02
ーーー星の瞬く空の下、三つの影が交差する。
「……メリア」
「うっ……殺気立ち、すぎ。 殺さな、いでよ」
呪いの効果なのか、ガタガタと腕の中で震える妻の姿に男は少し殺気を抑えようとするが、上空でニタリと笑う男を見て先ほどよりも殺意を抱いた。
「少し待っていろ」
「うーー。 少しは、言うこと聞きなさいばか犬……」
そっと横たえられたメリアは意識を飛ばし、直後、男ーーファイエンヒは上空へ飛翔、エブロに向けて一閃を投じた。
「く……精霊騎士め! 覚えていろ!」
メリアが一度突き刺し、ファイが握る剣は確かにエブロにダメージを与えたはずだがそれでもエブロを殺し尽くすには至らなかったらしい。ーー精霊を殺せる剣を持ってもしても、ということだ。
血みどろのエブロはふらつきながらも魔法陣を展開し、夜の帳に姿を消した。
ファイは虚空を睨みつけるもすぐにメリアの元へ戻り彼女の無事を確認するが、メリアのまぶたは固く閉じられ今にも死にそうなほど青白くなっている。
「くそっ!」
魔法の心得がないファイには彼女に何が起こっているのかを詳しく理解することはできない。だから、なんとか精霊を使役して彼女の生命を維持し続けることだけに専念した。
愛しい彼女を自分から奪ってくれるなと強く願いながら、彼女を優秀な魔法使いの揃う宮廷へ運んだのだった。
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ふっと目を開けて飛び込んできたのはいつものように彼女の旦那様、だがいつもとは違い深刻な目をして彼女の顔を凝視している。
「……ファイ」
ーーかけた声がいつもより高い気がする。 ああそうだ、私は呪いを受けて、それから…
「メリア!」
ひどく憔悴した様子のファイに彼女はその手を伸ばす。彼は美しい紫紺の瞳に涙を浮かべてその小さな手に擦り寄った。
「なんで、そんな痩せてるのよ」
「生きた心地がしなかった…。 君がいないと俺は生きていけないから」
「重い。 というか、いま、いつ? あとここ……王宮? 何がどうなってるの?」
彼女の問いにファイは真面目な顔をして、空いていた手でメリアの頰を撫でる。そしてその手は首筋をなぞり肩をすり落ちて彼女の腰を抱いた。
「ちょっと、急に抱き上げな……。……?」
ーーおかしい。
何が、とは明確に出てこない。ただ、違和感、強い違和感がメリアに宿る。
いやに波打つ心臓の音を聞きながら、頭が働かず、ファイの動きが止まって顔を上げ、そして、思考が止まった。
鏡に映るのは良く見知った旦那様に抱きかかえられた幼子の姿だ。
黒い長髪に切り揃えられた前髪、パッチリと開いた瞳は黄金を宿し、纏う黒の寝着が白磁の肌を際立たせる。まさに、絶世の美少女。
ひたりと背筋に冷や汗が走るメリアだが、なんとか口を開いて言葉を発する。
「とても、見覚えのある子どもね……」
「愛らしいな」
「……」
使い物にならなそうな旦那はさておき、もしかして、という淡い希望は打ち砕かれた。鏡に映る少女の動きは寸分たがわず自分と同期していてそれはつまりーーー
「なんで私が子どもになっているのよ!!」
ーーーそういうことを意味するのだから。
ファイの腕から降りて鏡に張り付けばますます事態の深刻さを突きつけられるようでだらだらと嫌な汗ばかり流れ出す。
「な、ない……」
身長もなければ胸もない、ちんちくりんの自分の姿に彼女はついに膝をついて静止する。
「大丈夫だろう。 十分かわいい」
「そっ…んなことわかってるわよ! でも、これじゃあ美しさ4割減よ!? ありえない…ありえないわ…。 それに、仕事もできないし…ああもう、最悪…」
「俺は構わない」
「かまいなさい! 魔法が使えない魔法士なんてありえな……」
自分で言葉を放っておきながら、愛らしい口ははくりと言葉を失った。 ほとんど無意識のまま出した言葉だが、今彼女は確かに他でもない自分の口で「魔法が使えない」と言ったのだ。
「魔法が使えないですって?」
「使えないのか」
ファイもその事実は知らなかったらしく、聞き返してくるがその口調は平坦だ。
ファイの問いかけにメリアは答えることなく胸の前に両の手の平を開いて魔法を展開しーーー
「ッメリア!!」
「きゃあ!!」
魔法は発現する前にファイによって打ち消された。
彼女が展開しようとしたのは初歩的な風の魔法だ。通常であればそよ風が起こる程度の魔法が現れるはずであったが、魔法は暴走しかけ危うくメリアの腕が木っ端微塵に……という惨状になりかけた。
魔法使いの使う魔法は精霊の干渉を受けると消えることがほとんどなため、ファイのおかげで悲惨な結末は避けられたわけだが、
「これは確かに、使えないわ……」
「? 何がおきた」
ファイは魔法の心得がないため反射的に暴走を止めただけで暴走という原理は理解していない。
「魔力が安定しない…。 自覚すると酷いわこれ……。 自分の魔力で酔う…おぇ。 ファイ、私の宝飾いくつかもってきてー」
ふにゃりと床に溶けるような姿になってしまったメリアを抱え直し、数分後にはメリアの宝飾が精霊によって部屋に運ばれる。
耳飾りや首飾り、指輪をいくつかつけると多少楽になったらしくやっと落ち着くことができた。
「こんな呪い早く解いてやる…」
「可愛らしいのに」
「さっきからそればっかりね。 幼女趣味だったの?」
「いや、俺も知らなかったが……。 いや、俺がいないと何もできない君がいいのか?」
「……。 何もできない私なんて私じゃないでしょう」
「たとえ魔法が使えなくても、たとえ幼子の姿であっても君は君だ。 俺は、君さえいればそれでいい」
なんだか話の方向が怪しくなってきた。このままだと軟禁されそうな、そんな危ない匂いを感じるメリア。心なしかファイの瞳が濁って見えてきた。
珍しい微笑みの表情ももはやホラーだ。
「貴方が困らなくても私が困るの。 今更魔法が使えない生活なんてしたくないし、仕事できないし……」
「辞めても困ることはないだろう」
「貴方さっきから私のこと囲おうとしてる?」
「……」
無言の肯定ということらしい。
「はぁ……。 じゃあ言うけど、この姿のままじゃ私に手出せないからね!?」
「……」
さっきまで幼い姿のメリアを見て微笑んでいたファイだったがスンと真顔に戻り彼女の肩をつかんだ。
「戻す方法を探そう」
「よろしい。 それじゃあまずはアマデウスのとこにいきましょう。……気は進まないけど。 絶対笑われるわ……チッ」
「ああ。 陛下は午前中公務をしていらっしゃるから、午後に……」
「ダウト。 だいいち、こうむなんてあの男が真面目にやるわけないでしょうに。 なんで無駄にウソつくのよ」
「…ダメ、か?」
「真意は?」
「君を愛でたい」
真面目な顔で、真面目な声でひどく扇情的な熱い目をして告白した旦那様に一言。
「ダメに決まってるだろばか犬」