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愛のカタチ  作者: 夕崎まほろ
<本編>
3/56

深夜の考え事

 社交の疲れが取れない重い体をベッドに横たえて、アイリスは小さくため息をついた。

 この広いベッドは本来は二人で寝るためのものだが、今日は隣にあるべき体温がない。理由は言わずもがな、深夜になってこの屋敷を訪れたエヴァンとともに、離れにある一室に籠っているからだ。 この屋敷ではよく見られる光景に、使用人たちも慣れた様子で動いていた。客人に挨拶もせずにこの部屋に引っ込んだアイリスに代わってクリストハルトとエヴァンに女主人が出てこない適当な理由を報告し、アイリスに翌日の朝食を部屋に運ぶ確認をし、手早く寝る支度を整える。あとはそっとしておいてくれるので、とても気が楽だった。

 深夜に他人の家を訪うというのは本来なら失礼な行為として眉をしかめられるが、エヴァンは特別だ。彼はこの屋敷で、主人と女主人の次に敬われるべき人物として扱われている。クリストハルトが出入りを禁じた部屋以外は自由に出入りが可能だし、この屋敷の使用人を彼自身のために使うこともある程度は許されているのだ。

 —それは、エヴァンがクリストハルトの恋人だから。

 それは、この屋敷以外で決して明かされてはいけない、最大の秘密だ。

 実際に彼らの身のまわりの世話をしているのは執事などの上級使用人だが、そもそも屋敷内ではほとんど隠されていないため、下級の使用人でも知っている。屋敷にエヴァンが訪れるたびに、奥様はおかわいそうだと、あちらこちらでそんな囁きが聞こえてくるのがその証だ。そしてそれを聞くたびに、アイリスはやめてと叫び出したくなるのを必死でこらえていた。憐れまれるべきなのは、本当はエヴァンのほうだ。アイリスは、彼からクリストハルトを奪った卑怯者でしかない。

 世間からは忌避される対象である、男性同士の恋。そんな関係に陥ってしまった二人を守りたいと思ったかつての願いさえ忘れて、クリストハルトに愛されることを望んでしまったアイリスの愚かしさが、幼い頃から育まれてきた友情さえも壊してしまったのだ。

 もう二度と見られないであろう、エヴァンの優しい笑顔を想って、ため息をつく。

 ―いったい、いつから私たちは変わってしまったのだろう。

 子供の頃は、お互いが大好きなだけだった。アイリスと、兄のジェイソンと、クリストハルトと、エヴァン。その四人で、よく遊んだものだ。

 やがて少年たちが学園へ通うようになり、アイリスはほとんど彼らとは会えなくなってしまった。寂しかったけれど、アイリスも勉強で忙しく、すぐに慣れてしまったように思う。それでも、手紙のやり取りはしていたし、たまになら会うことができた。

 そこでエヴァンとクリストハルトの関係に気づけたのは、幼馴染という下地があったのと、女の勘がはたらいたからだろう、と思っている。両方が揃っていなければ気づかないくらいには、二人はうまく周囲を欺いていた。アイリスでさえ、決定的な場面を目撃するまでは、可能性の範囲内に留めていたくらいだ。

 同性愛が忌避されるこの国において、彼らの関係はあまりにも異端だった。明るみにされればその時点で彼らの名誉は地に落ちる。アイリスにもその考えは深く根付いていて、実際、彼ら以外がその関係であれば嫌悪感に身震いしたことだろう。密かに恋していたクリストハルトがエヴァンを愛していたというのは複雑だけど、クリストハルトがエヴァンに惹かれたのも、エヴァンがクリストハルトに惹かれたのもよく分かってしまうからこそ、その関係を否定することはできなかった。

 だから、アイリスは提案した。

 クリストハルトはエヴァンとの関係を続けるかわりに、アイリスと結婚する。独身の男性がお互いの家を行き来するよりは問題が少ないだろう、と。

 当初、難色を示した二人だったけれど、アイリスの説得により、最終的には折れた。しきたり通り、クリストハルトの生家であるヘインズ家からアイリスの生家であるウィートリ-家に結婚の申し込みがなされ、その翌年に二人は夫婦になった。結婚の申し込みをされたとき、周囲の人はもちろん、家族にまでどんな手を使ったんだ、と問い詰められたことを思い出す。

 ―あの頃はまだ、こんなふうじゃなかった。

 複雑ではあったけれど、アイリスも素直に二人の関係を祝福できたし、エヴァンと顔を合わせるのも苦ではなかった。明るい若葉色が申し訳なさそうに翳るのを、不思議に思っていたくらいだ。公認なのだから、もっと堂々としていればいいのに、と。

 けれど、結婚して時間が経つにつれて、だんだんと彼らが二人でいるのを見ると苦しくなるようになった。ときどき訪れるエヴァンを夫婦で出迎えることがなくなり、翌日の朝食は部屋に運んでもらうようになった。そのことについて二人が特に何も言わないことが、余計にアイリスを惨めな気分にさせた。

 きっと、欲が出てしまったのだ。

 エヴァンがいるとき以外は、本当に大切にしてもらっている。朝食と晩餐は、どうしても出られないときを除いて必ず同席してくれたし、夜に二人で過ごす時間をとってくれる。お茶を飲みながら、たわいもない話を真剣に聞いてくれるクリストハルトに、アイリスは本気で恋をしてしまっていた。

 決して叶わないと、分かっていたはずだった。アイリスに優しくしてくれるのも、幼馴染ゆえの愛情と、エヴァンとの関係を容認させている罪悪感からだろう。後者については、相手の性別が違うだけで、他のどの貴族でも同じようなものなのだから、何も気にする必要はないのに。そういう律儀なところに、また惹かれてしまう。

 そんなふうにつらつらと考えて、眠れない夜を過ごしたのが祟ったのだろうか。

 翌朝、アイリスは熱を出した。


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