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第二十五話 刃の風

3月から久しぶりの外伝〜〜

やっと少しずつ話がまとまりだしたので、しばらくは続けて書けるといいなぁと思ってます!!

「これは?どういう事ですか?」


敷島との会話を終え、転移の作る光の滝から姿を現した金剛は目の前に広げられた光景に口を硬くへの字に曲げて敬礼した


先ほどま腹を割った仲である敷島との会話を楽しんだ彼女にとって、戻ったココにある光景は苛立ちを覚えさせるに十分なものだった

初瀬艦甲板に広げられた景色

澄み切った空の上、くっきりと輪郭を現した月明かりの下には見えたのは、大宴会参加の魂達が見せただらしのない姿


足を投げだし鼻提灯を浮かべている者が甲板に大の字になって眠っている曳舟達に、割り座のまま笑顔で飲み続けている者、広げられた写真に奇声のような意見交換をしている交通線舟魂

とても帝国を代表する戦艦の上にあって良い光景とは言い難いもので、硬度高き魂の額に破砕の亀裂を深く刻ませる程の不始末


目の前の状況に躊躇無く「気を付け」の固まりを声として喉奥にふくらませた金剛に、緩い声が掛かったのは見事に怒りのボルテージ頂点の時を抑えた

膝に大きな本をラッコのように抱えた初瀬は、頬から首筋付近までを赤くした顔で

尖った目元を丸くする程にお酒に身を任せた笑顔で手を振った


「おかえり〜〜金剛ちゃん〜〜お使いありがとね〜〜」


完全に酔っぱらっているという声色ではなかったが、戻ってきた金剛の顔色に困惑しか浮かばせるには十分な姿

大佐という役職を持つ者の許しがあるとはいえ、ここまで乱れた泥酔姿を月明かりの下にさらすのはいかがなものかと、ましてや鎮守府という国土防衛の要である港の仲で。

鋭角に尖った輪郭の中、目の玉だけでまわりを一巡させた

だらしなさを許さない視線は戻ると、目の前に座る宴会主に敬礼をしたままで聞いた


「どうなっているのですか?」

不機嫌をけして隠さない彼女の手厳しい声の前で、緩んだ唇は宙に浮くような声を響かす

状況報告などなんのそので


「演習が長かったでしょ!!やっとのお休みだから、みんな無礼講で宴会ですよ〜〜〜」


それはわかっていた。しぶく頷く顔に軽い叫声の集団


そもそも金剛に敷島の元に酒を持っていって欲しいというお願いをしたのは初瀬だった

酒好きの金剛も入港・沖止め投錨直後に酒瓶を抱えた曳舟達に迎えいれられて初瀬からの用件を賜った

後で自艦にて久しぶりの宴会をするという事までは聞き及んでいたし、集まる者達が三下の水兵が多いこともわかっていた


初瀬や常盤が催す宴は派手さでは厳島の催すものほどではない

一線で働く事を宿命づけられた新鋭戦艦や巡洋艦なのだ、大抵が鬼の居ぬ間がごとく「富士の目を盗む」形で行われている事から、大騒ぎをしても静かな波のようなレベルで、大物艦魂がこぞって参加をする事もないため帝国海軍下っ端集会のようでささやかなる会


宴会と言っても最初は本読み会で、世の中に転がる情報を仕入れる二人は周りを遊ばせたまま知識交換をする事でスタート切るし

あれこれと尋ねる港内艦艇の質問に答えたりする事で親睦を深めていく、そこから徐々に宴に移行というスローテンションな宴


だが、各地の軍港に詰める曳舟や交通線達との交友関係は大きく、地方の特産品や地酒などのレベルはかなり高い事で知られ

断絶の向こう側にいるハズの金剛でさえ、お呼ばれを楽しみの一つに数えている程に酒と肴が豪華なである魅力は聞きしれていた


一方帝国海軍宴会開祖の厳島も、曳舟・交通船達を区別する事なく自分の甲板にあげて会を催すが酒の肴は基本漁船の魂達の献上物でまかなわれているため、漁師の珍味に出会う事はあっても特産品に出会うことは滅多にない事を考えれば初瀬の宴会は中身の豪華な宴とも言えた


しかし中身が豪華でも軍規が乱れるのはよろしくない

ましてや、演習を終えた艦艇はともかく鎮守府にて毎日絶えることなく仕事をもっている曳舟と交通船、その他の小型艦艇達が酔いつぶれているのは悪い酒と判断できた

明日はどの艦艇にも出動はない、だが寄港した金剛艦に補給をするためバースの移動がある

少なからず船を動かす仕事は有り、それわ担う彼女達曳舟が二日酔いなどあれば些少なり事故が起こりうるという心配があった

敬礼の手を下ろし、背筋正しい鉄心は距離のある初瀬に向かい注意をする


「ここいらで散会したほうが良いと思います。明日に響くのはよろしくない」


三角目の大佐金剛は手厳しく、額に走る規律の亀裂を見せつけながら号令をかけようと顎をあげた


「金剛大佐!無礼講であります!!呑んで呑んで呑んで呑んで!!!」


喉元に上がった怒弾を押し返すように飛び出したのは、土鍋の蓋のような杯を持った常盤だった。目の前に飛び出し一回転してみせると

赤毛をゆらし真っ赤な頬をふくらました笑み、横に広げた唇から真っ白な歯の笑顔で背の高い金剛の顔前に表面張力ギリギリまで注いだ酒を差し出していた


怒りの目に怯みもしない常盤の笑みは、クルクルと周りを踊るように杯を押し付ける姿の後ろ

初瀬の悪戯な目が輝き、含み有る笑みが酒をすすめる


「せっかく来たんだから金剛大佐も仲良く呑んでほしいなぁ〜〜と」


策士初瀬、ごく一部でそういう通り名を聞く魂

灰鉄色を金色の髪に潜ませている輝き、おっとりとした顔の中にも姉敷島に通鶴鋭角の瞳、

なのに笑みを絶やさぬ桃色の唇

敷島艦四人姉妹の仲でも一番得体の知れない存在

金剛の目は鋭く明いたの心内を捜しながら敷島から始まる四姉妹の事を思いだしていた


新しく来たばかりである末妹の三笠については噂を聞くばかりで見た事がないので判断する事は出来ないが、長女敷島とは拳を交えた関係から戦友ともいえる仲で好人物と認識していた


次女朝日については印象は薄い

薄いというよりは、富士から始まる一連の姉妹の中で一番落ち着いた雰囲気を持っているせいで実際がどういう人物なのかを知ったのはしばらく見てからの事だった

陰日向の存在

一番常識的で上の二姉妹の行状に心を痛め、帝国海軍の行く末を敷島とは別の形で心配している事を理解したのは彼女の伏せた目と、決して意図的にも偶発的にも松島司令達とはぶつかろうとはしない姿からだった

金に亜麻を混ぜ合わせたような黄昏色の長い髪、姉妹特有の尖り目を持ちながらもお高くとまる事はなく、いつも淑女である事を大切にしている行儀の良さには改めて感心していた

本来自分も拳を上げる前に、そうであるべきという事を思い起こさせる魂として


ただ初瀬は不可思議な存在だった


四人姉妹の三女、富士のメガネにかなったBritainのイメージを色濃くの持つコレまでの三人の中でどこか浮遊している存在というのが正直な感想だった

最初に出会ったのは横須賀で、初瀬の随伴艦を勤めた事で、誰よりも早く挨拶をした時の印象は声の小さな俯きがちで気の弱い魂という印象だったが、金剛が港を離れ再び戻ってきた時には別人のように明るくなっていた

きっかけは厳島の宴で、常盤との出会いもあったという事までは把握したが以降の動きはまるで掴めなかった

時に危うい橋を渡るような行動も見受けられたが、それでも表だった事は無かった

いや、言えば今も表に立って何かをしているという事はなく

月と同じように夜の世界を見渡す存在、闇の迷走を上から見ているような笑みには潔さは感じられないが…昼の空にも星はあるというような存在に神経を尖らせていた

ただ悪事を働ているというイメージも無く、正体という尻尾も見せない魂


「みんなお話したいと思ってるよ〜〜遠洋航海の話とか聞きたいよね〜〜〜」


自分を睨め付ける視線の前で

緩いテンションの声は周りに集まった魂達の緊張を解くように

早く金剛が宴会に混ざってくれる事を希望していると告げると、明後日には横須賀に向かう姉朝日の事をよろしくと添えた


「私は誰にも変わることなく付き合わせて頂いておりますから、ご心配なく」

やっと敬礼を解いた金剛の顔に、あくまで笑顔をみる初瀬は膝を抱えて話題を切り替えた


「心配と言えば明石ちゃんには会った?どうしてるかな?」


佐世保では大演習という日々で他所の話題に触れることは少なかった中でも、須磨の妹の起こした事件はどの魂達の耳にも入っていた

軍艦と漁船が衝突するという事故は、明日は我が身的な要素が強かった

そのぐらい日本近海は元より鎮守府周辺いたるところで漁船達が、政府公布の協定を守らずうろついているという証拠でもある

何もかもがいまだ過渡期な日本国


目と鼻の先でも漁をする船の存在

いつかそんな事が起こるのではと、どの魂も考えていた矢先の不幸な出来事だった

初瀬も心を痛めていると告げると、顔に掛かった前髪を払うって眉間に少しの苦痛を浮かべた顔を上げた


「朝日姉さんもすごく心配してたから、横須賀に修復ドックに入っている彼女の力になれないかなって」

初瀬の中身を、真意を射抜こうとする矢のような目の前で仲間を思っているという態度に嘘はなかった


「そうですか、それはありがたいです。私達も色々としてはいますが、相変わらず自室からは出てこないので。厳島大佐が三日に一度お酒などを置いていったり、浪速が足を運んだりはしているのですが」


背骨の奥まで暴こうとしていた金剛の目が和らいだ

返される言葉に真剣な眼差しを向ける顔

それこそ演習漬けだったろう中で初瀬や朝日が明石の心配をしていてくれた事を嘘だなどとは思いたくないという感情がそうさせた。素直に励ましを受け入れ申し出に頭を下げた


「朝日大佐が横須賀に来てくだされば、明石もまた心強いものを得られる事でしょう。私から浪速に話しておきましょう」


初瀬の言葉に金剛は優しく返答し、同時に自分たちの中に起こった嵐を思い返していた


金剛不在の間に起こった事件

横須賀鎮守府宴事件と称された出来事。結束のためにかつての敵を忘れ、痛みを分けた仲間として共に会して宴をすると、敷島の末妹三笠が騒いだ出来事は一見無駄に終わっていたよう見えていた


日本と清国の戦争で勝ったが痛みから立ち直れなかった帝国海軍艦魂達と、負けて心をおられてココに来た清国の魂達にあった溝は深かったが

心根優しい船の魂達は戦いが職務であるからこそ、それ以外での争いが身近にある事を嫌っていた

だから当たらず触らず、亀裂があってもなんとかやっていける距離を持つ事で自分たちを保っていた


そこに嵐は起こった


曖昧だった関係をぶち壊したのが三笠だった

「過去を水に流し一致団結を」と若すぎる魂は深慮なく大きく吠えたあの日

争いの海を知る松島達は拒絶を示した

簡単には受け入れられなかった


だけど心には残っていたのだ、それ程に強烈な嵐を吹かせた三笠の言葉

いつまでも過去の戦いを心に引き留めて置いてはいけないという事、少しずつだけど歩み寄ろうとする姿は、驚いたことに司令艦松島に良く現れていた


横須賀に残った「骨董艦隊」と呼ばれるようになった自分を含む鎮遠達との演習には相変わらず曇った顔を見せたりもするが、口舌の刃はまったくなくなった

厳島が会する宴に暗黙の圧力を加え、出席を毛嫌いしていたが自分が出る事は未だにないにしろ他が参加する事を咎めなくなった

逆に「今時分の事が良くわかるかも知れないから、いってらっしゃい」などと吉野や秋津州の送り出し、明石の起こした事故を回避するためには船同士の意思の疎通も必要ではないかと意見した

いつも儚く運命に揺れるだけの司令艦だった松島のに変化を見たのだ


さらにはいずれ艦隊運用において重要となる通信機の運営について熱心に勉強している姿を見るに至って、松島の凍っていた心が動かされた事を確信した


浪速は三笠の壮行会を開いた厳島の上で、協力する事を宣言したと松島達に告げた事を周りにも話、当然金剛にも自分の方向性、鎮遠を仲間と認め三笠達に歩み寄りをしようと思う心を打ち明けていた


全体的にはまだ深い靄のある日清戦役組だが、何かが確実に動き出した事を実感した金剛は自分にも出来ることがあるだろうと考えていた所だった

それが初瀬に頼まれた事とはいえ、敷島の元に酒を運び励ましを与えるという態度に変わって表れた事を口元だけで笑って納得した


「誰があっても不思議じゃなかった事故だからこそ、明石の力になってやって下さい」


自分たちに起こった嵐、それにより現れた変化を見透かしているだろう目に素直に礼を返した

不動の姿勢で会話をする二人の間は奇妙なラインが確かに出来上た時

常盤の笑顔の前で、摺り切りに揺れる杯は実に巧そうな酒として青く輝く月を写していた


「頂きましょう」


傅くように杯を差し出す常盤

赤髪の文学魂はすっかりほろ酔いの上機嫌

「金剛大佐も呑んでくださるぞ〜〜〜みんなが緊張しないで〜〜楽しくやろうぜぇ〜〜い」

変わらない緩い声が穏やかな潮風に乗る

規律厳しく直立を保つ上司金剛の姿に酔いどれながらも静まり始めていた場の瞳が返事を待つ


沈黙の間にもう一声

「明日が良い日になりますように!!乾杯しましょ〜〜〜」


月明かりの下、柔らかく頬を染めた初瀬の目と

反射で厳しい鋭角を見せる金剛の目が会話する。警戒を解き肩をならす


「明日が良い日になるのならば、私ごときが思うところもない」


金色の長い髪が揺れる

差し出された杯を受け取ると一気に胃袋に流し込むと、周りを気にしながらも完成が細波のように起こる

夜長に用意された肴を楽しむために、古参の魂はその場にどっかりと座り込んだ






「行くしかない」


三笠は、への字に結んでいた唇を開くと決意を自分に向かって叩き込み立ち上がった

一夜を眠らず朝からひたすらに砲塔の上にて座禅を組むようにしていた場所から最初の一歩へと

朝風は冷たく本格的な冬の痛みを肌に刻み込む程の薄闇の刻を睨む

佐世保鎮守府は少しずつ目を覚ます時、薄墨の水面に太陽の欠片が色をつける


黒髪を揺らす寒波の中で決意の拳を固めた三笠は砲塔から飛び降りると

身につけていた制服の端々を正していった

濃紺の軍装、与えられた職務、腕を巻く階級とそれがしばる心への重責

「私はできる事で今までやってきた」

思いだしたのは松島の背中

何もかもが初めてのことで、十分とは言い難かった戦力の中で争いの海を生きた魂の肩に掛かった重荷は、こんな演習程度でへこたれる事を許すようなものではなかったハズだし、待ってくれる時もなかったハズ

自分にはまだ至らない事がたくさんある事を認めるために、心に区切りを着けるのに寒さの舞い降りた港の中で考え続け、結論を出した

贅沢なのは三笠には時間はまだあるという事、だからこそ最初の一歩を自分で取り戻すという事


「挨拶だ、まずはそこからだ」


大演習後の顔合わせは富士の解散で名乗りを挙げることもなく終わっていた

だけど三日後には新しい編成での演習が行われる

巡洋艦艇達を含めた訓練、彼女達の名前は知っている。だけど顔を合わせて挨拶をしていないという事

「三笠はみんなのところを回ったでしょ」

初瀬はそれかれが大切だと初めての涙の時に教えてくれていた


ちゃんと自分を教えてくれた先人と姉に感謝をした


挨拶は大切だ

自分がいかなる者であり、どんな職務を持って帝国海軍に嫁したかを彼女達に知らせる必要性

同時に彼女達の名前を顔と共に知り相手を確認する事の大切さと、負けを認める大切さ


富士や八島がどんなに自分を無視し、実力無き者と罵っても挨拶をする事とは関係ない

事実実力が伴って居なかった自分を認める事が大切で、演習で良い成績を残せたハズという思い込みをやめる事の大切さを学んだ

顔を歪める、本当は出来なかった事であの場での顔合わせを解散させられたことに安堵していたのは自分ではないかと心を叩いた


ダメだと


自分が出来なかった事を素直に認め

その上で共に戦う者になってもらう事を、そのための挨拶をと

努力はこれからでもし続けられるのだから


休日になった今日こそが絶好のチャンスである事

ここに集った巡洋艦と合流組のみんなに本気の挨拶をするという行動に立ち上がった三笠は大きく息を吐き出し、心と体を熱くした白い煙を吐いた


「負けない!!自分に!!」





「行くしかない」


敷島は自艦スタンウォークで伸ばした背筋を戻すと胸の真ん中に手を当てていた

水面を走る朝日の欠片に目を細めながらも決意を一本通した眉間の亀裂には落胆の苦悩は消え力がみなぎっていた


司令艦として今までやってきた、自分が示した方針は間違いではないという事を二姉妹に認めさせる必要性を思い知った

優雅さの下で実践が無我夢中のものになっていてはいけない

戦船として自分たちに求められている職務を遂行するためには強靱さ必要であり、それを支える強さ本体がいる


鍛える事は無駄ではない

自分を鬼として、現在ロシアとの不安な情勢にある日本国を守る全ての戦艦を鍛え上げると拳を固めた

肩に掛かった重荷を認め、それを押してくれる者がいる限り自分から負けてはならないと

手すりを握った手も力が入る

朝日は見る見る姿を丸く現し空を駆けて行く、同時に敷島は自分のテンションを上げて行く


「朝食が終われば、お茶会…無粋な事は知っている。だがやらねばならん」


休暇である今日、富士は軽めの朝食を取った後の時間を長いお茶会とするのは常だ

昼前から15時に渡る長い一時を自分の甲板でゆっくりと八島と過ごす

彼女の大切とする時間に土足で踏み込むのは覚悟がいる、なにせLoyalguardの壁は分厚い


敷島は帝国海軍随一身体を鍛え上げている事では誰にも後れを取る事はないと自信を持っているが…

今まで一度も八島に勝てた事がない

正確には勝敗を数えた事はないし、何せ八島に逆らうなどという愚行を犯したことがない。あるのはこの間に起こった三笠の反抗で骨身にしみるほどに味合わされたのが初めてだが


なによりも昔から八島は強かった事は知っていた

いつも鍛えているところなど見たこともないが、八島は静かにして苛烈なまでに強いのだ


初めて呉の港に着き挨拶を交わした時の事

「私達の手を煩わすな」と帝国海軍の代表教育司令艦に任ぜられた時のことを忘れた日はない

いくらなんでも先人である二姉妹がいるのに、まだ初めて航海をしてたどり着いた日本国で自分だけが指導の任につくのはおかしな事に思え

「八島中将にも皆の手本を示して頂きたい」と願ったが、軽く腕をヒネリ挙げられた

背中に回るほど、骨折か脱臼ギリギリの角度までを腕を曲げられたのは過去にも今にもそれが初めての出来事だった

瞬間的にそんな芸当ができる相手を敷島は直感で恐れた。決して自分では敵う相手ではない事を認めた


自分たち姉妹とは違い緩やかで涼しげな目元を持っているのに、凍ったように冷たく輝くblueeyesの脅威を身をもって知った時の事に背筋が震える

思いだした過去を殴りつけるように、瞬間スタンウォークの手すりを蹴飛ばした


「何を今更震えるか!!」


声を出し、心を鼓舞した


「敵は富士中将・八島中将にあらず、己の内にある弱さだ」


それは取りも直さず現在帝国海軍が抱えている問題そのものだ

威厳の形を盲目的に追い、自分を鍛える事を怠るのは世界に通じる海軍を形作る事の邪魔にしか成らない

弱さを隠すために形だけに縋るのは愚かすぎる


敷島は詰襟をしっかりと締め直すと鎮守府に掛かった旗に向かって敬礼した

「負けるわけにはいかぬ、必ず達成してみせる」

返す手で制帽を直す、進む道はもう決まっていた






酒に酔い、心を和らげたとはいえ尖った目は厳しく港を見回していた

佐世保鎮守府、朝の号令が鳴り響く時間

海にはまだ太陽が写身の欠片を放る程度の明るさしかない冬の風

熱くなった頬だからこそ余計に寒さを感じるのか手で風を遮りながらも、メインバースから向こう忙しく動き始めた人の姿を見つめる金剛

立ち上がった姿に大きな杯を抱え、もう片方の手には酒瓶をぶら下げている彼女の周りには空瓶が山のように、十重二十重と転がっていた


一見すると金髪美女が滑稽にも酒瓶を抱えて夜を勝ち取ったかのような姿

日本人離れした堂々とした肩、頬を少しだけ染めた白い肌の顔と青い目は、変わることなく尖っていた


尖ったまま青い海を輝かす太陽の欠片を見、身体を返すと甲板の上を睨んだ

呑みましょう、あの時から今の時間までを淡々とかつ途切れることなく飲み続けて作られたものは何も空になった酒瓶の死に体だけではなかったからだ

見渡す限り水兵達の伸びきった姿、顔も蒼白目を回し大口のまま倒れている者達多数

金剛が宴に加わってから遠慮のない乾杯合戦において敗れ去った小型艦艇船魂達の屍の山


一方で日差しのない朝露に髪を濡らしたまま砲塔にもたれ、酒瓶を抱いたまま高いびきの常盤

唯一整然としているのは、乱れることを嫌い整えられた本の山と頬に冷たい風を受け目を細めている初瀬だけで


魂達は泥酔による全滅の朝を迎えていた

そしてそれ及ぼす影響は朝一番のこの時間に、鎮守府の各所に発生していた


佐世保鎮守府は混乱の朝を迎えていた

昨日の夜から港内一斉の休暇(一部機動中)の中、寄港した金剛に運ぶ石炭を乗せた船が動かないから始まった大騒ぎ

佐世保の港に着けてある多くの小型艦艇が不調という事態に兵卒達が右往左往している

清々しい冬晴れの下で騒々しい朝


「良い日が迎えられるのではなかったのですか?」


初瀬の甲板の上、唯一起きている初瀬本人に金剛の尖り目は問いただした

「あはははは、こまったねぇ〜〜〜」

溶けた返答

緊張感などかけらもない顔の下、初瀬艦に留まっていた士官達が桟橋を走って行く


「どうなってる!!」


動かない交通船、何度火を入れても燻るニブイ音と時より破裂のするみたいに咳き込みの排煙がダマになって飛び出すばかりで、内燃機関が一斉ストライキを起こしている様子

船を揺さぶるように懸命の作業を続ける水兵達の前で、当の交通線魂は初瀬の甲板から海に向かって噴水のように酒を吐き出していた


「ぐう、許してつかっさい〜〜」


海に水兵帽を落としてしまうのではという程に、粘度が溶け出したかのような身体が手を伸ばして自分の本体であくせくしている人に謝っている

それも一人や二人じゃない、何しろ昨日の宴会には佐世保詰めの船魂の多くが出席していた

上官である初瀬が港に来てくれるのは彼女達にとって待ちに待った楽しみの日

交代制もある事で出席の出来ない船もいるが、出られる者はみんなこぞって集まってくる大演習明けの、ささやかながらも慎ましくの大宴会の日であった事で、佐世保の機能が半分以上麻痺している

居残り組の水兵達が迎えに来てはいるが、とても通常業務に戻れない屍達

唯一救いなのは大演習明けの休暇で大型艦艇である戦艦、巡洋艦とも動かないこと


「とても良い日を迎えられたとは思えないのですが?」


見渡す限りの堕落の絵図に金剛の眉は痙攣を起こしていた。本当の意味で目が覚めた思い

だが、勢いで身体を回し初瀬を怒鳴るという事もしなかった

何せ自分も宴に参加して、進められるばかりはいかぬと水兵達にも呑めと杯を進めてしまった側

酒瓶を下ろすと頭を抱えて座り込んだ


「なんたる不覚…」


浴びるほど呑んでも変わらない金剛には海兵達の限界などわかるハズもなかった

楽しい時間を、出来る限り自分の存在で硬直させる事なく同じように楽しめるようにと配慮した自分の思いは思い切り悪い方向に向かっていた

金髪を掻きむしると、無念と折れた立木がごとく頭を下げる姿


「あはははは〜〜仕方ないね〜〜金剛ちゃんの石炭積みもできないね〜〜今日はゆっくりしなよ〜〜」


反省に視線を落とした金剛の背中に、初瀬のカラカラと高笑いが響く

前日夕刻に佐世保に入った金剛は、今日バースの入れ替えを行い石炭の補給をして昼過ぎには横須賀に向けて出港する予定だったが、交通船はもとより曳舟達の大半が動けない現状では、鞍替えだけでも予想以上の時間が掛かってしまう

とても今日中の出港は無理というのは言われなくてもわかる事だった


「良い日ではなくなりました!!」


さすがに笑われるのは勘弁ならぬと牙を剥く金剛に、初瀬は相変わらずだ

朝日が差し込み少しずつ水面を輝かせる反射に目をつむるような顔を見せて

「そんな日も必要だよ〜〜みんなテンパッちゃたらあ良いこともおこらないでしょ〜〜」

砲塔に頭を寄せて揺らすばかり


いきり立つ金剛は足音も高く、甲板に四股踏むような大股で初瀬の前に、摺り切りで顔をつきあわせると


「良い行いに、良い日というものは付随する!!やはり間違って…」


自分の行状も合わせるに大断言で相手を叱りつける事が出来ない金剛、鼻先まで迫った酒臭い息に初瀬が首を振って


「そんな事ないよ〜〜いいお酒呑んだんだから〜〜良いこともあるよ〜〜」


反省のない声は続けた

「だってぇ、あんなに演習がんばったんだもん。良いこといっぱいしてるよ私達〜〜だから今日は絶対に良い日になるよ〜〜〜」


金剛の言った言葉をしっかりと受け取った返事

良い行状に、良い日…

根拠のない自信を、酒の息と一緒に吐き出した初瀬の目は輝いていた

「今日は絶対良い日になるよ〜〜」

朝の反射が全体を輝かせる、佐世保鎮守府はあちらもこちらものさんざんな始業により人の大声が鳴り響く騒がしい時を動かし始めていた

とても普通では合ってはいけない不手際の朝を心地よく楽しむかのように、お酒で熱くなった体を春風に晒すように初瀬は笑っていた


「さあ、開幕。今日からが良い日になりますように、みんなが見てるよ三笠」


魂達に訪れた久しぶりの休暇、身動きが取れない艦隊、それによって出来た時間は誰の為か?


水面を洗う刃の風の前、熱い心を持つ二つの魂は動き出していた

ぐっせるぐっせる!!


ところで『はやぶさ』の最後は美しかったね

光の破片になって消えてゆくさまには涙がでた


久しぶりに曲を作ったよ

「君の欠片」

そのうち、歌うかもしれないね

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