94.新妻気取り・小手毬ちゃんと二年女子妻の会②
<楠さん>
正面の席でイチャつく二ノ宮ちゃんたちを見て、私は思わず笑顔になった。
この間、屋上で「二人はラブラブ」なんてからかってみたけど、まさか本当に二人が付き合ってるとは思わなかった。
……あれ? あの時は付き合ってなかったんだっけ? それに二ノ宮ちゃんは、今もまだ付き合ってないみたいなこと言ってたけど……まあいいか。どうせ似たようなもんでしょ?
さっきから二人とも、高校を卒業したら一緒に暮らすって言ってるし。
あの態度で「まだ自分は完全に受け入れてない」って言い張る二ノ宮ちゃんも、かなりの頑固者だよね。どう見たって相思相愛の二人なのに。
ていうか二人だけズルいよね。
私も京介を連れて来られたら良かったのに。
妻の会にカップルで参加するなんて、女の子同士ならではって感じだ。
まあ京介は照れ屋なところがあるから、すぐ傍で惚気話なんてしたら恥ずかしがって「止めろ!」って言いそうだけど。
まったく亭主関白な京介にも困りものだ。
「でも実際、妻の会なんて言ってるけど、簡単に結婚なんて出来るもんなの?」
「あー、そうだよね。私たちほどじゃないけど、親とか納得するのかな?」
二ノ宮ちゃんと内倉ちゃんが、不意にそんな疑問を口にした。
確かに女の子同士の二人に比べたら楽だろうけど、高校生の時点で結婚を考えてるのが、あんまり一般的じゃないのは私も分かる。
しかし私と京介に限って、そんな心配はないのだ。
「ふふーん、私と京介は両親も認めてくれてるし」
「え、そうなの? もうそこまで話進んでるのね……」
私が自慢げに言うと、小野寺ちゃんが驚いた顔を見せた。
「うちの場合、本当に付き合う前から恋人同然だと思われてたからねー。付き合い始めたって知らせた時も、『まだ付き合ってなかったの?』って言われたくらいだし」
そう言った後、私は机の下に置いていた鞄から一枚の紙を取り出す。
いつも持ち歩いている、私のお守りのようなものだ。
「これって……」
「こ、婚姻届……?」
「その通り! しかも私と京介の親が、証人のサインしてくれてるんだよ!」
私の持つお守り――婚姻届を見て驚くみんなに、高らかに告げた。
宣言通り、証人欄には私と京介の父親の名前がそれぞれ書かれている。
妻の方は私の名前も記入済みだ。婚姻届は有効期限がないらしいので、京介がその気になったらその日のうちにでも提出できるように準備してある。
「ガチ過ぎでしょ……婚姻届って」
「わー、凄いね! ねえねえ花蓮ちゃん、私たちも書いてみようよ!」
「意味ないでしょ、そんなの書いても……」
「だって気分だけでも味わいたいのー!」
ちょっと引いた感じの二ノ宮ちゃんを尻目に、内倉ちゃんは興味津々な感じだ。
そういうことなら……と、私は鞄からもう一枚の紙を取り出す。
「あ、内倉ちゃん。婚姻届だったら書いてないのがあるから、一枚あげるね」
「わぁ! ありがとう、楠さん!」
「いや、何で未記入のまで持ってんの……?」
私が未記入の婚姻届をあげると、内倉ちゃんは凄く喜んでくれた。
二ノ宮ちゃんの方は私が婚姻届を余分に持っていることを不思議に思っているみたいだけど、これには一応ちゃんとした理由がある。
「だって記入済みの内容が変わったら、すぐに書き直さないとだし」
「だったら記入しなきゃいいでしょうが……」
「えー? これがあると、お守りみたいで結構テンション上がるよ?」
あと実はいきなり婚姻届を見た京介が、反射的に破るかもしれないという懸念もあったりする。
京介って恥ずかしがり屋だからなあ。
「ま、真壁くんもお願いしたら書いてくれるかな……?」
「真壁くんなら大丈夫じゃない? 小手毬ちゃん大好きだし」
「じゃあ私も一枚……」
「いいよー、はいこれ」
自分も欲しそうな顔をしていた小手毬ちゃんに、婚姻届を一枚手渡す。
婚姻届は印刷したものでもいいから、ネットで見つけた気に入ったデザインの物を複数枚用意している。
妻の会の仲間だし、婚姻届を持つ友達が増えてくれると私も嬉しい。
「小野寺ちゃんもどう?」
「わ、私も? まあ、そうね……それなら一枚貰おうかしら」
「はいはーい」
隣で物欲しそうにしていた小野寺ちゃんにも、ちゃんと分けてあげる。
小野寺ちゃんも京介に負けず劣らず、素直じゃないところがあるからなあ。
友達として、たまには背中を押してあげないと。
うーん、いいことするのって気分いいね!
<小野寺さん>
楠さんから貰った婚姻届を眺めながら、私は自分の心音がコントロールを外れて激しくなっていくのを感じていた。
こ、これ……本物なのよね? これを記入して提出したら、私と勝くんが夫婦に……?
いえ、落ち着きなさい、真世。まだ十八歳未満だから、少なくとも来年までは提出できないのよ。十八歳になったとしても、うちの両親は楠さんのところみたいに早々と結婚なんて認めてくれるとは思えないし……。
「花蓮ちゃん、後で一緒に書こうね!」
「まあ、どうせ出せるわけでもないし、別にいいけど……」
「私はまだ真壁くんのご両親に会ったことないから、証人欄はムリかなあ。どうせなら、ちゃんとお互いの家族に認められた感じにしたいよね」
「小手毬ちゃんと真壁くんの名前書いとくだけでも、気分いいと思うよー」
楽しそうに婚姻届について語っている皆を見ると、少しだけ焦りを感じる。
だってこの子たち、揃いも揃って彼氏と仲が良いんだもの。
二ノ宮さんと内倉さんは彼氏相手じゃないけど、女性同士でここまでラブラブな関係という事実が、逆に私の焦りを助長する。
――もしかして私と勝くんって、少し遅れているのかしら……?
私と勝くんはお互いの家に行ったことがあるから、その点では美薗ちゃんたちに勝っていると言えないこともないんだけど、あのカップルはそんなの関係ないくらいに仲が良いし。
楠さんは言わずもがなで、お互いの両親から結婚を了承されているというのは、どうやっても勝てる気がしない。まあ彼女の話を聞いた感じだと、彼氏である金名くんの方が承諾しているかは疑問なんだけど、それでも二人は私たちよりも進んでそうな気がするわよね。
勝くんは優しいし格好いいけど、ちょっと奥手なところが玉に瑕だ。
私に告白してくれた時も結構焦らされたし、悪く言えばヘタレな部分がある。
真壁くんみたいな鬼畜になれとは言わないけど、もう少し強気に攻めて来てほしいなと思わなくもない。
まあでも私たちだって、実のところキスまでは進んでるし?
その先に進むのだって、時間の問題っていうか……。
いかに他のカップルがラブラブとはいえ、そこまで後れは取っていないはず。
そんな思いから、私は恐る恐る楠さんに尋ねてみた。
「ち、ちなみにだけど……楠さんたちって、どこまで行ったの?」
「んー? どこまでって?」
「だ、だからアッチの方よ……。その、男と女的な……」
「……あ……あー、そういう話かー」
私の言いたいことを察した楠さんは、すぐに頬を赤く染めた。
こ、この反応はクロなのかしら……それともシロ? 分からないわね……。
「ちょ、ちょっと真世ちゃん、そういうのは……」
「いやでも、美薗ちゃんだって気になるでしょ?」
「それは、まあそうだけど……」
私を窘めるように声をかけてきた美薗ちゃんだったけど、やはり年頃の女の子らしく気にはなるようだ。
楠さんに負けないくらいに赤い顔で、気まずそうな表情をしている。
というか美薗ちゃんこそ前に聞いた時は、真壁くんとの関係がどこまで進んでいるのか、いよいよ最後まで教えてくれなかったのよね。
一見すると純情そうな彼女だけど、真壁くんへの入れ込みようは楠さんにも負けないので、行くところまで行っていないとも言い切れないのが怖いところだ。
「おー、凄いね花蓮ちゃん。なんかドキドキするねー」
「あたしたちには関係ないでしょうに……」
内倉さんは興味津々な感じで普通の女の子っぽくて、二ノ宮さんは割とさらっとした反応だった。
どうでもいいけど、この場合の「関係ない」って二ノ宮さんはどういう意味で言っているんだろう?
二ノ宮さんって「まだ響とは付き合ってない」なんて言うけど、実際はほとんどOKしているも同然な印象だから、実は「男と女の関係なんて自分たちには関係ない」と思っていても不思議ではない。
まあ聞いたら間違いなく否定するだろうけど。
「そうだねー、私と京介はー……」
そんな私たちの反応を尻目に、楠さんはモジモジとしながら語り始める。
初心な態度にも見えるけど、その口からどんな言葉が飛び出すのかと思うと、どうしようもなくドキドキしてしまう。
「んー、やっぱ秘密!」
「ええぇー……?」
しかし突然梯子を外すかのように、楠さんは話を中断してしまった。
ここまで焦らしておいて、そのオチはないでしょう……。
私以外もやはり気になっていたのか、揃って困惑の声を上げていた。
というか、前の小手毬さんの時と同じ答えじゃないの。なんで自分のことは棚に上げて、残念そうな顔をしてるのよ。
あと二ノ宮さん、あなたも普通に声出してたわよね? やっぱり気になってたんじゃない。
私がそんなことを考えていると、楠さんは真っ赤な顔のまま体をくねらせる。
「だってー、私と京介の大事な思い出だしー」
「……ん?」
ちょっと待って。今のセリフ、おかしくなかった?
慌てて他の三人の様子を窺うけど、どうやら疑問には思わなかったようで、特に反応は見せていなかった。ボソッと呟く感じだったから、もしかしたら聞こえていなかったのかもしれない。
も、もしかして楠さんって、最後まで行っちゃってるの……?
それを私が尋ねる前に、楠さんの反撃が飛んできた。
「そういう小野寺ちゃんは、建山くんとどこまで行ったの?」
「うっ……え、えーっと……」
しまった……自分が聞かれることまで想定してなかったわ……。
最近になってキスは済ませたけど、この流れでキス止まりって子供っぽくない?
「ご……ご想像にお任せするわ……!」
迷った挙句、私は誤魔化すという選択肢を取った。
これなら意味深な感じで、上手い方向に取ってもらえるんじゃないかしら?
「おー、何か大人な答えかも」
「ま、真世ちゃんたちも、意外と進んでるのかな……?」
「花蓮ちゃん! 私たちも負けてられないよ!」
「いや無理でしょ。大人しく負けときなさいって」
四人の反応を見る限り、私の発言は特に疑われていないようだ。
良かった……どうにか誤魔化せた。
で、でもいずれバレるかもしれないし、その時のために嘘を嘘じゃなくしておくっていうのも、一つの手かもしれないわね!
こうして私は、明日からもう少し積極的に勝くんとの関係を縮めていくことを心に決めた。
そして楠さんたちの真相については、会が終わるまで確認できないままだった。
二ノ宮さんと分ける必要はないと思ったので、内倉さん視点はなしです。