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07.小野寺 真世は高嶺の花③

「ね、ねえ真壁くん。そういえば気になってたんだけど……」


 建山に小野寺さんの秘密を伝えた、その翌日。

 部室にて小手毬さんの淹れてくれたコーヒーを堪能していると、その小手毬さんが恥ずかしそうな顔で僕に声をかけてきた。


「何かな?」


 特に質問の内容が予想できなかった僕は、素直に聞き返す。

 それにしても小手毬さんのコーヒーを淹れる腕前は、最初と比べてめきめきと上達している。本当に毎日飲ませてもらっているせいで、いずれ彼女のコーヒーがないと落ち着かなくなるのではないかと、密かに危惧している。


「あのノートって……私のことも書いてあったり、しないよね?」


 ノート? ああ、あの恋愛相談対策の情報ノートのことか。

 なるほど。どうやら自分の情報が僕の手で赤裸々に書き留められていないか、心配になったということらしい。

 気持ちは分からないでもないが、あのノートはそれなりに厳選した調査対象の情報しか載せていないから、小手毬さんが気にする必要はないはずだ。


「大丈夫。あのノートはモテる奴の情報しか載せてないから」

「……むぅ」


 あれ? 僕は大丈夫だと伝えたはずなのに、何故か小手毬さんがむくれてしまった。一体どうして、と考えていたら、小手毬さんがぼそりと呟いた。


「どうせ、私はモテないですし……」

「あ、あー……」


 しまった、そう受け取られたか……。まあ、僕の言い方も悪かったけど。

 小手毬さんを怒らせたい意図は僕にはないので、素直に謝っておこう。

 コーヒー出してもらえなくなったら、正直つらいし。もう中毒者かよ。


「ごめん。言い方が悪かったよ、小手毬さん。あのノートは相談の対象になる可能性が高い――要するに複数人から好意を寄せられそうな人の情報を書いてるんだ。そういう人が普通じゃないだけで、別に小手毬さんがモテないとか、そういうことじゃないよ」


 いや、本当に。小手毬さんだって、この容姿なら誰かしらに意識されていても、別に不思議じゃないだろう。行動を起こしている相手がいないというだけで。


「そうだねー。私は一人も告白されたことないもんねー」


 真面目にフォローしたつもりだったんだけど、小手毬さんはまだご立腹らしい。いや、思いのほか可愛いから少し自信ないけど、多分怒ってるんだと思う。

 ……いや? よく見ると小手毬さん、ちょっとニヤニヤしてるな。

 どうやら怒っているふりをして、僕で遊んでいるようだ。小手毬さんがそういう真似をするのなら、僕にも考えというものがある。


「大丈夫。小手毬さんが魅力的な女の子だってことは、僕がよく分かってるから。だから小手毬さんのことはノートなんかじゃなくて、自分でちゃんと覚えておきたいんだ」


 必殺・褒め殺しである。小手毬さんのようなタイプには、よく効くだろう。

 案の定、僕の言葉を聞いた彼女は、真っ赤な顔で狼狽えている。


「え、ええー!? あ、あのっ、わ、私も――」


「ちょっとーっ!? いちゃついてないで、こっちも構ってくれませんかねえ!?」


 小手毬さんと楽しく話していたというのに、建山のむさ苦しい叫び声に遮られてしまった。ここからが小手毬さんの可愛いところだったのに……。

 いいから建山は、イケメンの好感度上げを頑張りなさいよ。


 僕が建山に教えた、小野寺さんの秘密。それは彼女がBL好きということだ。

 どうやら友人関係には秘密にしているらしく、BLについて語れるような相手もいないらしい。つまり、そこが建山にとっての突破口になるということだ。


「だからって、どうしてBLゲーなんてプレイしないといけなんだよ!?」

「そりゃあ、同じ趣味を持つ同志として、仲良くなるためだろ」


 そんなわけで現在、建山はBLゲーを絶賛プレイ中である。ノートPCを家から持参して、僕が用意したソフトを攻略している。

 どうして部室でやってるのかといえば、僕は普通に家でやらせるつもりだったけど「一人にしないで!」と泣きついてきたからだ。まあ、気持ちは分かる。毎回付き合うのはしんどいから、いずれは家でプレイしてもらうけどな。


「大体、横にいれば良いって言ったのは、建山の方だろ。一人用なんだから、一緒にプレイできるわけじゃないし」

「だからって、いちゃついて良いとは言ってないよ!」

「ちょ、建山くんっ。べ、別にいちゃついてなんか……」


 小手毬さんの言う通りだ。僕たちは別にいちゃついているわけではない。単に同じ部の仲間として、交流を深めているだけである。


「それにゲームをプレイするくらいなら、別にいいだろ。ガチの男とプレイしろって言ってるわけじゃないし」

「ひっどい下ネタ! 冗談でもやめてよね!?」

「真壁くん、今の下ネタだったの?」

「そんなことないよ」


 どうやらBLの素養はないらしい小手毬さんの疑問を、軽くスルーする。

 建山も、小手毬さんには「男同士で友情を深める内容」って説明してあるんだから、迂闊に「下ネタ」とか言わないでくれ。可愛くても腐った小動物はごめんだ。

 そんな事を考えていたら、テーブル上に置いたゲームのパッケージを見た小手毬さんが、首を傾げながら疑問を投げかけてきた。


「この男の人たち、なんで皆揃って首に手を当ててるんだろうね?」

「何でだろうね」

「あと手袋って、ずっと咥えてたら汚くないかな?」

「小手毬さん、それ以上は」


 小手毬さんが純粋なのは嬉しいけど、何か危険な予感がする。色々なところから、多大なお叱りを受けてしまいそうだ。色々って、どこだよ。

 そんな風に小手毬さんと話していると、建山が不貞腐れた顔を見せる。


「ていうか、こうしてBLゲーをやって何の意味があるの? 僕がつらいだけじゃない?」

「それは昨日、説明しただろ。小野寺さんは、現実ではBLについて語れる同士がいないんだ。だから建山がその同志になれば、彼女と親しくなる可能性はグッと上がる」

「でも今時、ネットとかでも普通に語り合えるでしょ?」


 それも昨日、散々説明しただろうに。

 こいつ、そんなにBLゲーやるのがが嫌なのか……。うん、僕も嫌だわ。

 だけど本気で小野寺さんとどうにかなりたいなら、多分これしか手はない。


「ネットと現実は違う。建山は現実で、友達とアニメとかの話をすることはないか?」

「まあ、教室でいつもしてるけど……」

「ネットでもそれはできるけど、じゃあ現実で話をするのは止められるか? 別に友達を辞めるんじゃなくて、アニメの話をしなくなるだけだ」

「それは……」


 嫌だろうな。現実とネットの違いは、相手の息遣いや表情、全身で表す感情の他に、画面越しでは分かりづらい雰囲気というものもある。いくらネットが万能だと言っても、まだそれだけのものを再現できる領域には達していないはずだ。

 それに小野寺さんのように、最初からそういう話の出来る相手がいないのなら仕方ないが、建山のように既にいる場合は切り離すのも困難だろう。逆に言えば、建山も小野寺さんにとって、切り離し難い存在になれる余地があるということだ。


「まあ、無理に続けろとは言わない。嫌々やっても、いずれ小野寺さんとの間に齟齬が出来るだろうからな。あくまで建山がBLに興味を持てたら、彼女と一緒の趣味で盛り上がれるだろうってだけだ」


 僕が言い捨てると、建山は真剣な顔で悩み始めた。

 まあ、悩むのは分かる。今のところ趣味というわけでもないのに、男がBLゲーをプレイするというのは、精神的にかなりキツいだろう。

 だが建山と小野寺さんの間にそびえる壁は、それ以上にキツいのだ。その壁を越えるというブレイクスルーを実現するには、この程度の苦難は必要経費である。


「分かった……。僕、やるよ! このゲームをクリアして、小野寺さんと仲良くなるんだ!」


 おっ、どうやら覚悟を決めたようだ。建山の目が本気になっている。

 まあ、仲良くなりたい動機は、かなりアレだったけど……。

 それはともかく僕も相談相手として、背中を押してやるか。


「よし頑張れ、建山! まずは今日中に、このゲームをクリアするんだ。これは名作だけどクセがなくて、入門に最適らしいからな。終わったら、次からはもう少しディープな奴にしてくぞ!」


 マジで頑張れ、建山。僕が用意したゲームは、あと三本あるぞ!


「い、いやあーっ!? ディープなのは嫌だあーっ!!」

「頑張ってねー、建山くん」


 放課後の部室に、建山の悲痛な叫びと、小手毬さんの暢気な応援が響いた。

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