03
カシュワーナ王国。 大陸で1、2を競う資源豊かな魔法の国。 国内はいたるところに魔法の技術が見られ、生活に深く魔法の根ざしている一方で、精霊信仰も盛んな先進国の一つである。
国王の住まう王城は最北に建ち、城下全体を見渡せる。国の象徴として君臨する王族への信頼は厚く、それなりに平和を保っている。
そして今、その平和の象徴ともいえる王城の中枢、王の執務室に大きな笑い声がこだましていた。
「くっははははははは! なんだメリア! そのザマは! 筆頭魔法士の面影が嘘のようだなぁ! あっははははははは!」
「く、こうなると思ってたからイヤだったのに…!! 魔法が使えたらこんなやつ今すぐだまらせるのに…!! というかころす! ぜったいに!」
「落ち着け。 反逆罪だ」
「おーそーだそーだ。落ち着けー。 子どもがそうかっかするもんじゃ、くっくくく……」
「言うならさいごまで言ってからわらいなさいよ!」
「そうですよ、あなた? メリア様は呪いを受けているのですから。 国の存続に関わる一大事じゃありませんか」
「いやいや、そうは言ってもなぁ? あれを見て笑わずにいられる方がおかしいだろう?」
「もう……。申し訳ありません、メリア様。その、随分と愛らしいお姿ですがお体に不調は無いのですか?」
部屋の中には4人の人影。幼気な姿のメリア、彼女を抱きかかえて直立するファイ、国王であるアマデウスそして王妃のフィオニアだ。
言い合うメリアとアマデウスをそれぞれの配偶者が諌めるという構図である。
「えぇ。今すぐ死にそうと言うことはないわね。 魔法が使えないというくらいで」
「く、はははははは! お前が魔法を使えないだと!? ただの子どもじゃないか!」
「もうこの男どうにかしていいわよね!?」
「落ち着けメリア」
「あなたも、落ち着いてくださいな」
子猫とライオンの戯れを見るように微笑ましい眼をした二人であるが藪蛇なため余計なことは言わない。
とはいえ、メリアが魔法を使えないというのは確かに国の存亡に関わる一大事だ。
「あー笑った笑った。 そんじゃ、真面目に話すかねぇ」
「初めからマジメにしなさい」
「我らの仲だろう? 大目に見ろ。 で、魔法が使えないというのはどのレベルの話だ」
「……。 まったく、いっさい、みじんも使えない。 使おうとするとぼーそーするわ」
「ほぅ?」
「まあでもこれは呪い本来のこーかというより副作用という方が正しいでしょうね」
「ふむ。 呪いの正体は掴めたのか?」
「つかめてたらあんたにこのしゅーたい見せにきたりしないわよ」
「くっくく。 わかった、まあ呪いに関してなら俺も少し心得はあるしな、触媒に何を使われた?」
呪いに関する心得という台詞にメリアは口を挟もうとするが、全く話が進まないため嘆息して言葉を続ける。
「私が見た限りでは、『星の水晶片』『闇の精霊の心臓』『月の蜜』それと……『アーシェラ6世のティアラ』」
「ほう」
落ち着いた声だが、アマデウスの灼熱の瞳には鋭さが宿った。フィオニアは口に手を当てて絶句し、ファイはメリアを抱く腕に力を入れる。
『アーシェラ6世のティアラ』
というか『アーシェラ6世』と呼ばれた女性の遺品はその全てが強い力を持つ呪具として知られている。これもその一つだ。
冠というよりリースのようなデザインで、美しく豪奢な装飾品ではあるがその存在だけで国をいくつか落とせるとも噂される。
「よく死ななかったな」
まさにその一言に尽きるだろう。 その力の強さゆえに各国で一つずつ保管するよう厳しく規定を決め厳重な結界の中で静かに眠る幻の宝飾シリーズだ。
もちろん、その一つはこのカシュワーナにも眠っている。
「さすがにあれをまともに使われたら死ぬわよ。 だからちょっと小細工して叩きかえしといたわ。 いまごろ、あっちが死んでるかもしれないわね」
「それじゃあ不完全な呪いを受けてそのザマというわけか。 ふーん。……ファイ」
「はい」
「メリアの幼女化は段階を踏んだか」
「……はい」
「なにそれ私初めて聞いたんだけど」
「そうかそうか」
「ちょっと? ファイ?どうしてそういう大事なことを私に言わないのよ。 貴方のそのおーざっぱなところーーーーー」
メリアの長そうなお小言が始まりそうであったが、それはアマデウスの一笑に止められる。
「うむ。 心当たりはある。 というか当たりが付いた。 禁書庫に文献が残っているから取ってきてやろう」
「え、禁書庫って……」
彼女の言葉は最後まで聞かれず、アマデウスは執務室を出て行った。
カシュワーナ王国における禁書庫といえば国の淀んだ歴史書から機密文書といった文献もさることながら、何より注目されるのは古文書の数々だろう。
古文書といってもただの本ではなく、魔道書。 はるか昔、旧統一帝亜紀と呼ばれる頃の古い呪文や魔法の起源が記された本が残されているという。
魔法を極めようとするものなら誰もが喉から手が出るほどに欲しがる貴重な記録ではあるが、その多くが禁呪と呼ばれ扱うことは許されずこの先陽の光を浴びることすらない。そのため、ほとんどおとぎ話のように語り継がれるーーそれが禁書庫だ。
滅多なことでは開かれず、国内で中に入る権限を許されるのは国王と特殊に許可を得た者だけ。 入るにはいくつもの鍵と他方からの承認を必要とする。
さて、そんなところに眠る本の中からアマデウスは当たりをつけたと言った。それはつまり、
「あいつ学院で私一人倒すために禁書庫を漁ったってこと…? 大バカ者じゃない……」
実はアマデウスとメリアは魔法学院に通っていた時期が被っており、2人の争いは今でも一部伝説として語り継がれている。
日々お互いに切磋琢磨ーーといえば聞こえはいいが、お互いに殺し合わない程度の殺し合いを繰り広げる関係であった。
今となってはギリギリ笑い話になるが2人とも五体満足で生きているのが不思議な諍いを起こしていたため上司と部下と言うよりは戦友のような関係に収まっているらしい。
ちなみに、学院時代のアマデウスは皇子という立場であったので禁書庫に入るのも今よりはよっぽど苦労したはずだ。
「まあでも、禁書庫の本が見れるなんて少し得したと思えばーーー」
メリアの言葉が続けられるはずが、何故か部屋の空気にピリリとした緊張が走り、彼女は口を閉ざす。
「なに……ファイ?」
部屋の緊張はファイの警戒によるものだ。 フィオニアはそんな2人の様子に首を掲げている。
「何か、くる」
「は?」
直後、一際大きな爆発音が王宮に鳴り響いた。
「な……」
爆発の振動は執務室にも響き、王宮内にも混乱が走る。
「どこ?」
「禁書庫だ」
「はぁ!? 転移して! フィオニア様、アマデウスはなんとかするからあとはお願いね」
「はい。 お願いいたします!」
王に仕える魔法士と騎士は、冷静な判断の下、その部屋から離脱した。