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88.内倉 響と新たな扉④

「え? 内倉さん、彼女って……どういうこと?」

「こ、これは流石に予想外ですね……」


 内倉さんの爆弾発言を聞いて、小手毬さんと影戌後輩は驚愕の表情を浮かべていた。僕と金名に対して「衆道ですか」なんて揶揄した影戌後輩だけど、流石にあれは冗談で言っただけであって、本物相手には動揺を隠せないようだ。


「ああ……言っちゃった……。聞いたら相談受ける展開になりそうだから、胸に秘めてて欲しかったのに……」

「まあ普通なら、成就させるのは難しいですもんね……」


 一方、内倉さんの気持ちを知っていた僕と鳶田後輩は、彼女の暴露を止められなかったことを絶賛後悔中だった。だって普通に考えて、いくら仲が良くても二ノ宮さんに「内倉さんと付き合わない?」なんて勧められないだろ……。


「……どうするんですか、マッキー先輩?」

「どうするも何も、流れに任せるしかないだろ。多分やることになると思うけど」

「意外と脈ありかもしれませんよ? 花蓮さん、内倉先輩がキスしても本気で怒らなかったですし」

「全くなしとは言わないけど、付き合うのとキスじゃなあ……。男と女の話なら、イコールだと思ってもいいんだろうけど、同性同士だとまた違ってくるだろ」


 なにせ同性同士だと、結婚や子供という現実的な問題が立ちはだかる。キス出来るくらい仲が良いからと言って、それだけでデリケートな問題を解決できたら苦労はしないだろう。

 最近の恋愛相談だと茅ヶ原先生と門脇の件も問題が多かったけど、今回はそれ以上に難解なものになりそうだ。

 僕らがそんな話をしている傍らで、今まさに衝撃の事実を知ったばかりの小手毬さんたちも話を交わしていた。


「ね、ねえ知麻ちゃん……これって、もしかして女の子同士ってこと……? そういうのって私が知らないだけで、結構あったりするのかな?」

「いえ、流石に珍しいだろうと思いますが……。私も実際にそういう方に会うのは初めてですし」

「そ、そうだよね。私だって知麻ちゃんのこと大好きだけど、付き合ったりするのは、ちょっと考えられないもん」

「わ、私も美薗先輩のことは、その、好きですよ……」


 あれ? なんかもう一組カップルが生まれそうじゃないか?

 なんて、流石に冗談だけど……大丈夫だよね?


「うむむ……」


 横を見れば、鳶田後輩が悔しそうな顔で唸っていた。おそらく自分も混ざりたいけど、収拾がつかなくなるから我慢しているんだろう。実際、鳶田後輩まであそこでイチャつかれたら僕の立つ瀬がないので、堪えてくれているのは非常に助かる。


「ま、真壁くん!」

「……何かな? 内倉さん」


 そんな恋愛相談部の部員たちの様子を尻目に、内倉さんは力強い目で僕を見つめてきた。なんとなく言いたいことは想像が付くけど、出来ることなら勘違いであってほしいという願いを込めて、察していない振りをしておく。


「もう言っちゃったから白状するけど……私、花蓮ちゃんのことが好きなの! 友達じゃなくて、本気で……!」

「そうなんだ……」


 しかし現実とは非情なもので、内倉さんは思いの丈を僕にぶつけてくる。僕――というか恋愛相談部の人間に対して、わざわざそれを改めて宣言する必要はないはずなので、続く言葉はおそらく決まっている。


「私、やっぱり花蓮ちゃんとずっと一緒にいたい! だから真壁くん、私の恋愛相談に乗って下さい……!」


 ああ……本当に言わせてしまった。

 知ってたよ。内倉さんが本気で二ノ宮さんに恋してることくらい。

 鳶田後輩がうちに来た時の一幕。二ノ宮さんにキスをした時の内倉さんの表情は、どう見たって恋する少女そのものだった。肝心の二ノ宮さんは、全然気付いていなかったみたいだけど。

 本当なら同性同士の関係なんて難しいどころの話じゃないし、無責任に相談なんて乗るべきではない。しかし、こうして強い気持ちをぶつけられると心が動いてしまうお人好しが、この部には多すぎるのだ。


「真壁くん……」

「マッキー先輩……」

「鬼畜眼鏡……」

「おい」


 どう考えてもおかしい呼び方が混ざっていただろ、今。

 僕はアホなことを言った影戌後輩の前に立ち、おもむろに両頬を指で摘まんだ。そして――左右に引っ張る。


「いひゃい! いひゃいれす! このひひふめあね!」

「うるさい。前から薄々思ってたけど、さてはバカだな、お前」


 この後輩は基本的に出来る子の癖に、何故か僕をディスるのに余念がない。じゃれつかれるのは僕も悪い気はしないんだけど、チャンスがあればここぞとばかりに絡んでくるのは困ったところだ。

 しばらく頬をこねくり回したところで、そろそろお仕置きには十分だろうと判断して放してやる。少し赤くなった頬をさすりながら、影戌後輩はイマイチ反省していない様子で僕を睨みつけてきた。


「まったく……あまり深刻になり過ぎないようにと、先輩を和ませたかったというのに……。それにしても堂々と女子に手を上げるとは、いよいよ鬼畜眼鏡の本性を現しましたね」

「ははっ、何言ってるんだ。お前は特別だよ」

「……嬉しくありません」


 そう言って影戌後輩は、拗ねた態度で目を逸らす。

 まあ実際、今回の話は最初から色々と無茶な部分も多いから、深く考え過ぎても仕方ないだろう。そういう意味では、影戌後輩の「深刻になり過ぎるな」というメッセージも間違っていないのかもしれない。伝え方が致命的におかしいのと、どう考えても僕をディスるのが半分目的になっているのが問題というだけで。

 小手毬さんと鳶田後輩の方に目を向けると、僕らのやり取りを見て苦笑していた。その中で内倉さんだけは、不安そうな目でこちらを見つめている。そんな顔しなくても、ちゃんと相談に乗るくらいはするよ。


「うちのアホはともかくとして、相談を聞くだけなら問題ないよ、内倉さん」

「ほ、本当!?」

「ただし内倉さんの悩みを聞くのと、二ノ宮さんが最近付き合いが悪い理由を調べるくらいしか、僕らには出来ないからね」


 真面目に二ノ宮さんを同性趣味にするなんて出来るわけがないし、仮に出来たとしても僕らでは彼女の今後の人生に責任が持てない。先生たちの時と違って上手く行くルートが明確に存在していないから、どうしたって苦労することは避けられないのだ。


「うん、大丈夫! 花蓮ちゃんを落とすのは、自分でちゃんと頑張るから!」


 しかし内倉さんは僕らに気持ちを明言したことで吹っ切れたのか、かなりの意気込みを見せている。落とすって、一体何をする気なんだろう……。ちょっと怖いけど、まあ二ノ宮さんを大事に想っているのは間違いだろうし、ここは聞かないでおこう。


「じゃあ二ノ宮さんの付き合いが悪くなった方は……鳶田後輩、調べてくれ」

「え? わ、私ですか!?」


 いきなり役割を振られるとは思っていなかったのか、鳶田後輩は驚きの声を上げた。


「だって二ノ宮さんと知り合いなのって、僕か鳶田後輩しかいないだろ。小手毬さんたちも会ったことはあるけど、突っ込んだことを聞ける間柄じゃないだろうし」

「うーん……確かにそうだね」


 僕の言葉に、小手毬さんが同意を示す。

 彼女と影戌後輩が二ノ宮さんに会ったのは、この部室に鳶田が来た時の一件だけだ。二ノ宮さんたちは、しばらく部室に入り浸っていたから知らない仲ではないけど、だからと言って込み入った事情を聞けるほどに仲が良くなったわけでもない。特にあの時は、小手毬さんのフラストレーションが溜まっていた時でもあったしな。


「男の僕が聞いて教えてくれるかも分からないし、だったら鳶田後輩が適任だろ?」

「そ、それはそうかもしれませんけど……でも私、お兄ちゃんの件で花蓮さんとは気まずい感じで……」

「ちょうどいいじゃないか、仲直りしてこい」

「そんな簡単に!?」


 鳶田後輩は無茶苦茶なことを言われたような顔だけど、二ノ宮さんの性格を考えれば、単に妹というだけで鳶田後輩を毛嫌いしたりはしないだろう。その辺は僕よりも付き合いが長い分、良く分かっているはずだろうに、それだけ兄の一件で申し訳なく思っているということか。


「大丈夫だ。二ノ宮さんは、そんな小さいことを気にする人じゃない」

「むぅ……そうだと思いますけど! もうちょっと時間をかけて仲直りするつもりだったんですよ! 心の準備ってものがあるじゃないですか!?」


 鳶田後輩は、なかなか首を縦に振らない。

 まだ気まずいという気持ちは分かるけど、このままだと埒が明かないな……。


「仕方ない。心細いなら、影戌後輩も連れてっていいぞ。本当は一対一の方がいいけど、二ノ宮さんなら後輩の女子に冷たくしたりしないだろうし」

「……あの真壁先輩? 私は貸出品ではないんですが」

「あ、マジですか!? やー、知麻っちが一緒なら少しは気が楽かなー」

「えっ、それでいいんですか!?」

「うん、いいよー。よろしくね、知麻っち!」


 一人で行かなくていいと分かった途端、一転して鳶田後輩は了承した。

 彼女も二ノ宮さんと仲直りしたいとは思いつつ、踏ん切りがつかない部分があったのだろう。友人である影戌後輩がいる分、多少気楽に話せるはずだ。影戌後輩は、まあ生意気なことを言った罰ということで、大人しく言うことを聞いてもらおう。


「真壁くん、私は?」

「小手毬さんは、僕の傍にいて」


 なんなら一生でもいいから――などというプロポーズめいた言葉を口しそうになったけど、どうにか思い止まった。とはいえ「傍にいて」までは普通に言ってしまったので、皆からは呆れた目を向けられてしまっている。


「はぁい、ずっと傍にいるね?」


 しかし小手毬さんだけは呆れることなく……いや、多分ちょっと呆れているとは思うけど、そんな甘い言葉を返してくれる。今すぐ結婚したい……。


「って、なんでこの状況で惚気が始まるんですか!? 知麻っち、見てられないから、花蓮さんのとこ行くよ!」

「え、今からですか? というか、今日行くんですか?」

「もち!」


 僕らのやり取りを見かねたらしく、鳶田後輩たちはドタバタと騒ぎながら、部室を飛び出してしまった。二ノ宮さんが学校に残っているか分からないし、調査は明日で良かったんだけど……。いや、まあ僕のせいなんだけどね。


「じゃあ、うちの優秀な後輩たちが調べてくれてる間に、内倉さんの話を聞いておこうか。小手毬さん、コーヒーお願い出来る?」

「うん、もちろん」


 僕がコーヒーをお願いすると、小手毬さんは笑顔で給茶スペースに向かう。

 そんな彼女の背中を見て笑みをこぼす僕に、内倉さんが声をかけてきた。


「相変わらず仲良しだね……羨ましい。私も花蓮ちゃんと、あんな風になりたいなあ……」


 そう言う内倉さんの表情は、少し寂しそうだ。

 勢いに任せて二ノ宮さんへの愛を表明したのはいいけど、それを実現するのが難しいのだと彼女も理解しているのだろう。


「まあ無責任なことは言えないけど、出来ることだけはするよ。……とりあえず話してみない? どうして二ノ宮さんのことが好きになったのか」


 最初は鳶田に告白したのだから、内倉さんはずっと同性趣味だったわけではないし、その件までは二ノ宮さんとも知り合いではなかったはずだ。

 それについて話して、整理することで、自分の気持ちが本当に正しいのか見つめられるかもしれない。言い方は悪いけど、特殊な状況に酔っているという可能性も否定はし切れないのだ。

 僕の考えがどこまで伝わったかは分からないけど、内倉さんは神妙な顔で頷いて話し始めた。


「そうだね……真壁くんと初めて会ったのは、私にアレの二股を教えてくれた時だったけど――」

次回は望ちゃん視点です。

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