09
10人登場人物います
(後書きにて補足)
ファイが精霊を喚び出していた同時刻、王城で選ばれた特別なものたちだけが入ることを許される会議室には国の根幹を仕切る人間たちが集まっていた。
「それでは、呪いの遺物の調査報告と所有国の自治国イゾーネの従属国化についての議会を開会いたします」
議会を仕切るのは王の秘書として近侍を務めるシェスという男だ。
「忙しい中招集に応じたこと、感謝している。 手短に終わらせたいので、席についてくれ」
王の言葉に集まったメンバーは皆席についた。
「それではまず、私の方から『呪いの遺物』と先日の『襲撃事件』についての報告をさせていただきます。 事件の首謀者はエブロ=ロドニアーノ子爵殿。 彼はメリア殿と懇意であると嘯き、我が国へ転覆狙っていたイゾーネに取り入り、アーシェラ6世のティアラを貰い受けたと推測されております。 そして、王宮襲撃の半月前、メリア殿へ呪いをかけにヴォーグ邸へ向かった。 しかし、エブロは精霊魔法士という禁忌を侵した上に未熟な身で魔法を使ったため、メリア殿は呪いを受けたものの命に別状はない。 よろしいですね? メリア殿」
「ええ。 エブロは確かに『アーシェラ6世のティアラ』を使い私を呪い殺そうとしたわ。 けれど、奴の構成はお世辞にも上手いものではなかったし、呪具に頼った不完全な呪いだったから私はこの通り無事。 多少魔力暴走を引き起こしやすくなったこと以外異常はないわ。最終的に、ファイの剣で奴を貫いて呪いも半分ほど返したし。 エブロはなけなしの力でどこかへ転移したけれど、普通ならそのあとエブロは死んで終わるはずだった 」
「はい。 メリア殿のおっしゃる通り、それで終わるはずがエブロは再度現れました。 そして、」
「待て」
言葉を発したのはメジュワーレ侯爵。 メリアの、実父である。
現王家とは血筋が違うものの、高貴な血筋を引くこの国でも指折りで歴史のある家系の、現当主を務めている。さらに元宰相を務めた実力も持ち合わせているため同席していた。
「エブロとやらがメリアを襲った日と王宮へ現れたのには間があったにも関わらず、なぜ奴を探さなかった? 死体だろうと優秀な魔法士ならば探すのは容易いだろう?」
メリアが実家と険悪だというのはこの国の中枢に関わるものならばそれなりに知れた話ではある。
この場合、侯爵は「メリアであればエブロの死体を探せただろうになぜ探さなかったのか。探せなかったのには訳があるのでは? つまり、大したことはないというメリアの身は、やはり重体なのでは?」と言及している。 実際、メリアが幼児化する呪いにかかっているのは知られているので、そのことを突いてきているのだ。
彼女を追い込めば侯爵家に取り込めるかもしれないし、彼女が今使えない状態であることをダシに、元宰相である自分が為政に取り入ることができるかもしれない。という打算的な狸思考である。
「優秀な私にも残念ながら探せない場所があるということね。 不本意だけれど。 おそらくやつは転移魔法すらまともに使えない状態だったわ。 何の因果か偶然か、『銀の聖宮』に転移したと推測しているわ。 そこであれば、精霊の力を使おうが魔力探知だろうが見つけられないし、その後の襲撃にも説明がつくので」
銀の聖宮という言葉に、眼鏡を光らせたのは現宰相を務めるテオンズだ。
「『銀の聖宮』というのは完全にメリア殿の推測ですね? 彼の名が出ただけでそのような幻の遺物を推測するのは早計では?」
「根拠はあるわ。 なぜなら私は『銀の聖宮』を訪れたことがあるから」
「どこにあるかわからないとされる聖宮を見つけたということでしょうか?」
「その通りよ。 一瞬だったけれど。 古い地図を引っ張り出して、場所に当たりをつけて飛び回って、やっと見つけのだけれど、中に入ろうとしたら弾かれた上にそのまま跡形もなく消えたわ。 旧統一帝亜紀は今と魔法形態が違うからそれ以来見つけられなくなったの。 ちなみに、数日前の話よ」
「なるほど。 『銀の聖宮』が実在する確証があるというのなら彼の存在についても現実味を帯びてきますね」
宰相は事件とメリアの呪いを知るこちら側の人間だ。侯爵から話を逸らすのが目的で口を挟んでくれたのだ。
「話を戻しましょう。 斯くして、エブロという存在は再度現れました。 皆様ご存知の通り、その後王宮を襲撃し、禁書庫から一冊の本を盗んで消えました。 そしてその際、エブロは新たな名を名乗りました。 自身は、『オーギュスト=イレール=フィーニス=オストレワン13世』である、と」
「ふぉっふぉ、こりゃまた壮大な話じゃのお。 じゃが、メリアがその目で視たというのなら、信じるしかあるまい」
「光栄ですわ。 魔法師長様。 奴が名乗った通り、最後の皇帝を名乗るだけの存在はエブロの中に宿っていると断言できます。 おそらくエブロ自体は死んでいるので、身体も長くは持たないでしょう。 しかし、最後の皇帝が盗んだのは『不死の魔法』に関する本なので、復活するのは時間の問題かと」
「ほう! 不死の魔法ときたかの! これまた愉快なものを盗みよって!」
「魔術師長様、不謹慎ですのでお控えください」
「なんじゃ、わしだけかのお。 メリアも似たようなもんじゃろうて」
シェスが咎めたというのに、無駄に飛び火したメリアは何も知らないという顔で笑うしかない。
「『不死の魔法』に関しては秘匿事項ですが、陛下がその工程を覚えていらっしゃるので、オーギュストへの対策はメリア殿とファイエンヒ殿へ一任することに致しました。 メリア殿は『アーシェラ6世の呪具』への結界を構築した方なので適任でしょう。 よろしいですね?」
「……近衛騎士団として、精霊騎士が抜けるのは戦力として大きな痛手となるのだが? メリア殿よりも陛下の安全を考慮すべきでは?」
発言したのは近衛騎士団長だ。ファイの現上司である。
「ファイの抜けは我が一手打っておいたので問題はない、多少騎士団から近衛騎士へ回せ。 人員はお前たちの判断に任せる」
「「はっ」」
陛下の言葉に近衛騎士団長、騎士団長の2人が頭を下げた。騎士団長はファイの元上司だ。 ちなみに、両団長は兄弟弟子という関係のため、それなりに相性はいい。
『一つ、よろしいでしょうか。 ーー陛下』
「勿論だ。 神官長」
神官長および、神殿にいる神官たちは滅多に神殿を出ることはない。彼らは主に治癒を施す精霊と契約しているので、その身を危険にさらさないためにも、常に厳重な警備が整う神殿にいる。 この議会でも、鏡の魔法具を使って参加している。
『ファイエンヒには一度神殿に顔を出すようにお申し付けくださいませ。 もし彼がこの国を離れるとなれば、我々にも少なからず影響を及ぼし得るので』
「……ふむ。 分かった 」
『寛大なお心に感謝いたします』
一瞬、神官長の視線がメリアを刺すように向いたのは気のせいではない。 精霊が魔法士に恩恵を与えないことから、精霊信仰をもつ神官たちは魔法士を目の敵にしている節がある。 その上、精霊と契約できる人間の中で最も特別なファイと結ばれた魔法使いともなれば目の敵にされるのも自明だ。
「ーーでは、『オーギュストへの対処』及び『アーシェラ6世のティアラ』の回収はメリア殿に一任いたします。 つぎに、『イゾーネ』に関してですが、アントニオ殿下の調査によってティアラの保管を放棄した証拠が上がっております。 周辺国へ一応の報告と従属国下に置く意思は通達致しましたが、未だ返簡は上がっておりません。 アントニオ様、そしてメジュワーレ侯爵様には対話を前提に対処をお願いいたします」
「はぁい。 争うよりもワタシはそういう方が得意だからね、我が弟の手は煩わせないよう治めてみせようとも」
気の抜けた声はアマデウスの実兄だが、王位継承権を放棄した王族でもあるアントニオだ。外交官として国に貢献している。メジュワーレ侯爵は目礼のみで応えた。
その後、議会は特に代わり映えなく進行し、メリアが受けた呪いも暴かれることなく、細かな確認を経て終わった。
「ーーお疲れ様、シェス」
労いの言葉をかけたというのに、じっとりと嫌味のこもった視線で返され、メリアは肩を竦めた。
「貴女という人は、国を守ってんだか国に脅威を呼ぶんだかどちらかにしていただけます?」
「まだ休暇中に呼ばれたことを根に持ってるの? ちゃんと休暇はまた取れるようにするわよ」
「ははは。 それはいったいいつのことになるやら。 今度こそ取れたはずの長期休暇をパァにされて妻と娘からは白い目で見られましたし散々ですよ!!」
シェスとメリアは、一応同僚という関係となる。
魔法士として、魔法士団に所属する前に王に直接スカウトされ、メリアは護衛もできる王の秘書という立場だ。 シェスもまた、能力を認められ王の秘書へ至った。
彼の言った通り、二週間ほどメリアが仕事を一手に受け、長期休暇を満喫していたが緊急事態により召還されたのである。
「すべて解決したらきちんと労ってあげるわよ」
「当然ですね。 損失の5倍は利益を出してもらわなければ割にあいません。 仕事を、してくださいね?」
「なにを釘刺しているの?」
「新婚気分で遊ばれては困るということです。 ファイ殿はともかく、貴女はいい歳でしょう」
「当然でしょう? 仕事以外になにが悲しくて呪具と鬼ごっこするのよ」
「……」
「なに、その目は」
「同僚のよしみで察してください」
「なによ、私は遊びに行くわけではないのだけれど? こっちは呪いにかかってんのよ!」
「はぁ。 私は家族との時間を奪われたというのに、貴女は旦那と新婚旅行ですか。 良いご身分ですね」
「なーにが新婚旅行よ。 私だって命がけなんだから、私の身になって欲しいわぁ」
「ははははは。 どうぞ存分にやらかして軟禁されて仕舞えばいいですねぇ。 あー、私の妻が普通の方で良かったあ」
「くっ……」
「私の休暇のために是非ともキビキビ働いてほしいですね?」
「い、われなくとも、さっさと終わらせるよ」
基本的に王の仕事を補填するのが側近の役割ではあるが、シェスに限っては度々メリアの尻拭いもしており、メリアも借りができているため強くは出られない、ことがある。
そして、メリアは台風の目になることが多いのだ。 タダで終わるわけがない。 しばらくはまとまった休暇など夢のまた夢だと察したシェスの小言も責められるわけではないのである。
「ああそれと、」
「なに? まだ小言が溜まっているの?」
「それは勿論ありますが、油断はなさらないでくださいね、呪い以外に関してですが」
「……」
「不穏な動きというものは混乱に乗じるものですから。 貴方はたまに酷く警戒をなくすようですので」
「最後のは余計よ。 まあ、忠告はありがたく受け取っておくわ」
脳裏によぎるのは実家と神殿だろう。 メリアにとって、少なくとも味方ではない。 とはいえ、楽に処理できればこの歳になってまで問題を長引かせたりはしない。
そして、関わらないために手を打ったとしても、嫌な時ばかり関わってくることはメリア自身、身を持って理解している。あとはなにも起こらないようにと祈るくらいしかないのである。
登場人物が多いので一応メモです
1.シェス 王様の近侍(司会)
2.アマデウス 王様
3.メリア(近侍扱い)
4.メジュワーレ侯爵(メリアの実父、元宰相)
5.宰相(メリアの実家と敵対関係)
6.アントニオ 王様のお兄さん(ゆるい。 外交官)
7.魔法師団長(魔法オタク)
8.騎士団長(ファイの元上司)
9.近衛騎士団長(ファイの現上司)
10.神殿の神官長(治癒できる精霊の契約者、神殿から滅多に出ない。魔法具で参加)