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05

 

 魔法の使用にまず最低限必要なのが『魔力』そして発動させる魔法の方向性を決める『構成』である。


 魔力は術者の身体に依存するもので、構成は術者自身の魔法の上手さの現れと言える。


 元々、エブロはそれなりの実力を持っていたが、強い魔力を持つ身体ではなかった。しかし、エブロの身に宿った何者かは相当の実力者らしくメリアが見る限り複雑な構成を美しく編み上げていた。


 魔力を持てば持つほどそれを制御するために魔法使いは緻密で繊細な構成を組む傾向にあるので、そこからメリアはその何者かが元々は相当な魔力を持ち合わせていたのではと考えた。


 さらに、エブロは精霊魔法士であり魔法使いが精霊と契約する時はその身体に契約を刻むため、今もなお彼が精霊を従えていることはわかっていた。


 魔法士が精霊を支配し、従わせるには魔法士自身の魔力を与え続けなければいけない。その上、精霊魔法士は支配する精霊によってその性質に引き摺られるのが欠点の1つ。例えば、闇系統の精霊の性質は『吸収』だ。


 ただでさえメリアに呪いをかけて少なくなっていたエブロの魔力は精霊支配の影響で徐々に減少し続け、枯渇しかけていた。そこに、追い討ちのように複雑な構成を組めば魔力切れに至るのが必然、というわけだ。


「く、かはっ……!」


「魔法使いの魔力切れなんて致命的ね。 私たちは魔力がなければ生命活動すら危ういのだから」


 死にかけているエブロだが、その瞳だけは爛々と輝きを曇らせることなくメリア達を睨みつけている。


「さて、よくやく対話が成立するのかしら? ……あなた、誰?」


「ーーー」


 はくり、口を開けて小さく吐息を漏らしたエブロだが、まぶたは重く閉ざされていき空気が抜けるように身体から力が抜けた。


 メリアはファイから降りて、エブロに近づきそっと手を伸ばす。






 ーー警戒していなかったといえば、嘘になるだろう。 その姿は心の年齢にまで影響を及ぼしたのかこの時メリアの危機管理能力はかなり、下がっていた。





「ッメリア!」

「なっ!!」


 ファイの呼びかけは虚しく、エブロに触れたようとした瞬間奴はピクリと動き魔法が発動していた。


 バキン、と幾つもの金属が割れる音、そしてメリアの宝飾が全て砕かれた。


「や、ば……」


 突然支えをなくした魔力が外へ放出するのを防ごうと自身の体を抱きしめる仕草をするメリア。 しかし、それはただの動作でしかない。物理的な抑えで魔力の流れは止まらず押さえつけられていた魔力が一斉に外に向けて放出された。





 ーーーーーー

 ーーー




 書庫の中は爆音とともに、爆風が広がり轟々と縦横無尽に衝撃が吹き荒れた。


 純粋な魔力暴走はただただ力を作用させる。 一応暴走慣れしていたメリアによりその魔力に属性という方向性は加えられなかったがそれでも威力は凄まじい。 直接触れればぺちゃんこに押しつぶされ即死だ。


 数秒間魔力は暴れ続け、書庫をめちゃくちゃに荒らした。


 書庫が静かになる頃には本棚など1つも残らず、本は殆どが床へ落ち半数以上はもう読める状態ではないかもしれない。


 シンとした書庫の中、まず初めに音を生んだのは、


「メリア!!」


 ファイ。 精霊の加護により無傷の彼は見る影もなくなった書庫で愛しい女の名前を呼んだ。


 精霊の干渉で殺し切れる魔力ではなかったため、精霊にはメリアとアマデウスをただ守るように頼んでいたので無事だと思いながらも目で確認できるまでは安心しきれない。


 ファイの意思を汲んで一匹の精霊がスッと飛行し、とある一角の上でぐるぐると旋回する。


 急いでそこに駆けつけ本の山をどかせばメリアを見つけることができた。


「メリア! おい、メリア!」


「ーーー」


 くたりと力の入らない肢体。 微かな鼓動は感じるが、顔は青白く気を失っているらしい。


 そっと宝物のようにその体を抱きしめ、振り返って、アマデウスと目があった。


「ーーご無事でしたか」


 何事もなかったかのように王の元へ駆け寄り、口上を述べたが完全に職務放棄である。


「ああ。 全く、派手にやられてくれる」


 アマデウスは乱れた髪をかきあげ、クッと口の端を上げながらファイの腕に眠るメリアに指を伸ばすも、


「……」

「……」


 スッとファイが一歩下がったことによって、アマデウスの指は空を指して終わった。


「独占欲の強い男は嫌われるぞ」


「……」


「ふぅ。 急な魔力の低下による気絶だろう。こいつならすぐ目が覚める 」


「陛下。 彼女の呪いは解けるのでしょうね」


「さぁ。ーーだが、解けるのはメリアだけだろうな」


「どういうことでしょうか」


「ーーデウ、ス」


 微かな声に2人の男は口を閉ざして声の出所、メリアに目を向けた。


 気怠さから目を開けることすらできていないが覚醒はしているらしい。


「メリア、大丈夫か?」


「ええ。 ……ファイ、エブロは」


「ここには、いない」


「そう。 逃げられたのね。 ……アマデウス、本、出しなさい」


「ああ……。 ……! な、い?」


「ああ、やられたわね」


 そこでようやくまぶたをあげたメリア。


「あの男、自分についてた精霊全部身代わりにして逃げたのよ? だから精霊魔法士なんてろくなもんじゃない……。 アマデウス、あの男最後に名乗って消えていったわよ。 本当か、信じ難いけれど、聞く?」


「あ、ああ」


「オーギュスト=イレール=フィーニス=オストレワン13世、ですって」


「ッ!」


 それは、この大陸が旧統一帝亜紀と呼ばれた時代にまで遡る。


 その頃は巨大な大陸を1つの帝国が治めていた。 その帝国に皇帝が君臨する完全なる独裁主義国家。 たった1人の言葉がその国の全てとなってしまうため皇帝によって国の雰囲気はガラリと変わっていた。

 旧統一帝亜紀末期ではすでに何度もクーデターが起き、国として崩壊するのは目に見えていた。

 それでも最後の最後まで一筋縄では行かず、その時代が終わる転機となる戦争では大陸の半数が死者となったと伝えられている。


 メリアが述べた長い名前はその旧統一帝亜紀最後の皇帝の名前だ。


「仮に、奴が本物だとして、何故魂が残った? 死者の魂なぞ、それも皇帝を無造作に弔うか?」


「皇帝の墓所は今も明かされていないわ。 あの時代は荒れていたからそれもしょうがないのでしょうけど。 でも、それらしい場所の当たりはつくわ」


「……行くつもりか?」


「行かなくていいに越したことはないけれど、探さなきゃでしょう? なにをするつもりかは知らないけど止めなくちゃ」


「本を持って行ったということは狙いの一つは分かったな」


「? また誰かに呪いをかけるつもりってこと?」


「いや、月の呪いは不死の魔法の副産物だ。 俺がここに取りにきた本は呪いの魔法書ではなく、不死の魔法の研究録だ」


「不死の魔法……? そんなもの……いや、完成していても、おかしくはない、か」


 不死の魔法。 今では研究することすら重い罰を下される禁術の一つだ。 ただ、研究することすら禁止されているというのは完成し得る魔法であるとも取れるだろう。

 メリアのいう通り、完成された上で禁止されていてもおかしくはない。


「けれど、どうして? 魂だけの存在なら、不死と変わりないでしょう。 エブロの身体が使えなくなれば、次の身体を見つければ良いだけで、まあ、元の肉体があるなら話は別……」


 話しながら、メリアの口は声を止め子どもながらのつぶらな瞳が一層大きく開いた。


「まさか、肉体が、残っている……?」


「そう考えるのが自然だろう。 仮にそうでないとしても、奴が完全な復活を遂げることが最悪のシナリオの一つと言える」


「う〜〜。 それでも納得できないところはあるわね。 そもそもなぜエブロは月の呪いを見つけたのか、なぜ皇帝がエブロの身体を使い出したのか、今までどこにいたのか、あとは、私の立てた不死の仮説との差異……」


「お前、そんなもの立てていたのか。 軽く死罪だぞ?」


「いいじゃない別に。 結婚する前のことだし、今はもう破棄したわよ。 どうせ完成させてもファイには使えないし」


 思わぬデレにファイの滅多に動かない表情筋が綻んだ。


 精霊使いであるファイは魔法に一切干渉を受けない。呪いや攻撃魔法を無効化できる一方で、身体強化なども跳ね除けてしまうのだ。


  メリアの言葉を意訳すればそれはつまり、ファイを置き去りにして生き続けたくないということだ。 彼女にとっては最上級の愛の言葉とも言えるだろう。


「わかった、わかった。 そのお前の唯一と巡り合わせてやったのは俺なのだから少しは献身的に仕えろ」


「はぁ? まって、そこだけは譲れないわ。 (けしか)けた、の間違いでしょう? なにが巡り合わせよあんなの詐欺だわ。 大体あなたたちはいつもいつも小賢しく私を陥れて、なんだと思っているの? あの時は流石に王宮全壊させてやろうと思ったの、今でも忘れていな、んんんんんん!!!!!」


「よし、ファイ。 そのまま執務室へ転移だ。 事態は深刻だからな、遊んでもいられんわ。 あんな生きた遺物とっととどうにかして平常業務に戻すぞ」


 愛しい旦那様の容赦ない口づけで言葉を続けられなくなり、バンバン肩を叩いているが幼気な姿ではなんのダメージも与えられていない。 魔法を使おうにも魔力がすっからかんで抵抗しようがない。


 ライバルとも言える王の前で痴態を晒され、文句も遮られ、メリアの声にならない怒りもファイに飲み込まれていった。


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