06
結局、ファイの容赦ない濃厚な接吻によりメリアは落ちた。心とかそういう話ではなくもっと物理的に、意識が落ちた。
魔力を使い切ってあれだけ元気に話していたのだ。 無理もない。 決してファイが止めを刺したとかそういうわけではない。 決して。
翌日目覚めたメリアは朝から旦那と一悶着起こしながらも一先ず落ち着いて自身の本家へ向かった。実家とは絶縁気味だが我が儘も言っていられない。 彼女が幼い頃身につけていた魔力を抑える宝飾を持ち帰るためだ。
今の彼女の状態はまさに幼い頃の彼女そのもの。
不完全な月の呪いがメリアにもたらしたのは肉体の退行だ。つまり、子どもになっていく呪い。 肉体に依存してしまう魔力は器が不安定な場合暴走しやすいということになる。
特に、メリアは生まれながらに魔力量が膨大で何度も暴走を起こしていて、生家では重たい宝飾で縛られほぼ軟禁状態だった。
そんな実家で家族仲などいいはずもない。
魔法使いの家系であれば彼女の存在は喜ばれるものであっただろう。しかし、そうではないただの貴族の家系で生まれたわけだから、幼いながらに貴族としての最低限の責任を果たすだけで育てられた。
魔法学院に入るまで彼女に特別仲のいい人間などおらず、空虚で孤独な日々を過ごしていたのだ。
「お待ちしておりました。 メラミュレンア様、ファイエンヒ様。 ご要望のものはお部屋にご用意してありますのでお好きにお持ちください」
「……ええ」
幼気な彼女の姿に少しだけ目を見開いていたが、執事はお手本通りといった所作で2人を案内する。
通された部屋には懐かしくも忌まわしい宝飾が並べられていた。露骨に嫌な顔をしたメリアの頭を撫でるファイに彼女は更に顔を顰めたが振り払おうとはしなかった。
「良くもご丁寧に残してあるものね。 誰が管理を?」
「旦那様の命で魔法士殿がなさっておりました」
「そう。 少し席を外してちょうだい。帰るときにまた呼ぶわ 」
「……かしこまりました」
音もなく気配を消した従者を尻目にメリアは床へ降り立つ。
「さて、ファイ」
「ああ」
名前一つ呼ぶだけで頷いたファイは、並ぶ装飾品の上に手をかざし精霊達を喚んだ。
メリアの目には淡い光がふよふようかんでいるだけにしか見えないが、ファイにはもっとはっきりと姿が見え、さらには声まで聞こえている。
精霊たちの声に耳を傾けると、曰く、
「一度つけると従属支配を受けるような魔法が施されているようだ」
「やっぱり。 だから嫌いなのよね、ここ」
「わざわざここへ来なくても、屋敷にもあっただろう」
「……屋敷のやつはほとんどおもちゃ同然なの。 装飾品として価値のあるものではあるけれど、今更暴走なんてすることはないと思っていたし貴方がいるから作る必要もなかったし」
「そうか。 それなら魔法を解けばいいだけだろう。 俺が」
「だめ。 まって」
「?」
「微精霊くらいじゃ弾かれちゃうから」
「わかった」
メリアに言われた通り、ファイは自身が知っている精霊の中で最も力の強い精霊を喚んだ。
ーーほんの一瞬、何かが揺らぐような気配。まるで初めからそこに居たようにソレは顕現していた。
『やぁ寵児、ご機嫌麗しいようでなによりだ。 それに、ご内儀も。妾を喚ぶのは珍しい。 戦争でも始めるかな?』
音もなく姿を顕せたのは漆黒の精霊だ。 肌や髪はもちろん、にっと笑う時に覗くギザギザの歯、爪においても真っ黒な。唯一瞳の色だけが黄金を宿しギラリと光っている。
「いや、戦争ではない。 君が求めているなら考えないこともないがそれは後にしてほしい」
『……そういう趣味はないよ』
少しやりにくそうにむっとした精霊の姿を見てメリアがクスクス笑いをこぼす。
『ご内儀……おや、なんだか縮んだかな? 人間は老化が進むと小さくなるが……もうそんな歳だったかな』
「ちがうわよ! 呪われたの! 見て分かるでしょう!?」
『ああ、言われてみれば変わった呪いにかかっているね。 申し訳ないが妾は共喰いをしないからそれは喰べられないな』
「ああ、君に喰べてもらいたかったのメリアではなくこっちだ」
ファイが指したのは勿論、机に置かれる宝飾たちだ。
『ん、ああ、これなら大丈夫だね。 はい、いただきます』
キラリと瞳に光が篭り、精霊の姿が溶けるように人型を解いた。 机まるごとを齧るように大きな口が呑み込み、嚥下する音が部屋に響く。
瞬きの間、従属魔法は消え去り、人型に戻った精霊は何ごともなかったかのように存在していた。
「ありがとう」
『うん、ごちそうさま。 もうないの?』
「ああ」
『そうか。 それじゃあ主人殿に喚ばれているみたいだし、妾は帰るよ。 退屈な争い事の時間だ……』
精霊の消えた場所を見つめてメリアは目を細める。
「いつ視ても不思議ね。 魔法とは全然違うし、行程がない。 何が起こったかわからず一瞬で絡まった糸が解けていたみたいな」
「俺には魔法がわからないから何も言えないが、俺も見えているものを口で説明できないな 」
「まあ今はいいわ。 取るものは取ってさっさとこんなところ出ていきましょう」
「ああ」
酷く顰めた顔になりながらも、小さい頃の記憶を手繰り寄せて宝飾を選んでいくメリア。 ものの数分で見繕い、家令への一声もなくさっさと屋敷を発ったのだった。
2人が屋敷を出た数分後、2人を最初に迎えこの部屋に案内した家令と魔法士が1人部屋に立っていた。
「見事に消えている」
「左様ですか。 精霊使いがいらっしゃいましたから仕方のないことかと」
「精霊にも多少効く方法を取ったつもりだが、所詮魔法士に精霊のことはわからない、か」
「……」
「呪いを受けているようであるなら狙いどきだろう。次があれば、もう少し効くものを用意しておこう。 旦那様へもそのように」
「畏まりました」
冷たい空気が部屋を満たしていた。
ーーーーー
ーーー
「相変わらず嫌なところだったわ……」
所変わって王城近くの林の中。 宵空を映すように蒼冥とした城壁内の1室。 かちゃかちゃと宝飾をいじりながら声を漏らしたメリア。
「これでしばらく用はないだろう」
「そうね。 私が出向かなければ害はないわけだし」
過去に一悶着どころか何度も揉めた末に、メリアと彼女の生家とのあいだではある契約が結ばれている。
契約書面には長々と口上が書かれているがその内容を掻い摘めば、「互いに干渉はせず、争わず、幇助せず」だ。お互い害を成さないが、助けもしない。一切の関わりを断つというもの。
しかし、裏を返せば関わろうとするのならば手出しができるというわけだ。
今回のように、メリアが自分の意思で実家に足を踏み入れた事=メリアが自分から関わりを持とうとした=実家も手出し可能とみなされるわけだ。
彼女が幼い頃は魔法使いの家系でないため疎まれたその力だったが、彼女が成長し公に出なければいけなくなった時、その力は素晴らしいと評価されてしまい彼女の生家ーーーメジュワーレ家は力を制御するのではなく支配しようとしたのだ。
メリア曰く、「古い歴史に縋るだけの、能無しで、傲慢、さらには意地汚い貴族」らしいメジュワーレ家はメリアという降って湧いて出た力を取り込もうとした。
ただし、魔法士の家系でもない上に、彼らの想像以上にメリアが優秀だったため、今の関係に落ち着いている。隙を見せればいつでも支配する気満々だ。
「よし、こんなものでしょう」
適当にとってきた宝飾をいくつか分類し、メリアは満足げに鼻を鳴らした。机の上には三つに分けられた宝飾たちが並んでいる。
「全てつけるんじゃないのか」
「嫌よ。重いもの。魔法が使えるようになったら少し弄って使い易くするつもり」
「魔法……」
「なんで不満そうなのよ……」
「出来ることならメリアには一生魔法など使えなくさせてしまいたい」
「まだそんなことを……。 信用ないの? わたしは」
「君が何もできずに俺にすがって生きる姿が見たいだけだ」
「よっぽど酷いこと言うわね!? 絶対嫌よ! こんな呪い早くとくから! 無言で迫ってくるな!」
そんなやりとりが次の新月に近くなるまで毎日続いた、とかなんとか。