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84.最近の鳶田くん ~失神編~

 今日も今日とて、部活に精を出す。

 あの美人な先輩に誓った「レギュラーになって見せる」という言葉を実現するため、俺は休む間もなく、ひたすら練習に邁進する……と言いたいところだが、いかに天才の俺とはいえ、休憩なしでは身が持たない。

 そもそも闇雲に身体をいじめる根性論など、いまどき時代遅れだろう。

 適切な練習と適度な休憩こそが、強くなるための最善にして最短のルートだ。


 それに……今の道場にずっといるのは、俺には耐えられない。


「なんで望が、うちのマネージャーやってんだよぉぉぉ……!? 真壁のとこに入ったんじゃねえのかよぉ!?」


 あまりに理不尽な現実を前にして、俺は頭を抱えて叫んでしまった。


 妹から「恋愛相談部に入る」と聞かされ、不覚にも意識を失ってしまった翌日、何故かアイツは真壁の居城である恋愛相談部ではなく、柔道部のマネージャーとして道場に現れた。

 どういう経緯なのか、さっぱり分からないが……同じく真壁の息がかかっている知麻ちゃんに連れてこられていたので、きっと俺の監視役として真壁が寄越したのだろう。手駒にした肉親をスパイに仕立て上げるくらい、あの鬼畜眼鏡なら息をするよりも簡単にやってのけるはずだ。

 妹がマネージャーとして俺たちの前で自己紹介を始めた時は、ショックのあまり一瞬だけ意識を失ってしまった。本当に一瞬だったから、他の部員には少し変な目で見られただけで済んだが。


 そんなわけで、最近の俺は部活そのものには意欲を燃やしつつ、妹の目がある道場内にはあまりいたくないという状態が続いている。

 まあ、こうして俺が休憩中に道場の外にいるのは、なにも妹の目を避けるという、情けない目的のためだけではないんだが……。


「あら……また休憩中かしら? いつもいつも、タイミングがいいのね」


 道場の外で座り込んでいた俺の耳に、最近は聞き慣れてきた声が届いた。

 声の方に目を向ければ、そこには予想通り、艶やかな黒髪を風に翻す女神の姿があった。美人過ぎて、冗談抜きで俺とは別の人種なのではないかと思い始めているくらいだ。


「お、お疲れ様です、先輩」

「ふふ……お疲れなのは貴方の方でしょ?」


 少しだけ緊張しながら挨拶すると、柔らかな微笑みと共に優しい言葉をかけてくれる。

 かと思えば、先輩(女神)は子供っぽい笑みを浮かべた。


「でも貴方、私がここに来る度に休憩してるわよね……。もしかして休憩ばかりで、大してお疲れでもないのかしら?」

「そっ、そんなことないっすよ! さっきまで、めちゃくちゃ練習してましたって!」


 あらぬ誤解をされて、思わず大声で否定してしまった。

 しまった。ここを通りかかる先輩に会いたくて、毎回休憩のタイミングを調整していたのが仇になったか……?

 しかし先輩は、そんな俺の様子を見てクスクスと笑っている。


「うふふ……冗談よ。相変わらず面白い子ね、貴方」

「お、押忍! 恐縮っす!」

「くくっ……押忍って……やだもう、どれだけ笑わせるつもりなのよ……?」


 敢えて笑わせようとしたわけではないのだが、先輩は俺の言動を面白く感じてくれたようだ。

 普通なら笑い者にされるなんて、腹が立っても不思議ではないのに、この人が相手だと「俺の言葉で笑ってくれた!」なんて喜んでしまうのは何故だろう。

 よほど俺の言動がツボに入ったのか、先輩はしばらく口元を押さえて、プルプルと肩を震わせながら笑いを堪えていた。

 ようやく震えがおさまったかと思えば、今度は目尻に浮かんだ涙を拭っている。どんだけウケてるんだよと言いたくなりそうなものだが、その仕草があまりに色っぽくて、ドキドキする以外の感情は湧いてこなかった。


「はぁ……面白かった……さて、名残惜しいけど、私はこれで失礼するわね」

「は、はい! あの先輩、また明日!」


 明日会える確証なんてないのに、思わずそんなことを口にしてしまった。

 ただ先輩は何の用かは知らないが、ちょくちょく道場の近くを通りかかるので、こうやって待っていれば会える可能性は決して低くない。


「明日また会えるかは分からないけど……ご縁があるといいわね」


 そう言って先輩は、校舎の方に向かって歩いて行った。

 颯爽と歩くその背中を陶然とした気持ちで見送りながら、俺はまたもや彼女の名前を聞きそびれたことに気付いたのだった。




 厳しい練習を終えて、くたくたになりながら帰宅する。

 妹は通常の練習が終わって、道場の片付けなんかをした後に帰ったはずだが、俺は簗木(クソゴリラ)に付き合わされて居残りで自主練をしていたので、一時間以上は遅くなってしまった。

 以前なら「厳し過ぎる、不当だ」なんて騒いでいたところだろうが、今の俺にはレギュラー入りという崇高な目的があるので、強くなるためならゴリラだろうが利用してやるという心意気だった。


「ただいまぁ……ああー、マジで体が重い……」


 とはいえ、いくらやる気が十分だろうと疲れるものは疲れる。

 むしろ気合が入っている分、練習にも熱が入るので余計に疲労が溜まっていた。

 重い体に鞭打って家に入ると、いつものようにリビングで寛いでいる妹の姿があった。すでに制服からラフな部屋着に着替えていて、ソファーに寝そべりながらテレビのバラエティー番組を見ていた。


「あ、お兄ちゃん、おかえり」

「ああ……ただいま」


 素っ気ないながらも妹から挨拶をしてくれたので、こちらも同様に返す。

 この間の一件より前なら、もっと明るい感じで俺を出迎えてくれたものだ。以前の妹を思い出すと少しばかり寂しさが湧いてくるが、こうして無視せずに挨拶をしてくれるだけでも十分に譲歩してくれていると、流石の俺も理解している。


「結構遅かったね」

「ああ、クソゴ……簗木と自主練してたからな」


 同じ場所から帰ったはずなのに、妹の方は着替えを済ませて寛いでいるくらいだから、それだけ俺の帰りが遅かったということだ。それだけの時間、俺が何をしていたのか妹も気になるんだろう。もしかしたら真壁の差し金で、俺の動向を探っているのかもしれないが……なんて、実の妹まで疑うのは、よくないよな。


「ふーん……お兄ちゃん、頑張ってるじゃん」


 興味なさげな顔で言っているが、生まれた頃から知っている妹なので、その内心が表情通りでないことは分かっている。


「花蓮さんたちにしたことは許せないけど、そうやって何かに一生懸命になってるお兄ちゃんは、まあまあ悪くないと思うよ」

「望……」


 昔と違って「格好いい」とは言ってくれないが、今の妹なりに少しは俺のことを評価してくれているんだろう。一度はどん底まで落ちてしまった妹からの好感度だが、こうやって真面目に頑張っていれば、いつかは昔に近いところまで持っていけるのかな……。

 そんな日を夢見て、俺はより一層の努力を心に決め――。


「しばらくは女の人に鼻の下伸ばしたりしないで、謙虚にしててよね」

「うっ……!」


 妹の発言で、あの先輩(女神)のことを思い出してしまった。


「……お兄ちゃん?」


 マズい……変な反応したから、完全に妹から怪しまれてる……。

 俺が妹の考えを多少は読めるように、向こうだって俺の考えを読めるはずだ。

 最初から隠し通す気でポーカーフェイスを心がけていたならともかく、こうして不意打ちで反応を見せてしまった以上、黙っているのは得策じゃないだろう。


「いや、その……実は――」


 俺は仕方なく、あの美人な先輩とのことを妹に語ることにした。




「ハァ……呆れた。あんだけのことしたのに、まだ女の人のお尻追いかけてるんだ……」


 一通りの事情――と言っても、休憩中にたまたま綺麗な先輩と出会って見惚れてしまい、また会えるように休憩時間を調整している事と、先輩に言った「レギュラーになって見せる」という言葉を実現しようとしている事くらいだが、それを聞いた妹は呆れた顔で俺を見てきた。

 仕方ない事とはいえ、やはり少し傷付いてしまう。


「いや、望……そのな」

「言い訳しないの。……まあ今回は変な真似してないみたいだし、その人にいいところ見せたくて部活に熱が入るって言うなら、別に悪いことじゃないと思うけどね」

「そ、そうなんだよ! 今回は俺、本気で……!」

「それはそれで、花蓮さんたちのこと舐めてんのって感じなんだけど」

「うぐっ……」


 少しは認めてくれるような妹の発言に乗っかろうとした俺だったが、続く言葉で呆気なく叩き落されてしまった。

 正直、今となっては俺も花蓮と響に悪いことをしたと思っているし、許されないにしても謝るべきだろうとは思うんだが……花蓮はともかく響が怖いんだよなあ。教室で責められた時も、花蓮はまだ手心を加えてくれたような感じだったし。


「ま……悪い事しないように、私と知麻っちで見張っててあげるからさ。お兄ちゃんはその先輩と仲良くなれるように、精々頑張ってみれば?」

「の、望……!」

「……言っとくけど、また変なこと始めたら、マッキー先輩にチクるからね」

「わ、分かってる……」

「あと花蓮さんと内倉先輩にも、一回くらい謝っときなよ?」

「お、押忍……!」


 なんだかんだで俺を見捨てないでいてくれる妹の言葉に感動したのも一瞬で、厳しい指摘に思わず居住まいを正してしまった。というか、いつの間にか俺は妹が寝そべっているソファーの前で、いつかのように正座した状態になっていることに気付いた。いくら何でも、柔道部に毒され過ぎだな……。

 妹の口から出てきた「マッキー先輩」という名前には、ほんの一瞬首を傾げたが、おそらく真壁のことだろう。そういえば妹は昔から、あだ名のセンスはあまり良くなかったからな。


 それにしても、「真壁にチクる」か……。

 やはり妹は知麻ちゃんと一緒に俺を監視するために、真壁が送り込んだのか。

 分かってはいたが、相変わらず恐ろしく用意周到な鬼畜眼鏡だ。

 今度こそ変な気を起こさないようにしなければ、あの先輩が……。


『貴方は面白い子だったけど、やっぱり男の人は鬼畜なところもないとね』

『悪いな、鳶田。そういうことで、この人は僕が貰ってくよ』


「――お兄ちゃん? おーい、なにボーっとしてんの?」

「ハッ……!?」


 ふと気付けば、妹が訝しむような目で俺を見ていた。

 その目の中に僅かながら心配そうな色も見えて、少しだけ安心してしまった。


「い、いや、スマン。やっぱ疲れてるのかな……」

「そう? 頑張るのはいいけど、倒れたりしないでよね。……一応、心配だし」

「ああ、分かってる……」


 いかんな。真壁のことを思い浮かべると、たまに意識が遠くなってしまう。

 近くにいなくても俺を追い込むとは、なんて野郎なんだ……。


 心配そうな妹の視線を受けながら、俺は改めて真壁の恐ろしさを実感したのだった。

鳶田くんと先輩は、少し時間をかけて進めていきます。

次回は内倉さんのエピソードになる予定です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 鳶田君の件は何とも言えない感がありますねー 登場人物中悪い意味で際立ってますから。 経過観察中なんですかね。 [一言] 無理だけはされませんよう。
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