96.中島 永那の謎めいた瞳②
茅ヶ原先生が連れて来た男子生徒は、春日井 虎吉と名乗った。
学年は一年生で、どうやら先生が授業を担当しているクラスの生徒らしい。
年下だけど身長は僕よりも少し高く、体格も引き締まっていてスポーツマンという雰囲気を醸し出している。真面目そうな顔立ちで、このまま順調に年を重ねて大人びてきたら、なかなかモテるのではないだろうか。
とりあえず立ち話もアレなので、春日井を部室に招き入れた。
お茶のリクエストを聞いたら緑茶でいいと言ったので、小手毬さんにお願いして淹れてもらう。先生も緑茶が好きだから、手間が省けてちょうど良い。
「それで……相談だって?」
「はい、よろしくお願いします!」
顔を合わせた時にも行った挨拶を、春日井は再度繰り返した。
見た目の印象に違わず、礼儀正しい性格のようだ。
彼に相談の詳細を聞く前に、まず気になっていることの答えを確認しようと、壁際のソファーでお茶と羊羹を堪能している先生に声をかける。
「そもそも、どうして先生が相談者を連れて来たんですか?」
「うん? ああ……春日井くん、私が恋愛相談部の顧問だって知ってたみたいで、授業の後に声をかけてきたのよ」
「なるほど」
会ったことのない先輩に直接話を持って行くより、一応は顔見知りの顧問に取り次いでもらう方が気楽だったってことかな。
僕が納得した表情を見せると、それ以上は説明する必要がないと踏んだ先生は、再び羊羹を味わい始めた。この人、相談に協力する気は全然ないんだな……。考えてみれば、教師が生徒の恋愛に肩入れするのも変だし、別にいいけどさ。
「話が逸れて悪かったな。それで相談っていうのは?」
「あ、はい……実は俺、気になってる子がいまして……」
ずいぶんとオーソドックスな恋愛相談だな。
もちろん相談内容に不満があるわけじゃなくて、単にこういう相談が久しぶりで不思議な気分になっているだけだ。
「男の子が相談に来るのって、ちょっと久しぶりだね、真壁くん」
「確かにそうだね。確か金名以来だったかな」
どうやら小手毬さんも、僕と同じことを考えていたらしい。
僕の隣に座ったまま、どこか嬉しそうな表情でそんなことを言った。
厳密には門脇あたりも相談者みたいなものだけど、アレは状況も少し特殊だったから、やはり今回のようなオーソドックスな相談だったとは言い難い。
何となく不安になった僕は、つい出来心から春日井に尋ねてしまった。
「春日井……つかぬことを聞くけど、相手は同性じゃないよな?」
「同性って……男同士ってことですか!? ち、違いますよ!」
「相手が結構年上とか」
「同じ一年です!」
「じゃあ変な異名が付けられてるとか、性格にギャップがあるとか」
「異名って何ですか? 意味が分からないんですけど……」
意味が分からないらしいですよ、水澤先輩。
まあ春日井は最後のが彼女の話だなんて、当然理解していないはずだけど。
「真壁くん、そんなに色々言ったら、春日井くん困っちゃうよ」
「そうだね、ごめん。最近は変わった相談が多かったから、つい気になって」
「それは、まあ私も分かるかなぁ……」
小手毬さんは苦笑気味に言う。
男子がどうこう以前に、真正面から普通に「誰々が好きで……」と相談を持ちかけられたこと自体、一体いつ以来だろうか。
「さっき同じ一年って言ったよな。どういう関係だ?」
僕は気を取り直して、春日井から情報を聞き出す。
「えっと……クラスは別です。特に友達とかでもないです」
「要するに、相手は春日井のことを知らないのか?」
「確認してみないと分からないですけど、多分知らないと思います」
なるほど。この様子だと、碌に話したこともなさそうだな。
小手毬さんも同じ結論だったのか、僕に代わって春日井に尋ねてくれる。
「その子と喋ったこともないの?」
「一回だけありますけど、ほんの一言二言だったので相手が覚えてるか……」
「ほとんど喋ったことがないのに好きなんだね……。理由があるなら、教えてもらえないかな?」
もっともな疑問だろう。
今までも一目惚れとかあったし、そういう類だろうか。
そう思っていると、春日井は照れくさそうに理由を語った。
「その……彼女、E組の中島 永那さんって言うんですけど。中島さんは目が綺麗な子なんです」
「目?」
え、まさか目フェチか?
また業が深い相談者が来てしまったのか?
「はい。何かこう……ミステリアスな感じで。引き込まれるような目をしてるっていうか……」
「近くで目を見たことあるんだね。一回話したって言ってた時かな?」
「そうですね。たまたま廊下で中島さんとぶつかりそうになった事があって、その時に見た彼女の目が印象に残ったんです」
一瞬不安になったけど、どうやら変な趣味の持ち主ではなかったらしい。
どう考えても歴代の相談者のせいで、悪い想像ばかりするようになっている。
「E組か。その中島さんって子に心当たりはないし、知り合いはいないクラスだな。小手毬さんと茅ヶ原先生は?」
「うーん、私も聞いたことないかな」
「私も担当じゃないわね。目立つ子なら知ってるかもしれないけど」
この口振りだと先生も、中島さんという子については知らないみたいだな。
どうやら、そこまで目立つような生徒ではないみたいだ。
もし明らかにモテそうなタイプなら、影戌後輩のように僕の調査に引っかかっていても不思議じゃないしな。
まあ今回はそもそも知り合いですらない関係だし、僕たちが中島さんとやらに本格的なアプローチを仕掛ける展開には、そうそうならないだろう。
釘原や門脇の場合は、すでに付き合っているとか元々好意を持っている疑惑があるとかで、色々と特殊な状況だったのだ。今回は焦って関係を進める理由もないし、春日井の背中を押してやるくらいで十分だと思っている。
「今回は知麻ちゃんたちもいないし、私たちだけで頑張らないとね、真壁くん」
そう言って小手毬さんは、胸の前で両手を握り込むような仕草をする。
彼女が気合いを入れる時によくやる仕草だけど、改めて見てもめちゃくちゃ可愛い。
そういえば会ったばかりの頃、このポーズの小手毬さんにドングリ型のぬいぐるみを握らせたいと思ったことがあったな……。僕としたことが、購入を検討しただけですっかり忘れていた。
「……って言っても、いつも通り真壁くんが解決しちゃって、私のやることなんてないかもしれないんだけど」
小手毬さんは困ったような表情で「えへへ」と笑った。
以前のように落ち込んでいるわけではなさそうだけど、やはり彼女なりに部に貢献したいという想いはあるのだろう。
「それこそ、いつも通り小手毬さんが傍にいてくれれば、僕はいくらでも頑張れるんだからさ。頼りにしてるよ、小手毬さん」
「もう、そうやって真壁くんは、私を甘やかすんだから……」
口調は「仕方ないな」という感じだけど、小手毬さんの表情は柔らかい。
ただ実際のところ最近の小手毬さんは以前に比べて頼り甲斐というか、母性的なものが著しく向上しているので、普通に頼るような状況だってあるだろうと僕は予想していた。今の小手毬さんは、以前のようにほんわかしている可愛い子というだけではないのだ。
そんな風に笑い合う僕と小手毬さんを前にして、春日井はどこか気まずそうに先生の方を見ていた。
「あの、何かいい雰囲気ですし、もしかして俺ってお邪魔なんじゃ……」
縋るような目を向けられた先生は、ゆるゆると首を振った。
「さっきも言ったけど、この子たちはこれでいつも通りなのよ。気を遣ってたらいつまで経っても相談できないから、早めに慣れなさいな」
「こ、これでいつも通りなんですか……?」
春日井が「信じられない」という顔を向けてくる。
多少はイチャついてる自覚はあるんだけど、そこまで言うほどだろうか?
「恋愛相談する相手が恋人と親しい方が、春日井にとっても安心じゃないか?」
「ん……? そう言われれば、確かにそうかもしれませんね」
「だろ? 見ての通り、僕と小手毬さんは仲良いぞ。春日井だって上手くやれば、中島さんとこんな風になれるかもな」
「なるほど……! 参考にさせてもらいます!」
自分が想い人とイチャついているところを想像したのか、春日井は目を輝かせながら頭を下げてきた。
よしよし、そこまで言うなら、存分に僕と小手毬さんのイチャイチャを参考にすると良い。
「というわけで小手毬さん、ちょっと撫でてもいい?」
「どういうわけなのか分かんないけど……別にいいよ?」
「いいのね……」
冷めた目で見てくる茅ヶ原先生は、徹底的にスルーだ。
僕の方に傾けてきた小手毬さんの頭を、出来るだけ丁寧な手付きで撫でる。
小手毬さんときたら髪はさらさらで手触り最高だし、ちょっと甘く感じる香りは心地いい。力が抜けて僕の肩に体重がかかると、彼女の柔らかさが伝わってきてドキドキする。ちょっとした麻薬じゃないかな、これ。
「これが恋人同士の……。俺もいつか中島さんと、こんな感じに……!」
「……もう帰っていいかしら?」
素直に感心する春日井と、呆れ返る先生の声は、残念ながら僕らの耳には入ってこなかった。
春日井くんは、真面目すぎて少しチョロい子です。
また活動日報でキャラの3Dモデルを公開しています。
興味がありましたら是非ご覧下さい。
今回は楠さんと望ちゃん。
そして本編に先駆けての公開となる中島さんです。