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第三話 五月の雨

お食事中にはふさわしくないwww部分がありますので、十分にご注意の上お読み下さい〜〜

五月の中旬


正確には到着の翌日から艦内の整備と記録がはじまり、新たな艦艇に乗り込む兵員が補充された

その翌日には記録簿調整、開くことなく次々としたくされて行く艦内

これから現実の世界で軍艦として生きるための初めの準備は足早に行われた

真新しいにおいを残す三笠艦の中に持ち込まれる、使い込まれた機材達

幾度もの使用の果てに消耗されるもの達だが、おしむように補修を行い使われる器具はどれも機械油の混ざったぬるく鼻をつく香りだが、海軍に籍を置く者達にはなくてはなら慣れた香り


三笠はそれらを見ながら自分がただの新しいばかりのお飾り艦ではなく、砕け散るまで戦うための戦船である事を実感した


慌ただしい準備の期間を終え今日は雨の続く海にこぎ出ていた。横須賀鎮守府を出て太平洋側沿岸にて艦隊行動の訓練に入った事で実感はさらに加速した

雨が続くと言う事は時化た海に入るという事だ

通常の訓練に比べるまでもなく、動力が帆走でないとしても危険のつきまとうものである

なのに人は危険の海に自分を走らせる


濡れる我が身を省みることなく進む訓練の先にあるものを想えば、それが当然のことなのだと理解せざる得ない

刻一刻と迫っている戦いの予兆。望むことでなくても迫る危機感、大国ロシアの圧力


そういう焦燥感が三笠を支配していたこの頃

出そろわなかった最初の挨拶を各人を巡って交わす事など無意味に思えていた


「ただひたすらに、課されている使命のために走る」

それだけが三笠の目標になり始めていた

それが、司令旗艦になる者としては知恵足らずな事だと解っていても、まず自分がそうしなければ行けないのではと考えてしまう程に


帝国海軍の艦魂達は疲労の色を濃くしていたからだ


最初に顔合わせをした時からあった違和感の姿が、雨の波間を割って明確な形となったのはこの頃だった


イギリスから来た三笠の姉妹達である朝日、初瀬それなりに機能していたし

艦隊運動に支障を来すような者はいなかったが、無言の訓練と帰港後の沈黙

荒海を並ぶ単縦陣の訓練などは息を合わせる達節な訓練であるにも関わらず、誰も声を挙げない沈黙の並び


もちろん松島達は前の戦いにおいても精密なる単縦陣を実行したという実績がある事を思えば、速度の遅い訓練とはいえ若輩の三笠があれこれ言う事でないのもわかる

だが、それでも人がやり過ごしがないようにと気を張る演習にて音沙汰のない訓練は違和感でしかない


さらにその思いを強く感じたのは、誰も自艦の艦首に立たない事


最初は訓練と割り切っているからそうなのかと考えたが

訓練であっても、人と息を合わせるという意味では外に立つべきと考えていた三笠にとってあまりに不自然な姿にしか見えなかった


そして帰港の途につく時に見られる疲れた顔

松島、橋立などの暗い表情

千代田に吉野も演習が終わってやっと外にでる彼女たちの共通する表情にあるものは心労?


誰もが噂され続ける戦いの緊縛に疲れ始めていた


上がり続ける兵達の士気とは別に

下がり続ける艦魂達の意志


「人」と「艦魂」見ることも合わさる事もない二つの境界線の狭間


どこかチグハグな帝国海軍

それでも訓練を怠る訳にはいかない、ならば自分が前向きである姿をみせるしかない

今はまだ大きな事を言えない身であると考えた上での行動


そんな悩みの中で、雨の上がった赤い空の下、静かな波を黒色の軍艦三笠は切るように走っていた



内示



その日は変わらぬ雨の午前だった

演習にでるために慌ただしく動く港、曳舟達は声を挙げて艦体を沖に向ける作業を開始していた

水面を打つ雨粒は大きく、三笠の手のひらで弾けていた

その手を何度か開き閉じを繰り返し決意を新たにする近いを胸に刻む


この日、三笠には既に来る年に向かって連合艦隊旗艦とすという通達が入っていた

常備艦体の一軍ではなく、多くの艦艇を取り纏める日本帝国海軍の頂点の艦としての責務が下されたことで三笠はある決意をしていた


「今日からは引き締めてかかるぞ」


何度か動かして手のひら、満ちた雨水を旨に叩きつけると同じように港を出る準備をし、沖に進んでゆく松島達の姿を見つめた


「人」の決める艦隊人事は艦魂たちにとっても大事である

これまで清国との戦で全面を戦った旗艦である松島達が下がり、本格的にイギリス製の艦艇を全面に押し出した第一艦隊が新たに編成される事になる

松島はすでに第一線を退き、常備艦隊においても一線旗艦になる事はなかったがそれでも帝国を護る一軍の将である事には変わりない


三笠の使命はこれらに帝国の意志をしっかりと伝播させておくことにもある

わかっている事だが基本から

イギリスで、進水してから向こう学んだ大英帝国海軍のあり方を一からたたき込む事で帝国海軍の基礎をたたき直そうという決意に満ちていた

今までは若輩と遠慮したが今日からは


「はっきりと言う、みんな前に立って艦を支える者として…」


決意によって程度の衝突は覚悟していた三笠だっが、この決意によって生涯を決定づける友と出会うことになるとは考えていなかった




視界を曇らせた五月の雨(仮)第一艦隊は編成訓練を続けていた

夜半から降り続いた雨は思ったほど波を泡立たせる事なく優しい霧雨の中を手旗と目視

旗と新技術である無線機などを小分けに使っての艦隊運動を続けていた

横殴り雨が降ろうと露天環境に立ち指示を飛ばす士官達、手旗を振り、旗を揚げあらゆる方法を使うが、緩く霧のように振る雨のせいで白く曇る視界では低速の艦隊運動しか出来ない

さらに声を張り上げる、その姿を三笠は見つめてた


「人はこんなに努力しているのだ」


たゆまぬ努力しかない今の現状、今日も誰一人として艦首に立たない仲間を見るに苛だ立ちは募っていた

その思いは今まで艦首に立つことのなかった仲間を堕落しているという風に見る事しか出来なくなっていた

朝から続いた雨が上がり

昼過ぎ横須賀に戻るところで事件は起こった




三笠はあらゆる技術で通信の手だてを探求する日本軍の熱心さに感心しながらも

反するように停滞を守り続ける第一艦隊の面子の士気をどうして上げたらいいものかと主砲の前に座り込み考え込んでいた


「ちょっと」


濡れた甲板の上、同じく髪まで濡らしたまま背中を丸め己の内に没頭していた姿に声が掛かった


その声は幼い

軍艦に不似合いな声の主に三笠は誰がココに来たのかを理解していた

「プリンセス」

例の帝国領内に到着とともにスッパ(素っ裸)したという有名人の彼女には最初に横須賀にきた日から三日後にすれ違うような挨拶をしただけでいた

三笠のスケジュールは過密化していてそれ以来まともに会った事はなかったが一言の挨拶をした事で声は覚えていた


すぐさま腰を上げると振り返り即座に敬礼した

今はまだ拝命を得ていない三笠は彼女の部下に当たるからだ


「なんでありましょう」


敬礼の向こうに見えた姿、小さな固まりの彼女

帝国海軍の軍服を自分サイズに具現化しているのだから不似合いという事はないのだが

実際不似合いな姿

三笠の身丈が160センチを越えるとすれば彼女は140センチぐらい

まるで真新しく作られた陶器の肌が、ビスク.ドールのように見える

着せ替え人形がマスコット的に帝国海軍の制服を着ているようにしか見えないが

瞬きをする顔で生きた艦魂である事は確認できた

白銀の髪は柔らかくカールを描き,薄い水色の瞳はまん丸な目のまま睨みをきかせていた


「いつになったらわらわにちゃんとした挨拶にくるの?」


人形ぜんとした白い頬をふくらませた彼女は顎上げののポーズで三笠を指差していた


挨拶

最初に入港した三日後に彼女は演習から帰ってきた

ずいぶんと疲れた様子だった事で、すれ違うように挨拶を交わしただけで自己紹介も出来ていなかったのは事実

だがあれから何度も一緒に演習に出ているのに今までは何も言ってはこなかった

松島、橋立が共にでる日には厳島は出ない、港にとどまっている

だから今日が初めて合同の演習になっていた

理由は三等海防艦である比叡が大湊に出来た水雷団への視察に出たからだ


元々速度の遅いフランス艦艇と、雨の中での演習なのでそれ程艦艇の大きさは関係なかった

それにしてもいくらでも挨拶を交わす自艦はあったのでは?

そう思いながらもとりあえず三笠は相手が先輩である事を立てて


「申し訳ありませんでした!!私はこのたびイギリスより大日本帝国海軍に身を置く事になりました三笠であります!!」


礼儀を守った

最初の挨拶は絶対に大切でそれを、し損なっていた事実を自分で認めていた

容姿が幼くても前の戦役を戦った姉には変わりない

誰にしたのとも劣らぬ敬礼の姿に「プリンセス」は満足したように

ツンと笑みを浮かべると


「よろしいわ!でも本当なら自分で挨拶にくるものよ!!」


敬礼の手を挙げたままの三笠に近づいた


「今から妾の名前を教えてあげるから聞いたら確認の復唱をしなさい!!」

「ハッ!」


今更の新兵教育、眉をしかめて自分の前を歩く小さな彼女が求めているものが今いち見えないままも返事する

既に帝国海軍全艦艇の名を暗記している三笠の前で、何故に今更な事だっが退屈しのぎにはなるかと締まらぬ顔で自分の前を歩く小さな物体を見た

そんな三笠の態度は気にもとめない彼女は、大きく息を吸うと甲高い声で名乗った


「妾の名はイチュクシマ!!」

「イチュクシマ?」


勢いよく発された名前は明らかに噛んでいた

そして本人も焦った顔になっていたが、噛んだままの名前を疑問符付きで復唱した三笠を睨むと


「違う!!!高貴なる妾の名前を間違って復唱するとは何事!!!」

小さな手を振り上げ真っ赤な顔で怒鳴った

「たわけもの!!もう一度言うからちゃんと復唱しなさい!!!」

「ハッ…」


この小さな物体が自分のミスに大いに焦っているのが見た目からにしてわかった

三笠は返事をしながらも、艦隊行動での帰投中のこの出来事にどうしたものか?と首を傾げ、おかしいのではというゼスチャーをしてみせたが


そんな思案の顔を知らぬふりの彼女は

自分を落ち着かせるように改めて深呼吸をし言葉を発した


「妾の名前はイチキシマ!!!」


見事に噛んだ

勢い目をつむり自分に言い聞かすように叫んだ名前は思い切り噛んでいる

気まずい沈黙、怒濤の汗と真っ赤な顔


「イチキシマ…?」

耐え難い沈黙に相手の顔を伺いながら三笠は聞いた

フルフルと揺れる拳を振り上げ爆発的反論


「たわけ!!!一度ならずも二度も!!妾の名前を間違えるとは何事!!!無礼千万であるぅ!!!」


おもちゃの人形の手がグルグル回るように怒りを表した彼女は三笠の顔を指差し

一人であたふたした中で色々なものにぶつかっていた


「良く聞きなさい!!!妾の名前は」

「イ・ツ・ク・シ・マ!!」


名前を詠唱したのは彼女では無かった抱きかかえるように口を塞いだ松島は光の輪から現れて

二人の間に割ってはいると妹に向かって


「イツクシマ、そうよね!!そう言いたかったのよね!!」


真っ赤な顔になった厳島に真剣な顔でダメと注意

そのまま振り返って

「ごめんなさい三笠、この子ちょっと」

「なにするの!!妾が話しをしているのに無礼だわ!!!」


姉の手の中で地団駄踏む厳島は三笠を指差してさっきよりもさらに赤くなった顔で暴れた

「だいたい!!貴女が妾のところに挨拶にこないからこんな事になってしまったのよ!!」


わめく姿はまるで子供

松島に抱えられて手どころか足までばたつかせた姿は見苦しい事この上ない

そんな

騒ぎに気がついた艦隊の艦魂達も集まって来ている中で厳島が黙る気配がない


「ちょっと厳島!!静かにしなさいってば」

松島の手から離れようと大暴れの厳島のまわり、浪速に千代田が子供をあやすように寄る

遠巻きに騒然とした甲板の上を見つめる朝日と初瀬


「プリンセス!!自己紹介が終わったんならもういいでしょ!艦に戻ろう!!」

「そうだよ、早く返った方がいいよ」



「いいかげんしろ!!」


騒然とした甲板に並ぶ艦魂達に三笠は遠慮なく怒鳴りつけた

大きく振りかぶった拳を自艦の砲塔に音高く叩きつけ


「なんたる失態だ!!艦隊行動の演習が終わったとはいえ横須賀に戻るまでが任務!!その今、揃いもそろって自艦を離れるなど!!」


あまりにも稚拙な騒ぎ

「帝国」を語る海軍艦魂達が演習の最中に自己紹介を廻っての乱痴気騒ぎは三笠の目に許し難いものだった

演習には誰も声を出す事もなく

ただでさえ士気の低く

魂としての錬度を測るまでもない面子は恫喝に固まってしまった


「たかだか挨拶の是非ぐらいでみんな揃って大騒ぎとは恥を知れ!!」


そこまで怒鳴ると今度は静かな中に威圧感のこもった声で

固まったメンバーに向かって歩を進めながら


「整列…」


尖りつり上がった睨む目の前

松島をはじめ、遠くで見ていた姉でもある初瀬に朝日、軽口を叩いていた浪速もみんな文句の一つも出ないまま甲板に並んだが

松島の手から離れた厳島は興奮で顔を赤くしたまま三笠を睨むように斜に構えている


「挨拶や自己紹介が大切ならば港に返った時に十分にすれば良いことだ。違うか?」


唸るように低い声


「そういう大事な事を鎮守府に戻って話し合えば良いはずだ。なのにこんなところで見苦しくも」


三笠の中で大きくなっている責務。すでに旗艦になるという心構え

ココにくるまでの間に蓄積した世界の情報、こんな悠長に艦隊演習をしている場合ではないほど切迫した中にあって覇気少ない帝国海軍の艦魂

そもそも演習の時に艦艇の上に立っている者の少なさに呆れていたところに来て

この騒ぎ


やる気がないのに、つまらない事には一生懸命のメンバーに堪忍袋の緒が切れた状態だった


「まともに演習も出来ないのに、相手の名前を知る必要などあるのか?」


仲間を意識したいのであればもっと演習にも力を入れて熱心である事が大切であると三笠は考え、その事をココで話した

みんな一応に申し訳なさそうに頭を垂れる。松島と橋立は背けるように俯いたまま年長の姉達までもがしなだれ情けなく見える


静まって波音しか聞こえなくなった所に

只一人違う者がいた


「何偉そうに言ってんのよ!!そもそもは貴女が妾に挨拶しなかった事が問題にゃんだわ!!」


小さな手が顔を極限まで真っ赤にしたまま叫んだ

そのままブンブンと手を振り裏返った声で


「まともに演習がしたひんだったりゃ、礼を守ってきちんと挨拶にきにゃさいぃ!!」


真っ赤な顔は怒りが行きすぎてしまったのかフラフラしながら何故か呂律まで回っていないなうえに目を回して三笠を怒鳴った


そして

怒鳴られた三笠は堪忍袋の切れた緒に火を着けられた

だいたい挨拶一つの事で何日もたった今更罵倒を受ける言われがない

絶頂の怒りは

厳島と変わらぬぐらい顔を真っ赤に染めると、勢いよく足音も高く走り

小さな体の肩をがっちりと掴まえて睨みつけたまま襟首を持って掴み上げた


「やめて!!三笠!!」


二回りも体の大きさが違う三笠に掴みあげられ足をブランと下げた状態になった厳島の姿に松島が制止の手を出した


「お願い止めて!!」


方をつかむ松島を右手が振り払う

今更それは聞けない「鉄拳制裁の中止」現在は海軍大臣になった山本権兵衛の命(命令)により海軍では施行されていたが


それが「必要」な時だってある


イギリス出身とはいえ三笠は根っからの調べたがりが高じて「海軍」及び「軍」のあり方を厳しく見つめていた

産まれたときから自分の使命を緊迫として纏っていた彼女にはココにいる艦魂の全てに緩くだらしなく広まっている堕落を止める使命がある


その為には時として拳に命令をたたき込む必要性があると、即時に理解した


スマートな方法で全てが解決するのならそれに越したことはないがココは旧来あった方法で相手に「軍人」である事をたたき込む必要があると判断していた


「軍人たらんとす覚悟が無いな」

つり上げた厳島ののど輪に力を入れる、相手の首を締め上げ息を止めんが勢いで


「うるひゃいぃぃ!!」


それ程に力の差を見せつけられても彼女の罵声は止まらない

引き上げられたままの状態でも反抗を口にし手足をばたつかせる厳島


「三笠ちゃん!!やめなって!!」


浪速は慌て過ぎて、公私混同な言葉が出る程に必死に右手を押さえようとするが


「三笠!!ダメよ!!プリンセスを下ろして!!早く!!」


姉の朝日までもが泡を食う姿に三笠の決意はより強固に固まった

規則を守れない者を擁護する

姿形が幼いからといって


こんな気持ちの悪い仲間意識がこの帝国海軍をダメにしていると



「修正する!!!」


左手一本に厳島を掲げ右手を大きく振りかぶった

その瞬間

三笠の前に滝が流れた


見上げた顔に向かってこぼれ落ちるもの

掲げられた手の中、既に失神寸前のままだらしなく開かれた厳島の口からあふれ出たものは


「はわぁ!!!」

驚きと共に高く挙げていた厳島を下ろした、彼女の顔は真っ青で

そして口から泡と汚物が


「わちゃ!!やっぱ吐いた!!」

整列から飛び出し三笠の隣に立っていた浪速は絶句した

フラフラになりながら、どす黒い緞帳を下ろし色を塗り替えたような顔色になった厳島は涙と一緒にさらに吐く


「あんひゃがわりゅいぃぃ」


吐きながら泣きながら驚愕の姿に目をかっぴらいた三笠の前、倒れそうに成りながらも反抗の言葉を飛ばすが、もはや何語かワカラナイ状態


「あんひゃなにゅか」


「厳島!!こっち!!」

松島は慌てて妹の手を引くと波被りの近くまで彼女を抱えて走った

三笠はばっちり髪から顔面からと全体にその全てを被った状態で笑うに笑えない引きつった表情でその背中を見る


「三笠、だから言ったのに」

「何で、吐く?」


胸ポケットからハンケチを出した朝日はどっぷりと被った汚物の髪を払いながら


「プリンセスは自分の艦以外に乗ると「船酔い」しちゃうの」


三笠の頭の中が真っ白になった

「艦魂なのに…船酔い…?」


この時代、艦魂は自分の艦と仲間と認識し合った艦にしか足を下ろすことが出来ないと信じていた(後に艦艇の近場と「軍事」の基地で日章旗のある場所は降りられる事に気がつくが、この頃は徹底してこの範囲だった)


「だから三笠ちゃんに会いに来てほしかったんよ。プリンセスは無理してココまで飛んできたんだなぁ」


浪速は松島に背中をさすられて未だ吐き続ける小さな背中を見ながら

反対甲板に尻餅をついた三笠に説明した


自分の艦以外に乗ったら船酔いしてしまう厳島は停泊していてもその事を恐れていた

よほど波がなく、静かになっている時しか他人の艦に出向くことのない彼女は

最初の三笠との挨拶がズルズルと遅れてしまい、さらに合同の演習に入ってまで知らぬ顔をするのはイヤで自分から「覚悟を決めて」会いにきたのだった


「悪気はなかったんだよ。ただ思い込んだらで突然飛んできちゃったけど、本当に三笠ちゃんと挨拶をしたかっただけなんだよプリンセスは」


怒りの頂点で真っ赤に燃え上がっていた三笠の心はすでに水面下スレスレのところまでテンションを落としていた

浪速のする丁寧な説明で自分が行きすぎな程に怒って事が恥ずかしくなった


「わかった」


ただそう言うと朝日に髪を払われ続けた

目の前真っ青な顔のまま松島に連れられて行く厳島

忘れる事の出来ない自己紹介に三笠はただ呆然と横須賀までの帰路に就いていた





鎮守府に着いた三笠は

ボイラーの火を落とす前、十分に暖まった海水をたらいに一杯に満たしていた

常に清潔さを心がけてきたシーマンシップの象徴である帝国海軍の制服は薫り高い濁流にやられてしまったため洗濯を必要としていた


艦魂であるため本来ならそんな事は必要ないのだが…

さすがあの汚水を被った物を、そのまま力でキレイに出来るとは思いたくなかった

塩水であっても一度はキレイに磨き後は自分の力で(艦魂の力)で磨き上げようと決め

制服を脱ぎ

さらしと褌姿で湯につかっていた


ココに来る前の下着はドロワだったが、タイトロングのスカートである帝国海軍の制服に合わせる事が難しかったため水兵が締めていた褌をまねた物を作ってみたのだが,これがなかなか機能的で気に入っていた

(ちなみにイギリス海軍はタータンチェックのフレアスカートなのでドロア着用がふさわしいとする)


「艦魂が、船酔い」


夕焼け空、明日は久しぶりに晴れるであろう空を疲れた目が湯につかった事でトロンとしたまま流れる雲を追った

穏やかな風と、夏に近づく海風

寒くはない季節に入るこの港を囲む新たな息吹の緑達にゆっくりと視線が動き


自艦から少し離れたところにいる厳島に目が止まる

今まで日本に来るまでの間色々な艦魂,船魂に出会ったが、船の魂なのに船酔いするヤツなど見たことがなかった



たらいの横に置いた酒を一口飲む

洗ったばかりの髪を手ぬぐいにくるみ鎮守府から距離のあるバースに係留されている仲間の艦艇を眺めた

誰一人として外に出ている者はいない


演習が終われば各々の部屋に引きこもってしまう仲間達

普通と言えば普通なのだが、窮しているからこそ日々の訓練などの反省会などもしたいと思う三笠の思いはまだまだ届きそうになかった


自己紹介さえまともに受け入れていない自分にどうして付いてこいなどと言えるのか

相手がどんな人物かも知りもしないのに命令だけ一人前に出そうとしていた自分を恥ずかしく思った


自分の事だけを考えていた事に反省し、何度も顔を洗った


「がんばらないと」


湾に浮かぶ艦艇の影


どこか頼りない帝国海軍


不安は誰の心にもあった「人」がやっきになって訓練を繰り返すのは不安を少しでも取り除きたいからだ

次にくる戦争は大きい

世論は簡単に「ロシア打つべし」と騒いでも,敵はそれだけじゃない

民衆に扇動された政治は巧くは行かない、インテリなものの考え方では目の前に迫った危機を脱する事はできない

そういう意味では大日本帝国の政府は正しく機能していた


「いかに戦争を回避するか、しかし武力を整える事に余念無し」


塩水とはいえ体の中に残った緊張をほぐす湯の中で自分にも「右手」と「左手」の使い分けが必要であると三笠は反省した

ただぶつかっていけば何かが変わるわけではない

そういう思いに気がつき、厳島を殴ろうとした右手を静かに見つめた


「…良かった…」


熱に蒸気した体、振り下ろすことのなかった手

凶行に進まなかった手を酒を注ごうと、たらいの外に伸ばした


「お酒が好きなのか?」


三笠の持ったどぶろく要の器に酒を注ぎながら話しかけたのは厳島だった

半裸で入浴をしていた三笠は焦ったが厳島は気にもとめない様子で小さな小鉢をだした


「お酒に合う、と思う」


小さな手にはちょっとばかり大きく見える小鉢

厳島もまだ衣替えに早い夏服に着替えた姿で座っていた

理由はおそらく三笠と同じで、自分の出した汚泥の滝で汚した制服を洗ったからだろう

色の白い頬も湯につかったのかホッコリした感じで、先ほどあった時より柔らかな表情


「ミンチ?」


差し出された小鉢を覗き込んだ三笠は、魚の光り物の部分を見て怪訝な顔をした

生で魚を食するなどという文化はそうそうない

イギリスで見ることのなかった食物にフォークは進みそうになかったが

あんな大事件の後にわざわざココまで飛んできた厳島を追い返す訳にもいかない


「なめろうって言うのよ、お酒にもご飯にもすごく合うわ」


鎮守府の湾内はすっかり凪いだ波になっていた

艦が揺れる事のない甲板の上で三笠は差し出された「初物」をフォークに乗せ口に運んだ


「うまい」


グロテスクな見立て

生肉のミンチを食せとはと思いつつ口に入れたものは三笠の予想に反して味噌とショウガのきいたほどよい海鮮

酒の進む風味に感嘆の声を挙げた


「うまい、驚いたよ」


うまさに頬をゆるませた三笠の顔に、厳島は自慢気な顎あげのポーズをとったが

すぐに背中を向けると


「今日は、ごめんなさい」


日本に来て初めての食に喜びのお礼を言おうとした三笠の前

背中を向けたままだが、両手を膝に制服にモジモジとさせながら厳島はうつ伏せた顔で謝った


「妾は他の艦にのると船酔いするのだけど…合わないまま舞鶴にいっちゃったらイヤだから」


三笠は七月に入れば戦争の緊張をさらに高めた現状の備えとして舞鶴に移る事になる

後一ヶ月程の期間しか横鎮にはいられない

厳島とはその間演習は多くても、それ故に波のある海の上では顔を合わせられないし、疲れた午後にも出られないという不安があった

だからきちんと顔を会わせておける可能性は低かった


他の艦だったら…そんなふうに自分との顔合わせを願ってくれただろうか?

三笠はいきなり突っ走りすぎた自分を省みた

自分だって進んで挨拶に回ったわけでもない、なのに司令艦になる事ばかりに重きを置き

大切最初の挨拶をおざなりにしていた事に

その間にも自分の所に来てくれる事を待っていた厳島、挨拶をしなくてはと飛び込んでくれた彼女


「いや、すまなかった私が挨拶に行くべきだった」


肩をさらに小さくすぼめて頭を下げた厳島に三笠は湯船から上がって背中に向かって頭を下げた


挨拶は大切な事

みんな海外からココにやってきた艦艇とその魂達

だからこそ、最初の挨拶は大切で、お互いをしる大事な窓口だったのに

殴ろうと振り上げた右手の拳、それを旨に叩きつけた


気恥ずかしそうに振り向いた厳島は

「妾は別に怒ってないから」


子供が機嫌を直すような仕草でプイと回る

「私も怒ってない」

そういうと仲直りの握手と手を伸ばした


「三笠が仲良くしたいなら握手したげるわ」

「仲良くしたい」


日暮れの中

大騒ぎだった一日を締めくくるように二人はやっと手をつないだ

この絆がやがて来る「戦」で大切なものであった事を確信する時がくる



後二年、時は夕闇と朝日が廻るように激しく日本を大戦へと流し続けていた

カセイウラバナダイアル〜〜〜厳島編〜〜〜



ちゃ〜〜す

すっかり外伝に邁進中のヒボシです

別に本伝から逃げてるわけじゃないですよ

「艦魂」の核心に迫って追い出しをくらうのがコワイから皆様の注意をよそにwww




って違いますよ!!!

本伝の方はかなり大事な箇所に来ているので

いつものような文字間違いやニュアンスの部分を何度も見直ししているのですが

こう

情報量が多すぎて




疲れてます



ふ〜〜〜




ところで厳島様事プリンセス!!

まだ

彼女がどおしてプリンセスと呼ばれているかは書いてませんがなんとなくわかりますよねwww

この艦魂

船酔いするという異常な設定をもって登場した彼女

彼女は、はっきりいうと自分勝手な人なんですがそれ故にみんなが忘れていたものをもっている人です


本伝の方にはいなかったキャラなので結構たのしんで書いてます


この厳島様、プラモがね

ものすごく可愛いんですよ

小さくて

『おおすみ』には二隻乗っちゃう



でもね

こんな小さな船で日本を守ろうって戦ってくれたんだと思うと

も〜〜愛おしくてwww


そんな思いを爆発させながら邁進中の外伝!!

5話では終わらない予感だけど(ヲイ)

10話までには決着がつけられるようにがんばります!!


それではまた



ウラバナダイヤルでお会いしましょ〜〜〜

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