黒の日
「これはわたくしの日ではございませんこと!?」
わたしは黒のドレスを着込んで胸に手を当て告げれば、執務室でお仕事中のシルクはため息を吐いてこちらを見る。
「何をまた突然言い出したの?姉さんの誕生日ならもう過ぎたでしょう?」
「それはそれこれはこれ!!」
うんうんと頷いて、黒の日とはまさにわたしのためかもしれないとドヤ顔で告げる。
「よくわからないけどそうなんだね。で、何するの?」
「…………ん?」
「その黒の日?っていうのだからって、姉さんは何をするのか聞いてるんだよ」
「…………ん〜……?」
視線を天井に逸らして見えぬ青空を見上げれば、シルクは呆れたようにジト目でこちらを見つめてくる。
「つまりは無計画だね」
「言い方の問題ね」
「じゃぁなんなの?」
その言葉にわたしは口元に扇を当てて改めて胸を張って、
「これぞノープランだわ!!!」
「一緒だね!」
疲れたのか首に手を当て回しながらこちらへと向かうシルクに両手の指をワキワキと動かして、
「疲れたならマッサージしましょうか?」と告げればにっこり笑って、秒で廊下に出される。
「ノォッ!!? シルクさん!!?」
「姉さんには悪いけど、僕ホント今日は忙しいんだ!ごめんね!」
振り向くと同時にガチャリと鍵のかかった音にぴえんと嘆けば、クロモリが現れてその背に乗ってお散歩に行くことにする。
「黒仲間だもんね〜。クロモリが居ればわたくし寂しく無いもんね〜」
我ながら拗ねるような声を上げながら、クロモリを抱きしめるようにその日はお散歩をして……なんだかんだと楽しい時間を過ごしていれば、あっという間にディナーのお時間。
「こ……これは!!!」
わたしが声に出したのも仕方ない。
そのテーブルには色とりどりじゃなくって、イカ墨とか竹炭だとか何とか使ったなんか黒い色とりどりじゃ無いお料理達。
「え?」
わたしが目を丸くしていれば、お父様がドヤッとばかりの笑みを浮かべてテーブルに向けて手を広げる。
「ユーリ、シルクから聞いたよ。そうしたら料理長が試行錯誤して作ってくれたよ」
「え?なんでですの?」
「え?」
「え?」
父娘で2人でポカンとして首を傾げていれば、いつの間にか居たシルクが「言った本人が忘れないで!!」と怒るように言われて思い出す。
「あっ!あれかしら⁉︎黒の日⁉︎忘れてた‼︎」
「やっぱりね‼︎」
「ノリと勢いだけのノープランのネタを引っ張らないでちょうだい!」
「あっ、そんなこと言うと……」
ハッと気が付いてわたしが口を塞いで、姉弟でそ〜っと視線を動かせば、そこには効果音があるならば『ズーーーーン』と聞こえそうなお父様が椅子に座り項垂れていた。
「あっ、ユリエルとぉっても嬉しいですわ!!!珍しいお料理!」
「そ、そうだね。流石お父様だよね!こんな姉さんの思いつきにこんな凄い思いつきをするだなんて。僕には無い発想でしたよ」
「うん。2人ともごめんね。お父様に気なんて使わなくていいよ……」
そう言いながらもこちらを見ずに机にのの字書いてる。異世界でも『の』を描く不思議!!いやそんなこと言ってる場合じゃなくてッ!
「わたくしいただきますわ!!わぁ美味しそう?」
「疑問系だねぇ」
「ふふっ、何よりお父様の娘への愛情の味がしますわ」
「……そうかい。ユーリが喜んでくれるな…………!」
一口食べて感想を言えば、ちょっと機嫌の直ってきたお父様が顔を上げて……そのまま固まった。
「お父様?」
「え、あ、うん。なんかごめんね」
「何がですの?」
そう聞いたところでシルクからそっとハンカチを渡される。
「姉さん、えっと、あとは僕たちで食べるよ」
「え?美味しいわよ?」
不思議に思いながら渡されたハンカチで口元を拭けば、白いハンカチに真っ黒に何かがついた。
「にゃるほど」
「ごめんよユーリ。お父様その辺は考えてなかったよ」
気まずそうなお父様にうんっと大きく頷いて、
「気にしませんわ!!」
「気にしようか!!?」
シルクのツッコミにノンノンと指先を振ると、わたしはお歯黒になっててもおかしくはない歯が少し見えてもいいかと笑みを浮かべ、
「こんな珍しい食材ですもの。きっと以前から準備してくださっていたのでしょう?それに、こうなるなら家族の前でしか食べられませんもの。ふふっ、こんなに美味しいのに」
二口目を遠慮なく運べば、お父様は少し目を見開いたあとに幸せそうに笑うと、
「そうかい。なら僕も頂こうかな。シルクは気にせず辞めてもいいよ」
「いえ、僕も頂きます。なんだか美味しいそうですし」
2人はそう言ってフォークにパスタを巻きつけて食べると「ホントだ美味しい」と楽しそうに談笑混じりの夕食が始まった。
みんなお歯黒になって笑って、しっかり歯を磨いて寝ましょうねって、ホント貴族とは思えないほどに普通の家族の会話をして部屋に帰って、何かが地味に跳ねたような気もするお洋服をアナに渡せば、やっぱりなんかその服の胸元をジッと見てた気がするけど、今日は黒い服着ててよかった〜と下手な口笛を吹いて誤魔化した。