に出られる方ではないが、こうして耳にする声までも美しい。
そんな自分とは、とある一点だけを除けば、接点なんて掃除の会でしかない1学年上の未来の王妃様に憧れても、声を掛けることも躊躇われ、ただただ年に数回の掃除の会で近くで見れるだけで嬉しかった。
高等部に上がられるまではヴェールに包まれ、病弱だとか、呪われた黒い瞳に黒い髪だとか、公爵家も王家も政略結婚の婚約だから人前に出したく無いとか貴族界では流れていたのに、人前に御出になられる様になれば、立ち所に悪い噂は消えていった。
学園で自主的に掃除をしていると、ユリエル様が気が付いて声を掛けていただけたと聞けば、皆が至る所でソワソワと掃除を始めた。
掃除の会の最中に1学年上の先輩方に話を聞いたところ、卒業パーティー用のダンスホールを事情で急遽掃除した時には、至近距離でしかもズボン姿で気取らずに掃除をされるユリエル様を拝見したと聞いて、自分達は何故もう少し早く生まれなかったのかと悔しく同学年で語り合った日もあった。
そんなある日、昇降口を同級生と掃除して居ればあの美しい声が耳に入る。
「お疲れ様です。お掃除して頂いて有難う。とても綺麗ね」
振り向けば細められた夜空に星屑を散りばめた様な双眼に見つめられていて、背筋が伸びたのは自分だけでは無いはずだ。
「は、はい!ありがとうございます」
思わず返せば優しく微笑み「御礼を言いたいのはこちらの方ですわ」なんて言って下さる。
その後ろに立つはロイ様で、じっと自分を見つめられている。
「どこかで見たな。名は?」
思わず頭を下げて、失礼の無い様にハッキリと、
「ポブコフ・バス・エスカルと申します!!」
「ピャッ」
不思議な音が聞こえて思わず少し顔を上げれば、何事も無い様にユリエル様が立っていられる。
「ポブコフ夫人の子息か。久方振りだな」
「母上様にはお世話になっておりますわ。皆様御掃除ありがとうございます。ではこれで」
気高い笑顔を浮かべロイ様の腕を取り、エスコートされる姿は美しく、恋などというものでは無いとは思いながら、まるで失恋でもしたかの様な喪失感に襲われると同時に、同級生からは「どういった関係だ」と詰め寄られるがそれどころではない。
なんだかあの気高い笑顔は、掃除の会で見た笑みとは違い、何故だか小さな距離を作られた気がして、えも言われぬモノが胸に浮かぶ。
幼き頃から母がユリエル様の教育係として公爵家に行っていたことは知っていて、もしかしたら、チャンスさえあれば、母をキッカケに談笑なんて出来るんじゃ無いかと夢見ていたのがガラガラと崩れ去る。
地味に瞳には涙が浮かんでいたらしく、同級生には「話せて感激してる」なんて言われても本当にそれどころでは無い。
フラフラとその場を立ち去りながら、ただの八つ当たりなのかもしれないと考えながらも、
「お母様のせいだ…」と、ぶつぶつと口の中で木霊する。
そこから暫くは家の使用人とは話すものの、母とは今まで以上に話すことを辞めていたのは、自分の精神を保つために仕方なかったと思う。
5月30日はゴミゼロの日
ポブコフ夫人の、正に思春期真っ只中の八つ当たり的な息子さんの話でした!
お母様は顔には出ないけど寂しがってるよ!!