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08


 結婚して2年。初めて見た時から美しい女だったが、花に寄る蝶のように、奔放で、檻もなしに留められない自由な人という印象は今もあまり変わらない。と、いうことを今朝、とても思い出した。


 手に入れた蝶は未だ飛んで行きはしないが、いつかどこかへ行ってしまうのではないか。結婚当時、よくその不安をぶつけては「重い」と笑い飛ばされていた。

 ただ、メリアはファイの心の機微をよく見ている。 彼の思考が不穏な方へ寄れば、彼を安心させるに足ることをしていた。


 2年と短い時間とはいえ、確かな幸福があった。それが、崩れ去ってしまうのではないかという不安。

 檻の中に閉じ込めてしまえばそんな不安起こりようもない。しかし、彼女が簡単に檻を壊し得る猛獣であることも知っている。


 数日前からそれなりに身体も大きくなり、面倒くさがりな彼女が毎夜、ファイの欲を懇切丁寧に受け入れたその事実を、今は信じてやるしかない。


 結婚当初はメリアに寄り付く虫を、メリア本人に本気で止められるほど牽制したがそれでも足りなかった爪の甘さにギリリと奥歯が削れた。


「ファイエンヒ! 殺気がだだ漏れだな!! これはアレだ、オレがメリア様に求婚した時以来の殺気だな!! はっはっ!!」


 目の前の男の、そんな経緯も、ファイに過去を思い出させた要因だ。そして、火に油である。


「そう怒るな。 流石に今は弁えるさ。 なんたって5度も振られているからな!!」


「ゾルゲン……俺の知らない一回が増えているのだが、死にたいのか」


「ははは! 冗談だ!」


 切り捨てようにも、そう簡単に殺せる相手ではない。 その上、近衛騎士団の中で唯一精霊と契約できそうな男がコレだ。


「それで、人目につかないところまできたが、オレと逢瀬を交わすわけでもないだろう?」


「当たり前だろう。 王命だ」


「ははは! 冗談が通じない奴め! 剣を下げてもらいたいな!」


 剣は下げないが、ファイはそのままエブロがやってきた経緯と自身とメリアの2人が王都を離れる事情を告げた。


「つまり、オレはファイエンヒの代わりを務めるというわけか!」


「ああ」


「精霊使いというのは便利だな! 精霊使いを作り出せるとは! ははは!」


「そうだな」


 実際は、ファイが愛し子だからできることだ。面倒くさいので特に指摘されなければ言うことはない。それと、ゾルゲンはあまり深く物事を考えないたちであるため、説明しても理解できるとは限らない。わかりやすく言えば馬鹿なところがある。


「オレは何をすればいいのだ?」


「精霊との契約は相性と対価で決まる。 相性に関しては精霊側の好みだから気にしても無駄だが、対価は価値がある程強力になる」


「ほう」(よくわかっていない)


「……はぁ。 つまり、お前は顕われた精霊に何か差し出せ。 その何かはお前の勘に任せる」


「あいわかった! 」


 普通の人間であれば、精霊という存在を前に緊張なり恐怖なり、なにかしら覚悟を求められるのだが、ゾルゲンという男にはそういうものがない。

  勘と才能で王の近衛兵に選ばれた生粋の馬鹿である。


 ファイはどの精霊を喚ぶのか決めているし、それが求める対価の系統も理解しているが、ヒントを与えることはしない。無駄に知識を与えたほうが、ゾルゲンに限っては、悪い結果を導くからだ。


 嫁に手を出そうとする不埒ものだろうが、その能力だけは認めている。決して意地悪とかではない。


「準備はいいか、喚ぶぞ」


「おう!」


 ファイが精霊を喚ぶのに特別な儀式は必要ない。ただ、彼の望む存在を求めればいいだけだ。


 ーーーー瞬きの間、2人の前には暗闇が顕れた。


  否、2人は、暗闇に呑み込まれていた。


「そうか、君がきたか」


『……なんの、用…?』


 ファイの目の前には姿こそはっきりしないが、まとまった影のようなものがいた。 そして、直接脳に語りかけていた。 特定の姿を持たない精霊は多いので、この精霊も、その一種だ。


 ゾルゲンの姿や気配は消えており、この精霊によって2人が分断されたことがわかる。


「契約をして欲しい」


『それは、命令? 君の命令なら、いいよ』


「命令ではない。 君の意思は尊重したいと思っているし、好みじゃなければ別に構わない」


『そう。 ……でも、こんなところで喚び出すの、ひどい』


 精霊を呼び出したのは人気の少ない場所な上、この精霊が陽の下を嫌うため建物の影を選んだが、そもそもここは王城だ。 つまり、メリアを筆頭に魔法士たちが結界を組んでおり魔力の満ちる場所でもある。


 精霊は基本的に魔力と、それを使う魔法士を好まない。 魔法士に対する感情は良くて無関心、個体によっては毛嫌いするものもいる。

 先日、ファイが喚び出した『貪食の精霊』のように、メリアと対話する存在は少数派だ。


 本来喚び出す場所としては神殿が良く使われる。あそこは魔法ではなく精霊の奇跡によって守られる場所だからだ。だが、ファイは神殿へ行くのが嫌だからと王城で喚び出したのだ。


「すまない。 これは俺のわがままだ」


『君のわがままなら、仕方ない。 でも、君が、契約者ではないん、でしょう……?』


「ああ」


『ワタシ、好みには、うるさい、よ?』


「知っている」


『うるさい、のは、嫌いなのに。 君と一緒、にいた人間、ワタシの中で、すごく、うるさい』


「合わなければ、好きなようにしていい。 俺はなるべく君たちに強要したくはないから」


『……。 会うだ、けなら、まあ、いいよ』


「ありがとう」


 その言葉を最後に、ファイは元の王城に戻っていた。 隣にいたはずのゾルゲンはいない。 あの精霊が言った通り、精霊の中に閉じ込められていたらしい。

  そして、太陽が西の方へ沈み始めている。 時間の進みも違ったというわけだ。


 ファイが望めば契約の一部始終も見ることができるだろうが、彼の中で結果は見えているのだからその必要はないだろう。

 愛し子が、精霊に関して理解できないことは無いに等しい。そして、彼の望む結果はどんな形であれ実現してしまう。


 危険と表裏一体のその存在だからこそ、国ではファイが特別な存在であるとはごくごく一部の人間しか知られていないのだ。


「長くかかりそうだな」


 東の空は既に夜の帳が下され、仕事を終えたファイは愛しい妻に想いを馳せていた。










 一方、精霊に捕われたままのゾルゲンは、暗闇の中ひたすらに「誰かいないのか!!」と呼び続けていた。 誰がいるのかは分からないが、何かがいるという勘が働いており、未知の存在と相見えられる期待に満ちて、その存在に語りかけていた。

 精霊がうるさいと言っていたのはこのことだ。


「たのもう!!!! 精霊とやら、いるのなら応えてくれ! 俺はゾルゲン! ゾルゲン=シルベーニュである!!」


 もう何十回目かのその声に、やっと小さな返答が現れた。


『……ぅるさぃ』


「おお! やっと現れた……か?」


 目の前にはモヤッとした何かがいる。 暗闇の中だというのに何か、そのあたりだけモヤッとしている気がする。 その程度の変化だ。


『しかたなく、会い、に来てあげた。 ワタシ、は、人間は、好まない、のに……』


「そうか! オレはゾルゲンという! ファイエンヒには精霊と契約しろと言われた! 貴殿の名はなんという?」


『なまえ……? ワタシたちには、なまえ、ない。 そういう、記号、は人間の、文化』


「そうか! では、オレは貴殿に心臓を捧げよう!」


『契約の、対価? まだ、するとも、言って、ないのに。 ……そう。 それじゃあ、気に入らなければ、潰す、から』


「ははは! 恐ろしいな!!」


『……(イラッ)』


 しかし、直後、心臓を鷲掴みにされているような感覚に、さすがのゾルゲンも笑みを弱めた。


 ここは精霊の空間であり、捕われてしまった以上精霊はなんでもできるのだ。


 文字通り、心臓を直接撫でてしまうことも。


『あなたの心臓、どれくらいの、価値……?』


 冷たい声と無慈悲な存在が、その空間を支配していた。



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