93.新妻気取り・小手毬ちゃんと二年女子妻の会①
今回のエピソードは同じ話の中で視点変更します。
<小手毬ちゃん>
「こうやって女子だけで集まる時って、あんまないよねー。小野寺ちゃんと一緒に出かけた時も、最後は京介と二人になったし」
「あれは楠さんが金名くんを引っ張って行ったんでしょ……。まあ私も勝くんと二人きりになったから、人のことは言えないんだけど」
「あはは……私はその時いなかったから、一緒に行けたら良かったなあ」
舞奈ちゃんと真世ちゃんの会話に、私は相槌を打った。
真壁くんが金名くんたちと出かけた件は、大体のところだけ聞いてたんだけど、横から来て金名くんを連れ出すのは本当に舞奈ちゃんらしいなと思う。さっぱりしているようで、金名くんに対してだけは情熱的なんだよね、舞奈ちゃんって。
「まあ今はこうして女子会やってるんだから、別にいいでしょ」
「ちょいちょい小野寺ちゃん、違うってー。女子会じゃなくて『妻の会』だよ」
「……それ、女子会と何が違うの?」
今、私たちは学校近くのファミレスに来ている。
目的は舞奈ちゃんが言った通り、女子会ならぬ「妻の会」を開催するためだ。
妻の会とは元々、私と舞奈ちゃんが勝手に言っている集まりだったりする。
私は真壁くんの奥さんになる気満々だし、舞奈ちゃんも同じく金名くんと結婚する……というか本人的にはしているも同然のつもりらしいから、高校二年生ながら伴侶を決めた女子二人で結成したのが「妻の会」なのだ。
活動内容は、主にお互いの惚気話をすること。
知麻ちゃんや望ちゃんは後輩なので、真壁くんとの惚気を聞かせるのは少し申し訳ないし、里利ちゃんは真壁くんが話題に上がるだけで凄い顔をするので、気兼ねなくそういう話が出来る関係というのは意外にありがたい。
反対に舞奈ちゃんと金名くんの惚気話も聞くことになるけど、二人が仲良しなのが伝わってくるから私は結構好きだったりするんだよね。
よく話してるから、今ではこうやって名前で呼べるくらい仲良くなったし。舞奈ちゃんの方は、金名くん以外の人を基本的に名字で呼ぶみたいだけど。
「実際やってることは、普通に女子会と変わらないかなぁ? ちょっと惚気話が多いくらいだよね」
「だったら普通に女子会でも良くない?」
私の説明に、真世ちゃんが呆れた顔を見せる。
そんな彼女に向けて、今度は舞奈ちゃんが口を尖らせた。
「はー、分かってないない。妻ってところがいいんじゃん。小野寺ちゃん、建山くんと結婚する気ないわけ?」
「あ、あるわよ! ありますけど!? 私と勝くんはラブラブなんだから!」
からかうような舞奈ちゃんの言葉を受けて、真世ちゃんは顔を真っ赤にする。
昔は真世ちゃんのことを「高嶺の花」だと思って緊張してたけど、今となっては親しみやすい普通の女の子って感じで、私はこっちの真世ちゃん方が好きだな。
「まあまあ、今日はみんな誰かの奥さんってことで、妻の会でいいでしょ?」
私がそう言って宥めると、真世ちゃんは少しだけ落ち着きを取り戻す。
「ま、まあそうね……。未来の建山 真世……うーん、うちの家族的には婿養子が希望なのかしら……? ――とにかく勝くんの未来の妻として、彼とのイチャイチャぶりをとくと味わわせてやるわ!」
前言撤回、別に落ち着いてはいなかったみたいだ。
でも妻の会には前向きになってくれたので、出来るだけ楽しんでもらいたい。
「ねえ……」
そんな盛り上がりの中、正面の席から声がかかった。
「その『妻の会』とやらに、なんであたしと響が呼ばれたわけ……?」
私の正面に座る二ノ宮さんは、頭を押さえるような格好でそう言った。
その真横には、ベッタリとくっついた内倉さんもいる。
「いいじゃない、花蓮ちゃん。私が花蓮ちゃんのお嫁さんってことで!」
「だったら、あたしは何なのよ……?」
「私のお嫁さん!」
「ハァ……意味分かんない……」
ニコニコしている内倉さんを見て、二ノ宮さんは溜め息を吐いた。
この二人、この間の件で無事にくっついたみたいで……。
二ノ宮さんが言うには正式に付き合い始めたわけじゃないらしいけど、私の目にはラブラブカップにしか見えないんだよね。私の立場からは、あんまり無責任なことは言えないけど、幸せになってくれたらいいなって思う。
今回の「妻の会」には、内倉さんの希望で参加したとか。真世ちゃんから開催の情報を聞いた内倉さんが、「私たちも出たい!」と言い出したみたい。
別に厳密な条件のある会じゃないし、私も難しい関係の二人が気楽に自分たちのことを話せる場所があればいいなと思って、参加に賛成したわけだ。
今日は思う存分、二人でイチャイチャしてほしい。
二ノ宮さんはともかく、最近の内倉さんは普段から二ノ宮さんへの好意を隠してない気がするけど。
<二ノ宮さん>
響から「たまには他の子とも一緒に遊ぼっか!」と言われてファミレスに来たら、何故か「妻の会」とかいうわけの分からない会に参加させられていた。
変なのは名前だけで、普通に彼氏の惚気多めの女子会みたいだけど。
今は六人掛けのボックス席で、あたしたち二人と他三人に分かれて座っている。
五人なんだから別に普通の席割りではあるんだけど、今のあたしと響の関係を考えると、敢えて二人にされたのではという疑念が拭えない。
「とりあえず、ドリンクバー行こっか。花蓮ちゃんは、いつものでいい?」
「そうね……ありがと、響」
「いえいえ、何たって奥さんですから」
「奥さんじゃないけど、感謝はしてるわよ」
適当なやり取りをした後、響はドリンクバーに飲み物を取りに行った。
そうなると、あたしが席に残って荷物を見ていればいいだろう。
あたしは向かいに座る三人に向けて声をかけた。
「あたしの分は響が取ってきてくれるから、アンタたちも行ってきていいわよ。鞄くらいなら見ててあげるから、貴重品だけ持ってきなさいよ」
あたしがそう言うと、三人は苦笑いのような表情を見せる。
楠さんに至っては、完全にニヤけていた。
「……何よ?」
「いやー、二ノ宮ちゃんたちは彼氏作んないのかなーって思ったけど、これは確かに彼氏なんて必要ないよねー。やっぱラブラブじゃん、二人とも」
「まあ、さっきの二ノ宮さんは旦那様っぽかったわよね……」
「あはは……私もちょっと分かるかなぁ、それ」
……どうやら、あたしと響の行動は夫婦っぽく見えてしまったらしい。
二人で出かけることが多いんだから、どっちかが残るのなんて普通じゃないの?
響の気持ちは認めたとはいえ、あたしたちはまだ恋人にはなってないんだけど。
さて、飲み物も一通り揃ったところで、妻の会とやらがスタートする。
とはいえ惚気話を言い合うだけだから、あたしとしては特にすることはない。
何が悲しくて、響とのやり取りを「惚気話」として話さないといけないのか。
響と付き合うと決めた後ならそれでもいいかもしれないけど、少なくとも今はそこまで割り切って考えられない。
そんなわけで各人の惚気話に相槌を打ちながら、あたしは観察をしていた。
まず最初に気付いたのは、そもそもあたしが惚気話をしなくても、響があたしとの思い出を惚気として語るということだ。
「そこで花蓮ちゃんが『他の男なんて目に入らないくらい、あたしを夢中にさせて見せなさい』って言ってくれたの!」
「わお、二ノ宮ちゃんってばマジイケメン」
「男前ね……」
「舞奈ちゃん、真世ちゃん……。二ノ宮さんは女の子だから……」
つまりあたしは響が語っているのを、横でドリンクを飲みながら聞いている形になる。これ、間違いなくまた「旦那様っぽい」とか思われてるわよね……。
ていうか、あたしがちょくちょく男扱いされてるんだけど。あたしの味方は、もしかしたら小手毬さんしかいないのかもしれない。
次に気付いたのは、各々の飲み物が思った以上にバラエティー豊かな点。
ちょうど黙っているのもアレかと思っていたので、話題を変えるためにも思ったことを口に出してみることにした。
「響がハーブティー選ぶのって、珍しいわね。いつもミルクティーじゃなかったっけ?」
「あ、これ? この間、真壁くんが淹れてくれたのが美味しかったから、ちょっと気に入ったんだよね」
「だよね! 真壁くんのお茶、すっごく美味しいよね!」
思わぬところで、小手毬さんが盛り上がってしまった。
そういえば真壁って、お茶を淹れるのが上手かったわね。
鳶田の件で何日かお世話になった時に、聞いた覚えがある。
「えっと……小手毬さんのコーヒーは」
「真壁くんがコーヒー大好きだから、一緒に飲んでるうちにすっかりハマっちゃって……」
そう言って小手毬さんは、マグカップを撫でながら恥ずかしそうに笑った。
同性のあたしから見ても魅力的な笑顔で、真壁はこれにやられたんだろうなあと思わず納得してしまう。
「楠さんのは……」
「これ? ココアだよ。京介が昔、私のために淹れてくれたから好きー」
今度は楠さんが八重歯を覗かせながら、ふにゃっとした笑みを浮かべる。
普段は割と軽い感じなのに、彼氏に関することだけは常に本気なのよね……。
これはこれで小手毬さんとは違う魅力があると思う。
「で、小野寺さんは炭酸? なんかちょっと意外ね」
小野寺さんは何となく、もう少し気取った感じのものを飲んでそうなイメージがあったんだけど。紅茶とか?
もしかしたら、これも彼氏との思い出があったりするんだろうか。
そんな答えを予想していると、小野寺さんは目を横に逸らしながら言った。
「そ、そうかしら……? まあ私もこういうのは飲んだ事なかったんだけど、勝くんが好きだって言うから試しに飲んでみたら、意外と美味しかったのよね」
「……そうなんだ」
やっぱり彼氏絡みじゃないの……。
どいつもこいつも、そんなんばっかりか。
あたしは微妙に居心地の悪い気分で、響が持ってきてくれたミルクティーを飲む。
今ここにいる三人は信用できるということで、あたしと響の関係は教えてある。
小手毬さんは、そもそも教えるまでもなく当事者の一人だったけど。
三人揃ってあたしたちの選択を否定しなかったし、その言葉を疑っているわけでもない。それでも女同士というマイノリティーな関係性を半ば受け入れた身としては、こうして普通に男と付き合っている子たちに対して、多少の引け目を覚えるのは避けられない。
……なんて思っていると、響があたしの顔をニコニコしながら眺めているのに気付いた。
「……何よ、響?」
「ううん、ただね――」
あたしの問いかけに対して、響はいつも通りの笑顔で口を開く。
「花蓮ちゃんだって私と初めて遊びに行った時から、わざわざお揃いのミルクティーにしてくれたくせに……って思って」
「うぐっ……」
そ、そういえば、そんなこともあったわね……。
今となっては当たり前みたいに飲んでたから、すっかり忘れてた。
気付けば向かいの三人も、あたしに生暖かい視線を向けていた。
「アンタたちまで何なのよ、その目は……」
「えへへ……二ノ宮さんたちが仲良さそうで、安心しちゃった」
「ラブいなー、もう結婚したらいいじゃん」
「楠さん、それが出来ないから困ってるんでしょ?」
いや、まだそこまで考えてないんだけど、小野寺さん。
大体、もうカップルみたいな扱いをされてるけど、あくまであたしは響の気持ちを知った上で拒絶しないことを選んだだけなので、正式に付き合うかどうかは別問題だ。
でもこうやって身近な友達に受け入れてもらえるなら、少しは前向きに考えても……って、あっぶな! 今、割と絆されかけてたわね……。まだ関係性を見直し始めたばかりなのに、あっさり受け入れたらあたしがチョロい女みたいじゃない。
「花蓮ちゃん、結婚はムリだけど同棲なら大丈夫だよね? 大学行ったら、一緒に暮らそうね?」
「……まあ、ルームシェアなら別にいいわよ。ルームシェアならね」
「もうー、呼び方なんて同棲でもいいじゃない」
その二つは大違いだ。
まあ響と一緒に暮らすのは楽しそうだし、それ自体は別にいいんだけど。
とりあえず、うっかり関係を認めたりしないように、気を引き締めないと。
響の笑顔と、三人の生暖かい視線に晒されながら、あたしはもう一度ミルクティーを口に含んだ。
後編に続きます。