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第二十三話 運命の線

まさかの二ヶ月オーバーぶり

日露の戦争は史実にそって書いてゆく事から作業が非常に難航してます

でもどちらかと言えば三笠様やまわりの心境を中心に書くので、そっちを摺り合わせる作業の方が大変だったりもします


でもがんばります!!

なんと今年最初の外伝www

連日の訓練を開けた翌日

合流した主力系巡洋艦を停泊させた佐世保は穏やかな日となっていた


三笠艦の周りにはつなぎの煙管服を着た水兵が列を作っていた

どこかガラ袋をつなぎ合わせたような不格好、サイズも単一のせいか体格にしてもそれなりの粒を集めた水兵達だが、誰一人としてフィッティングしている者がいない

日本手ぬぐいで襟から口元を巻き塞ぎ、海賊団の集合のようにも見える


水兵達にとって、今日最初の仕事は三笠艦を動かすための固形燃料である石炭の積み込み

かなり不幸な使命


連日の艦隊訓練で大量消費した分を補給するのは当然の事だが

燃焼する事を使命とするこの固まりの匂いは袋詰めになっているとはいえ相当なもの、口元から鼻までを覆っている水兵達は鼻っ柱に顰めた皺を浮かべて汗を流す

流れた汗が鼻筋から手ぬぐいにしみこむと何度も鼻を磨く仕草をしながら、黒く濁った場の中で匂いが固形になって鼻腔を詰めるような重さを味わいながら

長い列を作って運び込みを行う


黒いススが、気管に根詰まりを起こすのを楽しむように舞う

スカッパーのとなりにある三笠艦中程の扉を大きく開き機関部までつながる人の列

甲板の各所にある丸い蓋を開け、ススの溜まりを逃がしながらの作業ではあるが、重量を持つ埃は身近に舞うばかりでそこから逃げてくれる気配しないようで、払う手の回りをかすめるばかり


舷窓部分にまでは弛めの足場板が通され、運び込みのために一役買っている

これなしで、簡易的なラッタルなどを使うと袋をぶつけて大目玉をくらう事になるので足場の確保は大切だ

続く行列、水兵が懸命にそれらを押し上げ艦に積み込んで行く列は、青空とは対照的過ぎる重い黒色の一本のラインにして見ることができる程になっていた



「空は青い」


多くの水兵による力仕事が、黒ずみと汗の臭いで列を成すのを横目に三笠は秋空を高く済ませる青を追っていた

冬の風の中で目を細めて、千切れ破片となって駆けて行く雲を見つめる

すっかり冬の空模様で季節感独特の流れるまま薄く千切れる雲の姿はイギリスではあまり見ることのない形のもの

心細さを連想させる程なのか、小さな溜息を漏らし


いかんともしがたい自分の身を恨めしく思っていた


帝国念願であった六の戦艦を揃えた大演習、内示もあり事がおこれば常備艦隊を纏めた連合艦隊の旗艦となる者三笠は今日までどの演習項目にも金星を挙げる事は出来なかった

それどころか地場力の元である人の競技、端艇のレースでさえ最下位のワンツーフィニッシュという不名誉を頂く最新の艦艇として名をとどろかせていた


合流した巡洋艦組との初顔合わせは一汗かいた後の事だったが、三笠にとってはひたすらに苦い思いでの対面となっていた


細めた目と、への字に曲がった口

黒の髪が冷たい海風に揺れる

湖水のような青い瞳の中にどんよりと曇った心模様


「実力無き者が大口を叩くな!小者らしく控えておれ!」


思い出せば腸も煮える言葉、舞鶴で富士に罵倒された

「実力無き者」と、その時に決めた

富士と八島を越え、名だけではなく実の伴った司令として前に立つためにの全力で二姉達に立ち向かうと

特に許し難い相手、大仰な出迎えを港にて待つ艦艇に求め

大日本帝国に嫁したのに、そこに思うところはないのか?島国帝国と蔑み、大英帝国こそがすべての誉れと腕を振り

「私に敬意を示しなさい」と高圧的に、仲間たる艦艇を見下し振る舞う富士という姉


煮え立った心を止めるものはない

身体に(馬力に)ものを言わせ、自分ら見れば十年型落ち艦に片足を突っ込み始めている姉を黙らせようと考えた

頭脳ではなく、紛れもなく筋肉がはじき出したかのような答えだが、体力と丈夫さが自分を牽引するものだと信じていた三笠は、それを頼りに徹底交戦の構えで富士,八島を追ったが


結果は無惨なものだった


「潮が滲みる」


多くの巡洋艦達が見守る中での不出来な成績


演習後の顔合わせで並んだ彼女達の目が自分を嘲っているのは良くわかった

「連合艦隊旗艦」国内の艦艇における頂点の役職、それも戦時であれば絶対の司令艦となる事を前提として日本に来た三笠にとって思うような結果を得られなかった事の痛みも凄ましかったが、それを見ていた巡洋艦達の視線、顔合わせの冷視はどんな時にも「出来ます、やります」を公言してきた身として相当に堪えた


泣くことは出来ない司令艦候補三笠は、しょっぱい思いでいっぱいになった顔を空に向けて鼻を啜る

惨敗の日々に気力は減少しだらしなく顔を上げ、空を追うのが精一杯だった自分

足を投げ出した後部主砲塔の上、真新しかった黒塗りの天皿は連日の演習で潮の粉を吹いていた

ついた手のひらにざらつく潮粒を眺め、そのまま港の側に目を向ける


今日は

積み込みで佐世保鎮守府のメイン桟橋に括られている自分だが、後部につり下げられていたカッターは全て下ろされココからの見晴らしは悪くない

新品だった甲板は演習のたびに砂を泣いたため、細かな傷を作り水兵達の足に馴染むような凹凸を少しずつ作り上げている


新品のままでは戦う船にはなれない、真新しい身体に戦いを刻み込むように

傷からしみこんだ色々な物が経験となり、危機を脱する力となる

より多く、より深く積み重ねるしか方法はない、少しずつしか本物の戦艦にはなれない

三笠はそれを思い知った気持ちだった


最新鋭の鋼鉄艦、姉妹達の中だれよりも頑丈に作られた

通信機も真新しいものを付け、バー&ストラウドFA3も導入されていたにもかかわらず

着弾率は他艦はおろか、旧式の巡洋艦にも届かなかった


止まった標的にさえまともに当てられない今、自分が松島司令達のように本物の争いの海を叩き合い撃ち合った経験を持つ旧式艦艇には到底敵わないのではという焦燥感


新しいばかりで戸惑う水兵達と、最新である事を誇り「自分には出来るはず」という思い違いは、みごとに空回り魂の三笠は艦に悪影響を及ぼし

出せない結果に地団駄踏むという惨めな方向に舵を切る


六の戦艦による最初の大演習の結果は、三笠艦の生い立ちも会わせて大きな期待をしていた海軍上層部を苦笑いさせるものとなっていた


「強く成りたいよ」


言い切れない言葉、どこか弱気に沈んだ三笠を朝日は自艦公室から静かに見つめていた





「朝日〜〜〜久しぶり〜〜〜」


演習という実戦で不出来を路程してしまった妹の寂しげな背中を見ていた朝日に、陽気な声の主は手早く開いたドアを後ろ手に閉めて迫った


「すれ違いになっちゃいそうだから、さっそくお邪魔したよ」


顔に軽めの敬礼をしながら、入室の許可など何処吹く風で目の前自分の手を握る者に朝日の目は尖っていた

「邪魔しないでちょうだい」


振り切るように握られた手を離すと背を向ける

冷たい仕草に挫ける事をしらない相手はテーブルを指差しながら

朝日の背中を追って


「そりゃないぜ、頼むよ久しぶりの再会なんだから。貴女のいれる紅茶を飲ませて下さいませ。朝日大佐」

 

栗色の髪が肩を流れる

背中を向けた朝日は用意してある紅茶のセットの側に歩きながらも、自分の背に手をかけようとする気配を振り払うと、すました唇で


「貴女の分じゃないわ」


毎度の問答と半ば諦めた返事をした


「わかってるよ、富士中将の所に持っていくのとは別に、夕刻までの少しの時間を朝日と楽しみたいって言ってるんだよ」

「…出雲」


黒髪に軽めのカール、少し垂れた青い目はイタズラ気いっぱい笑みで、振り返ってもなお眉間に顰めた皺を消せない朝日の顔に


「relax、少し休もうよ」

陽気な仕草、肩をあげ両手を開いて見せる相手に小さな溜息を落とした朝日は諦めたようにテーブルにと相手を導いた


調度の整った部屋

朝日の持つ部屋は手入れの行き届いた公室として、特に紅茶の良い香りをしみこませた心地の良い空間と成っていた

元々朝日の前、姉敷島もそうだがさらに上の姉である富士にしろ、八島にしろ英国生まれの艦艇達はその香りを色濃くのこす公室を自室として使用するのが自慢でもあった

フランス艦艇である松島達も同じように豪奢な部屋を持っている、内装のつくりに多少の差はあれど、選ばれた艦艇、戦う船としての不必要とも思われがちではあるが、古き世を走った帆船時代からの名残である部屋は

戦う事のために産まれた船の魂である彼女たちにとっては、とても大切な空間でもあった


殺伐としがちな職務の中にあって、自分の心を休ませる大切な部屋はせめて優しさとのぬくもりを残すものであってくれれば、穏やかな気持ちにもなれるというもの


「やっぱり朝日の部屋は落ち着くな、ここがちっぽけな島国帝国だってのを忘れるよ。イギリスそのままの空気だ」


程よく香りだした紅茶の湯気に満足と笑う出雲は、花刺しが付けられている壁を見る

手前では培った感を働かせ、手際よくお湯を注ぐ朝日


「砂糖はいらないよ」

「知っているわ」


小気味のいい言葉はイタズラで言っている。紅茶に砂糖を常識的に入れるのは労働者階級が考えた腹を満たす方法だった

件のヴィクトリア女王治世の頃、イギリスは第二次産業革命を起こし労働者達は寝る間を惜しむほどに働いた

食うや食わずの時の少しの間、小腹のスキ、食欲に対する反逆を押さえるためにダストチップのティーに砂糖を入れる


それを出雲は嫌っていた


大日本帝国ではどういう事か戦船である自分たちを、帝国に住まう漁船や働く船達に至るまで労働者の長という見方をするものが多かった

それは広義的な見方であり、人の仕事、国家の仕事で働く者の頂点であるという意味では悪い見方でもないのだが、イギリス生まれの出雲にはいまいちピンとこないものだった


長と言われても、頂点の労働者という扱いはどうしても馴染めないものとして思えた


自分たちは国を護る騎士である

女王陛下の円卓の騎士、四方の海を守るために産まれた戦船という誇り

イギリスで産まれたとき最初に教えられたものだったからだ


だから紅茶も最高の茶葉を楽しむ

元が持っている微かな色味と柔らかな味わいを、砂糖でかき消すような事は決してしたくない

国家を守る騎士として、上質な時を緩く楽しめる事は大切と考えていた


並べられたティーセットの手入れの良さに出雲は感心しながら最初の一杯に口を付けた


「うまい、落ち着くよ」

簡潔な賛辞に、自分のを用意した朝日はソーサーを片手に

「どういたしまして」と軽く会釈した


「やっぱり朝日のいれる紅茶は最高だよ。富士中将の機嫌が良いのもうなずける」


紅茶に対するこだわり

富士はイギリスの上位階級の夫人達が嗜む喫茶習慣を大切にしていた

イギリスでは男達の社交場では「葉巻とブランデー」煙の中で大事を語るのが常

女達の社交様式が形としてまとまったのは富士が誕生する少し前の事だった

優雅な一時を、男達の煙る世界とは別に楽しむという習慣はオペラや夜の舞踏会などにつきものだった


これを富士は大切な嗜みとして行っていた

基本食事を必要としない艦魂だが、富士は夜につながる一時の時間を緩やかに楽しむ為に習慣としていた


そして今日は大演習を開けた最初の休み

昨日は黄昏時を楽しむ事無く眠りに突いたであろう彼女だったが、全員集合の顔合わせが終わると颯爽と朝日に申しつけていた


「夜には紅茶をお願いね、朝日」と


嬉し目でとても上機嫌だった富士、それを思い出した朝日の顔は急に曇った

「機嫌が良いのを喜んでいいのかな…」


膝の上に置いたソーサー

カップの中に揺れる琥珀の波に、悲しげな視線を落とした朝日

公室のテーブルの真ん中、鳥籠を模したティースタンドに置かれるスコーンに手を伸ばした出雲


「相当はしゃいでたもんな、富士中将。大喜びが遺憾なく振りまかれていて驚いた」

「あんなふうに…」


朝日は口ごもってしまった


今朝、巡洋艦組との顔合わせが行われたとき、富士は満面の笑みでみんなに挨拶をした

本来ならば最新鋭の艦として日本にきた三笠が前に立って、初の挨拶をする場だったが出番はなかった


訓辞の全てをEnglishで行った富士は、大演習の成績発表などはいっさいしなかったが

最新鋭艦艇でありながら良の成績を出せなかった三笠への「無記名」罵倒は外さなかった


「期待された結果を残せないのは、国家に対する罪にも等しい」


司令艦になるハズの三笠は敷島達六戦艦の並びの外れ末席に立たされ、巡洋艦達はおろか湾内を働く全ての船達のさらし者にされた形だった


長かった演習、多くの艦艇が参加しながらも一度も先頭に立つことなく

空回りを続けた三笠は顔を上げることもできない状態に打ちのめされていた

結局富士は三笠の紹介をする事なく壇上を降り、勝手に解散と手を振ってしまった

なんとか妹を紹介しようとしていた敷島の意向も無視された形で


微かに揺れる紅茶の湯気は、夜を駆け足で連れてくる千切れ雲にも似ていた

味わうことなく膝元に置かれたカップ

視線を落としたままの朝日に出雲が口を開いた


「しかたないんじゃないか?実際良い成績を上げられなかったんだし」

「わかってる…わかるけど、だけど」

「富士中将も、八島中将もやることちゃんとやってるんだ。出来ないヤツは言われても仕方ないだろ?」

すでに飲み干してしまったカップを下ろし、反撃を待つ形で背筋を正した出雲だったが朝日にはそんな気力はなかった


帝国海軍にある亀裂を見るに、それを纏め

頑張る一辺倒でココまでやってきた三笠が力故に毎日空回り、あげく罵倒を受ける姿は心が痛かったが、富士が間違っているわけでもないという憤りをどうしていいのかわからなかった

カップの中に残り、温度を落として行く水面


「そんなに思い詰めるなよ。朝日よ、これで決まったみたいなもんだ、人が決める序列と差が出来るのはあまりよろしくねーけどさ。私達大日本帝国海軍は富士中将、八島中将に従っていけば問題はないってこったろ」

「それは、でも問題になるわ」


沈み続ける顔を覗き込むように近づいた出雲に朝日は否定と首を振った


序列は大切なものだ

人が決める事ではあるが、それによって軍隊という組織は統制をとってゆく

船の魂達は一応に序列には従う、それは自然の断りというよりもそうするね事がスムーズであるから

三笠は来年には少将になる、朝日と初瀬という姉を飛び越え将旗を掲げる一級の司令艦となる事が使命でもある

そして事がおこれば階級はさらに上がる事にもなる


その時に富士が言うことを聞かないなんて事がおきれば、組織として大きな断絶を呼びかねない

三笠が本当に不出来であるかを、たった一度の演習で決めるのは早計過ぎると懸命の説明をするが


「富士中将の方が安心できるんだよ。今の帝国海軍は富士,八島の二頭体制が良いとみんな考えてる」


沈む朝日に畳みかけるように語る出雲

富士はだいたい正しい、軍務に置いて必要である事を、どれをとってもそつなく不足する事なくこなす

八島もまた然り


それは大切な事だ。自分たちの仕事は失敗が許されない

失敗するという事を前提にされない仕事を担うのが戦船


「富士姉さんは、みんなをちゃんと見ているわけじゃないわ」

息のつまる思いの中やっとで顔を上げた朝日は、スコーンをかじる出雲に聞いた


「富士姉さんが帝国海軍を一つに纏めているって言える?言い切れる?」

「まあ、そのへんは八島中将が担当してるんじゃないの?」

相手の反応を細い垂れ目はよく見ている

「八島姉さんにとって大切なのは富士姉さんだけよ。帝国海軍の一致団結に力を注いでいるとは言い難いわ」


「だけど、基本軍務ができてればな、それについて行く方が簡単だろうよ」

「貴女の妹みたいに?」


朝日は急に踏み込んだ言葉を発してしまった事に慌てて口を塞いだ

文字通り右手で口を閉じると申し訳なさそうに出雲から目をそらした

目の前、失言を恥じて自分から謝ってしまいそうな朝日に出雲は平然とした態度のまま


「ああっ磐手はそっちを選んでるな」

乾いた声を返すと、カップにもう一杯を注いだ


出雲の妹磐手は今日を生きる帝国海軍上位艦艇の中にある巡洋艦としてイギリスからやってきた

六の戦艦

六の巡洋艦

六六艦隊の中核として基本部分に組み込まれた彼女達だったが、富士に歓迎はされていなかった


理由は明確ではないのだが

富士は、イギリス出身の艦艇に対してもある種のヒエラルキーを作っていた

これはもう完全な区別であり、彼女が態度でそれを示すことで朝日は漠然とこの区別の形を捉えていたが

あまりに馬鹿馬鹿しい事なので誰かに口に出して言ったことはなかった


富士による区別の基準は多岐にわたっているようだし

彼女の感情で決まる事なども多い中で特にわかりやすいのが、金髪碧眼であるという日本人離れした姿を大切としている事

朝日が思うにこの一見くだらない区別の基準は富士には切れないようで、基準である大事な要素が抜けていればまず認めないのである

姉妹艦である八島は絵に描いたようなイギリス人でこの条件を美しくクリアーしている

富士が同じ顔を持つ自分の妹に心酔しているのもこの理由からではと思えるほどに


姉敷島から始まる姉妹もなんとか富士が括るラインの上にいた

敷島は八島に似た雰囲気を持つ金髪碧眼

朝日は金髪というよりは栗毛の混ざった柔らかな髪に青の目

初瀬は金髪だけど短い髪で少しアッシュ系そして決まりである青い目を持っていた事でボーダーライン上にいた


それでなんとか富士が可愛がっているそぶりをみせる事のできる妹でもあると言う事


ところが同じイギリスで建艦されたのに、出雲と磐手は青い目こそ持っていたがブルネットだった

それ以前の巡洋艦(日清戦争参加組は別)も明確に金という髪の魂はいなかったのだ

常盤は赤みの入った髪で青い目、浅間は金髪だったが目が茶色かった


六の戦艦

六の巡洋艦

帝国の要となる艦艇は富士の馬鹿馬鹿しい基準で一つの区切りをつけられていた

そうでなくても富士は前の戦争を戦った松島司令を否定し、戦中派と戦後派という溝を作っていたのに

おおよそ中将という地位にある者とは思えないくだらない、こだわりで帝国海軍の中身を区別と差別でより多方面に分断していた


だが、出雲のいうように軍務に置いては規範となり

大英帝国の蓄積してきた世界に認められる海軍としての道をちゃんと示してもいた

それが富士の正しいところだったが

朝日に言わすのならば、それだけが富士の振りかざす正義にも見えた


「アイツは認められたいのさ、強い者に」


押し黙ってしまった朝日の前、注ぎ足したティーを楽しみながら出雲は勤めて普通に、責めるようには言わなかった


出雲の妹磐手は、富士に認められたかった

高い基準を持っているからこそ、見下したような態度で自分たちを見てはいるが

出来る姿は羨望だった

残念な事にブルネットだった自分だが、実力を付けて富士の足下につけるわように成りたいと心から願っていた


富士中将は自分たちの女王陛下であると姉に言ってしまう程に


富士の絶対君主的な態度は色々な部分に弊害を出しながらも

それでも従う艦艇達には認められていたのだ

実力のある者に従うという極めて閉鎖的で発展の見込みのない海軍

各々が思う形で従い、なんとか成り立っている帝国海軍の姿は頼りないに尽きる軍団だった


あっさりと妹の有り様を告げる出雲に朝日は謝った


「ごめんなさい。でもそれは正しいの?富士姉さんは自分たちだけの世界観で帝国海軍を導いていけると思っているようだけど、誰にも何も教えず、共に努力もしないで差別や区別をするのは間違ってると私は思うのよ」


冷えてしまったカップーをテーブルに戻す、細い指先

出雲はそのカップをテーブルから取り上げるとスタンウォークに向かい窓を開けて中身を捨て、書棚の本を一つ取り出して戻ると

太陽を傾け、冬の冷たい海の上を走った外の風に身震いしてみせながら新たにティーを注いだ


「差別や区別ってのは語弊だな、階級という序列がある以上そういうのはどこにだって産まれるぜ」

注いだカップを朝日の前に差し出しながら出雲は続けた


「朝日、富士中将達が自分らだけで帝国海軍を引っ張ってるつもりになってるって言うならな、お前さんのピカピカの妹君だってそうじゃないのか?」


受け取ったカップ越し、出雲の指差す姿に朝日の目は大きく開かれていた

出雲はいつもそうだ

答えを求めている者に、自分で気がつかせる

朝日が末の妹である三笠の事に本心から心を痛めている姿を見た時、最初はからかい半分だったが真面目に聞き答えを出せるように努めていた


本心とは間逆の行動でやたら自分が痒いのか頭を掻く仕草

本当なら暑苦しい事を嫌う出雲は

自分と朝日が都合良くやっていけるのならば、艦隊の行動は術達者である富士や八島に任せて自分は、器用さを活かして着いていく程度で良いかぐらいに考えていた


実際磐手に豪語したようにバカには関わりたくないと思っていた

だが、しょぼくれ元気な顔を見せてくれない朝日の姿は正直心からイヤだった

だから乞うように聞く彼女にしっかりと答えへの道を開いていた


「三笠は間違ってる?」


盟友の砕けた態度の中にも、真剣に自分の話に耳を傾けてくれていた事に気がついた朝日は、ならばこの問題を解決をしたいと問うた


「どうだか。間違ってるかどうかはわかんないけど、あたしに言わせりゃ自分勝手なのは富士中将達と変わらないね」


そういうと先ほどと取っ手返った本を開き海図のページに視線を向けた

古い紙面に赤い線と黒い線、タイムテーブルも几帳面に書き込まれた海戦図は最初の連合艦隊が行った黄海の戦が記されていた


「あたしはね、富士中将達の技術的な所は認めてるけど、実際の海を戦った者達ほど感心してるわけじゃねーのよ」


出雲の整えた指先、ネイルこそ入れていないが光沢のある健康的な爪が

あの海を戦った松島達の軌跡を追って行く

横一線に艦隊を並べた北洋水師に対し、単縦陣を実行し続けた連合艦隊

東洋で、いや人類史上初の近代艦隊戦を行った者達の緻密な動き

何もかもが始めてずくめの戦いの中、中盤戦に行った遊撃隊の円陣から、本隊が挟み込んでの打撃戦で出雲の指は止まった


「まともじゃない戦いだったろうね。バラけちまって大変だった船もいたし、ココみろよ」


ティーセットをどかし朝日もラインを追った。船の魂である彼女達は海の上をどのように走ったかはタイムテーブルなども合わせて見る事で、理解しより実感できるものだった


千五百メートルを挟み合い向かいあって撃ち合う図

双方どちらの弾が当たってもおかしくない距離の中で、互いを励まし、誰も乱れる事なく単縦陣に行った黒い線が目に浮かばせる光景


規則正しく並ぶのはどんな恐怖だったことか、松島司令は自分が被弾した時の事はついに教えてはくれなかったし、朝日達は誰も前の戦いの事を聞けなかった

唯一、三笠だけは厳島会する宴でその事を知る事ができたが、戦後にやってきたイギリス艦艇は富士も八島も誰も知らない海戦の歴史だった


だけどその軌跡は人の手によってしっかりと残されていた

混乱と慟哭

仲間を撃たれ、自分も撃たれ、撃てども撃てどもの戦いの海に堪えて、遊撃隊と本隊はこの中盤に力を合わせ北洋水師の多くの艦に大ダメージを与えた

定遠はこの攻撃で前部マストを破壊され速度を落とし、鎮遠も足を揃えざる得なくなった

決定的な攻撃打に北洋水師は二つに割れ一つは連合艦隊に追いつけないまま戦い、一つは遁走した


黄海海戦に勝利した訳ではなかったが

結果よりも過程にあった団結

その軌跡を出雲はとても美しいものと見ていた


「今、これをあたし達はできるかな…あたしは出来ないと思ってんだ」


「私も出来ないと思うわ、今のままでは」


朝日の目には微かな涙があった

松島達先人が行った戦いが教えてくれるもの、それは戦略や、艦隊の不足と不十分という欠けた事ばかりではなかった


全体が一丸となった恐怖を乗り越えた事

それを中盤の線が示していた

本人達にその自覚があったのかどうかも問題ではなかった

彼女達は国運の掛かった戦いに心を一つにして戦い、運命の線を引いた


一生懸命の単縦陣


そこに至った仲間達


「朝日よ、妹君には私はそれなりに期待してるよ。なんたって若いし勉強熱心だってのは常盤から聞いてるし」


出雲は最後のスコーンを手早く取ると

「だけど今のままじゃダメだぜ。自分勝手に富士中将達に挑んで艦隊運動を疎かにするようなヤツにあたしは従えない」

朝日は深く頷いた

出雲が思うように、三笠の自分勝手な挑戦を苦く見ているものは多いハズだ

半面、一生懸命をみんなに感じさせる司令艦を望んでいる者も、いないわけでもないという事


「チャンスはまだあるのかしら」

「あるさ」


最後の一欠片をほおばった出雲は自分の前で胸を押さえる朝日の姿に、苦笑いした

「そんな顔するなよ、愛しの朝日大佐」


言いながらも出雲は少しばかり朝日が狡いとも考えていた

朝日だけでは解決できないこの事に、出雲は結局手を貸す事になる

本当はおちゃらけ、自分の為だけにのんびりとやっていきたいなどと考えている心を押し殺して


惚れた相手の為に骨を折る


「あたしのやり方は荒っぽいぜ。覚悟はしておいてくれよ」

朝日が心を砕くほど思う妹三笠の存在に出雲は少しの嫉妬心を燃やしながらも


「大事な事は自分で気がつく事だ。だからそこまでの道は…なんとか見せてやる。後はバカじゃねー事を願うよ。結果がダメでも怒るなよ」


そう言うと祈るような朝日を指差して


「そしてただじゃないからな」と釘を刺した


「猪様の相手をするんだ、それなりのものを貰うぜ」

「紅茶で良いかしら」


すっかり晴れた朝日の顔は優しく微笑む

相手の輝く笑みに出雲は自分の胸を押さえて心に向かって吠えた

「きたねえ」と

それでもただでは転ばない出雲は肩を鳴らしながら


「ああっ、生涯飲ませてもらうぜ。死が二人を分かつその時までな」

まるでプロポーズの一節

「いいわよ、手が空いてる時は」

いつもの笑顔が返る

出雲も笑って見せる


「やれやれ、大仕事をひきうけちまったよ」と頭を掻きながら少しの談笑をし

夕日の空に白い影を写した月の下、自分の艦に戻っていった





「今度の本はスゴイよ」


大風呂敷を広げる常盤の前

姉の部屋から帰って行く出雲を見ながら初瀬は常盤と話しをしていた

月明かりの甲板の上に広げられた本の束

本ばかりではなく、纏められた新聞紙などもある


常盤は赤毛の髪とまん丸の目を輝かせて、分厚い本を取り出していた

ちょっとばかり小柄な二人には大荷物になる本は、海軍司令部の編纂がされた物と

逓信省が発行した絵はがきを挟んだブックと、何故か電信柱の写真が多数


「世の中はゴンゴラ(忙しく)うごいてまっせぇ〜〜」


日本の鎮守府をめぐり数多の港を巡ってきた常磐は、方言が混ざり合った自分語で初瀬の前に次々と収穫物を広げていた


常盤と初瀬は本を通じて日本国の事を調べたり学んだりする学童の友だった

常盤とは一年弱のタイムラグで日本に来た初瀬だったが、当初は根暗で毎日自室にこもって本を読む日々を送っていた


その開かずの扉を最初にノックしたのは厳島だったが、幸福な事にその日に常盤と出会った

常盤は珍しいもの好きで、初瀬が所蔵していた本にも大変感心を持ち

ココに帝国海軍文学友の会が結成された

二人とも気さくすぎな性格で曳舟や交通船とも仲良く、そうした手を使って色々な方面から本や、新聞に雑誌、写真に絵はがきなど集めまくっていた


今日も初瀬と常盤の本読み会に、こっそり参加しようと曳舟達が集まってくる時間が近づいていた

大手を振って曳舟達が集まるのはやはり夜しかできない


曳舟を水兵以下と見なす富士の手前休暇であっても安易に出歩けない彼女達にも初瀬は門戸を開いていた


「ねえ、常盤〜〜三笠と仲良く出来そう?」


大演習の後、さらなる演習のために入港した常盤達、朝日などはこの週が終われば一度横須賀に戻ってしまう中、三笠の訓練は続けられる事に成っていた


「三笠大佐が仲良くしようと思ってくれれば成れるよ」


常盤の返事は三笠の現状を良く理解していた

まだ自分の事で手一杯、他を見ることもできずひたすらに、富士と八島を追うだけならば仲良くはなれない

だけど自分たちに目を向けて、仲良くなろうとしてくれるなら常盤は拒まないと言っている

「常盤〜〜ありがとう〜〜」

「がんばるぞ!」


常盤と初瀬は自分たちからは遠い位置

まだ町も少ない佐世保鎮守府のメインバースに付ける三笠を見つめた


「はっちゃん(初瀬)の妹だから常盤は大歓迎だよ。早く仲良く成りたいね!」



自分を支える力が周りにいる事にまだ気が付けない三笠の姿を、温かい視線が少なからず見つめる夜は更けていった

カセイウラバナダイアル〜〜良い形でのリスペクト〜〜



火星の作品は本伝もそうですが特に外伝では

他先生の作品に出るキャラクターをリスペクトしている部分があります

メッセで「○○先生のキャラと一緒ですか?」

というのがありましたが、全部一緒というわけではありません

何せ艦魂の設定が異常者である火星ですからwww

でも時間軸的シンクロや、感銘を受けたキャラの若かりし頃を描くようなテンションのものはあります


特に火星が公言しているキャラでは、今回いっぱい活躍の朝日さん

これは工藤傳一先生作品、わだつみ向こうー明石艦物語ーで活躍中の朝日さんをリスペクトしています

工藤先生の作品では叡智を備えた帝国海軍の重鎮として活躍している朝日さん

その姿に火星はとても感銘をうけて

外伝、日露戦争日本海海戦を戦う頃の朝日さん、若かりし頃こんな感じではと考えて書いています

良い形で刺激を受けた物を書きたい

そういう想いで書いているものです


この先も時々そういうキャラがでるかも知れませんからよろしくです!!

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