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92.最近の鳶田くん ~土下座編~

 先日、妹に例の先輩(女神)のことを聞き出された俺は、授業が終わった後、一人で学校の屋上に向かっていた。

 何故かと言えば、妹から「新しい恋愛をする前に花蓮と響に謝っておけ」と注意されたからだ。もちろん俺自身も、そうした方がいいというのは理解している。


 あの二人はいつの間にか仲が良くなっていたようなので、本当ならまとめて呼び出して謝罪したらそれで済むのかもしれないが、今日は響が怖いという我ながら情けない理由で、花蓮だけを呼び出していた。

 花蓮なら中学からの付き合いなので慣れているし、まずはアイツに二股の件を謝ってから、どうにか響への謝罪を取り成してもらえたらと思っている。


 屋上に出る扉の前に立ち、気分を落ち着かせるために深呼吸をする。

 慣れているとは言ったが、花蓮が今までになく怒っているのは間違いない。

 アイツは物言いがきついので、これから結構厳しいことを言われるだろうと予想している。

 言われても仕方がない真似をした俺の自業自得ではあるのだが、だからといって堂々と罵倒を受けに行けというのも無茶な話だ。もちろん今更逃げるつもりはないけどな。逃げたら妹に何言われるか分かんねえし。


「ここで悩んでも仕方ないか……」


 俺は意を決して、屋上へと続く扉を開けた。

 錆びた蝶番の擦れる音が少し不愉快だが、この後のことを思えば大して気にならない。正確には気にしている余裕もないと言うべきか。

 今は約束の時間ちょうどくらいだ。花蓮の性格からして、遅刻はないだろう。つまりこの扉を開き切った先に、俺に怒りを向けるアイツがいるわけだ。

 緊張しながら屋上に躍り出ると、そこには……。


「ねーねー、二ノ宮ちゃんって彼氏とか作んないの? なんか内倉ちゃんと、いっつもラブラブしてるけど」

「ラブラブって何よ、普通に友達だっての。まあ仲が良いのは認めるけどね」


 花蓮と見知らぬ女子生徒が、楽しそうに談笑していた。

 おかしい。俺は「二人で話したいことがある」って言ったんだが……。

 花蓮の性格からして、そういう約束をしたのに人を連れて来たりはしないだろうし、連れて来るなら来るでせめて当事者である響だろう。なんで無関係の女子がここにいるんだ?


「ていうか、さっきも言ったけどこれから人が来るから、悪いけどちょっと外して……あ、もう来ちゃった」

「んー? お、本当だ。京介ほどじゃないけど、まあまあのイケメンじゃん。なーんだ、二ノ宮ちゃんもやることやってたんだねー」

「誰がこんなのと……。言っとくけど、楠さんが考えてるようなことは一切ないわよ」


 こんなの……いや、言われても仕方ないのは分かってるが、やっぱきついな。

 花蓮と話していた楠さん?とかいう子は、辛辣な言葉を吐いた花蓮に「わお」と驚いた顔をした後、俺の方をまじまじと見てきた。


「二ノ宮ちゃんにここまで言わせるなんて、何やっちゃったの? イケメンくん」

「え……あ、いや……」


 いきなりそんなことを聞かれても、俺に答えられるわけがない。花蓮ともう一人に二股かけて振られた挙句、二人を並行して口説こうとしたなんて。

 というか、この子は一体誰なんだろうか? 結構可愛い子だとは思うが、どうも一筋縄じゃいかなそうというか、心なしか響に似た感覚を覚えるんだよな……。


「ハァ……楠さん、ホントに悪いんだけど、あたしは今からコイツとちょっと大事な話があるのよ」

「あー、言ってたねー、そんなの。オッケー、私は京介のとこ行くね」

「はいはい、彼氏にヨロシク」


 ぐいぐい来る楠さんとやらに狼狽える俺だったが、花蓮が言い含めてくれたお陰で、どうにか席を外してもらえるようだ。

 昔の俺なら可愛い子を見たら気になったものだが、今となっては先輩以外に目移りするつもりはないし、何よりこの子はちょっと怖い。迂闊に触ったら、間違いなく火傷するタイプだろう。


「じゃーねー」

「あ、ああ……」


 花蓮と俺に手を振りながら、屋上を後にする楠さん。

 扉が閉まったのを確認すると、花蓮は息を漏らした後、こちらに向き直った。


「……で、話って何よ? 下らない話だったら、すぐ帰るからね」


 いきなり辛辣な物言いに、思わず怯みそうになる。

 楠さんという予想外の人物が登場したことで出鼻を挫かれてしまったが、ようやく本題に入れそうだ。


「その……花蓮」

「花蓮……? アンタ、気安く呼ぶなって言ったの忘れたわけ?」


 ……しまった。そういえば前の時、そんなことを言われてたんだった。

 妹と話す時とか、ずっと下の名前で呼んでたな、俺。


「す、すんません、二ノ宮さん……」

「そこまでしろとは言ってないでしょ。二ノ宮でいいわよ、二ノ宮で」

「……すまん、二ノ宮」


 どうやら「さん」付けまでは必要なかったらしい。

 怒っていると言っても、必要以上にへりくだるのは逆に機嫌を損ねそうだ。

 そういえば花蓮……いや、二ノ宮はこういうヤツだったと、改めて思い出す。


 二ノ宮は物言いはきついが、別に理不尽なことは言わない。ただ良くも悪くも真っ直ぐで、変に飾るということをしないだけだ。

 今は怒っているから例外として、思い返せば付き合う前はハッキリした物言いの中に、もっと好意的な態度が見え隠れしていたと思う。ここに至ってそんなことに気付くなんて、遅過ぎるなんてものではない。


 二ノ宮に対して未練はない……というか元より明確な恋愛感情があったわけはないが、それはそれとしてこういう子を裏切ったんだと思うと、今更ながら罪悪感が湧き上がってくる。

 俺は二ノ宮への謝罪の気持ちを示すため、屋上の床に膝を突いた。


「響……内倉との二股のことも、その後のことも、本当に悪かった。許してくれとは言わないが、とにかく謝らせてくれ」


 いきなりの土下座で、二ノ宮はさぞ驚いただろう。

 しかし俺も本当に悪いとは思っているのだ。その意思を二ノ宮たちに表明するには、こうでもしないと足りない。

 二ノ宮はしばらく黙り込んだ後、息を吐いてから言った。


「分かったから、顔上げなさいよ。今更アンタのことなんて気にしてないし、謝ってくれるなら手打ちにしてあげる」

「ほ、本当か!?」


 想像していたよりもあっさり許してもらえて、驚きのあまり顔を上げた。

 俺を見下ろす二ノ宮は、呆れた顔で眉を顰めている。

 仮にも中学時代を共に過ごした間柄なので、おそらく本心で言っているのだろうということは、何となく分かった。


「あたしはそれでいいけど、響にもちゃんと謝んなさいよ?」

「あ、ああ……それなんだが、ちょっと頼みがあってな……」


 ここまで来て二ノ宮相手に張る見栄なんて、俺にはない。

 俺は素直に「響が怖いから取り成してくれ」と、二ノ宮に頼み込んだ。

 もしかしたら謝罪の時よりも、こっちの土下座の方が本気だったかもしれない。


 二ノ宮はそんな俺に再び呆れた顔を向けながら、「仕方ないわね」と取り成しを約束してくれたのだった。




 それからさらに数日後。


 二ノ宮から「響を説得したから時間を作って」と言われた俺は、再び学校の屋上を指定して二人を呼び出した。

 ワンパターンではあるが、こういう話し合いをするのに適した場所を他に知らないので仕方ない。

 念のため約束より早めに来たところ、今回は例の楠さんとやらはいなかった。

 とりあえず一安心だな。内倉相手だと二ノ宮の時よりもさらに緊張するから、外野がいて気を散らされるのは勘弁願いたい。


 俺は一連の騒動の中で見た、本気で怒った内倉の様子を思い出しながら、この後の展開を頭に思い描いた。

 怒った内倉は二ノ宮よりも遥かに怖いが、それでもやることは変わらない。

 とにかく膝を折って手を突き、俺の謝意を伝えるだけだ。

 今度こそ罵られるかもしれないが、そこは甘んじて受け入れるしかない。一応、度が過ぎれば二ノ宮が止めてくれるだろうという、打算的な考えもある。


 何度か頭の中でシミュレーションを繰り返していると、屋上の扉が音を立てた。

 蝶番の擦れる音と一緒に、聞き覚えのある女子の声が聞こえてくる。

 緊張のせいか、やけに遅く感じられる動きで扉が開き切るのを待っていると、そこには……。


「ねえねえ、花蓮ちゃん。これ終わったら、一緒にクレープ食べに行こ? 例のクレープ屋、また新作が出たらしいの」

「アンタ、自分が食べても太らないからって、すぐスイーツに誘うの止めなさいよ。まだ体重、元に戻ってないんだからね」


 腕を組みながら歩く、想像以上に仲の良さそうな元カノ二人がいた。


「ええー? 花蓮ちゃん、全然細くて綺麗だから、大丈夫だよー。むしろ体重増えて、メリハリついたくらいなんじゃない?」

「って、どさくさに紛れて胸触るんじゃないわよ!」

「てへっ、ごめーん♪ でも、そうだよね。また花蓮ちゃんがダイエットで、付き合い悪くなっちゃったら嫌だもんね」

「アンタがすぐスイーツ食べようって誘うから、ああなったんでしょうが……」


 ……何だろう。一応、今日は俺と内倉がメインで二ノ宮は仲介役という役割のはずなんだが、完全に俺が蚊帳の外になっている。

 友達だとは聞いていたが、まるでカップルのように仲睦まじい姿だった。


「あの……二人とも……」


 俺は意を決して、二人に声をかけた……つもりだったが、あまりに無粋な真似をしている気分だったので、おそるおそるという感じになってしまった。

 それを聞いた二ノ宮と内倉は、今になってようやく俺に気付いたような顔をする。一応、俺が呼び出したはずなのに。


「響、悪いんだけど、ちょっとコイツの話聞いてあげて」

「はいはーい、花蓮ちゃんが言うならいいよー」


 またも想像以上に軽い反応で、内倉は俺の話を聞くと言ってくれた。

 ただしその腕は、二ノ宮の片腕を抱き締めたままである。

 二人はベッタリくっついていて、まるで俺が独り身で向こうがカップルのような雰囲気になっている。まあ俺が独り身なのは間違いないんだが。


「ほら、いいわよ鳶田」

「あ、ああ……」


 またも出鼻を挫かれてしまった気分だが、二ノ宮に促されて俺は膝を突いた。

 そして誠意が伝わるように、謝罪の言葉を口にする。


「悪かった、内倉! 騙して付き合った上に、また口説くなんてバカな真似をして! こんな言葉だけじゃ気は済まないかも――」

「いいよー、許す許す。許しちゃう」

「しれない……は?」

「ん? だから、別にいいよ。また仲良くするのとかは、ちょっと無理だけど、鳶田くんが他の人と仲良くなっても全然気にしないから」


 これは……え、マジで許してくれたのか?

 俺も別に罵られたかったわけじゃないから、土下座だけで許してもらえるなら嬉しいんだが、こうもあっさりだと素直に受け入れていいものか不安になる。

 しかし内倉の表情を窺うと、裏で怒りを燃やしているようにも見えない。


「じゃあ、そういうことで。花蓮ちゃん、これからどこ行く? クレープが嫌なら、他のとこでもいいけど」

「他って……またスイーツじゃないでしょうね?」

「もう、違うよー。スイーツなんてなくたって、花蓮ちゃんと一緒ならどこでもいいよー」

「うーん、どこでもって言われてもね……」


 もはや俺のことなど目に入っていない様子で、二人は話しながら屋上から歩き去ってしまった。

 後に残されたのは、床に膝を突いた姿勢の俺一人だけだ。


「……何だったんだ、アレ」


 こうして俺の一世一代の謝罪は、あっさりと終わってしまったのだった。

二ノ宮さんが付き合い悪くなったのは、カロリーのせいでした。

次回は女子会をやる予定です。

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