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82.小手毬 美薗と作る未来⑤/杉崎先輩が見た景色

「今回も無事に解決して良かったですね、先輩」


 無事に悩みが解決して、晴れ晴れとした顔つきで部室を出て行った相談者を見送りながら、まかべぇは満足げに言った。


「まあね。しっかし、そつがなくて憎らしいなあ、まかべぇは」

「なんでですか。あの人の悩みが解消されたんだから、良かったじゃないですか」


 今回の相談者は彼女持ちの男子で、「彼女にサプライズプレゼントを渡したいんだけど、どうしたらいいのか」という悩みを抱えていた。

 サプライズプレゼントなんていうのは、相手への深い理解があって初めて成功するものなので、そもそも付き合いたてで彼女が欲しいものも分からない相談者には不釣り合いだと思ったんだけど、その辺はまかべぇが上手く言い聞かせてくれて、結局は彼女とちゃんと話して考えるべきという結論に行き着かせることが出来た。

 そういう意味では、特に問題なく解決したと言っていいんだろうけど……。


「にしても、あの煽りはどうにかなんなかったわけ? めちゃくちゃ凹んでたじゃん、さっきの彼」


 最初、相談者は自分のサプライズという行動に酔いしれていて、あたしたちが言った「ちゃんと彼女の意見も確認した方がいい」という話なんて全然聞いちゃいなかった。明らかに、自分の意見を肯定してもらいたくて、ここに来たような感じだったな、アレは。

 どうしたもんかと頭を悩ませたけど、最終的にはまかべぇが理詰めでボコボコにしたことにより、相談者の心にダメージを与えながらも納得させることが出来た。最後の最後でまかべぇが「でも彼女を喜ばせたいと思う気持ちは、凄く立派だと思いますよ」なんて言ってフォローしていたので、どうにか持ち直したみたいだったけど、あれって落ち込ませたのも励ましたのもまかべぇなんだから、マッチポンプってヤツじゃないのかな……。


「あの人、普通に言っても聞かなそうだったから、ああするしかなかったんですよ」

「まあ、あたしもアレは、言って聞くようなタイプじゃないとは思ったけど」

「やっぱり、そうなんじゃないですか。なら仕方ないですよ」


 まかべぇが言う通り、ああでも言わないと彼は話を聞かなかっただろうし、結果的にはフォローもこなしたから手落ちはないんだけど、こういうところは可愛げないんだよなあ、この子って。もうちょっと、あたしに先輩風を吹かせる隙を与えてほしい。


「まかべぇは、あれだね。自分が恋愛する時も、そんな感じでそつなくこなしちゃうのかねぇ。逆に心配になるわ」


 まかべぇは頭はいいんだけど、どうにもロジカル過ぎるところがある。

 人の気持ちを無視するような真似はしないとはいえ、いざ自分が恋愛する時になって理屈通りに行かなかった場合、どうなるのか心配ではあった。


「さあ、どうでしょうね? 子供の頃なら、幼稚園の先生に憧れたりしたこともあったと思うんですけど」

「なんだよ、まかべぇってば年上趣味かぁ? こりゃあ、魅力的な年上である杉崎先輩も、気を付けないといけないかな」

「……子供の頃の話ですし。それに先輩、年上って言っても二つだけじゃないですか」

「お、魅力的ってのは否定しない感じかな?」


 あたしがそう言うと、まかべぇは「さあ?」と目を逸らしてしまった。

 ふむ、この反応はどっちだろうね? 脈ありか、それとも脈なしか。

 なんて……そんなこと気にして、一体どうしようって言うんだ、あたしは。

 誰かと長い時間を二人で過ごすなんて、家族以外ではかなり久しぶりだから、まかべぇにはそれなりに感情移入しているってことだろうか。




 そんな気の迷いのような質問をしたこともあったけど、結局あたしとまかべぇは最後までただの先輩と後輩のまま、あたしの高校卒業を以て別れを迎えた。

 いつもは澄まし顔のまかべぇが、卒業式の日には少しだけ涙ぐんで見せたのには、不覚ながら心を揺さぶられてしまった。普段からそういう顔をしていてくれたら、もう少し素直に可愛がっただろうに。


「まかべぇ、あたしが作った恋愛相談部のこと、よろしく頼むよ」

「……もちろんです。先輩にあの日の恩を返すのが、この学校で僕がやるべきことの一つですから。先輩が作った部は、僕がちゃんと守って見せますよ」

「あはは、大袈裟だなぁ。そこまで気負わなくてもいいっての――じゃあね、まかべぇ」


 そんな風にまかべぇのクソ真面目さを笑い飛ばしてから、あたしは部室を出ていった。

 この日はクラスの友達とも約束があって、まさに人生において一つの節目となった印象深い日だけど、最もあたしの記憶に残っているのは、まかべぇが最後に言ってくれた言葉だった。


「あの日から今まで、本当にありがとうございました、杉崎先輩」

「……だから、大したことしてないっての」


 あんな、ちょっとしたお節介をまるで一生の恩みたいに言って、こんな個人的な趣味みたいな部のことを真剣に考えてくれて……。

 正直、最初は拾った猫を家に住まわせるくらいの感覚だったんだけど、いつの間にかあたし自身も、まかべぇと過ごす日々をそれなりに楽しく感じていた。まかべぇがいてくれたから、あたしの高校生活はもっと充実したものになった。

 それを分かっていながら、あたしはまかべぇとの関係をそのままにして、高校を去っていた。拾った猫が、急に家からいなくなるなんて当たり前のことだと、そう自分に言い聞かせながら――。




「先輩……どうしてここに?」

「どうしても何も、あたしの大学だって近いんだから、こうやって買い物くらいするっての。それにしても、ずいぶんとイチャついちゃって、まあ……。前に見た時も仲良さそうだったけど、すっかりラブラブになっちゃったね」

「ラ、ラブラブ……」


 あたしがからかうように言うと、小手毬ちゃんが恥ずかしそうに目を伏せた。

 その様子を見て、さっき遠目に二人を見た時に抱いた印象が、何も間違っていないかったのだと実感させられる。

 きっと二人の関係は、以前よりも先に進んでいるのだろう。


「あ、あの……利佳子さん」

「ん? どしたの、小手毬ちゃん?」

「利佳子さんに相談したおかげで私、真壁くんと恋人同士になれたんです」


 ――小手毬ちゃんの言葉を聞いて、「ああ、やっぱりか」と思った。


 驚くことなんて何もない。あたし自身、さっきから「そうに違いない」と、ずっと二人を見て思っていたじゃないか。

 だから驚く必要も、いまさら何かを言う資格も、あたしにはない。


「……へえ、そうなんだ。良かったじゃん」

「はいっ! 真壁くんも私のこと『好き』って言ってくれて、凄く愛してくれて……あの時、利佳子さんが背中を押してくれたお陰です。本当にありがとうございました!」


 そう言って頭を下げた小手毬ちゃんは、とても幸せそうな顔で笑っていた。

 それを見ているまかべぇも、慈しむような感情をその顔に浮かべている。

 そんな顔、あたしと二人の時には一度も見せなかったくせに。


「先輩、やっぱり小手毬さんにもアドバイスしてたんですね」

「大したことなんて言ってないよ。ちょっと悩んでたみたいだから、背中を押しただけだっての」

「そういうのが恋愛では大事なんだって、先輩が前に言ってたじゃないですか」

「……まあね」


 ふとした時に零した言葉を、まかべぇは律儀に覚えていてくれた。

 それを「嬉しい」と感じている自分がいることに気付いて……そしてもう一つ、いまさら気付かなくてもいいようなことまで気付いてしまった。


「……先輩? なんか、ちょっと様子が変じゃないですか?」

「別に? 大学生には、高校生のお子ちゃまには分からない苦労があるってだけだよ」

「はぁ、そうですか……?」


 まかべぇがあたしを心配してくれるのは「嬉しい」けど、適当に誤魔化す。

 だって、こんなの言えるわけないでしょ。


 ――あたしがまかべぇのこと、思ったよりもずっと好きだったなんて。


 悪くないなとは、ずっと思っていた。まかべぇとなら付き合ったら面白いかもなって、ずっと感じていた。

 先輩ぶって小手毬ちゃんにアドバイスした時に言った言葉は嘘じゃない。あたしはまかべぇのことを気に入ってたけど、敢えて告白して付き合いたいってほどの熱意はないと思ってた。

 まかべぇの方だって、きっとあたしのことは「ただの先輩」以上には見てくれていただろうけど、結局は最後まで何か言ってくることはなかった。

 そんなものなんだろうと思った。その程度の関係で、別にいいと思った。


 なのに、まかべぇが他の子と付き合ったって聞いたら、こんな気持ちになるなんて。


「そっか……これが……」

「先輩? 本当に体調でも悪いんじゃないですか……?」

「利佳子さん……あの……」


 あたしが急に呟いたのを見て、二人が心配そうな目を向けてきた。

 いや、まかべぇはともかく、小手毬ちゃんは少し違う感じがする。もしかしたら、あたしの内心に気付かれたのかもしれない。この子も、一度は似たような気持になったことがあるだろうから。


「あははっ、何でもないっての。ラブラブカップルの邪魔しちゃ悪いから、あたしはこれで失礼するわ」

「え? はあ……分かりました」

「……そこは『邪魔なんかじゃないですよ』って言えよ」

「あ、すいません。気が利きませんでした」


 クソ真面目に謝るのは違うだろ、なんて思うけど、あたしはまかべぇのそういうところが……いや、止めとこう。こういうことを考え出したら、ドツボに嵌まってつらくなるだけだ。

 自分の恋愛すらロジカルに考えられていることに、我ながら呆れてしまう。実際の恋愛が下手そうで心配するべきだったのは、まかべぇじゃなくてあたしの方だったのかもしれない。


「それじゃあ、イチャイチャし過ぎて、浪人なんてするんじゃないよ。再来年は、二人揃って可愛がってあげる予定なんだからね」

「もちろん行きますけど、お手柔らかにお願いしますよ、先輩」

「私も……絶対に行きます。真壁くんと、一緒に」


 軽い調子で言うまかべぇに反して、小手毬ちゃんの方は真剣な眼差しだ。

 これは本当にバレてるかもなあ……。まかべぇと一緒にっていうのも、「絶対に別れません」っていう意思表示だったのかも……なんて、ちょっと穿ち過ぎかな。


「待ってるから……じゃあね」


 そう言って、あたしは二人の傍を離れた。


 まだ買い物の途中だけど、今日はどうしようか……。

 帰って料理をする気にもなれないし、ここは一つヤケ酒でも……って、まだ未成年だったな、あたし。

 そうだ、友達でも誘って、ご飯食べながら愚痴を聞いてもらおうか。

 いつもは人の相談にばかり乗っているけど、たまにはあたしが恋愛相談をするのもいいかもしれない。

 ああ、でもあの子って、最近弟が彼女と付き合い始めたって言ってたから、変な惚気話とか持ってそうだな……。

 まあ、いいか。一人でウジウジしているのもアレだし、連絡してみよう。


「恋愛相談……今度からは、もっと親身になれそうかな」


 そんな言葉を呟いて、あたしはスーパーの出口へと向かった。

次回、小手毬ちゃんの視点で締めます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 誰かの物になって初めて気付く気持ちってあったりしますよね。 ifがあったら、小手毬さんが振られてかもしれないという事実はこの物語の根本を覆す程の事です。 でも、ちょっと見てみたかったかも・…
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