第二十四話 頂点の荷
それでもなかなかに覚悟はきまらないもの
今回はルーツの魂が登場
潮風が、かつて作られた唇に残る打撃の痛みをノックするのに呼応するように、自艦甲板の上で何度も拳を打ち付ける敷島
三重に張られた甲板上の防護柵の前で、短く、しかしキレイに纏められた金色の髪は流れ星の束のように揺れ、正された背筋の姿は御伽話に現る王子に見える
黒の正装、麗人敷島は優雅な出で立ち、なのに顔の真ん中には優しさの微塵もない大きなひび割れを走らせていた
整えられた顔にあってはならない影
眉間から鼻筋、右の唇の端に深くマグマを溢れさせそうな地の移動が沸々と小刻みに怒りが震えていた
何度も打ち付ける拳はすでに赤色に変わり
血を滲ませる皮膚の下にある心を刺しす言葉による痛みの中、滾る思いを覚ますように何度も敷島はつぶやく
「何が足りない…何故ダメなんだ…」
鎮守府もすでに多くの者が眠りの時間に入った夜の下では、吐き出せない怒声、喉につまる熱い怒りに、敷島はたた水面を睨み胸を叩くように甲板の上を行き来していた
思い出せば自分を苛立たせるばかりの今日までの演習
その後に合流した巡洋艦達の姿とその目が、腸を煮えるを越えて炙り焦がすが程となっていた
舞鶴からこちらまでの演習で起こった出来事は敷島のプライドを大きく傷つけるに十分な船旅だった
「どこで間違えた…」
半欠けの月を揺らすさざ波の鏡から顔をあげ、薄くぼやけた輪郭の本心を見ようと目が尖ると何度目かの問いで胸を叩く
間違える、それは正しい問いではなかったが今はそう思わずには居られなかった
佐世保で初顔合わせをした三笠に、富士や八島についての疑念を起こさせぬようにするという名目もあったが、それ以上に最新の艦艇として三笠を鍛える事に手抜きはしなかった
自信があった
最初にしてもっとも大切な艦隊運動をどの艦艇にも恥ずべく事なくみせられると自負していた思いは砕かれていた
あれほど、身体に文字通り叩き込むように教え事を三笠は一つも実戦出来ていなかった
向こう見ずで自分勝手な挑戦を続ける妹は姉の声になど耳を貸さなかった
怒りの炎を燃やし続け、空回りに拍車をかける
基本をすっぽ抜けさせた無謀の砲弾は二姉妹だけを睨み続け
敷島の手には負えない状態になって、結果は帝国海軍に詰めるどの艦よりも不出来である事を露呈するというものだった
同時にそれは敷島が今までしてきた「教育」と「育成」を台無しにしてしまう出来事だった
佐世保湾に集まった六六艦隊メインを勤める巡洋艦達が並び
まだ鎮守府と各桟橋、ドック棟の整備が横須賀同様に続けられるココは並ぶ艦艇達の影で壮観な景色を望むことができるようになっていた
夏を終えたこの季節は長崎あたりは春先よりもうららかな日が続くが、十一月を回ると空模様は急激に崩れる
その崩れを実感するようだった富士の姿
麗人の苛立ちは、朝日が同じように悩みの壺にはまってしまった状態より深刻だった
何度も行き来していた足を止め、艦尾を見定めて歩き出した彼女は
普段は絶対に外さない襟カラを無理に、引きちぎるような勢いで外した
下に着ているカッターシャツに指を引っかけてしまう程に、外したカラの奥
押しとどめていたマグマの溜息と共に整えていた金髪を掻きむしった
「どうして…」
そもそも三笠の容姿は富士の前に参ずるには不利な部分があった
黒髪、ブルネットだった三笠。敷島は手櫛を通した自分の髪に目をやる
月の光を写した銀色の髪は、自分で言うのも小恥ずかしいが、薄く星の輝きを蓄えたような反射を見せる髪は美しいの一言につきる
この島国帝国の人達が持つ毛色とは文字通り違った
富士がいつからそういう極端な縛りを持っていたのかはワカラナイが、大英帝国の騎士である者は美しい金髪である事が大切と、指差すように自分に教えていた事は事実だった
「髪は大切にしなさいね」
笑う口元が、敷島を悩ませる
その不可思議な原則の前で、自分たち同型艦末妹である三笠を初めて見た時背筋が凍った
目こそ湖水を写した青の瞳を持っていたのに、髪は鴉の濡れ羽色
思わず「何故に?」と首を傾げた
現実的には区別など一切を持たない敷島には髪の色など、どうだってよかったのだが
自分たち、六の戦艦の中からブルネットが出るのは痛手だった
戦艦組は皆金髪であれば、富士を黙らせたまま敷島が思い描いていた帝国海軍全体に入る亀裂の問題を解消する方法があったからだ
例えは悪いが、恐らく本人もそう自覚しているだろう
富士は女王様気質で自分事にしか興味がない魂であり、八島は富士以外の事にまったく興味のない魂である事
後で帝国に入った敷島が多くの魂を鍛えているのもそういう理由でもある
上の二姉妹は帝国に嫁してから今まで、どちらも世界に通ずる海軍の形を教鞭した事がなかった
ただひたすらに自分たちの優雅で優れた姿を見せるという手本だけを示し続けていたが、それだけでは形はなんとか見られるが中身のない海軍になってしまう
大日本帝国が世界に認められる国として欲している海軍の形は大英帝国海軍の形、そのものだった
「敷島、お前が教えると良い」
最初に帝国に着き、呉に入港した時の挨拶で八島はそう言って敷島の肩を叩いた
金の髪、碧の目、スラックス姿に広い肩幅、富士にそっくりな顔は最愛の姉よりも切れ長ですました目を向けると、冷たく抑揚のない声で
「私達の手を煩わせるな」
区別の線を言葉で示した。笑わない冷たい唇は命令としてそれを敷島に与えていった
そしてかつての戦役を戦った者達と溝を作っている事を知り
そんな中にありながらも大日本帝国が直面している危機を知った
割れた帝国海軍を世界に出しても恥ずかしくない形とする事が敷島の重すぎる使命となった
修復を第一の使命と考え立ち上がったが、富士が最初に作った亀裂は思った以上に深かった
呉から横須賀に入った日、すでに警戒色を目に写した前帝国海軍艦艇達は敷島を歓迎はしていなかった
ただ松島の言葉だけが心に残った
「戦いに来たんでしょう。私達は望まないのに」
白銀の巻き髪、翠の瞳、フランス艦艇である松島の姿に敷島は見惚れ自分を見失いそうになった
本物の貴族、姫を見るような美しさに、さっそくの諫言を言うことは出来なかった
だが
それでも言わねばならぬ自分たちの生き方、戦船という立場
彼女の羽織っている帝国海軍の濃紺の制服が豪華な世界を否定し、戦う魂としている姿に見えた時、拳を固め
決めた事があった
艦尾に歩いた敷島は、湾に並んで錨を下ろす他の艦から姿を隠すように後部の主砲前に座り込むと
「松島、あのときから、これからも君を区別する私を許してくれ」
月影の下、祈るように額を抑えながらつぶやいた
横須賀鎮守府の桟橋で自分を迎えた松島の姿は美しくて儚かった
細い首の上に真っ白に咲いた花のようにきめ細かで柔らかな肌
淡いピンクの唇は苦しげに歪んだ眉の下で、それでも歓迎の言葉と握手の手を伸ばしていたが、敷島はその手をはね除けた
「これからはイギリス艦艇によって帝国海軍を作り上げる。貴女はもう引退なさればよろしい」
完全な区別
新たな力となったイギリス艦艇組である自分たちが、数を増やし帝国に嫁すという事は争いが近いのかもしれないという不安を抱えている松島に、決別を言い切る事で区別の壁を立てた
起こるであろう反発は折り込み済みで、富士が作った亀裂を明確にした
まだ貧しい帝国にとって松島達を外すことは出来ないが、魂としてイギリス艦艇組と共に居るのは苦痛でしかないだろうと思った
富士は執拗に高圧的な態度を示し松島を愚弄し続けていた
「臆病者」と
そういう曖昧な線にいる事で起こる諍いから確実な別れの線を引いた
敷島は自分勝手な事をしたと今でも思ってはいたが、それだけが松島をこの富士の作った諍いと苦痛から遠ざける方法だと信じ実行した
「フランス艦艇組を鍛える意味がありません。私は新たに帝国海軍に嫁した者、イギリスから来た者達を鍛え上げ立派な海軍魂としようと思います」
自分の姉妹を鍛える事に専念した敷島の言葉に、富士は満面の笑みで
「そうね、フランス艦艇などに従う骨董品達はいらないは」
敷島の不遜な態度に反発した前の戦い組であるイギリス艦艇にも「不必要」の烙印を押す返事
「そうです相手になさるのは「金」である時間を無駄に費やすと同じ事です」(time is gold)
敷島の冷めた目線と、はっきりと断じた心地よい決別報告で、富士は松島に対する罵倒は公的には一切言わなくなった
無駄にする時間よりも紅茶を楽しむ事が大切と高笑いをして
「決断したのだ」
後ろ頭を何度か砲塔にぶつける
思い鉄の音は鈍く夜空に響く中で敷島はきつく目を閉じていた
今でもこの決断はベストだったと
帝国海軍を願う形に持って行く為の最初の一歩だったと
割れた理由はともあれ旧式艦艇の多かった「日清戦争組」
フランス艦艇である松島などは欠陥戦艦などといわれ評判も悪かった事から、後から日本に嫁した者達にも受け入れられやすい線引きだった
同時にすでに一線では働かない者達を富士の言われ無き罵倒や区別から守る事もできたと信じた
二極化した帝国海軍の中で次に敷島が掛かった仕事が、自分の姉妹艦を帝国海軍上位指揮艦として鍛え上げる事だった
朝日に初瀬、幸いにして問題の少ない妹達達の最後に最新鋭の艦艇として加わる三笠を加え
上の二姉妹は別の領域に置いておき四頭体制で帝国海軍をしきれば、なんとか形を作り上げられると確信していたのだが
「何故?」の三笠だった
たかが黒髪だったが富士の機嫌で決まる区分けを考えるに大ダメージだった
だから必要以上に鍛えた、三笠が横須賀で問題を起こしていた事は連絡を受け取っていたからこそ
ここまでやっとこぎ着けた帝国海軍の形を護るためにも、頭をカラにする程に鍛えたが
結果は最悪の方向に向かってしまった
朝日や三笠の線引き解消を迫る願いは、最終的に自分の手で握りつぶしてしまえば良いぐらいに考えていたが
富士に逆らうという三笠の暴挙は計算外の出来事だった
なによりもの痛手は演習で結果が出せなかった事だった
頭を働かせ立ててきた計画は、十一月を回ると崩れる天気のように音もなく崩れてしまった
「敷島少将」
目をつむったまま砲塔にもたれかかっていた敷島は欠けられた声に素早く目をあけた
「金剛中佐」
頭脳の疲れにすこし下がった眉毛の敷島の前
金色の長い髪は月の光に照らされ透き通るように揺れていた
黒の軍装に、きまりのタイトスカートは甲板の端で敬礼をしている
「どおしたんですか?そんなところで?」
理想的なイギリス人
富士の区別を見るなら金剛中佐はどこにも文句の付けようのない形を持っていた
星空の下では薄すぎるのか目の玉だけが浮いて見えるほどの青い瞳はかっちりと決まった敬礼のを解かずそのまま敷島の前に歩を進めた
「やぁ、敬礼はいらない、楽にしてください」
立っていない自分の前でお手本とも言える姿勢も正しい敬礼に、項垂れていた敷島は手を振って解除と促し
珍しい客に手を振った
「久しぶりですね、今日ここにいるとは思わなかったが」
座っている自分と同じようにと着座を手で示しす敷島の前、金剛は立ったまま手短に自分がココにいる経緯を報告した
比叡型装甲帯コルベット艦である金剛は、この年の初め二月に海兵二十七期を乗せ練習航海に出ていた
横須賀鎮守府を出港して、香港、マニラ、シドニーと南半球の海を走り七月末、三笠と入れ替わりで横須賀に戻っていた
そこからしばらくは各港を回る海防艦の任務を行っていた
「そうか、大仕事でしたね」
「相変わらず敬語なんですね」
報告を終えた金剛はやはり立ったままで敷島の顔を見つめると、少し小首を傾げ困ったそぶりをみせながら
「貴女は少将です、私ごときに敬語はやめてください」
はっきりとした口調が強く言う
「いや金剛中佐、君は友であって欲しいんだ」
座ったままだった敷島は立ち上がると背筋を正し解かれていない相手の敬礼に応えて苦笑いをした
「貴女が望むなら、挨拶も終わりましたし」
正しく敬礼を交わし、挨拶を終えた金剛はココで初めて手を下ろし薄い笑みを見
彼女はとても規則に厳格である事を自分に強いていた、そのため口を開けて笑うという事は絶対にない
そして名前が示すような形を心身共に持っていた。
正規の名の元は金剛山からきていたが、二つ名のごとく金剛石(diamond)のような硬い意志を持つ魂と敷島の出会いは強烈なもので
金剛は富士が松島を愚弄した時に本気で立ち向かった唯一の魂だった
もちろんLoyalguardである八島にコテンパンにされたのは言うまでもない
そのうえで松島達に決別を告げた敷島にも拳を持って食って掛かった
見てくれは富士の合格点を余裕で行く金剛は、曲がった事に折れる事をしらない豪傑で腕に覚え有る敷島と数時間に渡って殴り合った
「なんで、そんな事が言えるか!!」
黄海海戦を懸命に戦った仲間に対して、骨董品で役立たずと罵った富士を許す事も出来なければ、その血を引く妹敷島の言葉を許す事など出来るはずもなかった
だが敷島とは和解していた
八島は殴る蹴るの一方的制裁の後何を語ることなく去っていったが
長く殴り合った最後、二人して大の字に倒れた甲板の上で敷島が本当の事を涙ながらに語ったからだ
「貴女がそれを実行するために心を切ったというならば、私ごときが言う事はない」
帝国海軍の将来を思いの断行を、金剛は心を開き受け入れた
それ以来戦中派の魂である金剛し敷島は数少ない「友」としての縁を結んでいた
「なるほど三笠大佐の事ですか」
凪いだ波の上で二人は月明かりの飲み会を始めていた
風に揺れる金色の髪を持つ二人が、平座に日本独特の膝をつき合わせた酒の席を作っているの見える者の目からみたら滑稽な眺めにも見える事だろう
壺に入れた地酒を用意した金剛は、先に敷島の分を前に置くと
「横須賀でも噂になってましたから、会ってみたかったのですが」
帝国の海を動き回っている海防艦金剛は明日の昼にはココを出港してしまうらしく
噂の暴君に会えないことを残念と口元を押さえながら聞いた
すっかり、帝国海軍内では時の人となった三笠の事に、姉である敷島はため息が出た
「困ったものだよ、少しも私の言うことを聞いてくれない。このままでは新たな溝をつくり兼ねない」
月を写さない濁った酒を煽るように口に注いだ敷島は、素直に自分の思いを語っていた
自分から連なる三人の妹を鍛え、それを持って大日本帝国海軍を纏めていこうと思っていた矢先の挫折に、苦みを噛んだ唇は震えていた
「私の指導力不足だ、あの結果だ。巡洋艦の者達は、富士中将、八島中将に従うというだろう。見よう見まねと羨望の夢へと走ってしまう…」
口から出る敷島の痛みは、何も三笠の事だけでは無くなっていた
自分の描いてきた帝国海軍団結への道に、勝手すぎる横暴を入れた三笠の態度はたしかに許し難いものだったが
それ以上に堪えたのは自分に対する非難が、隠れることなく聞こえた事だった
朝の顔合わせ、新たに演習に加わることになった巡洋艦達に富士は三笠の紹介をする事なく解散を命じた
最新鋭の戦艦である三笠が紹介される事なく三日後から始まる演習に出るなどあってよいわけもなく
慌てて壇上に昇ろうとしたが、敷島の姿を見つけながらも巡洋艦の魂達は解散の号令に従い姿を消してしまった
指導者として今まで前に立ち続けてきた敷島の面子は丸つぶれだった
鬼の教官として身体に痣という傷を残すことを辞さぬ方針を貫いてきた敷島は、自分以降で帝国に嫁した魂達を鍛え上げてきた第一人者という自負があった
なのに
巡洋艦各魂達は富士や八島の姿に羨望を追い、汗をながし努力する事を「大英帝国的でない」と顧みようとはしなかったという結論に行き着いてしまった
「実際、疲れたよ」
早いペースで杯を煽る敷島に、不備なく酒を注ぎ続ける金剛は砲塔の後ろ、水面に影を揺らす巡洋艦達をチラリと見る
それに気がついた敷島は杯をとどめながら
「磐手が言っていた」
富士を信奉する巡洋艦でもっとも先に名前が挙がるのは決まって磐手だ
黒髪で細身の彼女は妄信なのか、どこまでも下手に出ているのかわからないが、とにかく富士に対する心酔はどの魂より群を抜いている事で有名だったが、表向き教育を任されている敷島を非難した事は今まで無かった
だが今回は違った
元々富士、八島の二頭体制を希望としてきた彼女は
敷島の姉妹達で纏めるとされた四姉妹体制を気に入らないとしてきていた
そしてそれが気に入らないのは自分だけではなく当人が心酔する富士の意志でもあると、朝の顔合わせで理解した
最新鋭の妹を紹介せず、敷島の声を無視する姿を見たのだから上機嫌も良いところになったのは言うまでもない
引き返した自艦甲板の上に集まった僚艦達の前、大げさな歩と高い声を挙げて笑い、手を開いた磐手は
「確定ね。いまさらあんな酷い妹を帝国の最高司令艦にするなんて言わないだろうし、それを指導出来なかった敷島少将も私達を束ねるに必要でなくなったわ」
嬉々として語る声は出雲の元に飛ぼうとしていた敷島の耳に入っていた
「指導力無き熱血教官に従うなんて時間の無駄遣いよ、黙って富士様に倣っていれば良いのよ」
指導力無き教官
さしもの敷島の心にもこの言葉は刺さった
大英帝国の海軍を形ばかりまねようとする魂を良しとせず、その真髄を叩き込もうとしてきた自分の存在が霞んでしまった
「それで諦めるんですか?敷島少将」
力無く酒を無理して煽る敷島に、金剛は手をとめて聞いた
「どうしようかな…」
杯を下ろし顔を下に埋めてしまいそうな敷島の姿に、金剛は強い口調で
「そんな簡単に諦めてもらっては困ります。貴女は私達を切り、貴女自身の心も切ってココまできたんですから」
持っていた壺を直接口に当て一気に、豪快に酒を流し込んだ
「何か足りないと思うのなら、富士中将でも八島中将にでも他のみんなにでもぶつかって行けばいいじゃないですか」
口調を強め言い放つと立ち上がった
長い金の髪を風に拭かせ、尖らせて目で湾に浮かぶ艦艇の全てを指差していく
「私だったらそうしますよ」
振り返えり、自慢の拳を振り上げて見せた
かつて富士の態度に憤慨し拳を上げ、八島に完膚無きまでに蹴倒された金剛は、それでも自分の意志を曲げた事はなかった
「敷島少将、貴女のやり方は間違ってません。強い海軍を作るために心を切った貴女だからこそやり遂げてくださいよ」
金剛は風に吹かれながら歩く、スタンウォークのある側に
離される距離から立ち上がり後を追う敷島
「今日はやけに押してくれるんだね」
元来無口で硬い金剛、その名の通り曲がった事を許さない彼女はあまり人を励ましたりはしない魂だった
だから今でも松島達の側にいる。敷島の真意を見つめ敬意を表しながらも、共に戦った仲間達の側に留まった
それでも敷島のやり方を訪れる港でしっかりと見つめ続けてきた
心を切る決断をしたものが作り上げる新しい帝国海軍の形を
それが間違っていない事も良く理解していた
多くを語らない古い武人タイプの金剛は、相手の思案を感じ取ったように大切な本論に入った
「敷島少将、私達が前の戦争を戦った時はただ無我夢中でした。私は威海衛攻略作戦に参加しただけですが、黄海の戦いは比叡や厳島大佐から聞いて思った感想がそれでした」
「無我夢中…」
二人そろい艦尾公室上の灯り取りの窓に腰掛ける
無くなった壺の酒をおろしポケットから銀色のスキットルを取り出す金剛
舞鶴に詰める鎮西が磨いてくれた物と軽く紹介すると、敷島の杯にスコッチウイスキーを注いだ
「そう、あの戦いは無我夢中の戦いだったと、途中で戦列はばらけるわ、速度の遅い船が隊列から離れなかった事でこっぴどい目にあうわでてんやわんやだった中、唯一中盤で挟み込みの形が出来ていた。そこでやっと声を合わせ、とにかく必死で戦った…そう聞きました」
敷島は海図でそれを知ってはいたが話しとして聞くのは初めての事だった
殴り合いの末に親睦を深めた金剛にあえて聞いた事はなかったが、この戦いについては今まで聞くことを憚る事と思わざる得ない程に、松島達は口を塞いでいた
当然金剛も話しをしてくれないものと考えていたからだ
だが今の話しから海図に記されるだけの戦いという領域にあったものの中、図に記されることのない感情のタイムテーブルと
必死に無我夢中で戦った松島達の記憶は、やっと敷島の耳に届いた
「結局なんとか北洋水師を追い払う程度の事はできたという戦いだったそうですがね。全部の戦いが終わった時、松島司令達は実感したそうです」
「実感した?」
「特に厳島大佐が言ってらっしゃったんですが、護り戦う為には強い心を持つこと、それを支える身体を持つ事が大切であるという実感です」
急にアルコールの度数を上げたスコッチに舌を熱くした金剛は、熱弁をなんとか冷静に語って見せると自分でも不似合いな事をした事に小さく首を振りながら苦笑いを浮かべる
敷島はそれに気がついた
「どうしてそんな事を教えてくれる?」
「無我夢中の軍隊じゃダメだからです。戦いの間に自分を見失うような者ばかりじゃ強い海軍にはなれないでしょう、あの時はそれでも心だけでも合わせられたことで乗り越えられた。でもいつまでもそんな戦い方をする海軍艦艇ではダメだと思うからです」
取りも直さず、それが富士への心酔だけではいけないという事を告げている事がわかる
そして諦めずに汗を流し心である自分たちを鍛えることの大切さを金剛は告げていた
「世界に通じる海軍になるためにも、今までしてきた事を諦めないでくださいよ。敷島少将」
金剛はスキットルを敷島に手渡した
「期待してるんですから」と
渡されたニブイ輝きのスキットル、冬の風に冷やされた容器は金剛の手で少しのぬくもりを残している
返す言葉がうまく喉に上らない敷島の横で
一通りの意見をした金剛は両手を膝の上で組むと、軽く息をついた
「敷島少将、私はねもうそんなに長くこの国で働けない。この国に嫁して二十五年になりますが、その間に貴女のような最新の艦が産まれた。私のような老朽艦はいつ死んでもおかしくない」
金剛は1877年にイギリスに産まれた
当時としてもそれ程の新鋭船というわけではなかったが、維新から向こう列強の進出を防ぐために海軍力の増強は先決とされた中から、望まれて日本にやってきた
その五年後には清国が定遠,鎮遠を所有するという軍艦過渡期の中を働き
国家として初の激動であった日清の戦いを経験したのは十八年目の勤めの時だった
前序の威海衛攻略戦に徒事、その後は三等海防艦になりながらも多くの海兵の演習航海を勤めた
今もまだ現役で帝国海軍を護る船でもある
だが、言うとおり老朽艦にもなった
次々と生み出される最新鋭の軍艦達に比べれば、旧式すぎるコルベット艦
実戦に置いては報知艦ぐらいにしか役には立てないのかもしれないという現状で、金剛は自分の寿命がそれ程長くはない事を実感していた
手にしたスキットル、相手の心遣いに背中を丸める敷島
金剛は悲しげに寄せた眉間の皺と緩やかな笑みで
「だからですね、この国の海軍が夢でなく本物の海軍に成って行く姿を見たいんですよ。その事を誇りに死ねるぐらいに」
妖精として生きれば姿形に年を経る事はない
だが艦体はそうはいかない、めまぐるしく動く世界の中、列強は多くの植民地を得るために大きな船を造り出して行く
十年一昔という言葉を凌駕する建艦の中で、国家の戦いという頂点の荷をともに背負う魂の願いは
列強に怯える事なく自分の国を護り、またどこから見ても恥ずかしくない一流の海軍が作られる事だった
「金剛…」
敷島は自分の背に課せられた重荷に希望を見、それを正しいと押してくれている者が居たことに頭が下がった
本来なら切ってしまった縁の向こう側にいるハズの彼女が、公平な心でしっかりと行く末を見ている事に負けては成らぬと思い直した
丸めた背中を跳ね上げるように正すと、手渡されたスコッチを一気に口へと注ぎ込んだ
「がんばるよ」
手の甲で口を拭いスキットルを返すと、大きく背伸びをした
小さくなってしまいそうだった自分の背を焚きつける者の前で
「明日、富士中将、八島中将に会うよ。しっかりとした教育方針を打ち出すためにも必要な事だ。いつまでもそこを隠しては進めないからね」
「頑張ってください」
受け取ったスキットルをポケットにしまうと金剛は半欠けの月を見上げた
「私はこの国が好きなんですよ。イギリスではなくこの国が」
そう言うと自艦に帰るための光を手の中に溢れさせた
「この国には転生輪廻と言う教えがあるそうですが、私にもし次の生があるのならば、やはりこの国に必要とされたいと思います」
そういうと自慢の拳を見せた
「これほどに苦楽を共にした国ですから、忘れる事なく心から愛しているのですから、ここに戻りたいのです」
金剛が来た日本は忙しかった
初めて日本に来た時は桜の時を逸してついた横須賀で、草木が青く芽吹いた港だった
多くの演習をした。迫る列強に対し世界に認められる近代国家に並ぼうと走り回る人と共に海を走った
壬午事変
帝国をあざ笑う圧倒的な軍事力国家清の前、敗走の撤退と、海にまでくるのではという恐れの警備をした後
筑紫を迎え
甲申政変
海を挟んだ朝鮮国は近代化の波に、列強の波に翻弄されそのたびに帝国は本気の危機を募らせ
浪速、高千穂を迎えた
イギリスからやってきた鋼鉄製の巡洋艦
トルコから皇族訪問に応え日本にやってきたエルトゥールル号が遭難した時は、生き残った乗務員を故郷に送り届けるべく遠い海を走りオスマン帝国コンスタンチノープルまで行った
そして迫る清の脅威に、定遠、鎮遠に並ぶ巨砲を備えた者達を迎えた
松島、厳島、橋立
さらに多くの仲間達を国の楯として迎えた
千代田、吉野、高砂、秋津州、和泉
笠置、千歳
運命の戦いへ「明治二十七八年戦役」日清戦争
近代国家へと苦難の波を走った日々
それが金剛にとって大切な思い出だった
産まれたばかりの近代国家と寄り添うように走り続けた日々が
「頑張ってください。近代国家へと、列強と肩を並べられる国へと変わるこの国の為に、どこにも劣ることのない一流の海軍魂を育て上げてください」
目に優しい泡沫の光を現し自艦へ飛ぼうとする金剛の敬礼姿に敷島は
「次にもしこの国に貴女が生まれたら、私は鍛えなければならんのかな?」
硬くない柔らかい動きの返礼をする相手に
「その時は徹底的に鍛えてください。国を護る盾として恥ずかしくないように、私もそのつもりで貴女に着いていきますから」
笑わない金剛はいつもの尖った目を優しく緩ませて敬礼の姿のまま光の中に消えていった
消える光の粒は敷島の甲板を一瞬彩る宝石の欠片
敷島は指で触れようとしたが、消えて行く光を見るだけに留めた
そして思い直した
最初にこの国で、初めて国家間の戦いをしたもの達の想いを継がなければならないと
その基本となる自分たち姉妹を鍛える事を間違いと思ってはいけないという事を
「やるしかない、こんなところで折れてたまるか」
敷島は拳を固め思いを改めた
半分の月が照らし出す静かな軍港の中で
カセイウラバナダイアル〜〜NHK〜〜
このたびヒボシ「坂の上の雲」DVDボックスをかったなり〜〜〜
最新のVFXで再現された筑紫の姿などをそこそこ楽しみにしていたのですが
なんか一瞬しか見えなかったりでちよっと寂しい
定遠、鎮遠なんて遠景の中に浮かぶ船の姿で、しかもじっくり見るにすこしも定遠じゃない!!!
鎮遠でもない!!
中身の撮影は記念艦三笠と氷川丸でやったらしく
氷川丸で写された定遠の内部は…お察しください…
主人公が秋山参謀という事もあるからか黄海海戦は1シーンもありませんでした…泣きそうです
威海衛攻略戦で筑紫がでるシーンがあるのですが、あれはSKIPCITYでとるために作った艦中央部分のセットなのでなんかちぐはぐです
「坂の上の雲」は著名な作家や研究者も尽力して艦艇の撮影に力を入れていると言われていただけに
あんな程度のシーンとはちょっとがっかり
もっともがっかりなのは
加賀の三笠の事ですが、こちらはBBSのほうでの語り合い…ご察し下さい
どちらにしても一筆書いて下さい
日露の頃の三笠艦を完全再現は嘘である事は!!おこるよー
後、ミスキャストと思われる人多数
児玉源太郎=高橋英樹…違う〜〜〜違うよぉぉぉ
もっともひょろっとした小男がやらないと!!
高橋是清=西田敏行、これはあり
八代六郎=片岡鶴太郎、なんか台詞棒読みくさくって、演技力落ちましたか?
伊藤博文=加藤剛、戦局さしせまりやたら陸奥や川上にいじめられ頬がやせこけましたって感じの絵ならお似合い
ダメなキャスト代表は山県有朋=江守徹…あり得ない、山形!!どこでそんなに太くなったよ!!おかしいだろ!!お前は大山巌か!!
山本権兵衛=石坂浩二…なんで?おかしいおかしい!!
東郷平八郎=渡哲也…哲也さん…年取りましたねぇ頬のあたりのゆるみとかもう往年のファンとしてはなんとも言いようがないけど、平八郎じゃないなぁ
あんなに背も高くないし…
ロシア留学
ダンスシーンを良く見ると…だれてるエキストラ多数
ドレスは付けるのも踊るのも大変だけど、貴族じゃないから背筋も悪いエキストラ、なんとかしてよ
大枚払った超大作「坂の上の雲」今年の暮れは見所あるんでしょうか
今年は旅順港閉塞作戦のところまでやるみたいですが…
最後を盛り上げるための作りというなら一部はとりあえずがまんしようと考えているヒボシでした
それではまたウラバナダイアルでお会いしましょ〜〜