07
魔力による作用は『魔法』
精霊による作用は『奇跡』
魔法を使う人間は魔法士、魔法使い。 精霊と契約して魔法のような力を生み出す人間は精霊使いと呼称される。
魔法も使えて精霊も使える人間は異質だ。精霊たちは魔力を持つ人間に興味を示さず、魔力を避けるような性質があるからだ。さらに、魔法士は精霊の奇跡を理解できない。 確かに力として視えるはずなのに、発動に至る道筋を理解できないのだ。
また、上記二つに属さない力の一つとして単体としての『呪い』がある。それが、アーシェラ6世の遺品だ。
かの女王が遺した9つの宝飾品は、強すぎる破滅の力故に壊すこともできず、秘密裏に封印され、9つの国に保管されている。宝飾品に宿る力は魔力ではないということ以外わかっていない。「過去には持つものを尽く不幸へ導いた」とだけ伝えられる未知のおぞましいものだ。
魔力による呪いならどんなに複雑な術式でも理論上は全て紐解くことができるが、それ以外の力が作用してしまうと魔法士に理解できず、どうすることもできない。
メリアのかけられた呪いは、まさにどうすることもできない類のものであった。『魔法』と『奇跡』、さらには『呪い』そのものが組み合わさった解けない呪いである。ーー完璧に呪いが発動していれば、の話だが。
王城の廊下を我が物顔で闊歩する黒衣の女に、すれ違う人間は尽く道を譲る。公務をする場ではなく、王の私的な空間だが、今更彼女に誤解を招くなどと言う者はいないのだ。
まっすぐに、迷いなく、美貌の麗人は王の私室、その扉の前に立った。扉の両横に立つ騎士は頭を下げて扉を開く。その動作に迷いはない。
「……誰かと思えば、メリアか。 ファイはどうした」
「今日は朝イチで兵団の稽古に出なきゃいけないんですって」
「よくそれに行かせられたな? しかもなんだその姿は。 元通りではないか。 つまらん」
アマデウスの言った通り、メリアは呪いにかけられる前の本来の姿になっていた。最初に聞いた通り、体の大小は段階を踏み、月の満ち欠けに伴って、最終的に3歳ほどの幼女から元の年齢の姿を行き来することがわかった。
「つまるつまらない関係ないから。 こんな呪いさっさとおさらばよ。 面倒くさい」
「ほう。 その様子だともうどうにかする算段がついたのか? さすが大陸一の魔法士。 どうするつもりだ」
「正直、解呪は不可能に近いわ。だから、正反対の構成を組み直して自分にかける」
「それは……」
「幸運にも、私は使われた呪具と部分的な構成をこの目で視ているから魔法分野なら理論上可能。つまり、私ならできる。精霊の力についてはファイにやらせるわ。 必要なら書面も作りましょうか?」
「そうだな。それは書け。 学術的に価値がある。 魔法士に精霊の奇跡を使うのだ。もしかすればお前も奇跡を理解できるようになるやもしれんしな」
「と、いうわけで国を出る許可を」
「あー、やはりか。 筆頭魔法士と精霊騎士の抜けはデカすぎるぞ? それも、先の爆発のせいで無駄に勘繰られている」
「いくつか魔法具は用意する。 勘繰られても、確信を持たせなければいいんだから。 諸外国との関係は良好だし国内もそこそこ平和でしょう。 心配なのはフィオニア様とあんたの子どもくらいだわ」
「ははっ。出る前の対策だけはちゃんとやれ。 まあ、お前のことだからどうせ仕込んでいるんだろう」
「それは勿論だけど、あんたは私が作ったものをきちんと持ち歩け。 『対の指輪』とか、まだ持っているの?」
「対の指輪? なんだそれは」
「はぁ!? 魂の干渉を許す魔法具よ! 禁呪よ!? どこにほったからかしてるの!?」
「そうカッカするな。 子どもが抜けてないのか」
無言で短剣を顕現させ、勢いよく目の前の男へ振り下ろすが簡単に躱された。 メリアもなかなかいい動きをするが、アマデウスは飄々と、そしてニヤニヤしながら軽い動作で避けている。 朝の軽い運動くらいに思っているのだろう。
「まあ冗談は置いておいて、お前『呪い』はどうするつもりだ。 使われたティアラは本物だったと裏も取れたぞ」
わかりやすくメリアは動作を止めると、短剣も消失させ、軽いため息をつく。アマデウスが言った呪いは、月の呪いではなくティアラの呪いのことだ。
「アレは未知すぎる。 体感して思うけれど、おぞましすぎてまだまともに向き合えない。 エブロが未熟だったから、私に干渉した呪いは少なかったけど、正直、月の呪いが解けたらどうなるかわからないわ。 もう2度とあのティアラと関わらないというのならなんとか押さえ込むことはできるけれど、もし今のエブロがアレを持ち歩いて近づいてきたら、伝承通り破滅、でしょうね」
「……つまり?」
「完全な解呪は不可能。 アーシェラ6世の遺物に近づくと最悪、死ぬかもね」
「で、それをファイには?」
「勿論、言ってない」
「……。 つくづく思うが、あいつにはやはりお前がふさわしいな」
「? なんで今そんなこと言うのよ」
「愛し子に飄々と隠し事ができるその度胸を褒めてやっている」
「そうね。 言われてみればだけれど、隠せなきゃこの国早々に崩壊ね。 笑えるわ」
「笑えん。 そもそもファイはお前が死ぬ可能性を知れば絶対に解呪の邪魔をしてくる。 解かずともお前は制限を受けるだけで魔法士としてはやっていけるだろうしな。 どうせ解呪もお前の悪い癖が本音だろう。この魔法オタクが」
「あらあら、人のこと言えないでしょう?」
「俺の優先事項は国だ。 お前とは違う」
「考え方の相違だわ。 私には優先事項なんてないもの。大切なものは同列よ」
「はぁ。 ファイにバレても俺は止めないからな? せいぜいうまくやれ」
「勿論」
その言葉を最後に、部屋に貼っていた侵入を拒む結界がバチンと音を立てて崩れた。
何事もなかったかのように、部屋の扉の前に立つのは今まさに話に出ていた人物だ。
「失礼いたします」
「ああ、入れ」
「あら、ファイ。 早かったわね」
「ああ。 身体は大丈夫か?」
「えぇ。 少し気怠いけど、許容範囲ね」
「そうか。 それで、話は進んだのか」
「丁度あなたの話をしていたのよ。 精霊騎士は貴重だから、あなたの抜けをどうしようかと思って」
「それなら、好かれそうなやつに精霊と契約させるか?」
「愛し子ってそんなこともできるの?」
「ああ。 では陛下、俺の穴埋めは一先ずそれでいいですか」
「そうだな。 今夜までに契約は可能か?」
「はい」
「それならば契約者を連れて今夜執務室へ。 お前たちの段取りを確認したい。 メリアはこの後議会へ出席。 ティアラの件についてだ」
「「御意」」
朝の短い話し合いは幕を閉じ、それぞれの業務へ戻ることとなった。
ファイは精霊騎士として、国王の近衛騎士団に所属している。そして、非公式であるが彼は『精霊の愛し子』と呼ばれる存在だ。
通常、精霊と人間の契約は対価の上で成り立つ利害関係だ。しかし、愛し子は契約も対価も無しに精霊を使うことができる存在だ。愛し子という存在自体は認知されているので、ファイが愛し子であることは秘匿され、そうすることで他国に狙われることを防いでいる。
なんやかんやで今はメリアによってこの国に繋ぎ止められているが、愛し子を国に縛ることは難しい。そして、愛し子が国王の側にいれば国の安定は確実となれば、アマデウスは国王として、ファイを繋ぎ止めるよう働きかけるだろう。
アーシェラ6世の呪いに、魔法士として研究心を擽られ、命を天秤にかけてまでその呪いに挑みたいなどという不純な動機のメリアのその隠し事がバレ、ファイが解呪の阻止を図っても、止められるのはメリア本人だけというわけだ。